紫大納言/坂口安吾=パワハラ、セクハラ、ダメ、ゼッタイ!

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

紫大納言-坂口安吾-イメージ

今回は『紫大納言/坂口安吾』です。

文字数13000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約38分。

太った五十歳の女好きのおっさん紫大納言が、
月の天女にパワハラ&セクハラまがいのナンパを強行し、
それが即本当の恋へ変わる、
アクロバティックラブロマンス!
(オチの解釈は独自解釈)

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

平安時代、紫大納言という人がいた。太った五十歳の女好きのおっさんだった。平安時代の貴族といえば、毎夜女のところへ通うのが仕事みたいなものだった。まあ、これは日本だけの話ではなくて、パリなどでもそうだったらしい。いまもそうなのかもしれない。ともあれ、紫大納言はその夏の夜も、谷あいの道をうきうきと歩いていた。

そんな紫大納言は道の端の草むらに落ちている小笛を拾った。すると歩く行く手に、一人の女が現れた。女は月の姫の侍女を名乗った。

「誤って姫の大切な小笛を落としてしまいました。それをとって戻らなければ、再び天上に住むことができません。それを返してください」

紫大納言は貴族だ。

貴族は紳士のはずだ。

紳士はジェントルマンのはずだ!

紫大納言はつぎのように言った。

「返してほしければ、五日ほど私の別宅へいらっしゃい。大丈夫、何もしない。何もしないから!」

天女は泣く泣く、ジェントルマン改め鬼畜な紫大納言に従うしかなかった(ただし、紫大納言は「ジェントルマンなら美しい女性を口説かないのは嘘だろ」と思っていたかもしれない)。

別宅に着くと、紫大納言はさっそく天女をかき口説き、ことに及ぼうと急くが……燈火のもとで見た天女の美しさに、ハッと心を動かされる。

その夜はどうしても無理矢理する気になれなかった。召使に天女の世話を申し付け、紫大納言は本宅へと帰っていった。

翌日、紫大納言は恋と不安と野獣の血潮に悶え苦しんで過ごした。夜になるとさっそく天女のいる別宅へと急いだ。しかし、道の途中で盗賊団が現れて――紫大納言はチャンスだと思った。

「この秘蔵の小笛をやろう!」

「小笛ももらうが、太刀も衣も全部脱げ!」

下着一枚になった紫大納言は満足だった。小笛は不慮の事故で失われたのだ。私のせいではない。これで天女はずっとここにいるしかない。ひょっとしたら、天女になぐさめてもらえるかも、ぐふふ……。

当然、天女は紫大納言をなぐさめるわけもなく、なぜ命を捨てて小笛を守ってくれなかったのかと、罵った。紫大納言はとにかく言い訳と、天女への恋心を切々と訴えた。天女は、さめざめと泣いていた。紫大納言の欲望は一気に燃え上がり――その夜、ついに天女を抱いた。

月はすでに天心をまわり、西の山の端にかたむいていた。紫大納言は夜道をさまよい歩いていた。天女への恋が、紫大納言に、どんなことをしても小笛を取り返そう、という決意させたのだ。

紫大納言は山の中に分け入り、盗賊団の宴の現場に飛び出していった。

「小笛を返してくれ! すべての宝と引きかえでもいい!」

「返すわけねぇだろ!」

当然、返されるはずがなかった。

紫大納言はリンチされ、股を焼かれ、その場に打ち捨てられてしまった。

意識を取り戻すと、絶望の悲哀が紫大納言を襲った。焼けるように喉がかわき、谷川のせせらぎをたよりに、虫のように這って行った。

突然、ひとりの童子が現れて、「ゆくえも知らぬ、恋のみちかな」、紫大納言の鼻をつまんで姿を消した。童子の消えた後には、大きなキノコが残っていた。

紫大納言がようやくせせらぎの上へ首を伸ばすと、顔から噴き出す血潮が落ちた。せせらぎに映る顔は見るも無残なものだった。紫大納言は絶望した。もう消えたいと思った。最後に一目天女の顔を見たいと願った。が、せせらぎに映るのは無残に歪んだ自分の顔ばかりだった。

紫大納言は手のひらで水をすくい、それを飲もうとした瞬間――彼のからだは我が手のひらの水の中に、頭の先からすべりこみ、その水はせせらぎにばちゃりと落ちて、流れてしまった。

狐人的読書感想

ふむ、太った五十歳の女好きのおっさん紫大納言、月の姫の小笛を盾に取り、天女を言いくるめて不埓な行為に及ぶという……ふむふむ、やっぱり昔っからあったんですね、パワハラとセクハラ(そんな感想?)。

なんか、ハリウッドの映画プロデューサーが、女優をホテルの部屋に誘い込もうとして、「大丈夫、何もしない、何もしないから!」といった、セクハラ事件を思い出してしまいました。

