武蔵野/国木田独歩=小説、絵画、音楽で、誰も見たことのない風景を。

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

武蔵野-国木田独歩-イメージ

今回は『武蔵野/国木田独歩』です。

文字数18000字ほどの随筆。
狐人的読書時間は約54分。

いつまでも残したい武蔵野の情景。

小説、絵画、音楽で、誰も見たことのない風景を描くということ。
耳で風景を感じるということ。
RPG、ウチナータイム、どこまでが湘南なのか、など。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

昔の武蔵野は美しかったという。だが、いまの武蔵野も昔に劣らない。武蔵野の美は、美というよりも詩趣ししゅといったほうが適切だろう。

筆者は明治29年の初秋から初春までを渋谷村の小さな小屋で暮らしていた。そのときの日記には変化に富んだ武蔵野の風景が記されている。その日記の内容。

昔の武蔵野は原野だったが、いまの武蔵野は林である。古来より日本人は、林といえば松林のみ文学・美術の上で認められてきたようだが、武蔵野のなら林の、落葉林の美しさもまたすばらしいものだ――ツルゲーネフの詩を引いて語られる。

林を出て、武蔵野の野を描く。再びツルゲーネフを引用する。水田や畑、散在する農家――北海道の大原野や大森林とは違う趣が、武蔵野の野にはたしかにある。それは自然と生活とが一体となった姿である。

武蔵野の道について語る。あなたが武蔵野の道を歩くとき、その道を選んでも後悔することはない。千変万化する武蔵野の景色が、決してあなたの目を飽きさせないだろう。

夏のこと、茶屋の婆さんに「友人と散歩に来た」と告げると、「桜は春に咲くものだよ」といって、東京人はのんきだと笑われたことがある。それでも夏の日の光、武蔵野の空と川はすばらしい。流れの両側に散在する農家の者、そこを散歩する自分たちは幸せ者だ。

友人が、どこまでを武蔵野と呼ぶべきかについて手紙を送ってきたことがある。

著者もその意見に異存はなく、そこにはやはり東京の郊外を含むべきである。

人の生活と自然とが渾然一体となってあらわれる景観こそが、やはり武蔵野の景色といえるだろう。

狐人的読書感想

武蔵野-国木田独歩-狐人的読書感想-イメージ

『武蔵野』は、まさに国木田独歩さんの「武蔵野讃美」といった感じで、その絶賛ぶりから武蔵野への愛の深さがひしひしと伝わってきます。

もちろん武蔵野への思い入れの強さのみならず、その情景も目の前に浮かび上がってくるように感じられます。

実際に武蔵野を散策した実体験と、たしかな筆力がなければ、これは書けない作品です。

ふと、「誰も見たことのない景色を描くこと」が作家や絵描きや音楽家――創作家にとってのひとつの才能である、という言葉を思ったのですが、実際に見たものをある種の感動とともにひとに伝えられるということも、またひとつ創作家の才能である、ということを思わされました。

そして小説なり絵画なり音楽なりで写実された風景というものは、時代が過ぎれば「誰も見たことのない風景」になっていきます。

国木田独歩さんは武蔵野の美は詩趣であると言っていますが、ある種の情感というものは、たしかに写真や動画などでは人の心に伝わりにくい気がしました(もちろん写真や動画だからこそ人の心に伝わりやすい、リアルタイム性やリアリティなどが優れたものであるという点を忘れてはいませんが)。

ただ景色を写すのではなくて、その景色にある趣、情感といったものをも同時に表現する――そこに芸術作品と呼ばれるものの、ひとつの価値を見出せるのかもしれないと、柄にもなく高尚っぽいことを考えてみたのですが、どうでしょうね?(狐人的にはありがちなことを言ってしまった感が否めませんが)

ただ最近の小説では、このような美しい風景描写というものはあまり求められていないように感じています。当然のことながら何よりも物語のおもしろさ、登場人物たちの活劇、ドラマ、心の動きなどが重要視されていて、地の文よりもセリフの多い小説のほうが好まれるという向きも、この流れのような気がするのですよね。

僕としても、どうしてもセリフが多くて読みやすい小説を手に取ってしまう傾向があるように思うのですが、『武蔵野』のような情景描写がすばらしい小説というのも読んでいきたいなあ、と単純に思わされます。

ひとつ強烈に感銘を受けたのが「耳で風景を感じる」ということです。これは3章の林の情景を描いているところでのことなのですが、武蔵野の林となれば『トトロの森』を思い浮かべるひともなかにはいらっしゃるでしょうか?

