藪の中/芥川龍之介=狐人的感想「犯人はお前だ! 真相に性格分析から迫る!」

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

藪の中-芥川龍之介-イメージ

今回は『藪の中/芥川龍之介』です。

芥川龍之介 さんの『藪の中』は文字数10000字ほどの短編小説です。「真相は藪の中」という言葉の語源となった作品で、有名な、芥川龍之介 さんの代表作ですが、恥ずかしながらこれまで知らずにいました。そしてそのことを後悔するほどの凄い小説でした。文字通り、真相は藪の中……、なので、ミステリー小説好きがミステリーとして読んでしまうと、不満の残る終わり方かもしれませんが(ただしこの未完結性の構造が凄い!)。とはいえ真相を推理したい! と思わず思ってしまうのは、僕だけではないはず……。未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

ある事件について、4人の目撃者と、加害者の多襄丸たじょうまる、被害者の妻、被害者の男(死霊)の証言が綴られていく。

検非違使けびいしに問われたる木樵きこりの物語

事件の第1発見者。現場は山陰やまかげやぶの中。被害者ははなだ水干すいかん都風みやこふうのさび烏帽子、胸に突き傷。遺留品は縄と櫛。凶器と見られる太刀などはなかった。周辺の落葉は踏み荒らされていた(争いの痕跡あり)。馬は入れない場所(ただしあくまで藪の中は、という話)。

検非違使に問われたる旅法師たびほうしの物語

事件前日の昼頃、被害者と馬に乗った被害者の妻を見ている。被害者は太刀と弓と20あまりの矢を持っていた。

検非違使に問われたる放免ほうめんの物語

事件前日の夜(初更しょこう)、盗賊の多襄丸を捕らえた。そのとき、多襄丸は馬から落ちて唸っていた(争いのあとで疲弊していた?)。多襄丸は紺の水干と太刀(以前から身に着けていたもの)、弓と17本の矢(被害者のものか? 矢が3本減っている?)を持っていた。馬も被害者妻の乗っていたものと特徴が一致する。多襄丸は女好きと有名で、以前にも似たような事件の嫌疑をかけられている。

検非違使に問われたるおうなの物語

被害者の妻、真砂の母。被害者は金沢武弘という名の若狭わかさ国府こくふの侍、優しい気性、恨みを買ういわれはない。

多襄丸たじょうまるの白状

犯人は自分である。動機は、事件前日の昼頃、偶然目にした被害者妻への一目惚れから。ただし、当初は妻を奪うだけで、命まで取るつもりはなかった。宝があると、被害者夫婦を唆して、現場へ。被害者だけを藪の中へ連れ込み、不意打ちで杉の根元に縄で縛る。その様子を被害者妻へ見せつけると、妻は小刀で抵抗、多襄丸はそれを打ち落とし、妻を手込めに。その後、妻の頼みを受けて、多襄丸と被害者は決闘、多襄丸勝利、しかしその間に妻は逃走していた。多襄丸は被害者の太刀と弓矢を奪い、妻の乗っていた馬で逃亡。都入りの前に太刀のみ処分。

清水寺に来れる女の懺悔ざんげ
じつは犯人は自分である。動機は、多襄丸に手込めにされた後、夫の眼の中に、自分を蔑む冷たい光を見たため。その間に、多襄丸は消えていた。現場には太刀と弓矢はなく、小刀さすがだけが残されていた。凶器はその小刀。その後一度気を失うも、目覚めると夫を縛る縄を解き捨てて……、現在に至る。
 

巫女みこの口を借りたる死霊の物語

いや本当の犯人はおれだ。多襄丸に手込めにされた妻は、心変わりした。そして、おれの息の根を止めるよう、多襄丸をけしかけた。しかし多襄丸はそれに従わなかった。妻を蹴倒し、おれにどうするかと尋ねた。この言葉だけで、おれは多襄丸を許した。妻は逃げた。多襄丸は太刀と弓矢を取り、縄を切って去った。絶望したおれは、落ちていた小刀で……、薄れゆく意識の中、誰かが近づいてくる気配を感じた。誰かは小刀をおれの胸からそっと抜いて……、おれの意識は途切れた。

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狐人的読書感想

さて、いかがでしたでしょうか。

数多の論文が書かれ、数々の研究がなされているにもかかわらず、いまだ真相は藪の中!

