小説読書感想『刺青 谷崎潤一郎』温泉NG! 病院の検査(MRI)もNG?

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まずは『文スト』あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。
(「『狐人』の由来」と「初めまして」のご挨拶はこちら⇒狐人日記 その1 「皆もすなるブログといふものを…」&「『狐人』の由来」

今回は小説読書感想『刺青 谷崎潤一郎』です。

痴人の愛 アニメカバー版<「文豪ストレイドッグス」×角川文庫コラボアニメカバー>谷崎潤一郎 さんの小説に興味を持ったのは、もちろん(?)『文豪ストレイドッグス』から! 『文豪ストレイドッグス』の谷崎潤一郎 さんは武装探偵社の「東のヘタレ」! なんか「北の賢治、南の南吉(狐人的お気に入りの言い回し)」を彷彿とさせる呼び名ですねえ……。

 

「北の賢治、南の南吉」の読書感想はこちら。

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ちなみに「西のヘタレ」は主人公の中島敦 さんなのだそう(⇒小説読書感想『山月記 中島敦』→月下獣←人虎伝→苛虎…手乗りタイガー?)。

「西の中島、東の谷崎」ですか……ヘタレについて、でなければどこかカッコよく感じてしまいますが、やっぱり「北の賢治、南の南吉」がしっくりきますね!

『文豪ストレイドッグス』の谷崎潤一郎 さんは「イケメン・シスコン」キャラ――シスコンキャラの女子受けはどうなんですかねえ……、一方ブラコンの妹さんは『痴人の愛』のナオミがモチーフとなっています。「小悪魔? 悪女?」といった感じですが、こちらの男子受けも気になるところです。

『文豪ストレイドッグス』のナオミのモチーフ、『痴人の愛』のナオミは当時の谷崎潤一郎 さんの妻、その妹で女優の小林せい子 さんという方なのだとか。妹つながりここに完成、といった発見があって、好きな作品のモチーフを遡ってみるのも意外と楽しいものです。

今回は『痴人の愛』ではなくて『刺青』。『刺青』は谷崎潤一郎 さんのデビュー作です。「いれずみ」ではなく「しせい」と読みます。意味は同じものなのですが。

無料の電子書籍Amazon Kindle版で9ページ、文字数6500字ほどの短編小説です。端麗な文章ですが、読みや意味の難しい漢字が多かった印象が残っています。僕と同じように少し読みにくいと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

長編小説の『痴人の愛』もぜひ読んでみたいと思いましたが、上記のような感じなので、ちょっと気合が必要そう……とか言いつつ、あらすじにいきたいと思います。

つぎによくわかるあらすじ

其れはまだ人々が「おろか」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しくきしみ合わない時分であった。

(上の引用は冒頭の一文です。時代は江戸時代。世界は戦争に明け暮れていた時代ですが、日本は徳川政権の下、奇跡的ともいえる平和が250年以上も続いた天下泰平の世)

それはまた「美しい者ほど強く、醜い者は弱い」といった、いわゆる耽美主義的な考え方が横行していた時代でもありました。

主人公は、浮世絵師を目指しながらも挫折して、刺青師となった清吉です。清吉は、刺青を施すときに、針を刺される者たちの呻き声を聞いて、愉悦を感じる男でした。

(特殊な人ですね、清吉)

そしてそんな清吉の「宿願」は――、

光輝ある美女の肌を得て、それへ己れの魂を刺り込む事であった。

美女探しを始めてから4年目の夏、とある夕べのこと、清吉は通りがかった料理屋の前で、駕籠の簾からこぼれる女性の足に目を奪われてしまいます。この足の女性こそは、自分が求め続けてきた美女であることを確信した清吉は、駕籠の行方を追うも――その姿を見失ってしまいました。

(うん、すごく特殊な人ですね、清吉!)

