神経/織田作之助=人生には無神経が必要なときもある!

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

神経-織田作之助-イメージ

今回は『神経/織田作之助』です。

文字数14000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約39分。

終戦直後の大阪、千日前。困難な時代。いい意味で無神経に生きる人々を描く。戦争や震災、挫折や失敗から立ち直るには、ある種の無神経さが必要なのかもしれないと思った。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

1946年の正月、私はラジオをつけっぱなしにしたまま、小説を書きながら日を過ごした。近頃のラジオは宝塚のレビュ(演芸)放送が多く、私はそれに辟易していた。

歌舞伎、新劇、少女歌劇はもちろん、講談、落語、漫才などいうまでもなく、それぞれの発声法に奇妙な型があり、聞き飽きてしまうのだ。とはいえ、芸術の新機軸というものは難しく、世に新しいものはないのかもしれない。

小説も人生も、紋切型である。

十年前、レビュ女優の紋切型に憧れて、一命を落とした娘がいた。暴行され、千日前の大阪劇場の裏手の溝に、なきがらが放置されていた。大阪劇場の女優たちが娘を哀れに思い、楽屋裏の空き地に地蔵を祀ったと聞き、私もそこへ線香を上げに行った。

1945年3月13日の夜、千日前は空襲で焼け跡になってしまった。私の行きつけだった喫茶店「花屋」も、本屋の「波屋」も焼けてしまったが、そこの主人たちは復興に意欲を燃やしていた。

私はそのことを「起ち上る大阪」という題で雑誌に書いたが、文章を書く人間の陥り易い誇張だったと、自分の美談製作気質にいや気がさした。しかし、「波屋」や「花屋」の主人に会い、自分の文章が彼らを力づける役目をしたかと思うと、うれしかった。

「千日堂」で食べたぜんざいには、高い砂糖の代わりにズルチンを使っていると、馴染みのお内儀が言っていたが、後日、ズルチンは身体に悪いのだと新聞で取り上げられていた。しかし人々はそんなことは無視して、甘いものにむらがっていた。私も平気でズルチンを食べた。

私たちはもうズルチンぐらい惧れないような神経になっていたのか。ズルチンが怖いような神経ではもう生きて行けない世の中になっているのか。千日前へ行くたびに一度あの娘の地蔵へ詣ってやろうと思いながら、いつもうっかりと忘れてしまうのだった。

狐人的読書感想

「ズルチン」というのは人工甘味料で、生産コストが低かったため、戦後の日本では砂糖の代わりに大量に使用されていたそうですが、中毒があることがわかり、いまでは使用が禁止されている物質なのだそうです。

この作品の執筆当時は、まだズルチンの使われた甘味がお店で当たり前に出されていて、人々も身体に悪いことを無視してそれを食べていたといいます。

物が不足していれば健康のことなどは二の次になってしまう――というのは、健康志向の高まっている現代ではなかなか信じがたいような、だけどなんだかわかるような気もします。

『私たちはもうズルチンぐらい惧れないような神経になっていたのか。ズルチンが怖いような神経ではもう生きて行けない世の中になっているのか。』

無神経な人間にはなりたくないな、と思いますが、無神経でなければ生きてはいけない世の中というのも、本当に恐いな、と想像してみて、健康に気がつかえる、物が溢れている現代に生きられることを幸運に感じます。

現代は物が溢れていて、健康に気がつかえて、しかしだからこそ、物をムダに扱っていることを、ふと思います。

賞味期限が1日でも切れていたら、平気で食品を捨ててしまったりすることがありますが、そういう態度は食品ロスの観点からも反省すべきかもしれません。

――とかなんとか、昔の人々の生き方から、何かを学んだ気になった読書でしたが、1番学んだ気になったのは、戦後復興に意欲を燃やす喫茶店「花屋」や本屋「波屋」の主人の姿でした。

空襲で焼け跡になってしまった町で、もう一度店を再開させるのだとがんばれるのは、本当にすごいことだと思うのです。

もしも僕だったら、店がなくなってしまったことに絶望して、なかなか立ち直れなかったんじゃなかろうか、などと考えてしまいます。

これは昭和の戦争ばかりではなくて、たとえば東日本大震災のような地震災害のあと、もう一度立ち上がろうと意気を上げた人々の姿と重なるところがあります。

「愛する地元でもう一度!」

なんとなく、こういった「たくましさ」みたいなことは、日本人の美質という気がしますが、あるいは人間の美質なのかもしれません。

戦争や震災、挫折や失敗から立ち直るには、ある種の無神経さが必要なのだと考えれば、無神経というものもあながち悪いばかりのものではないのかもしれず、ときに必要な素養なのだと考え方を改めさせられるような思いがします。

無神経にひたむきに生きることも、人生には必要なときがあるのかもしれない――ということを思った、今回の読書でした。

読書感想まとめ

人生には無神経が必要なときもある。

狐人的読書メモ

・新機軸というものはむつかしい。世に新しいものはないのだろうか。小説も人生も、紋切型である。――という部分には、まさにそのとおりだと、思うところがある。何事も型にはまらず、オリジナルであることは難しく思う。

・『神経/織田作之助』の概要

1946年(昭和21年)『文明』にて初出。のち『定本織田作之助全集 第五巻』(文泉堂出版、1976(昭和51)年)に収録。終戦直後の大阪、千日前、困難な時代、いい意味で無神経に生きる人々を描く。

以上、『神経/織田作之助』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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