押絵と旅する男/江戸川乱歩=二次元を愛する同士たちに共感してほしい。

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

押絵と旅する男-江戸川乱歩-イメージ

今回は『押絵と旅する男/江戸川乱歩』です。

文字数19000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約49分。

押絵と旅する男が持っている押絵、その人形の老人は生きていた。

江戸川乱歩の最高傑作とも謳われる短編小説。

ゲーム、マンガ、ラノベ、アニメ好きに共感してほしい小説です。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

蜃気楼を見に行った帰りの汽車の中で、私は不思議な体験をした。それは押絵と旅する男との出会いであった――

その車両の中には、なぜか私とその男の二人しかいなかった。男は一見四十前後だが、よく注意してみると、顔中にしわがあって、六十くらいでもおかしくなかった。そして奇妙な荷物を持っていて、それが私の気を引いた。

その荷物が押絵だった。歌舞伎かぶき芝居の御殿のような背景に、二人の人物が浮き出していた。一人は白髪の老人で、持ち主の男にそっくりだった。もう一人は十七、八くらいの、振袖ふりそで姿の美少女で、老人の膝にしなだれかかっている――いわゆる芝居の濡れ場の場面であった。

私は男と目が合った。何度か視線をまじえて、気まずくそっぽを向くうちに、私はその西洋の魔術師のような風采ふうさいの男に、言い知れぬ怖さを感じた。それを払しょくするために、私は男に近づいていった。

私が頼むと男は快く押絵を見せてくれた。さらに古い双眼鏡を取り出して、それでもう一度見てほしいと言った。私は言われるままに適当な距離をおいて、男のかざした押絵を双眼鏡で見ようとした――

「逆さに覗いてはいけません!」

私が間違えて双眼鏡を逆に覗こうとしてしまったとき、男は突然悲鳴に近い叫び声を立てた。その顔は真っ青だった。私は双眼鏡に気を取られていたので、このとき男の不審な表情をさして気にもとめず、双眼鏡を持ち直して押絵の人物を覗いた。

拡大された押絵の男女はまるで生きているかのようだった。老人のいかにも幸せそうな、しかしゾッと怖くなるような、悲痛と恐怖の入り混じった異様な顔が、私の意識を奪った。

覗いているのが耐えがたくなり、私が双眼鏡から目を離すと、男は自分の対面の席に座るように手真似をしながら、その押絵の由来を語り始めた。

――押絵の老人は男の兄だという。

兄はある日、凌雲閣りょううんかくの展望台から双眼鏡で一瞬見かけた少女に恋をした。それから毎日のように凌雲閣に通っては、双眼鏡でその少女を探し続けた。弟は心配した母のいいつけで、兄の後を追ってその打ち明け話を聞き出したのだ。

話し終えた兄がまた双眼鏡を覗くと、すぐに興奮した様子で、弟の手を引いて凌雲閣の石段を駆け降りた。弟が理由を訊ねると、目当ての少女を見つけたのだという。

兄がいうには、観音堂の裏手に広い座敷があって、少女はそこにいるらしい。急げばまだ間に合うはずだ。しかし観音堂の裏手に座敷などなかった。

兄弟が手分けをして探してみると、一軒の覗きからくり屋があって、弟がそれを見つけたときには、兄は熱心に覗き眼鏡を覗いていた。そこにあの少女がいたからだ。少女はからくりの、押絵の人形だったのである。

兄は弟に言った。

「この双眼鏡を逆さにして、私を見てくれ」

切迫した兄の様子に戸惑いを覚えつつ、弟は兄のいう通りにした。逆さに見た双眼鏡の中で、兄はみるみるうちに小さくなって、その姿は闇の中に溶けて消えた。弟が再びからくりを覗くと、兄は押絵となって、嬉しそうな顔をして、少女を抱きしめていた――

男はその後、母に金をねだりその押絵を買い求めた。こうして汽車に乗っていると、兄たちに新婚旅行をさせてやりたくて、箱根から鎌倉まで旅をしたことを思い出すという。

いまはそれから三十年が経って、兄たちに変わった東京を見せてやりたくて、こうして旅をしているのだという。もとから人形である少女はまったく年をとらないが、老いていく兄はあわれだとも。

こうして途中の駅で下車した男は、闇に溶け込むように消えていった。

狐人的読書感想

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『押絵と旅する男』、おもしろかったです。これは江戸川乱歩さんの、幻想的な、怪奇的な、すなわち幻想怪奇小説といってよいでしょう(いわずもがな)。

この小説は江戸川乱歩さんがスランプ中に着想を得て書かれた作品なのだそうです。休筆中に旅をしていて、ふと魚津に蜃気楼を見に行ったことが、冒頭部分の下敷きとなっています(そのとき実際には蜃気楼は見られなかったそうですが)。

蜃気楼は芥川龍之介さんもそのもの『蜃気楼』というタイトルの短編小説を書かれていて、この『蜃気楼』の読書感想を書いたときに、当時蜃気楼を見るのがちょっとしたブームになっていることを知りましたが、蜃気楼はたしかに小説の題材として興味深いモチーフであります。

僕としては『指環』のときの「愚作」発言が印象に残っていますが、江戸川乱歩さんは自己評価のとても厳しい作家さんだったそうで、しかしそんな江戸川乱歩さん自身が『押絵と旅する男』については「私の短編の中ではこれが一番無難」だと珍しく肯定的な言葉を残しているらしく、世間的な評価でもこれを「江戸川乱歩の最高傑作」と推す声も多いようです。

江戸川乱歩さんの短編小説は本当にいいものが多いので、最高傑作を選べといわれても選べないというのが正直なところですが、『押絵と旅する男』を最高傑作に推す声はわからなくありません。

本当におもしろくていい小説だと思いました。

僕がもっとも思わされた部分は、やはり男の兄が一目見た美少女に恋をして、その少女がじつは押絵の人形で、その少女と結ばれたいがために押絵の中に入りたいと願い、それが現実となったところです。

ゲーム、マンガ、ラノベ、アニメ――二次コン(二次元コンプレックス)とか、二次元愛とか、俺の嫁とかいうんでしょうか?