――というなんとも凄まじい作品です(まあ材料不足でそもそも真相は分からない構造になっているそうなのですが)。

そうした研究も、昔は真相の解明に重点が置かれていたそうですが、近年ではそうした『藪の中』の読み方について論じたり、小説としての構造に、注目がシフトしているようですね。

――とはいえ、どうしたって『藪の中』の真相が気になってしまうのが、人としての自然な心の働きなのではないでしょうか。

というわけで、狐人的にもちょっと推理してみました。

4人の目撃者の証言について

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著作者: Vector Open Stock

まず4人の目撃者の証言ですが、気になる点はいくつかありますが、その内容に、ほとんど矛盾は見られないように感じました。

例えば木樵りの「馬は入れない場所」発言も、その前の路までは入れるとすれば、当事者たちの告白と合致するし、旅法師と放免の言っていた矢の数も、ぱっと見の旅法師と、しっかり検分したはずの放免とでは、放免のほうに信ぴょう性があって、そもそも旅法師は「二十あまり征矢そやを……」と言っていたので、さほどの食い違いでもありません(それに事件について弓矢の重要性は低い)。さらに矛盾があったとしても、「証言者の錯誤」として排除できるとすれば、損得勘定の観点からも4人の証言に嘘はないとして受け入れて、先に進んでしまってもよさそうです。

となると、4人の証言で最も重要なのは、第一発見者の木樵りが言っていた「遺留品は縄と櫛」。このが一つのキーアイテムだと思いました。

3人の当事者の告白について

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著作者: Vector Open Stock

ではつぎに、当事者3人の告白ですが、「いったい誰の発言が真実なのか?」と考えたとき、僕が注目したのは、章題とそれぞれの性格と心理でした(そもそも証拠がそろっていないので、どうしても心理面での推理に傾かざるを得ないわけではありますが)。

多襄丸と妻の告白がそれぞれ「白状」と「懺悔」となっているのに対し、夫のものは「物語」となっています。これは4人の目撃者の章題と同様のものです。前述のとおり、目撃者の証言に錯誤はあれど、損得勘定の観点から、すべて事実と仮定するなら――ここに何らか意味があるように、狐人的には感じました。

もしも3人の中で、1人だけが真実を口にしているのだとしたら……、この違いは見逃せない!

――と思ってしまうのは、ひょっとして僕だけ?

(え? でも「巫女の口を借りたる死霊」の言うことだよね? ――という話をしてしまうと、すべてここで終わってしまうので、そこはフィクションとして受け入れる方向でお願いします)

1人の告白が真相と仮定して

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著作者: Pink Moustache

では真相は夫の告白だとして「多襄丸と妻の嘘は何か?」ということですが。

  1. 「犯人は自分」だと言っている(多襄丸、妻)
  2. 決闘の件(多襄丸)

の二つが気になる点として挙げられるのではないでしょうか。

1については、「なぜそんな嘘をついたの?」ということですが、二人の性格と心理を想像してみると、納得できそうな説明が、できるように思われます。

多襄丸の告白を性格から分析

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まず多襄丸ですが、そもそも罪を免れるため、「自分はやってない」というのなら分かるのですが、なぜか「自分が犯人」だと白状しています。

これは彼の、役人に対する義侠心と、夫に対する男気と、自身の虚栄心とから出たものであると分析しました。

多襄丸の白状には、尋問を行っている役人(検非違使かどうかは記述なし)を暗に非難しているところがあります。ここに、彼の盗賊としての義侠心のようなものを見出しました。

放免の言っていた類似事件の嫌疑についても、噂の域を出ていません。本件については、たまたま一目ぼれした妻を手込めにしただけで、手をかけてはいないのではないか?

――ならばなぜ「自分が犯人だ」と嘘をついたのか……、この理由が夫に対する男気です。

夫の告白が真相ならば、多襄丸は一度は妻の妖艶な見目に恋する(恋は盲目)も、その酷薄な性根に(100年の恋?)も醒めてしまったことになります。そして心変わりした妻に見捨てられた夫を哀れに思い、同じ男として世間の物笑いの種だけにはさせないように……、といった男気から(あるいは醒めた心に罪悪感もあったのでしょうか?)、尋問で嘘を交えました。2の決闘の件は、虚栄心が生み出した創作だった――というのはどうでしょうか。

(これは完全なるイメージですが、悪行を働くも、ある種の義侠心を持っている盗賊――というのは「石川五右衛門」から連想しやすかったのかもしれません)

妻の告白を魔性から分析して

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つぎに妻の「自分が犯人だ」と嘘をついた理由ですが、これは、妻の告白と、夫の告白を比較すれば明らかなように思います。

つまり簡単にいうと「どちらのほうがより世間体がいいか?」ということですね。

多襄丸に手込めにされた自分を軽蔑したから――という理由と、あっさりと別の男に心変わりして――という理由とでは、前者の方が聞こえがいいように感じます。

さらに女が告白している状況は、章題に「懺悔」とあるように、役人(検非違使)の取り調べなどではなくて、清水寺での懺悔であると推測でき、外には漏れない話だと理解できます。

ゆえにここで告白することで裁かれることありません。今後もお寺で厄介になるのなら……、少しでも良い印象を与えておきたい……、多情で酷薄な女と思われるよりも哀れな女と思われていたほうが……、などと考えるのは、人間の自然な心の動きではないでしょうか(そのほうがなんだか芥川作品っぽい感じもする)。

となると「この女、全然反省してねー!」ということになってしまいますが、これは女の魔性に通じていて、逆にこの推理の裏付けになるように思えるのは、ひょっとしてひねくれものの僕だけ?

