倫敦塔/夏目漱石=倫敦塔の幻想をぶち壊された夏目漱石。

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

倫敦塔-夏目漱石-イメージ

今回は『倫敦塔/夏目漱石』です。

夏目漱石 さんの『倫敦塔』は文字数20000字ほど。
狐人的読書時間は約55分。

幻想的で紀行文的な短編小説。
宿の主人のイマジンブレイカー。
夏目漱石 さんが一度しかロンドン塔を見物しなかった理由。
レイヴン・マスターとビーフ・イーターってカッコよくない?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

1900年(明治33年)10月31日、二年間の留学先であるロンドンに着いたばかりの「余」が、ただ一度だけ見物した倫敦塔について記す。

倫敦塔はイギリスの歴史だ。「余」は、一枚の地図を頼りにして、ようやく塔橋(タワー・ブリッジ)から、テムズ川の向こうにその建物を見たときには、忘我の心地でそれを眺めた。

磁石に引き寄せられる鉄屑のように、塔門を入った「余」は、中塔(ミドル・タワー)、鐘塔(ベル・タワー)を視界に捉えながら進む。

右手に逆賊門(トレイターズ・ゲート)が見えてくる。カンタベリー大僧正トマス・クランマー、ロンドン郊外で反乱を起こしたトマス・ワイアット、エリザベス女王の寵臣であったローリー卿などが、この恐ろしい名前の門をくぐった。

逆賊門を左に折れて血塔(ブラッディー・タワー)へ入る。そこで「余」は二人の子供の幻影を見る。叔父のリチャード3世に幽閉されたエドワード4世の子、エドワード5世とその弟リチャードだった。舞台が移る。塔門に立つ黒い喪服の女性はエリザベス。子らに会いたいと望むも、その願いは許されず。また舞台は変わり、黒装束の二つの影が、この世を去った二王子のことを知らせる。

血塔の下を通り抜けると白塔(ホワイト・タワー)がある。白塔は、倫敦塔最古の塔であり、また天守閣でもある。1399年、リチャード2世が廃位されたのはここだった。ウォルター・ローリーが万国史を書き上げた部屋もここにあった。武器陳列場の甲冑、ビーフ・イーター。

白塔を出てつぎはボーシャン塔(ビーチャム・タワー)。そこへ行く途中の刑場跡で、7歳くらいの男の子を連れた若く美しい女を見かける。「あの鴉は五羽います」と女が言うのを聞いて、「余」は不思議な思いを抱くも、そのままボーシャン塔の内部へ。

倫敦塔の歴史はボーシャン塔の歴史、ボーシャン塔の歴史は悲惨の歴史だ。壁に刻まれた怨み、憤り、悲しみなどに思いを馳せていると、いつの間にか、さきほどの男の子が傍にいて、例の不思議な女が、ダッドレー家の紋章について説明している。

紋章の下に刻まれた読みにくい句を、毎日の日課のごとく読み上げる女。「余」はますます不気味に思いつつ先へ抜けると、小さく彫られた「ジェーン」の文字。運命に翻弄された、9日間の女王、ジェーン・グレー。「余」の脳裏に浮かんでくるドラローシュの絵画。消えた女……。

夢見心地で宿に帰り着いた「余」は、倫敦塔で会った不思議な美しい女のことを、そこの主人に話した。宿の主人の返事は「倫敦にゃだいぶ別嬪がいますよ、少し気をつけないと険呑ですぜ」

――それを聞いた「余」は、人と倫敦塔の話をしないこと、また二度と倫敦塔の見物に行かないことを決めた。

狐人的読書感想

さて、いかがでしたでしょうか。

夏目漱石 さんがロンドン留学中に見物したロンドン塔。その体験をもとにして書かれた小説が『倫敦塔』ということで、幻想譚を織り交ぜた紀行文といった趣のある作品です。

宿の主人のイマジンブレイカー

倫敦塔-夏目漱石-狐人的読書感想-イメージ

冒頭で、「余」は「『塔』の見物は一度に限ると思う」と述べていますが、その理由として、一度目の印象を二度目にぶち壊してしまうのは惜しい、としていて、これはちょっと共感できることのように思いました。

観光地のみならず、前に読んだ小説で、どこかよかった印象のあるものとか、再読するのがなんとなく惜しいような気がするときがあります。漫画、ゲーム、映画などでも、同じようなことがいえるかもしれません。

しかしながら、最後に「余」が再びロンドン塔見物に行かなかった真の理由が語られて、冒頭の語りが見事な伏線となり、著者の人柄をも思わされて、とてもおもしろかったです。

夏目漱石 さんは、ロンドン到着後すぐにロンドン塔見物に赴いているところからして、ここに相当強い思い入れがあったのではないかなあ、と察することができ、宿の主人に対するやり場のない思いを思うと……、ちょっと笑えるような、かわいそうなような。