とはいえ、ただのセクハラおやじで終わらない紫大納言、燈火のもとで見た天女の美しさに、本気で恋をしてしまう、というのはちょっと急展開なようにも感じます。展開が目まぐるしいのは、あるいは本作の特徴かもしれません。

紫大納言が天女への恋に苦しむ姿には、恋というものは何なのか、考えさせられるところがあります。

恋をする、といえば、やはり素敵なことだというイメージばかりを持ちますが、実際の恋というものは、それほど素敵なものでもないように感じられてしまいます。

紫大納言は、なんだかんだで一貫して天女のからだが目当てだし、小笛がなくなってしまえばずっと天女は月に帰れないと、自分のことしか考えていません。

実際の人間の恋も、そんな感じですよね。

相手が自分のことを好きかどうかはいつも気になるし、ちょっと話ができたりしただけでうれしいのに、ほかの異性と楽しそうに話しているのを見たりすると嫉妬したりして、どちらかといえばドロドロの気持ちになることのほうが多いという気がします。

もちろん、紫大納言が小笛を返してもらいに盗賊団の宴へ乗り込んでいったのは天女のためであったかもしれませんが、それだって「天女の悲しむ姿を見るのが耐えられない」といった自分本位な気持ちが大きかったように思うのです。

恋をしていると、相手のことを考えてする行いが、全部相手のためだと思い込んでしまうように思うのですが、じつは全部自分のためだったりするんですよね。

「恋は自分のため、愛は相手のため」とはよく思うのですが、いったいいつ恋が愛になるのか、どうすれば恋が愛になるのか、といったところはまったくわかりません。

愛という名の利他的行為も、結局は利己的行為でしかないのかな、とか考えてしまうようなひねくれものの僕には、愛というものの本質は一生理解できないのかな、とか思わされてしまいます。

なので、理解できないのが恋であり愛、というのが僕の中でのもっともわかりやすい定義になるのですが、みなさんはどうなんでしょうね? ちょっと聞いてみたく思うテーマなのですが、こんなことクソまじめに話し出したら笑われてしまうような気がしています。

ともあれ何が言いたかったのかといえば、坂口安吾さんの『紫大納言』は天女が登場する幻想的な物語であるにもかかわらず、非常に現実的な恋が描かれた作品だということです。思えば坂口安吾さんの描く恋愛って、現実的なものばかりだ、という感じですが。

ふと、物語としての恋に現実は求められていないのかな、って気がします。恋はすばらしくて美しいんだよ、って物語ばかりが、世界には溢れているように感じるのですが、それは現実の恋は現実ですればいいのだから、物語くらい夢を見させてよ、ってことなのかもしれませんね。

これはべつに恋愛物語だけにいえることではないかな、現代はとくに現実を見せられるような物語は流行らないのかなと、そんなことを思いました。

紫大納言が水に飲み込まれて流れてしまった最後のオチは、パワハラやセクハラは身を滅ぼすからダメゼッタイ、ということでいいですかね?

(いいわけないか? 行き過ぎた恋は身を滅ぼすということかな、あるいは恋そのものが……こっちをメインに描いたほうがよかったかな……後悔先に立たずかな)

読書感想まとめ

現実的な恋物語って、別に読みたいとか思わない?
パワハラ、セクハラ、ダメ、ゼッタイ!

狐人的読書メモ

・前半部の紫大納言のキャラクターは、いわゆる坂口ファルス的な人物像だったのだけれど、物語全体としてファルス要素はなかったように思う。が、あらすじにそのことが影響してしまったように思う。

・以前の『雨ばけ/泉鏡花』の読書感想で、キノコの妖怪を珍しく感じたが、本作にもキノコ童子と呼ぶべき妖怪的な存在が登場している。現代でも『キノコ擬人化図鑑』の「キノコの娘」とかいるけれど(妖怪?)、昔も何かしら有名なキノコ妖怪のモチーフがあったのだろうか。素朴な疑問メモ。

・恋をすると誰もがナルシストとなり、言い訳がましくなってしまうのはしょうがないのかもしれない、という紫大納言擁護。

・『私共のならわしでは、あきらめが人の涙をかわかし、いつか忘れが訪れて、憂きことの多い人の世に、二度の花を運びます。』――印象に残った一文、時間がすべてを解決してくれる的な、一つの真理ではあると思っている。

・『紫大納言/坂口安吾』の概要

1939年(昭和14年)『文体』にて初出。坂口安吾の説話小説の祖ともいえる作品。のちの説話小説に『桜の森の満開の下』『夜長姫と耳男』など。坂口安吾の説話小説はどれもおもしろいし、すごいと感じる。

以上、『紫大納言/坂口安吾』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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