夜行巡査/泉鏡花=狐人の解説的感想と現代語訳のあらすじ(文ストの泉鏡花さんは女性で、こち亀の両さんは巡査長!)

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狐人的あいさつ(挨拶大事)

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

女性警官
photo by Roberto Bosi photographer & videomaker

今回は『夜行巡査/泉鏡花』です。

泉鏡花 さんの『夜行巡査』は、文字数13000字ほどの短編小説です。観念小説とは? 未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ(現代語訳)

(泉鏡花 さんの『夜行巡査』は、文語体、簡単にいうと古語の文体で書かれていて、現代人には少々読みにくいかと思いました。なので、今回は現代語訳的に内容を網羅的にあらすじとしてまとめてみたいと思います。内容の把握にお役に立てれば幸いです)

職人風の若者が、老車夫に話しかける。老車夫は空腹からか、その声は弱々しく、寒さに震えている。若者が老車夫に話しかけたのは、この老車夫が巡回中の巡査に叱責されていた様子を見て、癪に触ったからだ。老車夫の語るところによれば、はいていた股引が破れていて、膝から下がむき出しになっていたのを、見苦しいと咎められたのだとか。

こんな視界の効かない闇夜に風俗も何もないではないか――そんなことくらいで、弱者たる老人に権威を振りかざす巡査に対し、なお憤る若者。老車夫は、この秋、孝行者の息子を兵隊に取られ、その嫁と孫を養うために、引退した車引きの仕事を再び始めたのだという。

なんという木念人ぼくねんじん、因業な寒鴉かんがらす――若者の義憤は甚だしい……、憤慨と軽侮と怨恨の視線の先、麹町一丁目のイギリス公使館の土塀あたり、ランタンの灯が南に行くのが見える。それはまるで闇夜に光る怪獣の眼のようだ。

怪獣は、八田義延はったよしのぶという巡査であった。機械のような正確な足運び、どんな些細な異常も見落とさない目――しかし二度と後ろを振り向かないその姿勢からは、自分が一度見たところには微塵の懸念もない、といった過信が伺える。

八田巡査がちょうど曲がり角にさしかかったとき、門の下にうずくまっている、ひどく痩せて、幼児を抱いた、一人の女を見た。人目のない夜更け、少しでも暖を与えようとしているのか、着ているぼろの帯を解いて、幼児をその肌に引き寄せている姿には、誰でも憐れを催すだろう。

しかし八田巡査は、女の枕元で足踏みして、「こんなところで、そんな恰好で寝ていてはいかん」と叱責する。その声に、幼児も目を覚まして、飢えと寒さを思い出し泣き出すも、その泣き声は弱々しい。女は災難に遭って、物乞いになったばかり……、今晩はどうか大目に見てほしいと懇願するも、八田巡査は規則に昼も夜もないのだと聞き入れない。巡査が軒の主人に頼めば、承諾してくれたかもしれないのに……。

一人の若く美しい娘が、半蔵門の方からきて、堀端を曲がろうとしたとき、酔った連れのがよろけるのを注意した。娘の名前はおこうといい、老人は娘の伯父にあたる。

その後ろから、百歩の距離を隔てて、人のやってくる気配がある。お香が「おまわりさんがきますよ」と促すと、それを聞いた叔父は「うれしそうだな」と目を鋭くする。ふたりは結婚式の帰り道で、伯父はその様子がうらやましかっただろうと、お香に管を巻く。そして、ただうらやましがらせるだけに、お香を結婚式に連れて行ったのだ、と続ける。そして、ある巡査がお香との結婚を申し込んできたときの様子を嘲るようにして語る――二人の後ろからやってきていた八田巡査の体に電気が走る。

お香と八田巡査は恋仲だった。お香は器量よし、気立てもよく、優しい娘――叔父の気に入らないわけがない。一方の八田巡査も申し分ない男だ。しかし叔父は結婚の申し入れを断った。もしも八田巡査が、乞食や高利貸しや盗人であったなら、喜んで結婚させただろうと、伯父はいう。さらに八田巡査がお香を愛しておらず、お香も八田巡査を愛していなければ、とも。それは意に添わぬ相手と結婚して、苦しむお香の姿を見たいがため――なぜここまでいうのか。

