愛撫/梶井基次郎=猫好きの感想を聞きたい、だけど猫好きにはおすすめしづらい。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

愛撫-梶井基次郎-イメージ

今回は『愛撫/梶井基次郎』です。

文字数3000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約10分。

猫を愛撫するお話です。

しかし猫好きにはおすすめしづらい、
だけど猫好きの感想を聞いてみたい、
そんな短編小説でした。

川端康成さん、小川洋子さん、村上春樹さんの
作品を連想しました。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

彼女の耳は薄くて冷たくて柔らかくてピカピカしている。彼女の耳は一種特別の物質である。私は彼女の耳をパチンとやってみたくて堪らない。これは残酷な空想だろうか? 違う。それは彼女の耳が持っている一種の不思議な示唆しさ力によるのだ。誰もが彼女の耳を触りたがる。

子供は残酷であるとはいうが、彼女の耳をパチンとやるというような、児戯にも等しい空想も、思い切ってやらない限り、それは我々のアンニュイのなかに、外観上の年齢をはるかにながく生き延びる。

とっくに分別のできた大人が、いまもなお熱心に、彼女の耳をパチンとやる空想にとりつかれている。

しかし最近、この空想の致命的な誤算がわかった。彼女は耳をあまり痛がらない。引っぱってもつまんでも、いくら強くしても痛がらない。

なのである日、私は彼女と遊んでいる最中に、とうとうその耳を噛んでしまった。彼女は直ちに悲鳴を上げた。私の古い空想はその場で壊れてしまった。彼女は耳を噛まれるのが一番痛いのである。

私のながらくの空想はこのようにして消えてしまった。しかしこういうことにはきりがないようだ。私はまた別のことを空想しはじめる。それは彼女の爪をみんな切ってしまうのである。彼女はどうなるだろう? きっと生きる気力を失ってしまうのではないだろうか?

爪がない。爪の手入れができない。
爪がない。爪の手入れができない。

彼女は何度もそう思うだろう。そのたびにだんだんといまの自分と昔の自分が違うことに気づいてゆく。彼女はだんだんと自身を失ってゆく。彼女を常に輝かせてくれた爪がもはやないのだから。彼女はよたよたと歩く別の動物になってしまう。ついに歩くことさえしなくなる。なんたる絶望! そしてついには物を食べる元気さえ失くしてしまうのではないか?

爪のない彼女! こんなにたよりなく、かわいそうなものがあるだろうか! この空想はいつも私を悲しい気持ちにさせる。その悲しみのために、この結末が正しいのかどうかさえ、私にとっては問題ではなくなってしまう。

爪を抜かれた彼女。目を抜かれても毛を抜かれても、彼女は生きているに違いない。だけど爪だけはダメだ。これが彼女の活力であり、智慧ちえであり、精霊であり、すべてなのだと私は信じている。

私は今日もゴロッと仰向きに寝転んで、彼女を顔の上へあげている。とても柔らかいぷにぷにしたそれを、ひとつずつ私のまぶたにあてがう。心地よい彼女の重量。温かい彼女のそれは、私の疲れた眼球にしみじみとした、この世のものではない休息を与えてくれる。

「ああ、仔猫よ、お願いだからしばらく踏み外さないでおくれ。お前はすぐに爪を立てるのだから」

狐人的読書感想

愛撫-梶井基次郎-狐人的読書感想-イメージ

そんなわけで、猫を愛撫するお話でした。

梶井基次郎さんの小説はインスピレーションを刺激されるものが多いように思います(前にも言っているような……、しかし大切なことは何度でも言おう)。

――というあらすじがあらすじでなくなってしまったという言い訳でした(それが狐人的あらすじ、いつものこと)。

本編のほうでは『彼女』はちゃんと『猫』となっているので、安心して読んでください……、いえ、そうでなくとも安心して読める内容ではないかもしれませんね。

おもに空想の中の話とはいえ、かわいい猫にあんなことをしてしまうだなんて。

――しかしながら、まあおおよそ空想の話だとわかっているからなのでしょうか、その行為のわりにあまり残酷さを感じなかったように思います(そう思ってしまう僕が残酷なのでしょうか? ……そうなるとちょっと悩みどころではありますが)。

この短編小説は、梶井基次郎さんの作品の中でも比較的評判の高いもののようで、根底の部分では温かみや気品が感じられるという評価がなされており、かの川端康成さんも『しかし何より気品』だと高評しています(川端康成さん……、そういえば『片腕』を彷彿とさせるところのある作品です)。

気品かあ……、たしかに残酷さを打ち消す何かがこの作品にはあるように思います。それが気品というものなのでしょうか? 確信は持てませんでしたがそんなふうに感じました。

梶井基次郎さんの『愛撫』は動物ものとしてアンソロジーによく取り上げられる人気作品です。『博士の愛した数式』の小川洋子さんのアンソロジー集『小川洋子の陶酔短篇箱』にもこれが取り上げられています。

しかし猫好きの方におすすめするのはちょっと戸惑われるところです。ほぼ空想の中のお話とはいえ、ひょっとしたら気分を害される方がいらっしゃるかもとか考えてしまいます。

ただあえて言うならば、僕はかなり好きな作品です。

たしかに内容は動物虐待を思わされるお話なのですが、どこかしら、著者の猫に対する愛情が感じられる小説だと思うのですが、このあたり、猫好きの読者の方のご意見をぜひお伺いしてみたいところなのですが、しかしおすすめしにくいという(そこまで思い悩むことでもないのかなあ、と思いつつのジレンマ)。

