るしへる/芥川龍之介=悪魔と人間は同じ悲しい運命を背負っているんだ。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

るしへる-芥川龍之介-イメージ

今回は『るしへる/芥川龍之介』です。

文字数6000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約16分。

なんで神は天使を生んだの? 天使を悪魔にしたの?
偉大な親を超えたいと願うのは罪なの?
それが叶わず地獄に堕とされた私は悪なの?
私と同じ七つの大罪を持つ人間の皆さんはどう思う?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

序文

――神は初めに世界を創り、次に三十六の天使を創った。第一の天使はルシファー。ルシファーは『自分の智は神と同等である』と主張した。神は怒り、ルシファーを堕天させ、地獄へ落とした。ルシファーは地獄で苦しみを受けた。しかし天国にいたときの魂は確かに天使であった。だから比類ない力を持った悪魔となり、地獄と人間世界を自在に行き来し、人の善を隙あらば滅ぼそうと、いまも跳梁跋扈しているのである。

キリスト教を批判した本にハビアンの書いた『破提宇子ハデウス』がある。ハビアンは南蛮寺なんばんじに住むキリスト教徒だったが、何らかの理由で仏教に改宗した。「私」が所蔵する『破提宇子』の異本には、流布本とは異なる内容が多く存在している。とくに第三段には悪魔の起源が述べられ、さらにハビアンの前に現れた悪魔についての記述がある。以下にこれを紹介し、悪魔について考察したい。

神は霊的な存在であり、善人を喜ばせるため、楽園を創った。楽園で神の喜びを受けるには、神の戒めを守らなければならない。それはだれも神になろうとしてはいけないということ。大天使長ルシファーはこの戒めを破ったがため、堕天して悪魔となった。

ならば悪魔の起源も、神が生み出したことになるが、なぜ神は悪魔を創ったのか? 天使がすぐに罪を犯すことを知っていたなら、なぜ全知全能の神は天使を創ったのか?

ハビアンは悪魔が凶悪凶暴な鬼だという説にも懐疑的だ。その理由は悪魔に会ったことがあるからだという。

あるとき、ハビアンが南蛮寺の境内を歩いていると、キリスト教徒の女性がやってきて、ある告白をする。目に見えない何者かが、浮気せよ、との誘惑を、彼女の耳元で囁くという。ハビアンは、七つの大罪や諸悪の根源である悪魔について語り、一心に神への祈りを捧げれば、悪魔は地獄の業火に焼かれるはずだと女性に説く。

そんなハビアンの前に悪魔ルシファーを名乗る者が現れ、人間と悪魔は変わらぬ存在であることを言い聞かせる。ハビアンは、悪魔であれば「蝙蝠の翼、山羊の蹄、蛇の鱗」を持っていると反論する。ルシファーは、だから人間と悪魔は変わらない、それは人間の勝手なイメージだとさらに説明を加える。

ハビアンは、悪魔と人間の姿が似ていても、その心はまったく異なり、悪魔の心には七つの大罪があると言う。が、ルシファーは七つの大罪は人間の心にもあるではないか、と嘲笑う。ハビアンは、悪魔よ退け、と叱るが、ルシファーは、それが七つの大罪の第一、すなわち傲慢ではないか、と言う。

ルシファーはさらに続ける。

悪魔は完全なる悪ではなく、半分は善を忘れておらず、人間に似た存在なのだ。その証拠に、先日の女性も誘惑し切ることができなかった。女性が気高く清らかであろうとすれば、それを汚したく思い、女性が汚らわしくあろうとすれば、それを高く清らかにしたいと願うのだ。人間が七つの罪を犯そうとするように、悪魔もまた七つの徳を行おうとするのだ。我が地獄に堕ちたる心は、また地獄に堕ちたくないと願う心なのだ。それは我ら悪魔の悲しい運命なのだ。

それを聞いたハビアンは、悪魔と人間の性が似ていることを認めざるを得ず、ルシファーの悲しい運命に同感する。

実際に悪魔を知ったハビアンの結論は以下のようなものだった。

悪魔ルシファーは性善だ。一切諸悪の根本ではない。

狐人的読書感想

ルシファー(るしへる)ってなんか好き、っていうのは、ひょっとして僕だけ?

明けの明星、光をもたらす者。

サタンと同一の存在とも考えられていて、現代では主にゲームを中心にキャラクター化がなされており、この名前を知らない人のほうが少ないように思うのですが、どうでしょうね?

さて。

今回の「キリシタンもの」は真面目な感じですね。

(同じキリシタンものの『悪魔』や『煙草と悪魔』などと比べてみた感想ですね。こちらのどこかユーモアを感じられる作品のほうが少数派なのかもしれませんが。そういえば、ルシファーが女性を誘惑する下りは『悪魔』と類似の展開であることを思い出します)

楽園で幸せに暮らすには天戒を守らねばならず、その天戒とは、すなわち神の権威に挑戦してはならないということ、ルシファー(るしへる)は自分の力を神と同等だと過信し、神に挑戦した結果地獄へ堕とされ、また人間(アダムとイブ)も知恵の樹の実を食べたことで楽園を追放されることになりました(これは蛇=悪魔のせいか? ともあれ……)。

これらの一事を比べてみても、悪魔ルシファーと人間は似ているのだといえそうですよね。キリスト教の外の人間からしてみると、たしかに矛盾や欺瞞が感じられるところが聖書にはありますが、それをキリスト教の中の人間であるハビアンが感じていたというのは、とてもおもしろく感じました。

なんで神は天使を創ったのか?

――天使は神と人間との中間的な存在であり、神の下で神を賛美し、その命令を遂行し、人間を管理する。また、天使はキリストに従属する者であり、キリスト教徒のために奉仕する者である。

なんで神は悪魔を創ったのか?

――悪魔は人間を罪に陥れて滅ぼそうとするが、神はキリストを遣わして人間を悪魔から救う。悪魔の王国に対する神の国を確立するため、神は悪魔を創ったのである。

上のような解釈が、ハビアンの疑問に対する一般的な回答となるようなのですが、神の都合で勝手に創られたり堕天させられたり……、善とされたり悪とされたり……、これらは「神を創った人間の都合で……」と言い換えることができるかと思います。人間のエゴが垣間見られる部分なんですよねえ……。

親のエゴをも強く思わされるところです。生んでもらったからって、なんでも親の言うことを聞かなきゃいけないのか? 反抗したらルシファーみたいに悪とされてしまうのか、……ハビアンではありませんが、悪魔の悲しい運命に同感してしまいそうになります(違うか?)。

ともあれ、人間と悪魔の相関性、善と悪の二元的相剋が孕む矛盾、とても興味深いテーマが描かれている小説でした。

読書感想まとめ

悪魔も人間も同じ悩みを抱えている。

狐人的読書メモ

・……じゃあ、天使は?

・『るしへる/芥川龍之介』の概要

1918年(大正7年)11月、雑誌『雄弁』にて初出。芥川龍之介のキリシタンもの。人間と悪魔の相関性、善と悪の二元的相剋の矛盾。人間と悪魔は似ている。善でもあり悪でもある。

以上、『るしへる/芥川龍之介』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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