かつて、伯父はお香の母に恋をしたが、その恋が叶うことはなく、お香の母は弟と結婚した。叔父は絶望し、復讐を誓った。失恋の苦しみというものが、どういったものであるかを思い知らせてやりたかった。お香の両親が早くに亡くなってしまうと、復讐の対象として残されたのはお香のみだった。お香が八田巡査を好きになったから、その邪魔をして、自分も望みをとげられると――嬉々として語る叔父。

お香は聞くに堪えず……、八田巡査もちょっと足を速めれば、あるいは歩みを緩めれば聞かずにすむのに、職務に対する責任がそれを許さない。ついに堪え切れず、お香はその場を逃げ出して堀端の土手に飛び乗る。身を投げられては、と狼狽えた叔父は、引き戻そうと慌てるが、酔った目で足場を見失い、堀の水の中に落ちてしまう。すぐに駆けつける八田巡査は叔父を助けようとする。八田巡査が泳げないことを知っているお香はそれを止めようとするも、どんなに叔父が憎くても、それを救うのが職務だ、といって、八田巡査は堀の中に飛び込んだ。

八田巡査は、警官としての職務を全うするため、憎くて憎くてたまらない悪魔のような男を救おうとした。真冬の夜、凍るほど冷たい水の中に、愛と命を棄てた。

後日、世間は八田巡査を情け深い仁者と称賛した。

しかし本当にそうだろうか?

同じ彼が、残忍過酷にも、許すべき老車夫を懲罰し、憐れむべき母子を厳責したことを、賞賛する者がいないのはどうしたことか。

泣く女性

狐人的読書感想(解説含む)

さて、いかがでしたでしょうか。

現代語訳して網羅的に内容をあらすじとしてまとめた結果――かなり長くなってしまいましたが……、本文を全部読むのはめんどくさいけど内容を知りたい、という方のお役に立てればこれ幸い。

はてさて、狐人的読書感想ですが……、まずは読みにくかった! そのせいか、内容もあまりよく理解できなかったように思いました。

なので、ちょっとばかり泉鏡花 さんの『夜行巡査』について調べてみたのですが。『夜行巡査』は「観念小説」というジャンルに分類されるようで、泉鏡花 さんはこの「観念小説」と「幻想文学」の先駆者として知られているそうです。

……で、観念小説って何?
――ということなのですが、「観念」には「観念しろ!」という使い方があるように、諦めること、といった意味もありますが、この場合は物事について持つ考え方といった意味のほうを指しています。

すなわち観念小説は、社会や個人の考え、とくにその悲劇的な在り方を、ありのままに描いた小説、ということになります。

なんでも日清戦争後、盛んになったそうで、前回のブログ記事で読書感想を書いた坂口安吾 さんの『堕落論』も第二次世界大戦後まもなく発表された作品だったこともあり、(生意気にも?)文学に対する戦争の影響力の大きさを実感せずにはいられません。
(⇒堕落論/坂口安吾=狐人的感想「堕落論は堕落論じゃないと思う僕は堕落している?」

では、『夜行巡査』のどこら辺が観念小説なのかなあ、と考えてみると、やはりタイトルの示すとおり、八田巡査の在り方、ということになるのではないでしょうか(お香の叔父も悲劇的、というか悲惨な人格ではありますが……)。

八田巡査の人格を説明するのに、適切な文章があるので、以下に引用します。

かれは明治二十七年十二月十日の午後零時をもって某町なにがしまちの交番を発し、一時間交替の巡回の途にけるなりき。

されども渠はその職掌を堅守するため、自家が確定せし平時における一式の法則あり。交番を出でて幾曲がりの道を巡り、再び駐在所に帰るまで、歩数約三万八千九百六十二と。情のために道を迂回うかいし、あるいは疾走し、緩歩し、立停りゅうていするは、職務に尽くすべき責任に対して、渠がいさぎよしとせざりしところなり。

一つ目は、八田巡査の登場シーンの一文で、二つ目は、こうすれば、聞くに堪えない叔父の暴言を聞かずにすむのに八田巡査――のシーンです。

明治二十七年十二月十日の午後零時……、歩数約三万八千九百六十二……。

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――と思わされたのはきっと僕だけではないはず。もちろんこれは地の文なので、八田巡査が必ずしもこの数字を思い浮かべて行動していたとはいえないわけなのですが、どことなく機械的なイメージが喚起される描写となっていて、秀逸な部分だと感じました。
さすが『文豪ストレイドッグス』(文スト)でも大活躍している泉鏡花 さん、ですね(女性化していてすでに別人だし、そもそもここで『文豪ストレイドッグス』を持ち出す必要あった? という疑問はさておき)