この作品の中で、主人公である「私」は猫の三つのものに興味を持っています(ここまで語ってきたようにアブナイ興味と言わざるを得ませんが)。

ひとつは猫の耳です。

僕は猫の耳に興味を持ったことはありません(なのでもちろんパチンとしたいと思ったこともありません!)が、言わんとしていることはわかるような気がしました。

とくに猫の耳は「なんともいえない一種特別の物質」で、それには「一種不可思議な示唆しさ力がある」というところはなんとなく思わされるところがありました。

なぜかと考えてみたのですが、たしか村上春樹さんの『羊をめぐる冒険』の主人公の彼女が、魅力的なほどの完璧な形をした一組の耳を持っていて、耳専門の広告モデルをしていたように記憶していて、おそらくこの影響だと思います。村上春樹さんの小説では、猫も重要なモチーフとして登場することが多いので、『愛撫』の猫の耳からこのあたりを連想したためでしょう。

猫の耳に興味を持ったことはなかった僕が、猫の耳に興味を持ったというどうでもいいお話をしてしまいましたが、どうでしょう? 猫の耳って、思わず触りたくなってしまうような、いいものなのでしょうか? やはり猫好きの方に訊いてみたいところです(猫耳好きの方にも訊いてみたいところです)。

二つ目は猫の爪です。

猫から爪を奪ってしまえば、猫は木登りをしようとしてできず、人の裾を目がけて跳びかかってもひっかけることができず、爪を研ごうとしてもなんにもない。

こんなことを何度もやっているうちに、だんだんと自分が以前の自分と違うものであることに気づき、自信を失い、ついには生きる気力さえ失ってしまうのではなかろうか、というところに強い感銘を受けました。

牙を抜かれた狼みたいな。

生物にはそれぞれに存在意義とでもいえるような特徴があり、人間にもそれぞれに生きている意味や理由といったものがあるように思います。それは自慢できる容姿であったり、あるいは仕事、お金や権力、家族や恋人、趣味や娯楽、物質的なもの精神的なもの――本当にひとそれぞれだと思います。

それらを失くしたときに受ける計り知れないダメージというのは、イメージするのが難しくないように思いました。

美しい顔にひどいやけどを負ったり、仕事や富や権力を失ったり、大切なひとを亡くしてしまったり、何らかの理由で趣味や娯楽が楽しめなくなってしまったり――だけどもっとも猫の爪に近い状況は、スポーツ選手の故障かなあ、と想像してみました。

将来を嘱望されていた選手が、故障によって選手生命を絶たれてしまう、二度とその競技をできなくなってしまうというのは、まさにこの作品の主人公が空想した爪を抜かれた猫と似た、生きる気力を失ってしまう状況と同じものだと感じました。さきほどは「イメージするのが難しくない」とか言ってしまいましたが、この精神的な苦痛は想像を絶するもののように思います。

三つ目は猫の肉球です。

このくだりはあらすじではカットしているので、ちょっと説明が必要かもしれません。

主人公は、ある日奇妙な夢を見たといいます。ある女が鏡の前で化粧をしているのですが、メイク用のパフに猫の手を使っていたというのです。夢の中で驚いた主人公がそれについて尋ねるのですが、女は「飼い猫のミュルで作ったのよ」と平気な顔で答えるという……、ちょっと猟奇的な夢のお話でした。

だけどこれ、実際に商品化したらどうでしょうね? かわいくデフォルメして、前足部分を持ち手にして肉球でパフパフと……、僕のセンスはまったくあてにならないので、これも広く世の女性たちに訊いてみたいところでした。

――まあ、この作品を読んだ後に訊いても、「いいね!」とはならなそうですが……。

最後にもうひとつだけ。

ラストで主人公が猫の肉球でまぶたをぷにぷにして「この世のものでない休息」を味わっていたシーンですが、ちょっとやってみたくなりました。僕は猫を飼っていないので、やってみることはできませんが、飼い猫のいる方はぜひやってみ……、しかし本当に踏み外したらあぶないかなあ(やはりおすすめに迷います)。

ちなみに野生の猫や室外飼育の猫の肉球は硬いらしいので要注意。さらに肉球は比較的新しく普及した言葉らしく、もともとの知名度は低かったそうです。1986年(~現在)、いがらしみきおさんのマンガ『ぼのぼの』で取り上げられて急速に一般に広まったのだとか(『ぼのぼの』はいまアニメもやっているので、なかなかタイムリーな情報でした)。ついでにウサギには肉球はないそうです(一部の種類は除く)。

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読書感想まとめ

愛撫-梶井基次郎-読書感想まとめ-イメージ

おすすめしたい、しかし猫好きにはおすすめしづらい。

狐人的読書メモ

――なので読むのも猫の肉球でまぶたをぷにぷにするのもすべて自己責任でお願いします(――という無責任)。ちなみに狐にも肉球がある、狐人には……(いわずもがな)。

・『愛撫/梶井基次郎』の概要

1930年(昭和5年)6月、『詩・現実』にて初出。梶井基次郎作品の中でも評価は高い。猫好きにはおすすめを迷う。ただし僕は著者の猫への愛情を感じた。かなり好きな作品。

以上、『愛撫/梶井基次郎』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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