あなたの20にまつわる私へ

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読書時間:およそ20分。
あなたへ:これを読んだあなたへ。『あなたの20にまつわる私』の正体、わかった? もしわかったのなら、わたしに教えて。わたしにはわたしの恋人が誰なのか、もうわからなくなってしまったから。

 

『あなたの20にまつわる私』へ。

いいえ。

僕の20にまつわる君へ。

と、すべきかもしれません。

もし君がこれを読んでくれているのなら、そのとき僕はもうこの世界にはいないでしょう、と、テンプレみたく想像してみると、なんだか妙な気がしています。

うふふ。

僕にもようやく君の正体がわかりました。

振り返ってみれば、はじめての出会い、それ自体がヒントだったように思えてきます。

SNS上での出会い。

SNS上だけのつきあい。

なのに僕は、僕の唯一のフォロワーである君に、最初から妙な親近感を覚えていました。

だから君には、僕のことを話し過ぎるほど話してしまったような気がして、そのことを、いまでは反省するような、後悔するような気持ちがしています。

君が、僕について知らないことなんて、ないに等しいかもしれません。

これから綴ることも、あるいはすべて君の知っていることばかりで、ただただ長いだけの退屈なものになるかもしれません。

だけど君に、これを全部読んでほしいと、僕はそう願っています。

これが僕にとっての、最期の言葉、最後の文章、あるいは最後の作品になるはずだからです。

さて。

僕がSNSをはじめたのは、僕が仕事を辞めて、本格的に小説を書くことにした30歳のときです。

僕は大学卒業後、派遣社員として働き出し、3年後には派遣先の契約社員となり、さらにその5年後に会社を辞めることになりました。

会社を辞める、といえば、自発的に聞こえてしまうかもしれませんが、要は、労働契約法を根拠にした、僕の無期労働契約への転換の申し込みが拒否されるかたちで、会社から契約終了を言い渡されてしまったのです。

正社員にしてもらえるかな、と期待していたので、やはりショックは相当大きくて、しばらく何もやる気が起こりませんでした。

とはいえ何もしないでいるのも苦痛なものです。

しかし働く気にもなれない。

そこで小説を書いてみようと思い立ちました。

ある程度貯金があったので、その貯金が底をつくまでは、本気で小説の勉強をしてみようと考えたのです。

実際にやってみると、これが僕にはずいぶん難しく感じられます。読むのと書くのとでは、やはり全然違うみたいです。

小説の勉強といっても、何をすればいいのかさっぱりわかりません。

だからとにかく、小説を読んで、小説を書いて、その繰り返しです。

いま書いているこの文章も、はたしてまともなものになっているのでしょうか……甚だ疑問に思っています。

甚だ疑問に思っていますが、書き続けていきます。

SNSをはじめたのも、小説の勉強の一環のつもりでした。

空想なのか、妄想なのか、あるいは夢の導入部なのか、僕は夜、布団に入ってから眠るまでの間に、創作のヒントとなるような着想を得ることがあります。

そういった着想や、日々の生活の中でのちょっとしたできごと、興味を持った事柄、テレビで見た雑学や豆知識などを、創作メモとしてSNSに書き込んでいこうと思いついたのです。

でも、それならば、メモ帳などでもよかったのではないか、わざわざSNSである必要はなかったのではなかろうか、という気が自分でもしていて、やはり誰かに、僕の何かを読んでほしい、といった欲求が、そこには少なからず含まれていたのだと自己分析しています。

しかし、そうだったとしても、やはり積極的にコミュニケーションツールとして使っていくつもりはなかったので、当初の目的どおり、僕にとってのSNSは、日々の創作メモとして機能しはじめました。

僕は他のアカウントをフォローすることもなく、コメントを読んでいいねを押すわけでもなく、当然ながらリプもせず、タグも用いなかったので、僕のコメントを見るひとなどいないだろうな、と考えていたのですが、SNSをはじめてしばらく経った頃、ひとりのユーザーが僕のアカウントをフォローして、僕のコメントにいいねやリプをくれるようになりました。

おそらく、このようなことは非常に珍しいのではなかろうか、と僕は考えているのですが、実際、有名人でもない一般のSNSユーザーが、積極的にフォロワーを増やそうともせずに、フォローしてもらえることがあるのでしょうか? コメントに逐一反応をもらえることがあるのでしょうか?

