ヘンゼルとグレーテル/グリム童話=自立心、生き残るべきは子か親か、なぜかジル・ド・レ。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

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今回は『ヘンゼルとグレーテル/グリム童話』です。

文字数10000字ほどのグリム童話。
狐人的読書時間は約23分。

もはや説明は不要であろう
残酷なグリム童話の中でも一二を争うグリム童話。

なぜかジル・ド・レ、生き残るべきは子か親か、
自立心を持つこと持たせること
について話します。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

飢饉の時代。ふたりの父である木こりの男は貧しかった。ふたりの継母である女はふたりを口減らしのため森に捨てようと話していた。父は子供らをかわいそうに思いつつも女の提案を受け入れた。ヘンゼルとグレーテル、ふたりの兄妹はこっそりとその話を聞いていた――。

夜のうちにヘンゼルは、白い小石をたくさんポケットに詰め込んだ。そして森に連れて行かれる道中でそれを道に落としていった。両親の仕事が終わるのを待つうちに眠ってしまった兄妹は、目を覚まして夜になると、月明りを頼りにして白い小石を道しるべに、家まで帰ることができたのだった。

ヘンゼルとグレーテル-グリム童話-狐人的あらすじ-イメージ-1

しかし二度目はそうはいかなかった。継母が戸に錠を下ろしたために、ヘンゼルは小石を集めることができなかったのだ。翌朝、ヘンゼルは与えられた小さなパンをくずにして、それを道に落とした。が、それらは鳥たちによって食べられてしまった。

ふたりは森をさまよった。そうして三日目の朝にお菓子でできた家を見つけた。お腹を空かせたふたりがパンの屋根や砂糖の窓を食べていると、戸が開いてお婆さんが現れた。お婆さんは兄妹を家の中へ招き入れると、たくさんのお菓子をふるまって、きれいなベッドに休ませてくれた。

ヘンゼルとグレーテル-グリム童話-狐人的あらすじ-イメージ-2

しかしこのお婆さんにはある企みがあった。子供たちを捕まえては太らせて、食べてしまおうというのだ。翌朝、ヘンゼルは小さな犬小屋に閉じ込められ、グレーテルはヘンゼルを太らせるために働かされることとなった。

お婆さんは目が悪く、毎日ヘンゼルの指を触っては太り具合を確認した。ヘンゼルは食べ残しの細い骨を、お婆さんに差し出していたので、まったく太らなかった。

一ヶ月経つといよいよお婆さんもしびれを切らした。もう痩せていようがかまわない、グレーテルにかまどの火を用意させようとした。

このときグレーテルは機転を利かせた。かまどの火のつけ方がわからないと言った。お婆さんは手本を見せるために自らかまどの中に首を入れてみせた――瞬間、グレーテルはお婆さんをうしろから突き飛ばし、鉄の戸を閉めてかんぬきをかけた。焼けるかまど、お婆さんの悲鳴――。

ヘンゼルとグレーテル-グリム童話-狐人的あらすじ-イメージ-3

ヘンゼルとグレーテルは持てるだけの宝石をポケットに詰め込んでその家を後にした。大きな川に出て、親切なカモにお願いして、その背に乗って向こう岸に渡してもらうと、森はだんだんとなじみの景色になってきた。

ようやく家に帰り着くと、兄妹は父と抱き合って再会を喜び合った。継母は亡くなっていた。ふたりが持ち帰った宝石で、もう飢えの心配はしなくていい。親子三人は仲良く暮らしたという。

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――さて、このお話はこれでおしまい……、おや、あそこに小ねずみがちょろちょろと駆けていますね。誰でも捕まえたひとは、あれで大きな毛皮の頭巾を、自分でこしらえてごらんなさい。

狐人的読書感想

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親による子供の口減らし、グレーテルの犯した罪(とはいえ自己防衛、兄を救うための手段なので一概に非難はできず。過剰防衛? ――という気もしないではありませんが、お婆さんの行為を鑑みれば、いわずもがな)、かまどで焼かれるお婆さんの悲鳴。

じつは残酷な童話といわれるグリム童話のなかでも、『ヘンゼルとグレーテル』は間違いなくトップクラスに位置する作品だと狐人的には思っているのですが、どうでしょうね?

いきなり横道に逸れますが、一時ブームになったという、『本当は恐ろしいグリム童話』というグリム童話のオマージュ作品では、その残酷さがより際立っていて興味を惹かれてしまいました。

『本当は恐ろしいグリム童話』の『ヘンゼルとグレーテル』では、ジル・ド・レさんという実在した領主が登場して、お婆さんはこの命令を受けて少年たちを捕らえては太らせていたのでした。

その目的は、領主が残虐な少年への偏愛を満たすためのものであって、実際に150人~1500人の犠牲者がいたと伝えられています。

ジル・ド・レさんという人物は、ジャンヌ・ダルクに傾倒していた人物としても知られていて、その点だけとってみても僕としては興味をそそられる人物です。

このひとは、ペロー童話の青ひげのモデルになったひとともいわれています。近年では『Fate/Zero』のキャスターのサーバントとして召喚された英霊が、ジル・ド・レさんだったのが記憶に新しいです(『FGO』ではセイバーのサーバントとしても)。

『本当は恐ろしいグリム童話』では、このジル・ド・レさんの処刑がもっとも残酷なシーン(とはいえ自業自得)だとは思うのですが、もうひとつ興味深かったのは、本編のほうではラストでその理由も語られず、いかにもご都合主義的にたったの一文で突然亡くなったことにされてしまった継母(まあ、こちらも自業自得)の、その亡くなった理由が語られていることです。