それからというもの、足の女性への思いは募るばかり……そうして憧れが激しい恋へと変わった5年目の春、一人の娘がなじみの芸姑の使いとして、清吉のもとを訪ねてきます。

年の頃は16,7、不思議な魅力のある美しい娘です。

その娘の顔は、不思議にも長い月日を色里いろざとに暮らして、幾十人の男の魂をもてあそんだ年増のように物凄く整って居た。それは国中のつみたからとの流れ込む都の中で、何十年の昔から生き代り死に代ったみめ麗しい多くの男女の、夢の数々から生れ出づべき器量であった。

この娘こそ、あの日見た足の女性であることに気づいた清吉は、娘を誘い、二本の巻物を見せるのでした。

一つは、中国殷王朝の暴君、紂王の后である末喜(ばっき)が、男の処刑される様を肴にして、酒杯をあおる光景の描かれた絵。

封神演義 2 (ジャンプコミックスDIGITAL)(ちなみに『刺青』では「末喜」を「古の暴君紂王の寵妃」としていますが、おそらくこれは「妲己(だっき)」の間違いかと思われます。「末喜」はのちの夏王朝の最後の帝、桀王の寵妃。「妲己」と聞いて、藤崎竜 さんの漫画『封神演義』を思い浮かべたのは僕だけ?)

 

この絵に見入る娘の顔は、だんだんと后の顔に似通ってきて……娘はそこに隠された真の「己」を見出します。「この絵にはお前の心が映っているぞ」と笑いながら娘の顔をのぞき込む清吉。青ざめる娘。

もう一つは「肥料」というタイトルの絵です。桜の幹に身をもたせた若い女が、足元に広がった死屍累々の景色を、嬉々として眺めています。

(構図はまるで違いますが、なんとなく梶井基次郎さんの『桜の樹の下には』を思い起こさせるような絵ですね⇒小説読書感想『桜の樹の下には 梶井基次郎』桜の美しさ、その影にあるもの

この絵を娘に見せた清吉は言います。

「これはお前の未来を絵に現わしたのだ。此処に斃れて居る人達は、皆これからお前の為めに命を捨てるのだ」

この絵を見せられた娘は、心の奥底に潜む自分の本性に気づきます。同時に、そんな自分の本性に怯え、帰してください、と訴えますが――。

「まあ待ちなさい。おれがお前を立派な器量の女にしてやるから」

清吉の懐には麻酔剤の瓶が忍ばせてあるのでした。

…………。

それから一昼夜。

清吉は眠らせた娘の背中に巨大な女郎蜘蛛の刺青を彫ります。

(一彫入魂!)

刺青を仕上げた清吉の心は空虚うつろでした。

「己はお前をほんとうの美しい女にする為めに、刺青の中へ己の魂をうち込んだのだ、もう今からは日本国中に、お前にまさる女は居ない。お前はもう今迄のような臆病な心は持って居ないのだ。男と云う男は、皆なお前の肥料こやしになるのだ。………」

と、目を覚ました女に言う清吉。

「親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨てゝしまいました。―――お前さんは真先に私の肥料こやしになったんだねえ」

と、剣のような瞳を輝かせる女。

「帰る前にもう一遍、その刺青を見せてくれ」

折から朝日が刺青のおもてにさして、女のせなかは燦爛とした。

それでは感想にいってみましょう。

そして陰から陽のかんそう

ふむ。いかがでしたでしょうか。

前回のブログ記事で、江戸川乱歩 さんの『D坂の殺人事件』の読書感想を書いたのですが(⇒小説読書感想『D坂の殺人事件 江戸川乱歩』超推理! 明智小五郎 鮮烈 デビュー!)、相通じるものを谷崎潤一郎 さんの『刺青』に感じてしまいました。

それもそのはず。道徳や功利といったものよりも、「美」を追求する芸術思潮を重んずる一派に、耽美派と呼ばれる一派があって、谷崎潤一郎 さんも江戸川乱歩 さんも、この耽美派に属する小説家と解釈されているようなのです。

文学的に高い評価を得ているにもかかわらず、学校の教科書などに取り上げられることの少ない背景には、こうしたことがあるからなのでしょうか。

うーん――確かに道徳的にはあまりよろしい内容だとは言えないのかもしれませんねえ……しかしながら一方で、耽美主義の観点があればこそ、描き出せる人間心理の底みたいなものがあるように思います。

ダークサイド(?)からの人間分析的な。

そういった意味では、谷崎潤一郎 さんの『刺青』は、学校で読めなくとも、家で読むべき小説だと思いました。

ところで、「刺青」(入れ墨、タトゥー)って、日本ではNGなイメージが強いですよね。プールや温泉やサウナに入れなかったり、スポーツジムも断られるところがあるそうです(2016年8月には「東京サマーランド」で、「入れ墨・タトゥーお断り」の告知をブログで改めて行ったところ、批判が集まって謝罪する事態となりました)。

