egg〈1-1-4〉(第1部・第1巻・第4章)

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第1部 第1巻
第4章

初等部六年 一月三日
――冬休み、ハッピー・バースデイ、バッド・エンド――

「何処へ行くんだぁ?」

一月三日の早朝、魔法使いの黒い三角帽子をかぶり、風で飛ばされないようにしっかりとピン留めして身支度を仕上げたぼくが、玄関を出ようとしたところで、とある戦闘民族が生き残りのひとり、琥珀さんから声がかかった。

「お、お前と一緒にぃ……避難する準備だぁ」

「一人用のポッドでかぁ? ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおおあぁぁぁぁぁぁぁ」

「うおおぉぉ、おぉっっ」

(琥珀さんに潰されるぼく)

「いや、わざわざ死亡フラグ立てんでいいから」

「いえ、あの呼び掛け方は確信犯では」

「ははっ、サークル内で流行ってんだよ。まさかちゃんとした返しが返ってこようとは思わなかったけど。やるじゃん鈴木」

「こちらこそまさか、ですよ」

琥珀さんのサークルというのは、古武術サークルという名の漫研だったのか。それとも古武術サークルの古武術とは、仙人が開祖の架空の武術だったのだろうか。

いずれにしても、おもしろいものは読み継がれるとはいえ、最近の大学生は昔の漫画をよく知っている(暇なのか、大学生――ぼくも他人のことは言えないわけだけれど)。

「で、まだ暗いうちからどこ行くんだよ?」

と、改めて訊いてくる琥珀さんに、

「早朝トレーニングです」

と、ぼくは答える。

「早朝トレーニング?」

「日課なんです」

「ふーん……じゃ、ちょっと待ってろ」

「…………」

そう言い残して、ぼくの脇を通り過ぎ、虎丸を後ろに従えて玄関を出ていく琥珀さん。

十分後。

自分の部屋で着替えてきたらしく、戻ってきた琥珀さんはジャージを着ていた。

「じゃ、行くか」

「ついてくるんですか?」

「おまえが、わたしにな」

 

はたしてわたしについてこれるかな、と続けて、琥珀さんはにやりと笑った。

そんなわけで。

ぼくはこの日、琥珀さんと一緒にランニングに出掛けた。

「寒い寒い寒い」

走り出し、琥珀さんは呪文のごとく寒いを繰り返していた。昼間、季節外れの陽気が続いているとはいえ、まだ日の昇らない早朝は、たしかに寒い。

「こんな寒い中、走りに出るなんて正気の沙汰とは思えない」

なんと。

一昨日は父さんに頭がおかしくなったのかと疑われ、昨日はそうなってもおかしくなかったにもかかわらずそれを回避できたのに、一日置いてまた本日正気を疑われることになろうとは。

人生何が起こるかわからない。

はてさて。

「しかし意外と慎重なんですね」

琥珀さんがぼくのランニングに付き合う理由は、ぼくを逃がさないために違いなかった。

「ふん、こっちも遊びじゃないからな」

そう言うのならば、このままぼくを拉致することもできるだろうに。

ぼくの頼りの高橋さんは、琥珀さんが突然割って入ってきたためか、はじめこそ不機嫌そうにしていたが、それでもお泊り会というイベント自体は、やはり相当楽しく感じられたらしく、数時間前、はしゃぎ疲れて眠りについたばかりだった。

