小説読書感想『鼻 芥川龍之介』世界に一つだけの鼻? 内供とウソップの鼻?

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。
(「『狐人』の由来」と「初めまして」のご挨拶はこちら⇒狐人日記 その1 「皆もすなるブログといふものを…」&「『狐人』の由来」

今回は小説読書感想『鼻 芥川龍之介』です。

『鼻』は芥川龍之介さんの代表作。以前にブログ記事(⇒小説読書感想『羅生門 芥川龍之介』テストに出るはエゴ!黒獣は出ない?)にて紹介した『羅生門』同様に、人間の心理にスポットを当てた作品です。

『羅生門』では人間のエゴイズムが主題として取り上げられていましたが、『鼻』ではこうした人間のエゴイズムの他に、人間が持つコンプレックスといったデリケートな部分にも触れています。

芥川龍之介さんの『鼻』は、あの夏目漱石さんがベタ褒めした短編小説だと聞けば、なんだか凄いような気がしてきます。いえ、実際凄いのですが。(ちなみに最近夏目漱石さんの作品について書いた小説読書感想はこちら⇒小説読書感想『変な音 夏目漱石』変な音は恋の音?

夏目漱石さんと芥川龍之介さんといえば、ともに東大卒という共通点がありますね。

ネットで検索してみたところ、「好きな東大卒小説家は?」というアンケートでは、1位が夏目漱石さんで、2位が芥川龍之介さんだとか。

お二人とも凄い人なわけですが、しかし凄い人から褒められるというのはいったいどんな気分がするものなんでしょうねえ――、僕などには一生縁がない話のように思えますが……。(ちなみに世界中で絶賛された小説はこちら⇒おすすめ小説『真夜中の子供たち サルマン・ラシュディ』世界中で絶賛の嵐! 世界の新聞紙がこの小説に寄せた絶賛のコメントは一見の価値ありです)

とはいえ、人間自分にできることをやるしかない、というか、人の目を気にしても仕方がない、というか――、じつはこれが、今回芥川龍之介さんの『鼻』を読んでみての、僕の大雑把な感想だったりします。

芥川龍之介さんの『鼻』は、無料の電子書籍・Amazon Kindle版で8ページ、文字数では6500字ほどの短編です。読書感想文にも最適! 未読の方は、よろしければぜひご一読ください。

ではここから、僕の感想や雑談などを交えながら、芥川龍之介さんの『鼻』の内容(あらすじ)を見ていきたいと思います。お付き合いいただけましたら幸いです。

時は平安時代、場所は(現在の京都府宇治市)池尾。主人公は五十歳を超えた禅智内供(ぜんちないぐ)という高名なお坊さんです。

内供は長い鼻を持っていました。その長さ、五、六尺だといいます。これは約15~18cmになります。長い鼻と聞くと、尾田栄一郎さんの漫画『ONE PIECE(ワンピース)』に登場するウソップを思い浮かべてしまうのですが。

『鼻』の内供と『ワンピース』のウソップの鼻はどっちが長いのでしょう?

ウソップの鼻も15cmくらいですかねえ――調べてみましたが、公式に明かされてはいないようですね(知りたくて期待してきてくださった方、すみません。ただ、ネット内のとあるアンケートだと、15cmが1位でした)。

しかし、内供の長い鼻は、ウソップの鼻とはちょっと違って、上唇から顎の下まで垂れ下がり、食事をするのも一苦労でした。

五十歳を超え、しかも高名なお坊さんなのだから、人間のちっぽけな悩みなどとは無縁なのかと思いきや、その長い鼻は、内供のコンプレックス、悩みの種となっていました。

内供は、自分の長い鼻のことが気になって気になって仕方がないのですが、それを人に知られたくないのです。身長やニキビを気にする思春期の少年少女や、胸の大きさやスタイルなどを気にする我々現代人と何も変わりませんね。