また「刺青」があると病院のMRI検査が受けられないのだとか。脳梗塞や腰椎椎間板ヘルニアを見つけることのできるMRI検査ですが、これは磁力を用いている検査なので、その磁力が「刺青」の顔料に含まれている磁性体と反応して、ヤケドを起こさないために取られる安全措置なのだとか。

江戸時代に、罪人であることを人目にさらす目印として、「刺青」を彫る「黥刑(げいけい)」という刑罰があったり、などの反社会的な組織構成員が入れ墨を彫っていることもあって、日本では「刺青」に悪いイメージが定着しています。

海外では芸術や文化としてタトゥーを入れている人も多いみたいなので、国際化の流れの中、今後「刺青」についての認識が変わってくるのかどうか、についてはちょっと気になるところです。

話が逸れてしまいましたが、谷崎潤一郎 さんの『刺青』には、とても端的なのにもかかわらず、文学的に非情に優れた表現がいくつかありました。

たとえば、以下の引用です。

鋭い彼の眼には、人間の足はその顔と同じように複雑な表情を持って映った。

注目したのは「鋭い」という短い描写です。

清吉が「足」というものに、並々ならぬ関心を抱いていることは分かるのですが、だからといって、のちに清吉が「足の女性」と「娘」を同一人物と判断したように、ちょっと「足」を見ただけで普通わかるものなのだろうか、といった疑問を抱かせない理由付けが、この「鋭い」という一語で可能となっているように思いました。

「鋭い」彼の眼とすることで、「足」に対する異常なまでの眼力を、自然に説明しているわけです。

――清吉は足に一目惚れして、その相手と運命的な再会を果たしている……では、これも純愛といえるんですかねえ(一目惚れ、純愛といえばこちら⇒小説読書感想『外科室 泉鏡花』哀純愛…こんな一目惚れしたことある?

それから誰もが気づき唸らされる表現として、清吉が女郎蜘蛛の「刺青」を彫った前後で、「娘」の表記が「女」に変わっている点が挙げられます。

ただそれだけのことで、清吉によって己がうちの魔性を見抜かれ、それを彫り起こされることによって、「娘」から「女」に生まれ変わった事実が鮮明となっているように感じました。

清吉に二本の巻物を見せられた娘が、自分の本性を暴かれることに怯えを見せた場面では、自分の魔性に恐怖を感じると同時に、女(大人)になることへの恐怖や不安といったようなものも、そこには表現されているのかなあ、と考えました。

大人になることへの不安、といったようなものは、思春期には誰もが抱える悩みのようにも思えて、そういった意味でも、中学生・高校生が読んでみてもいい小説だと思います(ひょっとしたら道徳的観点から異論のある方もいらっしゃるかもしれませんが……)

全体を通して、清吉は紛れもない「S」として描かれているわけですが、ラストシーンでは、自分が「M」であることに気がついたように感じたのは、はたして僕だけなのでしょうか?

女の本性を彫り起こすといった清吉の加虐的な性質は、それによって女の肥料となるといった被虐的な性質と表裏一体だったのでは……すなわち、谷崎潤一郎 さんの『刺青』は、自分は「S」だと勘違いしていた一人の男が、本当は己「M」だったんだ、と真の自分に目覚めたお話(台無し)?

最後に、ライトサイド(?)な感想もちょっとだけ述べてみたいと思います。

長い年月をかけて運命の女性を探し出し、手段を選ばず己の目的を果たした清吉の姿勢に、信念を持って物事に臨む大切さ、のようなものを学びました(意志薄弱な現代人に向けた教訓?)。

(あるいは草食系・絶食系諸氏への叱咤激励? ⇒随筆読書感想『チャンス 太宰治』太宰治の恋愛論! 肉食叱咤! 絶食激励!

また、清吉と女――人間をがらりと変えてしまうほどの力を持った「刺青」というものに、すごく興味を惹かれてしまいました(……)。

――といったところでしょうか?

そういった意味では、小学生が読んでみてもいい小説なのかもしれません(さすがにそれは異論の方が多そうですが)。

――とか書いてみて、結局はダークサイドな感想にしてみたり(こんな終わり方でいいの?)。

以上、『刺青 谷崎潤一郎』の小説読書感想でした。

ブログ記事に関連した漫画

・「東のヘタレ」!
文豪・谷崎潤一郎 さん が登場する『文豪ストレイドッグス』

漫画版

小説版

・紂王の后は「末喜」じゃなくて「妲己」!
藤崎竜 さんの漫画『封神演義』

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

それでは今日はこの辺で。

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