わが文学修業/織田作之助=小説を読み、いきなり小説を書き出してみよう!

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

わが文学修業-織田作之助-イメージ

今回は『わが文学修業/織田作之助』です。

文字3000字ほどの随筆。
狐人的読書時間は約10分。

織田作之助は二十六歳のとき、スタンダールの『赤と黒』を読み、いきなり小説を書き出して、翌年には芥川賞候補になった。逆説的スタイル確立? 凄い文豪から学べることって……?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

・織田作之助が本当に小説の勉強を始めたのは二十六歳のとき。それまでは劇の勉強をしていた。スタンダールの『赤と黒』を読み、いきなり小説を書き出した。

・スタイルはスタンダール、川端康成、里見弴、宇野浩二、瀧井孝作から摂取した。

・小説を書くとき、理論を作ってそれをあてはめることはしなかった。

・戯曲でセリフに苦労していたので、小説ではセリフを少なくした。会話をなるべく地の文の中に入れ、全体のスタイルを語り物の形式に近づけた。

・場面場面の描写を簡潔にした(年代記風)。

・井原西鶴を読み、スタンダールとともに師と仰ぐべき作家であると納得した。

・地理的な意味ではない、義理人情や経済の世界ばかりでない、広義的な大阪人を書こうとした(織田にとってはスタンダールもアランも大阪人である)。

・織田にとっての文学修業とは大阪勉強ということにほかならない。

・気になる作家、正宗白鳥、内田百間、武田麟太郎、室生犀星。

狐人的読書感想

ふむ。

『わが文学修業』、少なからず興味を覚えるタイトルなので、何か勉強になればいいなあ、なんて読み進めてみたのですが、やっぱり文豪と呼ばれる人はレベルがちがうなあ、というのが、率直な感想です。

それまで戯曲を書いていたとはいえ、スタンダールの『赤と黒』を読んで、いきなり小説を書き出して、その翌年には芥川賞候補(『俗臭』)や文芸推薦(『夫婦善哉』)って、凄すぎます。

とはいえ、レベルが違うからまったく参考にならない、ということもなくて、頷ける部分も多々ありました。

文豪と呼ばれる人でもやっぱり誰かを参考にしている、というのは、当たり前といえば当たり前のことですかね。好きな作家さんの作風に引っ張られ過ぎて困る、みたいなことってなかったのかなあ、というところがさらに知りたいと思いました。

小説を書くとき理論を作って当てはめない、というのは、あまり形式に捉われない、ということだと解釈したのですが、形式を気にし過ぎて、なかなか書き進められないということがあるんですよね。

書き進められないと、そこで頓挫してしまうこともしばしばで、これについてはすごく共感するところでした。

あとでいくらでも直せるんだから、とりあえず勢いのままに書くことが大切、とは自分に言い聞かせたりするのですが、どうしても気になってしまうのが、形式だという気がします。

セリフに苦労した、というところは「それな!」ってなるくらい共感したのですが、やっぱりレベルが違う苦悩だったかもしれませんね。

解決策としてセリフを少なくした、とありますが、現代の小説はどちらかといえばセリフメインのものが多いように思い、これを取り入れるのは躊躇するところがあります。

とはいえ、代わりに地の文に会話を取り入れる、という工夫もされていて、これは一人称と三人称を混ぜたような文体のことを言っているように聞こえて、だったら現代でも主流のスタイルですよね。

とにかく書き進めやすい人称を見つけるのは、小説を書くための第一歩かもしれません。

場面場面の描写を簡潔にした、というところは、読みやすさを意識しているんですかね? 地の文を少なくしてセリフを多くしている現代の小説に、やはり通じるものがある気がしました。

師と仰ぐべき作家さんを見つけるのも、やはり大切なことですよね(しかし前述の通り、その作風に引っ張られ過ぎてしまう心配があると思うは僕だけ?)。

大阪を書こうとしている――どうしても書きたいものがあるというのは、一つの強みであって、それが思い入れの強い故郷だったりすれば、尚更だと感じます。

いろいろなものに興味を持つというのは、小説を書く上で重要なことですね……言われてみれば当たり前のことなのですが、盲点だという気もしました。

いい小説を読むと書きたくなる、という気持ちはちょっとわかるので、じゃあとりあえず書き出してみようよ!――って思った、今回の狐人的読書感想でした。

読書感想まとめ

小説を読み、いきなり小説を書き出してみよう!

狐人的読書メモ

・織田作之助は本作で、戯曲勉強から逆説的に自身の小説スタイルを生み出したと語っている。小説だけでなく脚本や詩などから多角的に書くことを見つめる姿勢も大切なのかもしれないな、という当たり前。

・『わが文学修業/織田作之助』の概要

1943年(昭和18年)『現代文学』にて初出。『健康が許せば、西鶴が小説を書いた歳まで生きられるだろう。まだ十年ある。文学修業はそれからだと思う。』――とあるが、実際には約四年後には亡くなられていることをとても残念に思う。前向きさが感じられる随筆なので、やる気を出したいときに読み直したい作品。

以上、『わが文学修業/織田作之助』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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