鳥箱先生とフウねずみ/宮沢賢治=ハッハッハ、先生もだめだし、生徒も悪い。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

鳥箱先生とフウねずみ-宮沢賢治-イメージ

今回は『鳥箱先生とフウねずみ/宮沢賢治』です。

文字数3500字ほどの童話。
狐人的読書時間は約10分。

教育風刺。
とにかく勉強して、いい学校に入って、いい成績を収めて、
いい暮らしをするために、いい職業につけるように――
子供に夢を見せるのは先生の仕事じゃなくなってる?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

ある家に一つの鳥箱があった。中に入れられた子供のひよどりは、お母さんの名前を呼んでバタバタと泣いた。

鳥箱は「泣いちゃいかん」と教え諭したことから、自分は先生なのだと気づく。「お前を教育するんだぞ」、ひよどりに鳥箱先生と呼ばせて悦に入る。

ひよどりは先生が大嫌いだった。あるとき、七日間エサをもらえず命を落とした。二羽目は腐った水をもらったために赤痢になった。三羽目は寂しさで、四羽目は猫大将にさらわれて、それぞれ命を落とした。

すっかり信用をなくした鳥箱先生は物置にしまわれてしまった。そこでねずみのお母さんに頼まれて、フウという名のねずみの子を教えることになる。

鳥箱先生はフウねずみがそばを通るたびに教えを述べた。ちょろちょろ歩いてはいけない、きょろきょろしてはいけない、背中を丸めていてはいけない。

フウねずみはそのたびに、くもやしらみ、けしつぶやひえつぶなどの友達と比べて、自分は一番なのだと反論する。

鳥箱先生が何度言ってもフウねずみの佇まいは直らない。とうとう面倒くさくなって、穴の中へ逃げ込んだフウねずみの態度に、激怒した鳥箱先生は、お母さんねずみとフウねずみを前にして「この生徒はダメだ。退校だ」とまくしたてる。

そのとき、猫大将が嵐のように現れて、フウねずみを地べたに叩きつけて言った。

「ハッハッハ、先生もだめだし、生徒も悪い。先生はいつでも、もっともらしいうそばかりいっている。生徒は志がどうもけしつぶより小さい。これではもうとても国家の前途が思いやられる」

狐人的読書感想

前回読書(『一年生たちとひよめ/新美南吉』)からの流れがあるからでしょうか、近代文学には教育について述べられている作品が、けっこう多いように感じています。

『鳥箱先生とフウねずみ』では、教育が批判的に語られていることもあって、宮沢賢治さん自身、先生や学校が嫌いだったのかな、あるいは生徒たちのあり方に疑問を抱いていたのかな、などと想像してしまいます。

「ハッハッハ、先生もだめだし、生徒も悪い。先生はいつでも、もっともらしいうそばかりいっている。生徒は志がどうもけしつぶより小さい。これではもうとても国家の前途が思いやられる」

猫大将の最後の言葉に、この作品の言いたいことが集約されているように思いますが、僕自身も「ハッハッハ」と笑いごとではなくて、身につまされるような気がするのですが、みなさんはどうでしょうね?

現代の教育関係のニュースや事件を見ていると、猫大将の言っていることはいまでも充分通用することのように感じられて、教育って、結局のところ昔も今もあまり変わっていないのかな、などと考えてしまいます。

中島敦さんの『弟子』を読んだときにも思ったのですが、昔の中国では自分から志を持って学びたいと願い、先生を探して弟子入りしなければ教えてもらえなかったことを思えば、義務教育が当たり前となっている現代の日本は恵まれているのだといえそうです。

しかしながら、当たり前に義務教育があって恵まれているがゆえに、先生は職業に、生徒はお客様になってしまっている側面があるような気がします。

『弟子』では、孔子と子路との師弟関係が描かれていて、師と弟子がお互いを尊重し合っていたところが印象に残っています。

生徒は大きな志、夢を持てるように努めなければならず、そして先生は生徒が夢を持てるような教育をこそしなければならないと感じますが、学歴社会と化した現代の日本では、それがなかなか難しいのではないかと想像します。

大きな夢を抱いて、それを叶えるために勉強するのが本来のあり方なのでしょうが、いまはとにかく勉強して、いい学校に入って、いい成績を収めて、いい暮らしをするために、いい職業につけるように、子供たちはがんばっているんですかねえ……。

「なりたい職業ランキング」に、会社員とか公務員とかあったりすると、ついついこのようなことを考えてしまいますが、しかしこれが悪いことだともいえないんですよね。

人間、まず安定した職業について、ちゃんとした家庭を持って、いつまでも家族と仲よく暮らしていければ、それが一番の幸せだという気がしますし、夢はテレビやマンガやゲームなどで見られる現代、先生は夢を教える仕事ではなくなっているのも現実だと思います。

親たちも、先生には勉強を教えること以外は望んでいないのかな、先生も勉強以外のことを求められても困るのかな、とか考えはじめてみると、猫大将の言っていることが一概にいまの教育に当てはめることができるのか、ちょっと疑問にも思えてきて――

教育って難しいですね、という今回の読書感想のオチでした。

読書感想まとめ

教育って難しいですね(当たり前のこと言ってますかね?)。

狐人的読書メモ

フウねずみは自分よりも劣っている友達と自分を比べて、「井の中の蛙」的に自己を正当化していたけれど、他人と自分を比較するならば、その人の優れた部分と比較して、自分磨きにつなげるほうが建設的だと思った。とはいえ、人と比べて優越感を得るのは楽だし楽しくもあるだろう、「言うは易く行うは難し」かもしれない。とはいえ、友達と自分を比較してはいけない(比較しないほうがいい)ような気がする。……比較しないで付き合える友達が真の友達なのだろうか? 友人関係もまた難しい。

・『鳥箱先生とフウねずみ/宮沢賢治』の概要

初出不明。生前未発表。教育風刺作品。昔と今の教育を比べると、全く変わっていないような、大きく変わっているような、良くなっているのか、悪くなっているのか、一概にはいえない難しさを感じた。

以上、『鳥箱先生とフウねずみ/宮沢賢治』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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