いまのところ、僕のフォロワーはそのひとりだけなので、この考えはさほど的外れなものではないような気がしています。

だからそのとき、僕には何か、ちょっとした奇跡が起こったように感じられたのを、いまでもよく覚えています。

僕のアカウントをフォローしてくれたユーザーの名前が『あなたの20にまつわる私』でした。

最初に反応をもらったコメントとそのリプはつぎのものでした。

『最近、寝ている時間をもったいなく感じている。思えば人間、人生の3分の1は寝ているわけだ。僕はどうやらロングスリーパーらしい。どうも長く寝すぎている気がする。寝ないで書こうとしてもほとんど書けない。頭が働かない。ショートスリーパーがうらやましい、今日この頃。』

『私にもわかります。ずっと起きていられたら、ずっと活動できますよね。ショートスリーパーといえば、ナポレオン、エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、明石家さんま、などが有名だそうです。サンマ、イルカや渡り鳥は半球睡眠という睡眠法で、左脳と右脳を交互に眠らせて常に活動しているそうです。』

わかります、と、共感してもらえたのはやはり嬉しかったです。そのことが、普通の会話よりもメッセージのやりとりで、より実感できたように思えました。

『コメントありがとうございます。半球睡眠というのは、どこかで聞いたことがあるような気がします。ちょっと調べてみましたが、イルカや渡り鳥は片目をつぶって、左右の大脳を半分ずつ眠らせることができるんですね。興味深い性質、創作のよい題材になりそうです。』

『半球睡眠は私も興味深く思っています。もしも人間が半球睡眠できたとして、右脳の活動時と左脳の活動時で、はたしてその人の人格は同じ人格なのか? といったところに興味を持ちます。ところで、ジュークさんは創作、小説(?)を書かれる方なのでしょうか? といったところに興味を持ちました。』

同じことに興味を持ち、自分に興味を持ってもらえたということに、喜びを感じました。同じ嗜好のひとと繋がって、同じ趣味を共有すること、それはSNSの主要なひとつの使い方で、当初は僕の求めていなかったことでしたが、その楽しさを教えてもらった気がしました。

僕のユーザー名『ジューク』と、君のユーザー名『あなたの20にまつわる私』は、数字的に連続性がありますよね。

それにも何か運命的なものを、そのときはただ純粋に感じ取っていました。

『じつは小説を書きはじめたばかりの者です。なかなかうまく書き進められず、日々苦心しています。』

『そうなのですか。ちなみに、いまはどのようなものを書かれているのですか?』

『永遠に大きくなれないパンダの仔が、それに願うとどんな願いでも叶うという、虹色の竹の花を探し求めて、世界を旅するお話です。』

『いいですね。仔パンダ、かわいいですよね。私も大好きです。作品が完成したら、私にも読ませてもらえますか?』

『喜んで。これがものになるかはわかりませんが、近く何かを書き上げたいと考えています。拙作で恐縮ですが、読んで感想をいただけたら、勉強になるかと思います。』

『楽しみにしていますね。』

こうして書き出してみると1分足らずで読めてしまうようなやりとりも、実際にはほとんど1日1メッセージずつ、何日もかけて言葉を交わしていて、そのことが僕にはとてもおもしろいです。

SNSといえば、コメントして、すぐにリプが返ってきてやりとりする、その即時性に楽しさがあるのかもしれませんが、朝起きたら君からのメッセージが届いていて、それに返信する――僕にはほぼ1日おきに交換する言葉のやりとりが、とても楽しく感じられました。