そんなわけで狐人的真相は?

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そんなわけで、真相は『巫女の口を借りたる死霊の物語』であると、僕は推理してみましたが、いかがでしょうか?

木樵りの現場の落ち葉が踏み荒らされていた発言から、多襄丸と夫の決闘は本当にあったようにも思われますが、決闘しなくても、3人の人間が藪の中に踏み入り、多襄丸と妻はそこで争ったりもしていますし、それだけでもこのことには説明がつくと思います。

さらに真偽のほどはともかく、当事者3人ともに、凶器を求めて地面を探していますが、そこに櫛が落ちていた、という描写はいずれにも見られません(まあ不完全性の構造上あえてのことだとは思うのですが)。

よって、最後、現場に戻ってきて小刀を抜いたのはで、キーアイテムは、このときに落とされたものなのでしょう。

じつは妻の母の媼が……、とか言い出したら、もうお手上げなわけなのですが……。

読書感想まとめ

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狐人的『藪の中』の真相は――

『巫女の口を借りたる死霊の物語』

――とはいえ、真相は藪の中。

芥川龍之介 さんはミステリー小説を書きたかったわけではなくて、他作品に見られるような、人間のエゴイズム的な、人間心理を描きたかったのかもしれませんが、こうしていろいろと推理しながら楽しむのも、一つこの『藪の中』という小説を読書する上での、純粋な楽しみ方だと思います。この作品には、冒頭でも述べたようにいろいろな解釈があるので、調べてみると、とてもおもしろいです。よろしければ(真相がわかった方、あるいは知っている方がいらっしゃったらコメントを)ぜひ!

(こちらもぜひ!)

狐人的読書メモ

藪の中-芥川龍之介-狐人的読書メモ-イメージいままで読まずにいたことを後悔させられる凄い小説に近頃よく出会うのは嬉しい限りです。

・『藪の中/芥川龍之介』の概要

1922年(大正11年)発表。今昔物語集をもとにした「王朝物」の一つであり、最後の作品。ちなみに今昔物語のほうでは、妻を具して丹波国に行く男を、悪人は手にかけていないらしい……、ということは?(しつこし?)

・分からなかった言葉

牟子むし:頭巾として被る布。顔を隠す余分な布がある。

法師髪ほうしがみ:短く刈った馬のたてがみ。

水干すいかん:平安装束。

賓頭盧びんずる:十六羅漢の第一。像を撫でて病気回復を祈る。 

はなだ:やわらかい青色。藍色より薄い。

中有ちゅううの闇:転生するまでの間。

以上、『藪の中/芥川龍之介』の読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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コメント

  1. 照井高之 より:

    こんにちは。
    自分は真砂犯人説を主張するものです。
    ブログの中で「藪の中の真相」を書いておりますので、
    もしご興味ありましたら読んでみてください。

  2. より:

    コメント失礼します。
    事件とは無関係かと思いますが、木こりは一つだけ嘘を言っていると思います。
    夫は最後に自分の身体から小太刀を抜いた存在を語っていましたが、それが木こりだと思います。
    木こりはその日も本当は山仕事に山に入ったところで、殺害された夫を発見した。木こりは夫は死んでいるものだと思い込み、刺さっていた高価な小太刀をこれ幸いにと持ち逃げしようとした。ところが、まだ本人は死んでおらず抜いた直後に動いた(もしくは出血)ことから、驚き逃げ出した。
    死体から小太刀を盗んだだけなら、大した罪に問われないが生きている人間にトドメを刺したと思い込んだ木こりは死罪を免れる為に、昨日は現場に行っていなかった嘘をついた。
    もしかしたら、木こりなら現場で何が起きていたのかを目撃した人物なのかもしれません。

    また、旅の法師の意味深な言葉からしても、彼が小太刀を抜き取ったとも考えられる。現場を一部始終目撃し、何も出来ず死んでしまった夫に対する申し訳なさと、小太刀を抜いた時に驚き、お経を唱える間もなかった。
    故に「悪いことをした」と言った。

    現状、小太刀を持ち逃げしたので一番怪しいのは木こりだが、凶器は発見されていない。供養という意味で、小太刀を隠す(弔う)ことができるのは旅の法師。
    両者のどちらかが、嘘をついているとしたら高い確率で現場を目撃した第三者ということになります。

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