しかしながら、内供のそんな思いとは裏腹に、内供の長い鼻のことは、都では周知の事実となっていました。陰で笑われているという状況はとてもつらいものですよね。内供の心中を察すると胸が痛くなります。

鼻を短く見せる方法はないか、鏡を前にああでもないこうでもないと格闘したり、自分と同じ鼻を持った人はいないかと、他人の鼻ばかり観察してしまったり、挙句過去の偉人の中に、鼻の長い人はいないだろうかと調べてみると、三国志に登場するかの劉備の耳が長かったことがわかり、それが鼻だったらどんなに勇気づけられただろうとがっかりしたり……、かわいそうでたまりません。

周囲の人たちも、そんな内供の内心に気がついているからこそ、本人の前で笑ったりすることはできず、結果陰口を言っているみたいになってしまう。

たぶん、コンプレックスを笑いに変えてしまうのが一番いいんでしょうねえ――、それが簡単にできればなんの苦労もないわけですが。だから、それができる人を見ると、本当に凄いなあ、と素直に感心させられてしまいます。

そんなある日、弟子の一人が内供の鼻を短くする方法を、とあるお医者さんから聞いてきます。長い鼻のことなんて気にしていないふうを装いながらも、なんとか弟子に「その方法を試してみましょうよ」、と言わせたい内供。その心情を察して提案する弟子。

この人、悪徳商法とかに引っかからないといいな……とか思いながら読み進めていくと、なんとその治療法によって、内供の鼻が短くなりました(悪徳ではなかった!)。

ついにコンプレックスが解消されて、のびのびした気分になった内供。これでもう誰にも笑われなくてすみます。よかったね、内供――と思いきや、あれ? 今まで本人の前では大っぴらに笑ってこなかった人々が、内供の顔を見るなり、くすくすと忍び笑いを漏らすようになったではありませんか。

いったいこれはどうしたことでしょう?

はじめは内供も、自分の顔が突然あまりにも変わり過ぎたせいだと、納得しようとしましたが、どうにもそれだけでは説明がつきません。人々の笑い方も、以前とはどこか様子が違って見えます。

ここに、『鼻』の重要なテーマである人間のエゴイズム(利己主義)が見受けられます。作中では以下のように説明がなされています。

――人間の心には互に矛盾むじゅんした二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸におとしいれて見たいような気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に対して抱くような事になる。――内供が、理由を知らないながらも、何となく不快に思ったのは、池の尾の僧俗の態度に、この傍観者の利己主義をそれとなく感づいたからにほかならない。

人は、自分よりも劣るものを見て、かわいそうだと思う一方で、自分よりも劣るものの存在を知って優越感に浸るという、二律背反する感情を心に抱いてしまうものです。これは芥川龍之介さんの『羅生門』の下人からも読み取れる人間心理の真実でした。

誰かが誰かにやさしくしたりするのも、こうした優越感や自己満足を得たいがための行動なのかなあ、とか考え出してしまうと、なんだかネガティブな気持ちになってしまいます。

このような、人に対して抱く負の感情みたいなものを克服する方法というのはあるのでしょうか。今回でいえば、傍観者の利己主義的な心を、人の中から消し去ってしまう方法ということになりますが――、考えてみても僕には思いつけないわけで、根本的に人間関係を一切絶ってしまうしかないのでは……とか思ってしまうと、またどんどんとうちにひきこもってしまいそうになります。

そういうときには、さきほど取り上げた『ONE PIECE(ワンピース)』などの、友情や仲間の大切さ、みたいなものが描かれた漫画が無性に読みたくなるものです。そういうものに触れていると、また人間の正的な心を信じられるような気持ちに戻れます。

すみません、だいぶ話が逸れてしまいました。内供の『鼻』の話に戻りましょう。

傍観者の利己主義から、人々が内供の目の前で、笑いを隠さなくなってから、内供の機嫌は日に日に悪くなっていき、誰でも意地悪く叱ってしまい、そうして叱られた誰かは、一層内供を軽視するようになる……悪循環ですね。客観的に見て、悪いのは内供なのですが、内供の心情を思うと、周囲の人々の態度にも問題があって、なんだかやりきれない状況になってしまいました。