君とのSNSを使っての会話は、僕の日々の楽しみになっていきました。

君は聞き上手なので、先述したように、僕はいろいろなことを話してしまいましたね。

たとえば昔からよく見るあの夢のできごと。

『今日もまたあの夢を見た。あの夢を見た日はほとんど1日最悪な気分で過ごさなくてはならない。憂鬱だ。』

『そういうことありますよね。どんな夢なんですか?』

『夜の畑を、トラクターのライトが照らし出していて、そこに男が穴を掘るんです。男は、泣きわめく子供の頭だけを出し生き埋めにします。子供は、男に小便とみみずと土を顔にあびせられて、気が狂ったみたいに泣き叫んでいます。男はげらげら笑いながら子供を見ていて、僕はそれを上から見ているんです。』

『それはひどい夢ですね。罪人の身体を、首だけ出した状態で土の中に埋め、通行人に鋸で斬首させていたという、江戸期以前の鋸挽きを思い出します。子供は罪人だったのでしょうか。何か悪さをしてのおしおきだったとか。それにしてもやりすぎだとは思いますが。』

『どうなのでしょう。あまり気分のいい夢ではないので、そういうことは考えたことがありませんでした。男は誰なのか、あの女の子は誰なのか、なぜこんな非道が行われているのか、言われて想像してみれば、何か小説の役に立ちそうな気がしてきました。』

『ふふふ。小説の役に立ちそうとは、ジュークさんらしいですね。引き続き、執筆活動がんばってください。』

たとえば芸術や音楽の楽しみ方について。

『ある種の芸術や音楽を楽しむには、それだけの準備が必要ではなかろうか。しっかりと睡眠をとり、シャワーを浴びて食事をし、歯を磨く。コーヒーをいれて落ち着いたら、本を読む、音楽を聴く、画集を眺める。そうしているときには、作品とも作者とも、真剣に向き合えているような気分になれる。』

『いろいろな楽しみ方がありますよね。私は、疲れているときには癒しの音楽を、気分を上げたいときにはハイテンションな作品を、くらいのことしか考えたことありませんでした。』

たとえば創作の些細なグチ。

『書くことがうまくいかない。集中力がすぐに切れて、気がつくとぼんやりしている。浮かんでくるアイデアは、泥濘から湧いてくるメタンのような妄想ばかり。』

『行き詰まっているようですね。そういうときにはいったん書くことをやめて、何か別のことをして気分をリフレッシュさせてみてはいかがでしょうか?』

『そうですね。仕事を辞めて、時間と心にゆとりを持ったつもりになっていましたが、毎日机に向かったまま、うまく書き進められないでいると、何かに追われているような気がしてきます。今日は1日、読書でもしながらゆっくり過ごそうかと思います。よいアドバイスをありがとうございました。』

『いえいえ。ゆっくり休んだら、またがんばってください。』

そうして気がつけば、いつの間にか私生活のことまでも、君に話すようになりました。

そう、たとえば彼女のことを。

『僕には付き合っている彼女がいるのですが、僕が仕事を辞めてから態度が急に冷たくなって、彼女が精神的な負担になってきているのを感じます。』

『仕事を辞められたのが原因なのでしょうか? 彼女さんがジュークさんとのお付き合いに真剣ならば、それはショックなできごとだったかもしれませんね。ジュークさんが小説家を目指していることはきちんとお話されたのでしょうか? 彼女さんはそれに賛同できず、不満を募らせているのかもしれませんよ。』

『たぶん仰るとおりだと思います。彼女が冷たくなったのは、僕が仕事を辞めてから、小説を書くため、すぐに働く気がないことを伝えたときからだったように感じています。』

『もう一度、きちんと話してみるべきではないでしょうか?』

『じつは何が不満なのかを聞き出そうとするたびに、「べつに……」と言うだけで取り付く島もないのです。どうしても我慢できないのなら、向こうから別れを切り出してきてもよさそうなものですが、そんな素振りもなくて、以前と同じように鍵を使って、頻繁に僕の部屋を訪ねてきます。』

『なら、彼女さんは、完全にジュークさんのことを嫌いになったわけではないのだと思います。将来のことを考えれば、夢を追うよりも働いてほしいと思っているのでしょうが、夢を諦めてほしい、とも言い出せず、そのフラストレーションが冷たい態度になって表れているのではないでしょうか?』

