道祖問答/芥川龍之介=宗教ってなんだろう?

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

道祖問答-芥川龍之介-イメージ

今回は『道祖問答/芥川龍之介』です。

文字数3000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約9分。

女好き、肉や魚を食べて、高級車に乗り、
夜はクラブで豪遊したり――
そんなお経では、諸々の仏神も不浄を忌んで現れない?
道祖神さんの皮肉がバツグン!
だけどみんな人間なんです?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

平安時代の僧、道命どうみょうはひとりそっと床を抜け出すと、経机きょうづくえの前で法華経をしはじめた。几帳きちょうの向こうでは和泉式部いずみしきぶの寝息が聞こえていた。

道命は、三業さんごうしゅうせず、五戒ごかいもしたことはなく、大の女好きだ。しかしまだ暗い早朝、ひとり法華経を読誦どくじゅする習慣だけは欠かさない。

そこへ道祖神さえのかみを名乗る翁が現れて言う。

「普段なら、かみ梵天帝釈ぼんてんたいしゃくよりしも恒河沙こうがしゃの諸仏菩薩までが誦経ずきょうを聴きにくるので、身分の低い自分は聴きにいくことができません。だけど今宵は、行水ぎょうずいで身体も清めず、女の肌に触れての誦経だから、諸々もろもろの仏神も不浄をんで、このあたりに現れないので、私は心安く聴聞ちょうもんにくることができました」

これを聞いて道命は憤慨した。

「自分は仏道のあらゆる教えを体得している。その自分にとって和泉式部は麻耶夫人まやふじんだ。男女なんにょの交会も万善ばんぜん功徳くどくだ。その寝所にはあらゆる仏が顕現するのだ。であれば自分のいる場所こそ霊鷲宝土りょうじゅほうどだ。お前のような者がみだりに足を踏み入れるべき場所ではない。去れ」

翁は消え、空は白みはじめてきた。

狐人的読書感想

お坊さんはお経を読むのが仕事、などと聞くことがありますが、たしかに「仕事」になっているんだろうな、と皮肉に考えてしまうことがあります。

お坊さんは職業に、ありがたい読経や教えは商品に、宗教はビジネスになっているのかな、というようなことは、あらゆる宗教において感じることがあります。

質素倹約な生活をして、厳しい修行に努め、自分よりも人々の幸福を願ってくれるはずの宗教家が、ふつうに結婚して、肉や魚を食べて、高級車に乗っていたり、夜はクラブで豪遊していたり――なんだかな、ってなるときがあります。

しかも、テレビなんかのお坊さん特集みたいな番組で、そのことを訊かれると、お坊さんは、宗派によりなんだかんだと理屈をこねて、その理屈がことごとく自分たちの都合がいいようにできていたりします。

おそらく言っていることは本当のことのはずなので、昔から宗教というものは、宗教家の都合のいいように作り変えられてきたんだろうな、と想像すると、やっぱりなんだかな、って感じがするんですよね。

とはいえ、宗教によって救われている人たちもいて、宗教をイベントとして楽しんでいる人たちも現代には多くて、だから宗教を都合よく利用しているのは何も宗教家の人たちばかりではなく、だからそれでいいのかな、って気もします。

道具であれ思想であれ、それらは人間が自分たちに有益になるから生み出したもののはずなので、だったら有益に利用することは悪いことや非難されるべきことでもなくて、それが宗教の在り方なのかな、というような思いがします。

『道祖問答』の道明も、法華経を読誦するという習慣、かたちばかりを重んじて、和泉式部といちゃいちゃと、やってることはむちゃくちゃですが、本人はそれに矛盾を感じていないようすです。

だから、道祖神の皮肉にも本気で憤慨して、自分の都合のいいように仏教の教えを解釈して、自己を正当化しています。

正直、見苦しいなと感じてしまいますが、しかし前述のとおり、宗教というものが、それぞれにそれを利用する人たちのためのものなのだ、と解釈するならば、それが自然なことのようにも思えてきます。

宗教は厳しく、美しいものであってほしいと願うこと自体、やはり僕の勝手な理想の押しつけであるのだ、と考えると、やはりそのことを強く思わされてしまうのですよね。

宗教は誰かに押しつけたり押しつけられたりするものではなくて、教えたり教えてもらったりするものでもなくて、じつは物理的な形式はあっても精神的な形式はないものなのかもしれず、それぞれがそれぞれの宗教を持って利用して、あるいは宗教を持たずに生きて、みんなが幸せならそれでいいのかな――という、なんだか宗教家のひとに聞かれたら怒られてしまいそうな話ですが、そんなふうに感じた今回の読書でした。

読書感想まとめ

宗教ってなんだろう?
みんな幸せならそれでいいのかな?

狐人的読書メモ

人の生み出したもので、人に都合の悪いものなんてないのかもしれない。

・『道祖問答/芥川龍之介』の概要

1917年(大正6年)『大阪朝日新聞』にて初出。典拠は『宇治拾遺物語』巻一「道命阿闍梨於和泉式部許読経、五条道祖神聴聞事」。道祖神のキャラクターにおもしろみを感じた。

以上、『道祖問答/芥川龍之介』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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