こんなことなら鼻が短くなる前の方がよかった、と内供が考えるのも当然だといえます。

そんな願いが通じたのか、ある朝内供が目覚めてみると、鼻が昔の長い鼻に戻っている。それを知った内供は、はればれとした心もちになります。

――こうなれば、もう誰もわらうものはないにちがいない。
内供は心の中でこう自分にささやいた。長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら。

僕としては「よかったね! 内供」と手放しでは喜べない結末でした。

僕がこの結末から読み取った教訓は、内供はコンプレックスを消そうとするよりも、コンプレックスを呑み込んでしまえる強い心を持てるように努力するべきだったのだ、ということ。

具体的には、前述したとおり、長い鼻を笑いに変えて武器としてもよかったし、徳を積み、誰からも尊敬されるようなお坊さんであったなら、見た目によらず誰からも笑われなかっただろうし、仮に笑われても、それを受け流すことができたと思います。

コンプレックスを受け入れるのは、とても難しいことだとは思うのですが(かくいう君はどうなの? と訊かれてしまうと、押し黙らざるを得ない――、かもしれません)。

そんなわけで、人間自分にできることをやるしかない、というか、人の目を気にしても仕方がない、というか――といった冒頭の大雑把な感想につながります。

人にどんなふうに見られても、笑われても、気にしない自信を持てるように努力するしかない――なんだかSMAPの『世界に一つだけの花』を思い起こしてしまうような教訓を、芥川龍之介さんの『鼻』から僕は得られたのでした。

言うまでもなく読書感想文におすすめの短編小説です。

SMAPといえば、2016年12月31日をもって解散してしまったのですよね。僕は特にSMAPファンというわけではないのですが、新年になって、SMAPがもうないのだと聞けば、なんとなく寂しいような気もしてきます。

今回の裏・小説読書感想は、コンプレックスを克服できる努力をしなくてはいけない、と言ってはみたものの、前述したように、やはり人間関係を絶ってしまえば、そんなことも気にする必要はなくなるのですかねえ……、ということ。これまでのブログ記事でも折に触れて書いてきたのですが、「殻社会」といったような世界が、訪れないとも言い切れないのではないでしょうか。さまざまな技術が発展して、仕事がオートメーション化されれば、労働力としての人口は必要なくなるわけで、人口はこのままどんどん減少していきます。人が少なくなれば、相対的に人間関係も希薄化するわけです。学校も、自宅からの通信教育ですめば、スクールカーストや友人関係に煩わされることもありません。娯楽は、外に出なくとも満足できる水準まで進化します。漫画やアニメ、ゲームなどとVR(バーチャルリアリティー)の技術がより発展すれば、「恋人は二次元」といった感じで、恋人関係さえも完全に代替できるかもしれない。

…………。

あれ? ひょっとしてネガティブモードになってる? これはまずい――そんなわけで、『ONE PIECE(ワンピース)』を読んで、友情や仲間の大切さを思い出しますか!(昨日テレビで『BORUTO ―NARUTO THE MOVIE-(ボルト ナルト・ザ・ムービー)』やっていた、ということで、岸本斉史さんの『NARUTO ―ナルト-』もいいですね)

以上、『鼻 芥川龍之介』の小説読書感想でした!

今回のブログ記事に関連付けた友情と仲間の大切さを思い出させてくれる漫画

・尾田栄一郎さんの漫画『ONE PIECE(ワンピース)』


・岸本斉史さんの『NARUTO ―ナルト-』


二次元のイケメン好き女子は要チェック! 芥川龍之介さんが登場する『文豪ストレイドッグス』

・漫画版

・小説版

『鼻』 アニメカバー版 <『文豪ストレイドッグス』×角川文庫コラボアニメカバー>

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

それでは今日はこの辺で。

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