『僕もそういうふうに理解しています。理解してはいるのですが、彼女と会うたびに嫌な態度をとられて、心無い言葉を浴びせられて、正直つらいし、しんどいです。消えてしまいたくなるときもあります。』

『そういったジュークさんのお気持ちは、彼女さんに伝えられているのでしょうか?』

『何度か言ったことがあります。でも彼女は、僕を冷たく見つめ返すばかりで……あれは恋人を見る目ではないように、近頃は思えてならないんです。』

『小説家を目指すのを、あきらめることは考えられないですか? あきらめずとも、働きながら小説を書き続けるとか。』

『正直、小説家を目指しているのか、自分でもよくわかりません。小説だけで食べていけるひとなんて、ほんのわずかだということも理解しているつもりです。ただ、いまはなぜか、何かを書くこと以外、何もやる気になれないんです。』

『つらい状況みたいですね。私が何かお力になれればよいのですが。』

『ありがとうございます。こうしてお話を聞いてもらっているだけで、ずいぶん救われる気持ちがしています。昨日も、彼女の冷たい言動、あの、不要物を見るかのような目。憎い気持ちを通りこして、殺してやりたいとまで考えている自分に気づいて、泣きたいような気持になりました。』

『だったら私が殺しましょうか。』

僕は単純に驚いてしまいました。

そのメッセージを読んだ瞬間、身体が凍りついたように動かなくなったのを覚えています。

何分そうしていたでしょうか、気がつくと、僕はつぎのメッセージを送信していました。

『びっくりしました。僕を元気づけるための冗談だと気づくのに、少し時間がかかってしまいました。お気遣いありがとうございます。もう少しがんばってみます。もう一度、ちゃんと話をしてみます。』

しかし翌日になっても、そのメッセージに返信はありませんでした。

そしてその日から、彼女は僕の部屋を訪ねてこなくなりました。

それまで彼女は、関係が悪くなってからも、毎日のように僕の部屋を訪ねてきていたのに。

『ジュークさん、こんばんは。調子はいかがですか?』

返信がきたのは3日後のことです。

僕はあのことを訊きたかった。

3日前に受け取った「だったら私が殺しましょうか」というメッセージのことを。

とはいえ、いくら私生活のことまで相談していても、ぼくと彼女の素性や、まさか住んでいる場所などの個人情報まで教えたことはありません。

だから、SNS上でしか知らない相手が、現実の僕の生活に干渉できるはずもなく、ましてや彼女を殺すなんてできるわけがありません。

なのになぜ、こんなふうに胸騒ぎを覚えるのか、自分でもよくわからずに、

『こんにちは。調子は悪くありません。じつはあれから3日ほど、彼女に会っていなくて、いよいよ愛想を尽かされたのかな、などと考えています。』

けれども冗談を真に受けて、ばからしいことを直接的に訊くのはやっぱりはばかられて、こんな探るような文面になってしまいました。

『そうですか。どうやらお力になれたようですね。彼女を殺してよかったです。』

「は?」

我ながら、まったく乏しい表現力ですが、これが僕の、そのときの偽らざる気持ちです。

そう呟いたきり、何も考えることができず、また身体を動かすことができなくなってしまいました。

返信のメッセージを打ちはじめるまでに、前よりも長い時間がかかったように思いますが、それを意識している余裕は、そのときの僕にはありませんでした。

『たとえ冗談だとしても、そういうことを言われるのは、あまり気持ちのいいものじゃありません。』

考えることができなかったからでしょうか、ちょっと強めの口調になってしまったと、後悔しました。

もちろん本気ではありませんでしたが、最初に彼女への殺意をほのめかしたのは僕であるにもかかわらず、君が僕を元気づけるために言ったことだと捉えていたはずなのに――しかし、このメッセージを削除して書き直すことはしませんでした。