男性でも女性でも、魅力的な架空のキャラクターに恋をして(恋とまではいわなくとも好きになって)、その世界の中に入り込んで過ごしてみたい、と思ったことのあるひとは、けっこう多いんじゃないのかなあ、などと僕は愚考しているのですがどうでしょうね?

ルイス・キャロルさんの『不思議の国のアリス』やミヒャエル・エンデさんの『はてしない物語』(ネバーエンディング・ストーリー)に代表されるように、物語の世界に入り込んで冒険するといった空想は、昔から存在していたわけではありますが、近年の日本では「異世界転生もの」というジャンルが流行ったりして、このあたりは現代だからこそ共感を覚えるところじゃないかなあ、と単純に思いました。

自分がファンタジー世界に転生して大活躍できたり、あるいはハーレム世界に入り込んで、美少年美少女たちとラブコメ学園生活が送れたりしたら、そんなに楽しいことはないでしょうね。

大しておもしろくもない、思いどおりにならなくてつらい、現実世界なんてどうでもよくなって、ずっと二次元の世界の住人となって暮らしていきたいと思っても、何の不思議もないように感じます。

SAO(ソードアート・オンライン)などの「VRもの」の作品が流行っていたりもしますが、PSVR(PlayStation VR)など現実のVR技術の進歩を鑑みるに、たとえばこの先、二次元世界で一生を送れるような人類社会が訪れないだろうか、などと想像を膨らませてしまいます。

コンピューターやロボット技術が進歩して、ひとの仕事をすべて機械がこなしてくれるようになれば、人間は働かなくてもよくなるわけで、では仕事をしなくてよくなった人々がそれぞれ自分のバーチャルリアリティの世界で生活してもいいわけで、意識は夢の中に接続したまま、肉体は装置が維持してさえくれれば、一生二次元で暮らすことだってまさに夢ではないように思ってしまいます。

現実世界で誰も傷つけず、誰にも傷つけられず、仮想世界では誰もが主人公で、自分が大好きな美少年美少女たちと、自分を大好きになってくれる美少年美少女たちと、毎日楽しく冒険したりいちゃいちゃしたり、ずっと一緒にいられたら、それはどんなにすばらしいことでしょう。

全人類が機械に繋がれて眠り続ける世界は、終末的で異様な世界のようにも思われますが、その世界には苦しみも悲しみも憎しみも怒りもない、いじめや事故や戦争もない、ひとつの理想社会といえるのではないでしょうか?

それもいいかもしれないなあ……、と読書中に思いはじめていた僕なのでしたが、ラストの押絵と旅する男の語りを聞いているうちに、ふと思い直す部分がありました。

それは、元から人形である押絵の美少女は年をとらないけれど、現実世界から押絵の世界の人形になった男の兄は年をとっていき、それが兄にとってどんなにか悲しいことでしょう、男は兄が気の毒でしようがない、といったくだりです。

自分はどんどん老いていくのに、大好きなキャラクターたちは年をとらないという状況は、たしかにやるせない気持ちがするもののように思いました。

あるいはバーチャルの世界では、外見上は自分も若いままでいられるように設定できるかもしれませんが、精神年齢だけはどうにもならないような気がします。

人間の精神というものは、年をとるたび無感動に無感情になっていくものなのではないでしょうか? 不老不死は人間の永遠の憧れともいえるでしょうが、不老不死となった人間は本当に幸せになれるのでしょうか?

長生きをすれば感動や喜びや、快楽だってそのうち当たり前のようになってしまいます、無感動に無感情に無気力になってしまいます――そのとき、ひとは二次元の世界に入り込んだことを後悔しないでしょうか、不老不死になったことを後悔しないでしょうか、つらいことや悲しいことや苦しいことがあったとしても、それを忘れさせてくれる楽しさのあるこの世界が、大好きな現実のひとたちと一緒に年老いていけるこの世界が、本当はいちばんいいのではないでしょうか?

もちろんどちらがいいとはいえない論だと自覚しています。それでも二次元世界にどうしようもなく惹かれてしまう自分がいます。だけどこういったことを考えずにはいられない自分が現実にいます。

――そんなとりとめもないことを考えさせられた小説が、江戸川乱歩さんの『押絵と旅する男』なのでした。

読書感想まとめ

二次元の世界に暮らすということ。

狐人的読書メモ

押絵と旅する美少年 (講談社タイガ)

……西尾維新さんの『押絵と旅する美少年』の読書感想と関連させるつもりだったのをここで思い出した(時すでに遅し)。

・『押絵と旅する男/江戸川乱歩』の概要

1929年6月『新青年』にて初出。江戸川乱歩の最高傑作との呼び声も高い。執筆の経緯、逸話もおもしろい。二次元コンプレックスを扱った作品としても知られている。

以上、『押絵と旅する男/江戸川乱歩』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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