セトナ皇子(仮題)/中島敦=エジプト神話とクトゥルフ神話魔導書分類。

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

セトナ皇子(仮題)-中島敦-イメージ

今回は『セトナ皇子(仮題)/中島敦』です。

文字数1800字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約5分。

文字禍、名人伝に通じるところがあります。

エジプト神話とクトゥルフ神話。
ラノベ、ゲーム、TRPG。
漠然とした無への恐怖。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

セトナ皇子が考えすぎて木偶になっちゃう。

(短いので全文どぞどぞ)

『セトナ皇子(仮題)/中島敦』

メムフィスなるプタの神殿に仕うる書記生兼図案家、常にウシマレス大王に変らざる忠誠を捧ぐる臣、メリテンサ。謹んでこれを記す。この物語の真実なることを、あかしし給う神々の御名は、鷹神ハトル、鶴神トト、狼神アヌビス、乳房豊かなる河馬神アピトエリス。

百合の国上埃及エジプトの王にして、蜂の国下埃及の王、アモン・ラーの化身、輝けるテーベの主、ウシマレス大王の一子セトナ皇子は、つとに聡慧の誉れが高い。八歳の時、彼は神々の系譜を論じて宮廷の博士共を驚かせた。十五歳以後は、最早あらゆる魔術と呪文とに通じた博学の大賢者として天の下に並ぶものもない。

一日、古書を渉猟しょうりょう中、ふと、ある疑いにとらわれた。今迄、全然考えたこともなかった疑だけに、初めは、邪神セットの誘惑ではないかと思って、それをしりぞけようとした。しかし、其の疑は執拗に彼の心から離れなかった。ニイルの川の源から、その水の流れ注ぐ大海に至る迄の間に、セトナ王子のしらないことは何一つ無い筈である。地上の事に限らず、死後の世界にいても、彼程、通暁つうぎょうしている者はない。冥府の構造から、オシリス神の審判の順序から、神々の性行から、オシリス宮の七つの広間、二十一の塔の間やその守衛者の名前迄ことごとそらんじている。だから彼の疑は、そんな事に就いてではない。古書を拡げている中に、ひょいと或る不安が彼の心を掠めた。はじめは、その正体が分らなかった。何でも彼の今迄蓄えた全智識の根柢をゆるがせるような不安である。何を考えていた時に、そんな奇怪な陰がぎったのか? 彼はたしか、最初の神ラーの未だ生れない以前のことを読み、且つ考えていた。ラーは何処から生れたか? ラーは太初の混沌ヌーから生れた。ヌーとは、光も陰もない、一面のどろどろである。それではヌーは何から生れたか。何からも生れはせぬ。初めから在ったのである。此処迄は、子供の時からよく知っている。しかし、今、古書をひろげている中に、妙な考えが浮かんだ。初めにヌーが何故あったか? 無くても一向差支えなかったのではないかと。不安のもとになったのは、これだった。この考えが浮んだ時、奇怪な不安の翳が、心を掠めたのである。

何を馬鹿馬鹿しい、とはじめはわらい棄てようとしたセトナ王子も、暫く考えている中に、この疑問が決して馬鹿にならないのに気がついた。馬鹿にならないどころか、この疑は、春の沼辺の水草の根の様に、見る見る、彼の心の中に根を張り枝を伸ばして行く。世界開闢かいびゃく説についてばかりではない。日常目にする凡てのことに、この疑いが、からみつく。エチオピアの金糸蛇の長い尾のように、何故在ったか。無くても良かったろうに。何故在るか、無くても良いだろうに。セトナ皇子は今迄の勉強に輪をかけて、古文書や墓碑銘を熱心に漁り出した。それ等の中にこの疑いを解く鍵を見出そうとしたのである。彼の努力は無駄であった。岸壁の洞穴に行いすます高名な魔術師も、年老いてアモン・ラーの心を体したといわれる高僧も、王子の問に答えることが出来ない。王子は次第に笑わなくなった。いつも、夕暮の湖の紅鶴のように、しょんぼりと考えこんでいる。ヒタ族の国から連帰った女曲芸師の演技も最早彼の心を惹かなくなり、浴の後にプント国から到来の妙なる香油を塗ることも止めてしまった。爾来じらい、花と咲誇ったテーベの宮廷は闇となった。セトナ王子の智慧が、愁の雲に遮られて、言葉の光を放たなくなったからである。

