近眼芸妓と迷宮事件/夢野久作=近眼が見つめる喜劇と悲劇……。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

近眼芸妓と迷宮事件-夢野久作-イメージ

今回は『近眼芸妓と迷宮事件/夢野久作』です。

文字数12500字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約39分。

男が女の子にじっと見つめられて、「あれ、この子ひょっとして俺のこと好きなんじゃ……」って思うんだけれど、女の子はただの近眼だった、ってオチが意外な方向に展開していく……

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

明治41年に起きた迷宮入り事件について、ある刑事がある小説家に語っている。それは近眼芸妓にまつわる、とても滑稽な、しかしとても悲しい話だった――

その年の春、材木屋の主人・金兵衛(50)が、材木置場で何者かに命を奪われる。従業員によって遺体が発見されたのは朝。その前日の夕方、金兵衛が無尽講(個人が集まりお金を積み立てる、民間の金融システム)の寄り合いに出かけた直後、事件は起こった。金兵衛は鉈のような凶器で脳天を割られ、大金の入った財布を奪われていた。

警察の捜査もむなしく、凶器は見つからず、聞き込みをしても疑わしき者は浮上してこず――事件は迷宮入りすることになるが、刑事には一人だけ、どうしても気になる人物がいた。それは近眼の芸妓で、金蔵の妾の愛子だった。

愛子はいくらかバカに近いくらい、おとなしい女だった。事件の前年、金蔵に引き取られるも芸妓を辞めさせてもらうことができず、その稼ぎはすべて金兵衛に絞られて、さらにお客まで取らされていた。里子に出されたある華族の私生児で、一緒に暮らす養母に煮ても焼かれても文句の言えない身の上だった。

愛子は25歳、ぽっちゃりで、さほど美人でもなかったが、内気な女で、じっと見つめる目つきに、男が惚れられたと勘違いしてしまうような、人なつっこさがある――しかし、それはただの近眼によるものなのだ。

刑事は当然愛子にも事情聴取を行うが、怪しい人物は浮かんでこない――しかし、愛子本人も忘れていただけで、じつは犯人と思しき男を知っていたのだった。

その男、大深が犯人だとわかったのは、事件発生から1年後のことだった。ある日、愛子が一通の手紙を持って、刑事のところを訪ねてくる。

その手紙の内容は罪の告白だった。

大深は金が欲しくて金兵衛を狙い、その行動を知るため愛子に近づいた。それで得た情報をもとに犯行に及んだ。大深は造船所で製図の仕事をしており、凶器は製図作成に用いる大きな文鎮で、いまも何食わぬ顔でそれを仕事に使っているという――これは凶器が鉈だと思い込んでいた警察の盲点だった。

罪の告白に至った経緯はこうだ。

昨日、大深は顔見知りの思想犯係の刑事と、月島行きの渡し船に偶然乗り合わせてしまう。以前、社会主義者の嫌疑で取り調べを受けたことのある刑事だった。そして何の運命のいたずらか、その船には愛子も乗っていたのだ。

大深は愛子が刑事の存在に気づいていると思った。そして自分の存在にも。愛子はあの夜、大深が金兵衛のことを根掘り葉掘り聞いたことを記憶しているに違いない。そのことを思い出し、すぐにでも刑事に言うのではないか……。

しかし、愛子は大深の顔を見て、知らん顔をしてくれた。大深は思う。愛子は自分をかばってくれたのだ。大深の顔を見る、愛子の目が、そのことを確信させて――大深はたった一晩の純情、愛子の純情に深く感動したのだった……。

愛子は近眼で、手紙がよく見えず、まずは養母に読んでもらったが、言葉の言い回しが難しいらしく、詳細がまるでわからない。しかし金兵衛の名前が書かれていることから、とりあえず警察に見せるべきだと判断して、刑事のところへきたのだという。

たった一晩の関係だった大深は、愛子の近眼のことを知らず、惚れられたのだと自惚れていた。そして愛子は、何もわからないうちに、一晩とはいえ、ちょっと惚れていた大深を、警察に売ってしまったのだ。

刑事はこれを滑稽だとは笑えなかった。

大深は警察に捕まり極刑となる。その間、愛子はたまに大深へ差し入れをしていたらしい。彼の刑執行が新聞に出た晩、愛子は自宅で首を縊ったという……。

遺書も何もなく、原因は定かではない。自分の口一つが金兵衛を、また大深の命を奪ってしまったと、思い詰めてしまったのか……と刑事は思う。が、話を聞き終えた小説家は言う。

愛子は大深に初恋を感じていたのを気づかずにいた。そしてそのことに気づいたとき、大深は極刑となり――世界はまっくらになったのではないか……。

狐人的読書感想

……とにかく近眼芸妓、愛子がかわいそうなお話でしたね。

「いくらかバカに近いくらい、おとなしい女」って、言葉はあまりよくないですが、なんかちょっとわかる気がするんですよね。

なんていうんですかね、おっとりしているというか、どんくさいというか――だから金兵衛や大深みたいな男に利用されてしまい、好きな人のことを好きだと気づかぬままに、刑事さんには聞かれるがままに、バカ正直に答えてしまい、犯人が捕まったあとになってその人に初恋していたことに気がつき、男の極刑が執行されると自らも命を絶ってしまうという……う~ん、なんだか言葉にするのが難しいですね。

人の性格って、先天的なものと後天的なものが合わさってできているのだと思うのですが、上記のような愛子の気質はどうなんでしょうねえ……先天的な要素が強いようにも感じられますし、華族の私生児で里子に出されたという不幸な生い立ちも影響しているように思えてきます。

「生まれてから命尽きるまでずっと絞り取られるようにできていた女だ」って――「この世の不利益はすべて当人の能力不足」とはいえ、これを読んであまりに愛子が哀れ過ぎる……と感じてしまうのは、はたして僕だけ?