君からの謝罪の返信を想定して、「こちらもお気遣いに対して、ちょっと強く言い過ぎました」と、さらに謝罪の返信内容を頭の中で組み立ててみたりしていたのですが、君からの謝罪の返信は、そんな想定を大きく外れたものでした。

『すみません。勘違いさせてしまいましたか。冗談のつもりはなかったのです。私が彼女を殺しました。殺して、癒しの音楽とハイテンションな作品に仕上げてみました。音声ファイルと画像を添付します。ジュークさんにも気に入ってもらえるとよいのですが。どうぞ食後のコーヒーとともにお楽しみください。』

音声ファイルを再生すると、それは女の懇願と悲鳴の多重奏、画像ファイルを開くと、そこにはアンティークドールよろしく、椅子に座らされた全裸の女の首なし死体、両手で膝の上に抱えられた顔がこちらを見ていて、それはもう不要なものを見る冷たい目ではなくて、何も見えていない無機質な瞳――音楽も人形も彼女でした。

『君はいったい誰』

僕は意識が遠くなるのを自覚しながら、身体中の力を総動員して、メッセージを送信しました。

そのあとのことは覚えていません。

そのまま、気を失ってしまったのか、つぎに目を覚ましたときには、机に突っ伏した状態でした。

ハッとして顔を上げると、パソコン画面には返信が、

『あれ? まだわからないんですか? では、ヒント1、仮に半球睡眠ができる人間がいたとしたら、左脳が眠っている間の人格と右脳が眠っている間の人格、すなわち、右脳が活動している間の人格と左脳が活動している間の人格、昼起きている間の人格と夜起きている間の人格は、はたして同じでしょうか?』

(君は……何を言っている?)

『ヒント2、仔パンダは虹色の竹の花を見ることはできない。なぜなら、虹色の竹の花を宿す竹は絶滅しているから。仔パンダは、遺伝子に刻まれた、かつての虹色の竹の花の記憶、それを見つけて願うしかない。すなわち、虹色の竹の花は仔パンダの心の中にあった。』

(どうして……僕の書いている小説の設定を知っているのだろう? いくら僕が素人でも、作品の核となる部分を、作品が出来上がる前に、誰かに話したりするはずがない……パソコンに保存している、プロットのドキュメントをハッキングされている?)

『ヒント3、鋸挽きのように、子供が生き埋めにされるあの夢の話は、ジュークさんの、身に、実際にあった過去のできごとです。ジュークさんは忘れているでしょうが。幼少期の虐待が主な原因となって発症する有名な精神病は?』

(あれが実際にあった過去のできごと? 精神病?)

『ヒント4、部屋のクローゼットを開けてください。』

僕は机から離れると、すぐ後ろにあるクローゼットを開きました。

クローゼットの扉を開くと、上の棚から、どさり、それが足元に落ちてきました。入れた覚えのない、黒いポリ袋――どうやら無造作につっこまれていたらしいのです。

ふるえる手で袋を開くと、中には血にまみれた僕の衣服と鋸と――

急に目の前のものが遠くなっていくのを感じて、僕は僕の脳裏に、彼女の首を鋸で挽く自分の姿を、幻のように見たように、思ったのでした。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、

ああ。

ここに至ってようやく、冒頭で書いたように、僕にも君の正体がわかったのでした。

僕は絶望しました。

僕は彼女を殺しました。

そして僕はもうこの世界にいるのが嫌になりました。

だから僕はそろそろ消えることにします。

その前に。

僕の最期に。

君にこれを贈ります。

『あなたの20にまつわる私』

僕の20にまつわる君、

君の正体は、

「――僕の二重人格だったんですね」

机に向かったその人物は、パソコン画面に開かれている文章ファイルを読み終えた。

「つまり、これを書いた人物は、あの夢で見たような虐待を、あの夢で見たような虐待の数々を、幼少期に受けたことでショックを受けて、人格を分裂させていく解離性同一性障害、すなわち多重人格になった。ここまではよく聞く話で、多重人格者は精神的負荷が大きなできごと――主に幼少期のトラウマをきっかけにして、人格を分裂させていくようになるのだけれど、この人物のおもしろいところは、新たな副人格を生み出したあとで、やがて現在の自分、主人格を消してしまうところにある」