以後、王子は何事をもいわず、何事をも行わず、蝋の木偶でくのようになって一生を終った。死ぬ迄の間に彼のしたことは、たった一つ。それは、頭に火皿をのせ、手に二股の杖をついて、その書物をネフェルカプターの墓所へ返して行ったことである。王子から書物を受取った時、ネフェルカプターの木乃伊ミイラはニヤリと笑った。妻アーウリの木乃伊も黙って笑った。皇子は物もいわず、真蒼な顔で外へ出て来た。墓所の入口の扉を閉めた時、彼は、後の世の人々がこの書物によって再び、不幸に陥ることがあってはいけないと思った。彼は扉のとじ目に魔法の封をした上、或る呪文によってその墓の入口が全然人目につかないように変えて了った。

今に到るまで、この本の所在を知るものが無いのは、斯うした訳である。

セトナ皇子(仮題)-中島敦-狐人的あらすじ-イメージ

狐人的読書感想

メンフィス、プタ(プタハ)の神殿、鷹神ハトル、鶴神トト、狼神アヌビス、乳房豊かなる河馬神アピトエリス(トゥエリス?)、アモン・ラー(アメン・ラー)、邪神セト、オシリス、太初の混沌ヌー(ヌン)、ネフェルカプター(ネフェルトゥム? ……ビビとか、ネフェルピトーとか、連想した)、その妻アーウリ(誰?)――などなど、よくゲームの題材にもなる古代エジプトキーワードがふんだんに出てきて、それだけで楽しくなった小説でした。

エジプト神話と無への恐怖

萌える!エジプト神話の女神事典

ウシマレス大王、その臣で書記生兼図案家たるメリテンサ、そして主人公セトナ皇子については、モチーフがぱっと思い浮かびません。

中島敦さんといえば、やはり中国の歴史書を題材にした小説のイメージが強いですが、『セトナ皇子(仮題)』はエジプト……いったい原典はなんだったのでしょうか、『(仮題)』となっているあたりも非常に気になりますね。

ネットで見ると、原典は明らかになっていないらしく、さらにつづきがあるという話も……、『(仮題)』となっているあたりは、やはり生前未発表作ということを、示しているのだと捉えてよろしいのでしょうか?

狐人的に興味の尽きない作品です。

内容は『文字禍』と『名人伝』に通じるところがあります。

ひとがあまり考えないこと(世界の始まり、原初)について真剣に取り組んでしまうあたりや、やりすぎて結局駄目(木偶)になってしまう(少なくとも傍目にはそう見えちゃう)あたり、両作品に似ています。

なんとなく、天才児が大人になると普遍化する過程、みたいなことを思わされました。

天才子役が長じて普通の役者と遜色なくなったり。子供のときそれができるのは凄いことだともてはやされても、大人になれば相対的に凄くなくなってしまったり。

あるいは、セトナ皇子ように、普通のひとには理解できない領域までものごとを突き詰めた結果、ある種の悟りのようなものを開いてしまい、傍目にはまるで木偶みたいな(ダメ人間)に見られてしまうみたいな。

そんな意味では「天才の悲劇」が描かれた作品とも読めるのかもしれません。

太初の混沌ヌー(ヌン)は何から生まれたのか?

知恵は疑う心から生じるともいいますが(エデンの園の知恵の樹の禁断の果実)、セトナ皇子の気持ちは、僕にもちょっとだけわかるような気がしてしまいました(僕は間違いなく天才ではありませんのでこんなことを言うのはおこがましい気持ちがありますが)。

きれいな星空を眺めていて、大宇宙に想いを馳せながら、なんとなく不安な気持ちになるみたいな。

――無への恐怖。

こういうことってありませんか、みたいな。

クトゥルフ神話魔導書分類

クトゥルフ神話 TRPG (ログインテーブルトークRPGシリーズ)

ともかく。

僕がセトナ皇子の気持ちを正しく理解しているのかは置いといて。

僕がこの物語中でもっとも興味を惹かれたのは、セトナ皇子がそんな着想を得た、言い換えればセトナ皇子を木偶(ダメ)にしてしまった、古書です。

のちに皇子は、自分のような者を出さないように、この古書をネフェルカプターの墓所へ返して封印しましたが、この古書――禁書といっても過言ではありませんよね?

