眉山/太宰治=読むと自己嫌悪ループに陥ってしまうのは僕だけ?

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

眉山-太宰治-イメージ

今回は『眉山びざん/太宰治』です。

太宰治 さんの『眉山』は文字数7500字ほどの短編小説です。「眉山」とはトシちゃんのあだ名。トシちゃんは飲み屋の若い女性店員さん。お客さんに疎まれていた彼女が「いい子」といわれる理由とは。読むと自己嫌悪ループに陥ってしまうのは僕だけ?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

戦後、飲食店閉鎖の命令が発せられる前のお話。語り部は小説家の端くれたる「僕」。舞台は帝都座の裏にある若松屋という飲み屋。そこは、僕の親しい知人のお姉さんのお店で、つけが利き、二階に寝泊まりすることができて便利だった。僕は飲み仲間たちと足しげく通った。

そこにトシちゃんという、幼少から何より小説が好きだったと自称する、二十歳前後の店員さんがいた。しかしこの店員さん、不器量で、ものを知らない。にもかかわらず、図々しく、騒がしく、知ったかぶりで、すぐ出しゃばる。

あるとき、僕がピアニストの川上六郎氏を連れて若松屋に行くと、「あのかた、どなた?」とトシちゃんがいつもの調子でしつこく訊いてくる。「川上っていいうんだよ」と辟易しながら僕が答えると、「ああ、わかった。川上眉山」と独り合点するトシちゃん。「馬鹿野郎!」

――それ以来、僕たちは陰でトシちゃんを「眉山」と呼ぶようになった。

眉山が非難されるいわれは他にもあった。それはトイレの使い方についてだ。「眉山の大海」といわれるほどトイレを汚す。ダダダダダと勢いよく階段を下りてはよくトイレに駆け込み、ドスンドスンと二階に上ってくる。

そんな眉山に僕は本気でムカつくこともあった。眉山が新刊の文芸雑誌を買ってきて、嬉しそうに僕の名前を探しているのだ。その雑誌には、僕の小説をクソミソに貶している論文が載っているのを、僕は知っていた。それを眉山ごときに読まれ、少しでもいじられるのが、僕には耐えられなかったのだ。

行く店を変えてしまえば、こんなに不快な思いをしなくてすむのだけれど、それでもつけが利くものだから、足はついつい若松屋のほうに向いてしまう。

その後、僕はお酒の飲みすぎで体調を崩し、十日ほど寝込むと回復したので、またお酒を飲もうと若松屋へ出かけた。途中飲み仲間の橋田氏に出会い、眉山がいなくなったことを知らされる。

あまりにもトイレが近いので、心配になったおかみが病院に連れていくと、眉山は腎臓結核で、すでに手の施しようもなく、もう長くは生きられないので、親元に返してやったのだという。

「そうですか。……いい子でしたがね」

思わず出た自分の言葉に、僕は自分で自分の口を覆いたいような気持がした。

午前二時でも三時でも、「トシちゃん、お酒」と一言いえば、「ハイッ」と返事して、寒いのにすぐ起きて、嫌な顔一つせずお酒を持ってきてくれた。

少しでも長く好きな小説家たちといたかったから、眉山の大海といわれるほどに、トイレを我慢していた。

ドスンドスンもいまにして思えば、病気を押して、尽くしてくれていたに違いない。

僕は、地団駄じだんだ踏みたい思いで、その日からついに飲む店を変えた。

狐人的読書感想

なんだか泣きそうになってしまうような、「……いい小説でしたがね」と、思わず、溜息と共にその言葉が出て、僕は狼狽し、自分で自分の口を覆いたいような心地がしたのですが、どうでしょう。

太宰治 さん好きの方にとっては当たり前のことなのかもしれませんが、最近読み始めた僕としては、こういった「なんだか泣きそうになってしまうような小説」を、太宰治 さんが結構書かれていることに、意外な思いがしている今日この頃なのですが(退廃的な生き方や『人間失格』などのイメージが強すぎるのかもしれませんが)。

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自己嫌悪ループ

眉山-太宰治-狐人的読書感想-イメージ

語り部たる「僕」は、トシちゃんこと「眉山」のことを不快に思っていました。本文を読んでいただくとわかりますが、陰で結構ひどいことを言っています。

しかし物語のラスト、眉山が病気で長くないことを知った途端、「……いい子でしたがね」と、これまでの印象を覆す発言をして、そのことに狼狽しています。

これは誰もが共感しやすい、身近なことのように、僕には思えました。もちろん好ましく思っていなかった知人が、じつは病気で長くないとか、お亡くなりに……、みたいなことが、現実にそうそうあるわけではないのですが。亡くなってみればいい人だった――といったような感想は、一般的なものとして捉えやすいのではないでしょうか。

そしてその感想は、必ずしもその人のことを想って出たものではなくて、その人がいなくなったことで生じる、自身を取り巻く環境の変化、そこに感じる寂しさのようなものを、感慨深く感じているだけなのではないでしょうか。

すなわち、「……いい子でしたがね」と、「僕」が思わず口に出したのは、眉山のためにではなくて、どこまでも自分本位の発言で、そのことに気づいたがための狼狽だったのではないかな――と、僕には感じられた、ということなのです。

この狼狽は、「自己嫌悪」の表れである、と捉えると、僕にはすんなり飲み込める気がしました。

皆さんは、学校や会社……、まあどこでもいいのですが、「この人話が合わないなあ」と感じる人というのは、いらっしゃるでしょうか?