『本当は恐ろしいグリム童話』では、ヘンゼルとグレーテルが無事に家に帰り着いてから数日後、継母は兵士たちに捕らえられてしまうのですが、その罪状は「人食い領主に子供を売った罪」といいます。継母が泣き叫んで無実を訴えるかたわらで、妹のグレーテルが兄のヘンゼルにこう訊きます

「お継母かあさんはわたしたちを売ったりしていないのに、へんね?」
「さあ、いまは密告がはやっているからね、誰かの怨みを買ったのかもしれないね……」

……ヘ、ヘンゼル(震)

『本当は恐ろしいグリム童話』のヘンゼルは、妹をかばって継母から本編よりも酷いあつかいを受けていたので、当然といえば当然の復讐なのですが……。

てか、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』の読書感想ではなくて、『本当は恐ろしいグリム童話』の『ヘンゼルとグレーテル』の紹介文みたいになってしまいましたが、こちらもおもしろかったのでついつい筆がとまらなくなってしまいました。

本編のグリム童話のほうに戻りまして、もう少しだけ思ったことを綴っておきたいと思います。もう少しだけお付き合いいただけましたら幸いです。

子供の口減らし、あるいは姥捨うばすて山の物語にはやはり思うところがあります。

食糧難になったとき、はたして生き残るべきは子供なのか親なのか、ということなのです。

子供の心情からすれば当然親に生き残ってほしいし、親の心情からすればそれ以上に子供に生き残ってほしいと願うでしょう。

あえて感情論を排して、生物学的生存性の問題としてこれを捉えるならば、これから長生きする可能性の高い子供が生き残るべきでしょうし、親を失った子供がまだ幼く、ひとりで生きていくのが絶望的かつ親がまだ子供をつくれる年齢であった場合には、これは親が生き残るべきだと考えられます。

もちろん人間は感情の生き物ですから、現実の食糧難に直面したとき、理屈通りに行動できるとはかぎりません。

このとき自分がどう思い、どう考え、そして実際にどう行動するのかを想像してみるのですが……、僕としては負の想像ばかりをしてしまうのです。

お腹が空けばいらいらするし、極限状態に追い込まれれば他者を気遣うゆとりは失われてしまうでしょう。

そうなったとき、自分が犠牲になって親や他者を優先する行動がはたして可能だろうか? 自分の命を最優先に動いてしまうのではなかろうか?

そして、もしそうしてしまったとき、それは自己の中では罪悪として、一生涯心の中に残るであろうことを思うのですが、客観的に見れば、自分の命を最優先に考えることがはたして罪悪なのか、生物としてはそれこそが本来の正しい在り方なのではないだろうか……、堂々巡りの思考に行きつく先はなく、こうした思考はいつも答えを出せぬままに終わってしまいます。

『あらゆる残酷な空想に耐えておけ。現実は突然無慈悲になるものだから』とはいいますが、空想したからといって現実にひととして美しく行動できるとはかぎらないかもしれず、またひととして生物として、どちらの行動が正しいのかもわからず――というようなことを考えました、という自分でも何が言いたいのかよくわからない、というよくわからないお話でした。

最後の「誰でも小ねずみの毛皮で大きな頭巾を……」の教訓は「自分のことは自分でやろう」的な意味に僕は捉えました。

現代では大学を卒業するまで親が面倒を見てくれる場合が多いのかもしれませんが、それは家庭によってさまざまですよね。

早いか遅いかに関係なく、自立心はできるだけ早く育てていたほうがよいものだと思いました。

親離れできない子、子離れできない親、みたいなことも最近では話題になることがありますが、自分が子供のうちはできるだけ早く自立心を確立できるよう努力し、もしも親になることがあれば我が子がそれをできるように支援すべきだと考えました。

――とはいえ、あらゆる意味においてそれができるのか(あるいはできているのか)、という部分に思いを馳せないわけにはいきませんでしたが(そして堂々巡り再び)。

今回もいろいろと現実を見せつけられたグリム童話でした。

読書感想まとめ

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『本当は恐ろしいグリム童話』がおもしろいという余談。

ジル・ド・レさんという人物が興味深いという余談。

生き残るべきは子供か親か。極限状態に追い込まれたとき、自分は他者を優先して行動できるだろうか。

自立心を持つことと持たせることと。

狐人的読書メモ

……今回も半分以上余談になってしまった(もう狐人的読書感想はそういうものだと割り切って、あえて言う必要もないのかもしれない)。

……『ヘンゼルとグレーテル』といえばやはり『BLACK LAGOON』(ブラック・ラグーン)のヘンゼルとグレーテルを思い起こしてしまう。本当に救いのない、悲しい双子の兄姉だけれど、このキャラクターが好きなのだと思う今日この頃。

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・『ヘンゼルとグレーテル』の概要

KHM 15。子捨てによる口減らしの物語。発表当時は大飢饉であった。そうした歴史を伝える資料としても興味深い作品である。そしてやはり現実を見せてくれる童話である。「ヘンゼル」と「グレーテル」は子供向けの名前で(日本の「ちゃん付け」の呼び方に相当)、長じて大人になると「ハンス」と「グレーテ」と呼ばれるようになるそう。

以上、『ヘンゼルとグレーテル/グリム童話』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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