その人物はひとり言を呟くようにして続ける。

「副人格は、主人格を失った精神的負荷からまた新たな副人格を生み出して、これまで副人格であった自分をつぎの主人格とする。その際、それまで生きてきて嫌だった記憶をまるまる副人格に押しつける。そうすることで、主人格は嫌な記憶を忘れたまま、のほほんと生きていくことができる。その人生の中でまた嫌なことがあり、精神的負荷が限界を超えたら、主人格は消え、残された副人格は人格を分裂……同じことを繰り返す。

①主人格(嫌な記憶なし)と副人格(嫌な記憶あり)、二つの人格を持つ二重人格者がいる
②人生の中で精神的負荷が限界を超えると主人格が消滅する
③主人格の消滅が精神的負荷となり、これまでの副人格は新たな副人格を分裂、嫌な記憶を押しつけ、主人格にシフトする

①~③の繰り返し。いわば人格の自殺……いや、再生なのかな? 現在、すでに消えてしまった前の主人格は、19番目の人格――『ジューク』。いま主人格となっているのは、前の副人格、20番目の人格――『あなたの20にまつわる私』の正体、つまり私というわけです。『あなたの20にまつわる私』は『僕の二重人格の私』だった――ほかにこれを読む人がいたとして、こんな話を信じるとは、到底思えませんけれど」

その人物は誰かに訊くように言った。

「少なくとも、『あなたの彼女であるわたし』は信じるけど、ね」

「ねえ、君がこれを読んで、じつは『私の彼女である君』がすべてを仕組んでいたことに、最後に『僕』が気づいていたとわかったら、どう思う? 私と共謀して、『僕』に冷たい態度をとって、自分の別人格が恋人を殺したのだと思いこませて、精神的に追い詰めて、『僕』の人格が消滅するよう誘導していたことに、『僕』が気づいていたとしたら、どう思う? 音声も画像も、血にまみれた衣服も鋸も、すべて作りものだったわけだけど、自分が付き合っていると思っていた恋人に、存在の消滅を望まれていたその事実だって、『僕』にとっては本当に消えてしまいたくなるくらいの大きなショックだったと思うのだけれど」

「さあ? どうかしら? 自分が恋人を殺したショックでも、恋人に裏切られたショックでも、そんなのどっちでもいいじゃない。結果として、あなたがいまここにいる。わたしが好きなのは『僕』じゃなくて『私』。『19』じゃなくて『20』。あなたが、自分の人格は表の仕事に向いてないって言うから、『僕の人格』ともこれまで付き合っていてあげたけど、仕事をしなくなったなら、もう生かしておく必要ないものね。わたしには結果がすべて。昼は主人格の支配時間だから、副人格だったあなたは、主人格の眠っている夜中にしか活動できなかった。だからこれまで、昼間のデートはろくにできなかったけれど、あなたが主人格となったこれからは、たくさん一緒にいられるでしょう? わたしにはその事実だけで充分だわ」

「……でもね、『僕』がすべてに気づいていたとしたら、こういうことが考えられないかな。じつは『僕』の人格は消滅していなかった。いまここで君とこうして会話している私は『私を演じている僕』だった。『僕にもようやく君の正体がわかりました』、『君に、これを全部読んでほしい』――『僕』のいう『君』とは、本当は誰のことを示しているんだろうね? 『僕は彼女を殺しました』、『私』ではなく、『僕』の殺した彼女は誰? さあ、『あなたの20にまつわる私』の正体は誰でしょう?」

その人物は、彼女の底を覗くようにして、訊いた。

「…………ねえ、ちょっと……まさか、本当に?」

「うふふ……冗談ですよ。そういうこともありえるんじゃないか、って話です。結局のところ人間は、自分で見て、聞いて、読んで、感じて――信じたものを信じるしかないんだって、これはただそれだけの話なんですよ」

<終>

 

読んでいただきありがとうございました。

 

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