ヴィヨンの妻/太宰治=私たちは、生きていさえすればいいのよ。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

ヴィヨンの妻-太宰治-イメージ

今回は『ヴィヨンの妻/太宰治』です。

文字21000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約52分。

夫や彼氏が浮気したとき「彼、モテるんだから仕方ないよね」って思える? 「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」って、二十六歳のセリフに思える?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

深夜、妻が四歳の子供と休んでいると、飲んだくれの夫が帰ってくるが、何か様子がおかしい。その後を追うように一組の中年夫婦がやってきて、夫は泥棒だと言う。中年夫婦と揉めた夫が逃走し、妻は二人を家に上げて事情を尋ねる。

中年夫婦は小さな料理屋を営んでおり、夫はそこの常連客だが、つけがだいぶ溜まっている上、今夜店の金を盗んでいったという。妻は、自分がその金を都合し、明日二人の店に赴くことを約束する。

翌日、妻は店を訪れるが、金を工面するあてはなく、苦し紛れの嘘を言うしかない。お金は今晩か明日にはこちらに届くので、それまで私が人質となって、このお店で働きます。

奇跡が起きる。妻が忙しく立ち働いていると、女を連れた夫が店に現れる。女はバーのマダムで、夫の代わりに件の金を支払っていく。妻は店の仕事が楽しかったので、夫のつけを返すためにも、引き続き店で働かせてほしいと、店主夫婦に申し出る。

妻の生活は一変する。戦後の世知辛い世の中では、生きるため、誰も彼も罪人に見えるが、客相手の仕事は楽しく、夫も二日に一度は店に来て、一緒に話をしながら帰ることもある。どうしてもっと早くこうしなかったんだろう。

そんな日々が十日、二十日と経ったある雨の夜、傘を持っていなかった妻は、若い客に言われるまま、相合傘で送ってもらい、あっけなく手籠めにされてしまう。

その日、店に出勤すると、すでに夫の姿がある。夫は昨夜店に泊めてもらったらしい。他愛のない会話をする中で、夫は「あの日、妻と子のために金を盗んだ自分は、人非人ではない」と言い出す。

「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」

と、妻は言う。

狐人的読書感想

とんでもないダメ夫を持つ、けなげな妻のお話ですが、それだけで、学ぶべき教訓を見出してしまいますね……、ずばり「男を見る目は大事!」といった感じですが、どうでしょうね?

ともあれ、女性の強さについて思わされる小説です。

酒飲み、女遊びをする夫――不満を主張するのが妻の強さなのか、耐え忍ぶのが妻の強さなのか……。

妻は夫に文句の一つでも言ってやればいいのに……、とか、僕は思ってしまったのですが、どこまでも甲斐甲斐しく尽くしていたりして、それってどういう感情なんだろう、って、ちょっと理解しがたく感じています。

うちの夫はモテるんだから、他の女と遊んでたってしょうがないよね的な、一種の優越感を含んだ気持ちなんですかねぇ――自分で言っておきながら、なんか違うような気がしますが……、惚れた弱み? う~ん……。

時代の違いなんでしょうか、この妻の達観ぶりというか諦めの境地というか――本当に二十六歳なの? って、驚きますね。

戦後、厳しい時代に生きる人は、現代よりも成熟するのが早かったのかもしれませんが、しかしこの妻が当時の女性のスタンダードだったとはやはり思えず、現代の女性もまたしかりで――特別な個性を持った人なんですかね、ヴィヨンの妻は……。

現代は、女性も……、女性だからこそ、自分の意見をしっかりと言う時代であって、いま「自分は『ヴィヨンの妻』と同じだ!」ってひといるんでしょうかねえ……、夫で苦労している妻は少なくなさそうですが、そのあたり、ちょっと気になったところでした。

妻が料理屋で働き始めて、生活が一変したところは、現代でも共感を覚えるところですね。専業主婦が働き出したら活き活きし出した、みたいな。やはり家で一人でいるよりは、外でお客さんや仕事仲間を相手に働いたほうが、精神的によい影響を与えてくれる気がします。

この物語のテーマは、妻の最後のセリフに集約されていると思います。

「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」

あるいは、

あんな上品そうな奥さんさえ、こんな事をたくらまなければならなくなっている世の中で、我が身にうしろ暗いところが一つも無くて生きて行く事は、不可能だと思いました。

終盤、妻が夫以外の男と体を重ねてしまったのは、はたして無理矢理だったのか、妻もそれを望んでいたのか――なんとなく後者だったように感じられます。

どんな時代であっても、正しいことばかりして生きられる人はいなくて、「私たちは、生きていさえすればいいのよ」という妻のセリフに、なんだか慰められてしまうような気持ちになるのは、自分の弱さなのかもしれないなぁ……、とか思ったり。

人非人でもいいじゃないの、今回の狐人的読書感想でした。

読書感想まとめ

私たちは、生きていさえすればいいのよ。

狐人的読書メモ

・寸善尺魔――まさに人間の一生は地獄である、かもしれない。

・奴隷根性――何かに従って生きるのはとても楽である、かもしれない。

・酒のこと――最近お酒の不祥事が続いているよね、ジャニーズ関係。

・『仕事なんてものは、なんでもないんです。傑作も駄作もありやしません。人がいいと言えば、よくなるし、悪いと言えば、悪くなるんです。……』――ホントそれな。

・『ヴィヨンの妻/太宰治』の概要

1947年(昭和22年)『展望』にて初出。第二章は口述筆記のち書き直し。ヴィヨンとは15世紀のフランスの詩人フランソワ・ヴィヨンのこと、放蕩な人生を送った無法者らしく、本作の夫のモチーフとなっているそう。2009年に松たか子、浅野忠信出演で映画化している。

以上、『ヴィヨンの妻/太宰治』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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