赤い着物/横光利一=僕がいなくなっても世界は回り続ける。

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

赤い着物-横光利一-イメージ

今回は『赤い着物/横光利一』です。

文字数4000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約12分。

灸は女の子が笑ってくれるから有頂天になってふざけていたら階段から……。僕がいなくなっても世界は回り続ける。だけど誰かにとって特別な命でありたいと願う。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

点燈夫てんとうふは雨の中を帰っていった。

村の田舎宿に、婦人と真赤な着物の女の子が客として訪れる。宿の子の灸は子供を遊ばすのが上手だったので、女の子と遊びたくてしょうがない。

翌日、灸は犬の真似をして、女の子を笑わせる。調子に乗り、そのまま床を転がって、廊下の端までくると、そこには階段があり……灸は命を落とす。

その翌日もまた雨が降っている。

婦人と女の子は宿を立ち去り、灸の姉のところへは、重い良人の手紙が投げ込まれる。

夕暮れになると、またいつものように点燈夫がやってきて、黙ってつぎの家のほうへ、去っていった。

狐人的読書感想

真赤な着物の女の子を笑わせたいがために、男の子が命を落としてしまった話だと単純に言ってしまえば、なんだか魔性といったような、あやしい雰囲気を感じてしまうのは、はたして僕だけ?

赤という色にはどこか人を狂わせるような魅力がありますし、子供のことだという点も、善悪を超えた言い知れぬ事象だということを、暗示しているようにも思えるんですよねえ……。

とはいえ、普通に読むならば、これは不慮の事故で子供が一人亡くなってしまったお話で、こういうことは現代でもままあることなのではなかろうか、などと想像します。

物語の始めと終わりに点燈夫てんとうふが登場して、宿の献燈に油を注ぎ足して去っていく描写があるのですが、これは宿の住人たちにとっての日常を象徴していて、灸の生前と亡くなった後に同じ日常が繰り返されることで、人一人の命が失われたとしても、世界は何の影響も受けずに回り続けていく……みたいな余韻を受けます。

当然のことながら、自分にとって自分の命はとても特別なものですが、世界にとっては全然特別なものじゃないんだよなあ……、とか思うと、なんだかむなしさみたいなものを感じてしまいますね。

しかしながら、自分の命は自分のものばかりではなくて、自分の大切な人たち、あるいは自分を大切に思ってくれている人たちにとっても、特別なものなんだよな、ということも、ふと思います。

描写はまったくないのですが、灸の母や姉たちは、彼が亡くなってしまったことをどんなに悲しんだことだろうか……と想像します。母などは「なんでもっとちゃんと見ておかなかったのだろう」と後悔しているかもしれません。

自分が亡くなったとき、はたして誰が泣いてくれるだろうか、と、そんなことをふと思った、今回の読書でした。

読書感想まとめ

僕がいなくなっても世界は回り続ける。

狐人的読書メモ

・「重い良人の手紙」という言葉が印象に残ったのだが、「重い手紙」とは兵隊の亡くなったことを知らせる通知書であるらしい。

・『赤い着物/横光利一』の概要

1924年(大正13年)『文藝春秋』にて初出。初出時のタイトルは『赤い糸』。言いようのない、むなしさみたいな、でもそれだけじゃない、何かを感じられる小説。

以上、『赤い着物/横光利一』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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