てか、語り部はこの迷宮事件を担当した刑事さんなのですが、語り口が非常に冷たく感じられるんですよね……愛子に対し犯人について訊く件とか容赦ないですし、あんまり同情的ではないというか、まあ、こういうことあるよね、みたいなノリで、あまり好感は持てませんでした。

とはいえ、これは刑事という職業上の、職業病みたいな、仕方のないことなのかもしれないなあ、などと、ふと思います。

世の中にはいろいろな悲しい事件があって、刑事さんたちはそれを捜査するのが日常になっていて、いちいち悲しんでいたり同情したりしていたら、刑事なんて仕事はやっていけないのかもしれませんね(これは医療現場の方々とか、命にかかわる職業のひと全般に言えることかもしれません)。

刑事のひとって、そこらへんのメンタルバランスをどうやって保っているんでしょうね? 慣れてしまえば案外平気で、無感情になってしまえるものなのでしょうか? 悲しいけど、それが現実なんだよ、みたいな感じで、達観してしまえるものなんでしょうかねえ……ちょっと刑事のひとに聞いてみたくなったところでした。

さて、本作の肝である愛子の近眼の意味するところが、秀逸な印象を与えてくれます。

愛子は近眼で、人の顔をじっと見てしまうので、見られている男は「おっ、この子、俺のこと好きなんじゃね?」ってカン違いをしてしまう――というのは、あるあるな話のように思えます。

視力の問題などで、無意識にやってしまうひともいるのかもしれませんが、案外確信犯的に、恋愛テクニックとして使っているひともいるのではなかろうか、みたいな、おもしろいお話ですよね。

本作の犯人である大深も、愛子の近眼を「俺に惚れてる!」と勝手にカン違いしてしまい、誠意を示そうと罪を告白する手紙を書いたところ、それもまた近眼のため愛子には読めず――ただの近眼を誤解し、近眼が仇となって御用となる展開は、ユーモラスというか皮肉的というか……まあ、自分勝手に女を利用する男だったので、逮捕極刑は当然の報いだったと思います(被害者の金兵衛も、愛子へのひどい仕打ちを鑑みるに、あまり同情の余地はないように思います)。

なのに愛子よ、じつは大深に初恋していたことに気づき、その後を追ってしまうなんて……なんだか救われない話でしたね。

この結末はこの結末で受け入れるしかないのですが、愛子には幸せな結末を用意してあげてほしかったなあ、という気が、狐人的にはしてしまいます。

たとえば、「いま愛子は俺の妻になっている」みたいな、刑事さんに最後言ってほしかったなあ、みたいな。

しかしながら、捜査のために刑事さんが愛子の恋愛遍歴を聞く場面があるのですが、本当にいままで誰も好きになったことがない(と思い込んでいた)愛子は、ただただ頭を振るばかり――「殊に女にはコンナ種類の返事をする者が多いから困るんだ」って……刑事さんは過去、女性にだまされた経験でもあるんですかね? ちょっと女性不審っぽく感じられてしまいます(笑)

まあ、言っていることはわかるのですが。

きっと「いままで付き合った人数」を少なめに答える女子(男子も?)みたいな感じなんですかね(違うか?)。

不幸な生い立ちの人が成功したり幸せになったりする人生を、よくテレビとかで紹介していることがあって、もちろんそういうひとたちは努力してそうなっているわけですが、他の物事と同様に、それにはやっぱり運の要素も相当大きくかかわっているような気がしていて、きっと愛子のように、不幸なひとが不幸なまま人生を終わっていくことのほうが、多いのかもしれない現実を思えば、世知辛い印象を受けずにはいられませんでしたね。

『近眼芸妓と迷宮事件』は近眼というキーワードに、喜劇的な仕掛けと悲劇的な結末とが合わさって含まれていて、犯人逮捕のオチは笑えるのですが、物語のオチはまったく笑うことのできない――秀逸な作品だと思いました。

読書感想まとめ

近眼というキーワードに喜劇と悲劇がミックスされていて、それを描ける夢野久作さんの才能がすばらしいです。

狐人的読書メモ

・証拠物件となるはずの凶器を鉈と思い込んでしまった捜査陣は、それ以外のものを想定できなかった。たしかに一度定着してしまった固定観念を払拭するのは難しい。頭のいい奴は実際にはなかなかいない。探偵小説にはザラにいるかもしれないけれども。

・最近読んだ夢野久作小説はぜんぶおもしろい。

・『近眼芸妓と迷宮事件/夢野久作』の概要

1934年(昭和9年)『富士』にて初出。近眼が見つめる喜劇と悲劇が秀逸な小説。やっぱり夢野久作の小説はおもしろい。

以上、『近眼芸妓と迷宮事件/夢野久作』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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