ともあれ、風景といえば目に映る天高い空であったり、紅葉する山々であったりだとばかり、これまで考えていたのですが、時雨のささやき、こがらしの叫び、幾千万の木の葉が小鳥の群れの大空高くに舞っていくかのごとき葉擦れの音、音、音――これはたしかに目の前に浮かんでくるような音の情景だと感じました。

「音を聞けば季節がわかる」というのは、あるいは日本独特の趣のように思っていたのですが、作中に引用されている、ドストエフスキーさんと並び称されるロシアの文豪ツルゲーネフさんの小説(『あいびき』)にこのようなことが描かれているのをはじめて知って、自分の浅慮を恥じました。

音で景色を感じるということは、僕にはなかなかないことなのですが、それは国や人種にかかわらず、人間が共通して感じられる情感なのでしょう。

まさに音楽から得られる情景イメージのほうが、より直接的なようにも思いましたが、文章から音を、そして音から情景を――という文学的表現の仕方は大変勉強になりました。とはいえ先述したように、それが現代でウケるのだろうか、となってくるといわずもがななところがあるようにも思いましたが。

5章ではどれを選んでも決して人の目を飽きさせることのない武蔵野の道について語られていますが、読んでいて武蔵野の地を冒険しているような、RPGにも似たワクワク感がありました。なんとなく旅というと、レジャーやグルメが優先されるように、僕などは考えてしまうのですが、やはりその地ならではの景色を楽しむということが、旅の醍醐味なのかもしれませんね。

道に迷ったらそこの若者に訊け、だけどその鷹揚な態度に怒ってはならない――というくだりがあるのですが、その土地の風土が普遍的なその土地のひとびとの性格を育むことを思いました。ウチナータイム、沖縄のひとはおおむねおおらかな性格をしている、みたいな(もちろん全員が全員そうであるとはいえないわけではありますが)。それに怒ってはならない、イライラしてはならない、というのはいろんなひとと付き合っていくうえで大切な心得なのではないでしょうか?

6章で夏の散歩をお婆さんに笑われてしまうところでは、地元の人からしてみればたしかに、桜などの見どころの少ない時期の散歩や旅行というのは、ゆとりがある都会の、風流人の道楽のように思われても仕方ないかなあ、という気がします。旅人には感動を覚える景色であっても、地元の人にとっては見慣れた日常の風景である――というところは『倫敦塔』で幻想をぶち壊されてしまった夏目漱石さんのことをふと思い出して、ひとり笑いしてしまいました。

風情を楽しむには心のゆとりが必要です。心のゆとりを得るためには時間のゆとりが必要でしょう。時間のゆとりを手に入れるためにはお金を得なければならず、お金を得るためにはひとは時間を犠牲にしてあくせく働かねばならず……、現代社会において、物質的なゆとりと精神的なゆとりのバランスのとり方をも思った部分でした。

7章での友人からの手紙の内容、どこまでが武蔵野でどこからが武蔵野でないのかみたいな話題には、ちょっと思わされるところがありました。これはなんだか、現代でもちょくちょく聞かされるお話のような気がします。

どこからどこまでが「湘南」なのか、みたいな。あるいは富士山がきれいに見えるのは山梨県と静岡県とどっちだ、みたいな。

おそらく、当地のひと以外のひとたちからすれば、「どうでもいいよ」と言ってしまえるような論争なのかもしれませんが、こういった些細なことで言い合えるところに、本当の郷土愛があるのかなあ、という気がしました。

ラストの「人の生活と自然とが渾然一体」となった光景が、「人に感興を起こさせる物語、小さな物語」であるといったところは、僕が凄いと思った国木田独歩さんの小説『忘れえぬ人々』に通底するテーマとなっていて、ちょっとした発見をしたような気分になってうれしかったです。

読書感想まとめ

武蔵野-国木田独歩-読書感想まとめ-イメージ

いつまでも残したい『武蔵野』の情景が描かれています。

狐人的読書メモ

もじゃもじゃ頭のパアポロトニク。
それはわらびの類いであるらしい。

時雨のささやきが過ぎ去っていった。

エタルニテーとは永遠のことである。
永遠とはエタルニテーのことである。

・『武蔵野/国木田独歩』の概要

1898年(明治31年)1-2月『国民之友』にて初出。言わずと知れた国木田独歩の代表作。発表時は『今の武蔵野』というタイトルだった。引用されたツルゲーネフの作品にも興味を引かれる。

以上、『武蔵野/国木田独歩』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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