夏目漱石 さんの幻想をぶち壊してしまった宿の主人も、決して悪気があったわけではないのでしょうが。現地の方にとっては、観光スポットも見慣れた日常の光景にすぎず、よかれと思ってひけらかしたトリビアだったりジョークだったりが、観光客の幻想を打ち砕いてしまう、というのはありがちなように思いました。

「主人は二十世紀の倫敦人である」――この一言に、夏目漱石 さんの鬱憤のすべてがつまっています(笑)。

ロンドン塔の歴史は英国の歴史

ロンドン塔は処刑場だった、ということさえ知らなかった僕は、当然のようにロンドン塔に行ったこともなければ、不勉強ながらイギリスの歴史にも疎いので、内容については、ちょっと頭に入ってきづらいところもありました。

作中「倫敦塔の歴史は英国の歴史を煎じ詰めたもの」とあるように、ロンドン塔の歴史を知り、また実際に見物したことのある方のほうが、より楽しめる小説なのではないでしょうか。

『倫敦塔』の最後の最後は、著者の注のようなあとがきでしめられているのですが、それによれば作中の「余」の空想にはそれぞれモチーフがあって、シェイクスピアの史劇『リチャード三世』、エインズワースの小説『ロンドン塔』、ドラローシュの絵画などが挙げられています。

『ロンドン塔の若き王と王子』-ポール・ドラローシュ

『ロンドン塔の若き王と王子』
ポール・ドラローシュ

レディー・ジェーン・グレイの処刑』-ポール・ドラローシュ

『レディー・ジェーン・グレイの処刑』
ポール・ドラローシュ

たしかに、これらの作品を知っていたほうが、夏目漱石 さんの『倫敦塔』はより楽しめそうですし、ロンドン塔見物も一層意義あるものになりそうな気がしてきます(夏目漱石 さんの『倫敦塔』を読んで、ロンドン塔の見物に行ったという方も、なかにはいらっしゃるのでしょうか?)。

レイヴン・マスターとビーフ・イーター

倫敦塔-夏目漱石-狐人的読書感想-イメージ

狐人的に興味深く思ったのは、5羽のカラスとビーフ・イーター。

作中で宿の主人もひけらかしていたように、ロンドン塔では一定数のワタリガラスが飼われているそうです。なんでもその理由は「カラスがいなくなるとロンドン塔が崩れ、ロンドン塔が失われればイギリスが滅びる」といった占い師の予言によるのだとか。このワタリガラスを管理しているのが「レイヴン・マスター」と呼ばれる専門家だそうで、「レイヴン・マスター」ってなんかカッコよくないですか? (中二病だとか言わないように)

そして「ビーフ・イーター」も、なんだか響きがカッコよさげ、なんですよねえ……(中二病とか以下略)。直訳すれば「牛を喰らう者」となり、焼肉好きみたいになってしまって、カッコよくもなんともない、ただただ普通の人なのですが。これは「ヨーマン・ウォーダーズ」というロンドン塔の衛兵隊の通称なのだそうです。由来についてははっきりしていないそうで、給金の一部に当時一般庶民が口にすることのない食材だった牛肉が含まれていたこととか、諸説あります。

(なんか「イーター」と聞くと、興味をそそられてしまうのです)

蒼穹/梶井基次郎=ロートスの実を喰らいし者、蒼穹に己が心を見よ

夏目漱石 さん、シェイクスピア、エインズワース、ドラローシュ……、今回得た知識をもって、ぜひ実際のロンドン塔を見物してみたいところですが、ひきこもりがちの僕としては、お目にかかる機会は……(いわずもがな)。

ちなみにロンドン塔の入場料は、大人(16才以上)20.90ユーロ(2500円ほど)、子供(5~15才)10.45ユーロ(1250円ほど)とのこと(2017年3月26日現在)。

ちょっとお高めのようにも思えますが、見物は一度に限ると思い定めるならば、これはお安い! ロンドンにご旅行の際には、『地球の歩き方』と『倫敦塔』をぜひご持参あれ!

読書感想まとめ

注.狐人は『ロンドン塔』の回し者でも、『地球の歩き方』の回し者でもありません。

狐人的読書メモ

倫敦塔-夏目漱石-狐人的読書メモ-イメージ

ビーフ・イーター

『倫敦塔』を書き進めていく途中で、夏目漱石 さん自身かなりの手ごたえを感じていて、門弟に送った手紙にその旨を書き綴っていたほどだったが、『倫敦塔は出来上ったあとから読んで見ると面白くも何ともない先便は取り消す』と、のちに言ったという逸話を知っておもしろかった。やはり文豪といえど、出来上がった作品には、大なり小なり不安を覚えるものらしい。

・『倫敦塔/夏目漱石』の概要

1905年(明治38年)『帝国文学』初出。幻想小説的な紀行文のような短編小説。

以上、『倫敦塔/夏目漱石』の読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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