「話が合わない」と一言でいっても、いくつか理由が考えられて、この場合は、趣味が合わないということではなくて、感性が合わないというか、率直にいってしまえば、「レベルが合わない」という表現が一番近いかもしれません(あんまりいっていいことではないかもしれませんが、ここだけの話―?―ということで、どうかご容赦ください)。

話していてもつまらない……、本当に共感できる意見が返ってこない……、おもしろいことや気の利いたことを全然言ってくれない……、そうなってくると、どうしてもその人のことを敬遠してしまい、話の合う人とばかり仲良くしてしまうのですが、いかがでしょう。

しかもそういう人に限って、決して悪い人ではなくって、自分のことを結構慕ってくれたりなんかして……、そうなってくると、もうダメです。自己嫌悪に陥ります。なんで上から目線なんだよ自分……、君ってそんなに大層なやつなのかよ……、みたいな。

『眉山』の「僕」が、真実このようなことに思いを馳せたかどうか、実際のところはわかりませんが、僕としてはこのようなことを思わされて、「僕」と同じように、「狐人的読書感想」冒頭のような気持ちになってしまいました。

だったら、明日からでもその性根を改めろよ、ということなのですが、これがどうしても改まりません。そのときは決心した気になっていても、しばらくしたらもとに戻っていることに気がつき自己嫌悪、「よし!」と気持ちを新たにしても、また時間が経てば……、の繰り返し……。

軽くうつなんじゃないか、と疑いたくなることもしばしばですが、皆さんどうなのでしょうねえ……(とかきかれても?)。そもそもこんなことを考えること自体おかしいのかもしれませんが……。

読書感想まとめ

なんだか泣きそうになってしまうような、「……いい小説でしたがね」と、思わず、溜息と共にその言葉が出て、僕は狼狽し、自分で自分の口を覆いたいような心地がしたのですが、どうでしょう?

狐人的読書メモ

本当に誰かのことを想っての言動なんて本当はないような気がしている。そんな自分に自己嫌悪している。

・『眉山/太宰治』の概要

1948年(昭和23年)3月、『小説新潮』初出。

・飲食店閉鎖の命令

終戦から二年後にあたる1947年(昭和22年)、食糧危機の対策として、日本全国で約33万軒の飲食店が閉鎖された。戦時中の食糧難はよく知られているが、戦後のそれについては意識が低かったように思った。

・トシちゃんが「眉山」と呼ばれるようになった由来、「僕」に「馬鹿野郎!」と怒鳴られた理由

トシちゃんのあだ名の由来となった明治時代の小説家・川上眉山 さんの没年は、1908年(明治41年)なので、すでに……(ちなみに太宰治 さんの誕生年は1909年―明治42年―)。トシちゃんの無知っぷり……(僕も人のことは言えなかったけれど……)

・『眉山』の舞台

帝都座裏は、現在の伊勢丹前、三越脇の裏通りのあたり。若松屋は架空のお店。しかし、三鷹の若松屋は、実在する屋台のうなぎ屋だった。その近くの菊屋は太宰治 さん行きつけのお店。『眉山』の若松屋のモチーフとなったのは、三鷹の小料理屋千草。

・トシちゃんのモデル

太宰治 さんがお亡くなりになったのは1948年6月、これは『眉山』が発表される3か月前。ゆえに太宰治 さんと一緒に入水した山崎富栄 さんが、トシちゃんのモデルに違いない、といわれていたらしいが、事実ではないそう。若松屋のモチーフとなった三鷹の小料理屋千草の店員さんのなかに同名の方がいた。しかしトシちゃんの人物像についてはまったくの創作だと考えられる。ちなみに、この方の生家は静岡県の小学校とのこと。「小使いさん」という職業がかつてあって、夫婦そろって学校に住み込み、そこで子をなすというのは普通にあったことらしい。

以上、『眉山/太宰治』の読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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「眉山/太宰治=読むと自己嫌悪ループに陥ってしまうのは僕だけ?」への2件のフィードバック

  1. 昨夜は眉山を読んでみた。確かに日常生活ても、自らのセンスで、差別して接する人がいる。いわゆる嫌なタイプ。
    考えて見れば、それはあくまでも見識の狭さ故の独りよがりのセンスであって、恥ずかしい、自己本位な考えだ。
    これからもっと他人を優しくする必要がある。

    1. 香風夜雨さん、コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、見識の狭さゆえに、知らず知らずのうちに、嫌なタイプになっていないかなあ、ということを、読書していてふと思うことがあります。自分を恥じて、自己本位にならないようにして、ひとにやさしくできるように、意識していきたいです。貴重なご意見、本当にありがとうございました。

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