禁書といえば禁断の魔導書と相場は決まっています!(?)

禁断の魔導書といえば『ネクロノミコン』『ナコト写本』『ルルイエ異本』などなど、主にクトゥルフ神話関連のものを連想してしまうのですが、どうでしょう?(――とか訊かれても?)

ネットを見ていて、ラブクラフト研究の第一人者、ロバート・M・プライスさんという方が、その著書『H.P.Lovecraft and the Cthulfu Mythos』の中で、クトゥルフ神話関連の魔導書を分類している(Genres in the Lovecraftian Library)というのに興味を覚えたので、その要約をまとめて記しておきたいと思います(需要があるか否かは考えない、狐人的読書メモ)。

【クトゥルフ神話魔導書分類】

  • 種別 a.魔術書
    もっとも魔導書に近いもの。呪文や式文、魔術の触媒となるさまざまな品について記述されている書物。『タート・アクアディンゲン(水神クタアト)』『妖蛆の秘密』などがこれに分類される。
  • 種別 b.悪魔学書
    悪魔学、悪魔や魔物信仰について記された書物。『無名祭祀書』『狂える修道士クリタヌスの懺悔』がこれに含まれる。なお、『ネクロノミコン』『屍食経典儀』については魔術書と悪魔学書両方の性質を具えており分類が困難とされる。
  • 種別 c.経典
    信仰のための経典。教義、祈りの言葉、儀式作法について記された書物。『イエーの儀式』『グラーキの黙示録』など。
  • 種別 d.人類以外による記録
    人類以外の存在による書物全般を示す。それぞれに類似した内容が見られることも多い。『イオドの書』『エイボンの書』『グハーン断章』『ザントゥー石板』『セラエノ断章』『ポナペ経典』『ルルイエ異本』など多数。
  • 種別 e.研究論文
    人類学、神話学の論文の典拠として神話書物を用いているもの。クトゥルフ神話の体系化で知られるアメリカの作家オーガスト・ダーレス、またクトゥルフ神話の架空の学者ランドルフ・カーターが著したものがその代表例とされる。『ネクロノミコンにおけるクトゥルー』『ポリネシア神話―クトゥルー神話大系に関する一考察』『ルルイエ異本を基にした後期原始人の神話の型の研究』など。
  • 種別 f.韻文
    詩。『ネクロノミコン』を著したとされるアブドゥル・アルハザードは「狂える詩人」の二つ名を持つ。『アザトースその他の恐怖』『ヤディスからの幻視』『モノリスの人々』『ルルイエからの夢』。より広義にこれを捉えるならば、アマデウス・カーソン『狂気の暗黒神』(小説)、ウィルコックスの浅浮彫、エーリッヒ・ツァンの音楽、リチャード・アプトン・ピックマンの絵画など、芸術作品全般がここに含まれる。
  • 種別 g.派生型
    魔導書から派生したと思われる書物。例として、ジョアキム・フィーリーの『注釈ネクロノミコン』。これは著者が自ら見た夢の中で得た知識を『ネクロノミコン』に注釈として組み込み出版したもの。また『エルトダウン・シャーズ』は『ナコト写本』の一部と思しきものをウィンタース・ホール牧師が独自の解釈で解読したものとされる。

読書感想まとめ

なんとなく襲う無を想う恐怖、
ゲームでおなじみエジプト神話、
TRPGでおなじみクトゥルフ神話、
がおもしろい!

狐人的読書メモ

セトナ皇子(仮題)-中島敦-狐人的読書メモ-イメージ

(――ってか、魔導書の分類って、何を書いとんじゃ自分……)

・『セトナ皇子(仮題)/中島敦』の概要

1959年(昭和34年)6月『中島敦全集 第四巻』(文治堂書店)にて初出。『(仮題)』は文治堂版全集編集者によって付けられたものらしい。原典などいろいろ知りたいと思った。

以上、『セトナ皇子(仮題)/中島敦』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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