八田巡査は冷酷非情な人物として描かれており、もちろんその行動は非情というにやぶさかではないのですが、これは規範や職務に忠実であることからきている行動であって、完全には非難しにくいところがあります。

サービス業の方などは、ひょっとしたら共感しやすいかもしれないなあ、と愚考するわけなのですが――たとえば、防犯ゲートのついている建物の受付などで働いていたとして、トイレを貸してほしいと切羽詰まった母子がきても、防犯上の観点からは内部に通すわけにもいかず……、かといって他のトイレがある場所まではとても間に合いそうになく……、どうすべきか? ――といった感じでしょうか(まあ、防犯ゲートの外にもトイレあるよ、という場合の方が多いでしょうか……うまく例えられず、すみません)。

うまく例えることはできませんでしたが、学校や会社や国が定めた規範と、規範外の行動を現実に迫られたとき、どのように判断し行動すべきか――というようなことの難しさは、漠然とでも理解できます。

規範に厳格な人格というのは、その人が持つ生来の性格だけでなく、規範を作った社会にも大きく影響され構築されるものです。ゆえに、八田巡査の在り方は、個を表していると同時に、社会全体の在り方をも体現しているのだと考えました。ここから、生命や感情よりも、規範を優先するような社会が、はたして良い社会といえるだろうか? といったような社会の歪みに対する問いかけを、世間に投げかけている小説が、観念小説なのかなあ、と思いました。

――とはいえ、このオチは、お香があまりにかわいそすぎる、と思わずにはいられないのは、僕だけでしょうか?

調べてみると、このラストには泉鏡花 さん自身の観念が表れている、という見方があるそうです。

というのも、作家として評価されるきっかけともなった『夜行巡査』は、泉鏡花 さんの初期の作品で、1895年(明治28年)に発表されました。泉鏡花 さんのお父さんが亡くなったのは1894年(明治27年)のこと、22歳のときだったといいます。これにより泉鏡花 さんは一家の稼ぎ手となったわけですが、売れない小説家に、当然家計を支えられるだけの経済力があったはずもなく、苦しい生活を余儀なくされていたそうです。困窮のあまり、身投げさえ決心したこともあったのだとか。

こうした境遇が、ラストの描写に影響していると考えるのは、たしかに自然な流れのように思います。社会的な面のみならず、個人的な点においても、『夜行巡査』は観念小説として優れているといえるのかもしれませんね。

考えるキツネ
photo by Rob Lee

坂口安吾 さんの『堕落論』を読んで、その時代の旧弊から脱却して、「自分で考えて自分で行動しよう!」ということを学んだばかりですが、今回もまた同様のことを考えさせられた作品が、泉鏡花 さんの『夜行巡査』なのでした。

狐人的読書メモ(巡査長?)

娯楽的な意味合いでおもしろいと感じなかったり、読むのが難しいと感じたり……、でもいろいろ調べて吟味してみると、文学的なおもしろさを発見できたり……、文学って奥が深いですねえ――とか言ってみたり。

・『夜行巡査/泉鏡花』の概要

1895年(明治28年)、「文藝倶楽部」にて発表された短編小説。明治資本主義社会の矛盾や問題点を指摘している観念小説、社会小説。じつは以前ブログ記事で読書感想を書いた『外科室』も観念小説に含まれるらしい……、恋愛小説だと思って読んでました(お恥ずかしい)。
(⇒小説読書感想『外科室 泉鏡花』哀純愛…こんな一目惚れしたことある?

[まとめ買い] こちら葛飾区亀有公園前派出所(ジャンプコミックスDIGITAL)(151-200)ちなみに秋本治さんの漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(こち亀)の両さん(両津勘吉)は「巡査長」! 去年(2016年)9月17日でついに連載が終了しましたねえ……、惜しまれますが、お疲れさまでした。

・口語体と文語体

簡単にいってしまうと、口語体が現代語で、文語体が古語。

以上、『夜行巡査/泉鏡花』の読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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