「意外と甘いんですね」

「ふん、所詮遊びだからな」

「…………」

主張をひるがえすのが早すぎる。

それとも、表裏一体の深い意見として、聞き入れるべきだったのか。

「遊びはおもしろくなくちゃいけねー。決闘は正々堂々やらねーとおもしろくねーだろ」

正々堂々。

それは、反逆者とあだ名される人の台詞として、似つかわしくないのか否か。

<スクランブルエッグ>のルールは<かみさま>が創った。それは、いつの時代、どこかの世界で、誰かによって創られたものと同じように、完全に正しいわけではない。

琥珀さんは、琥珀さんの正しさに沿って行動した結果、<スクランブルエッグ>のルールを犯すことになったのかもしれない、とか、ふと思ってみた。

空はいまだ暗く、一定の間隔で設置された街灯が、道を照らしていた。

早朝の街をぼくと琥珀さんが並んで走る。虎丸が後ろからついてきている。

虎に追われる小学生男子と美人女子大生の図は、傍から見たらいささか以上に奇妙な光景として映るかもしれない。

しかしながら、早朝の住宅地の道は、車も人通りも少なかった。

思考と走ることとは相性がいい。無思考と疾走もまた同様に言える。

このこともまた表裏一体と言えるだろうか。

足運びを意識して、呼吸に集中するうち、徐々に何も考えなくなる。

といった頃には、春葉台公園についてしまった。

「やはり、うちからより近い」

PDで確認してみると、五キロといったところだった。

「……お前、何かスポーツやってる?」

しばらく遅れて到着した琥珀さんが、息を整えてから訊いてきた。

「体育の授業で一通りやってますが」

「いやいや、部活とかクラブとかで」

「いいえ、何も」

「じゃあ陸上部に入ることを勧める」

「考えておきます」

その後園内にて、ぼくはいつものトレーニングをこなした。

各部筋力トレーニングののち、格闘訓練を行っているとき、

「……お前、何か格闘技やってる? ジムとか道場とかで」

その様子を眺めていた琥珀さんが訊いてきた。

「いいえ、何も」

「ひょっとしていじめられてる?」

「いじめられてませんし、不良を狩ったりもしていませんよ」

本当に漫画好きな琥珀さんだった。

本当に漫画好きなぼくとは、とても気が合いそうだった(こうなってくると、最悪の第一印象がますます悔やまれる)。

「じゃあ、なんでこんなに鍛えてるわけ? 最近の小学生はみんなこんなにストイックに鍛えてるもんなのか?」

「どうでしょう」

日の出までまだ少し時間がありそうだったが、園内にはランニングやウォーキングをしている人の姿がちらほら見られた。しかしその中に小学生はいなかったように思う。

「ぼくは四月一日生まれなんですが――」

「ん?」

「一月一日から四月一日生まれの人のことを早生まれと言うんですよ」

「ああ、あれって、同じ学年では遅い生まれなのに、なんで早生まれって言うんだろな」

「学校は、一年を四月から翌年三月の『年度』で区切っていますが、早生まれ遅生まれは、一年を一月から十二月の『年』で区切っているからです」

一月から十二月の『年』で見れば、同じ年の生まれでも一月一日から四月一日までに生まれた子供は、四月二日以降に生まれた子供よりも一年早く小学校に入学する。ゆえに早生まれとなるわけだ。

「早生まれと遅生まれでは最大で一歳差が生じることになりますよね」

一歳の差は、子供の体格・学力・運動能力にも差を生じさせる。

「だからこんな鍛えてるわけ?」

「あえて理由を述べるなら」

そして、それもまた無意味な方便に過ぎず。本当は理由などない。

「ふーん……あんまし関係ねーように、わたしには思えるけど――」

早生まれだろーが、遅生まれだろーが。

できる奴はできるし。

強い奴は強い。

「じつはぼくもそう思ってます。同じ四月二日生まれの幼なじみがいるんですが、彼女は体格・学力・運動能力すべて全国一位なんですよ」

ちなみに付け足すと、高校生まで含めた記録の、全国一位だ。

「学力・運動能力の全国一位がすげーのはわかるんだけど、体格全国一位ってなんだよ。背が高いってのはともかく、体重が重いのはいいことなのか? ある意味すげーのかもしれねーけど――トータルバランスが優れてるってことか?」

「全国一位のすげーエロい体格をしているということです」

「小学生の体格をエロさで順位付けするような国は終わってんぞ――てか、一昨日一緒にいたのがその幼なじみか?」

呆れていた琥珀さんだったが、ふと思い当たったというふうに言った。

「そうです」

「うーむ……たしかに、小学生って感じじゃなかったな」

何かを思い出している様子の琥珀さん。

よもやぼくの幼なじみの裸を、全裸を想像しているわけではあるまい。

「まあ、お前もそうだけど、最近の小学生は発育よすぎだな。まあ、筋肉はこのトレーニングの賜物だとして、何をどんだけ食えばそうなるんだよ」

琥珀さんが、じろじろとぼくの体を眺めてくる。

どうやら、昨夜、ぼくの背中を流してくれようとして、ぼくの入っているバスルームに突入してきた高橋さんを取り押さえてくれたときに、琥珀さんはぼくの肉体を、しっかり確認していたらしい。

「そんな目で見ないでください」

一応、両手で自分を抱きしめながら、言ってみた。

「ばっ! 別にそんな目で見てねーし!」

「そんな目って、どんな目ですか」

「お前が言い出したんだろーが!」

「ぼくの言うそんな目とは、エロい目、という意味ですが」

「……お前、変なこと言ってっとほんとにさらっちまうぞ」

「さらってナニかをする気ですか」

「……もういいわ」

何かを諦めたように、盛大なため息をつく琥珀さんだった。

「とはいえ、昨夜はありがとうございました」

「まあ別にいいけど……まさかお前の貞操を守るはめになろうとは。普通逆だろ。これが草食系時代なのか? ったく。それにしても最近の小学生女子の積極性はどうなってんだよ。こっちは隠れ肉食系時代なのか?」

ぼくに訊かれても困ってしまうところではあるが。

最近の小学生であるぼくが、最近の大学生について思うところがあるように、最近の大学生の琥珀さんは、最近の小学生について思うところがあるらしい。

「ともあれ、今日もよろしくお願いします」

「はいはい、お前が風呂入ってるときは希世ちん見張っておいてやんよ」

「ぼくは一日最低三回、ゆっくりとお風呂に入る主義なので助かります」

「どこのヒロインだよお前は」

琥珀さんなら、とは思ってのネタ振りだったが、やはり食いついてきたか。

時代といえば、そんなヒロインも水着でお風呂に入る時代が到来したわけだが(「しかしそうなってくるとこの話はどうなんだろうね」「これを文芸作品だとするならセーフみたいですよ。これを書いている兄さんは完全にアウトですが」「…………」)。

と、そんな感じに、ぼくは琥珀さんと雑談を交えながらも、普段通りのメニューをこなして、春葉台公園からの復路五キロをランニングで辿った。

道中、考えていたことといえば。

ぼくはぼくの幼なじみに、琥珀さんを紹介するような機会があるだろうかということ。

後学のためにも、リアルな妹キャラであるところの琥珀さんを、亜子にも会わせてみたいという思いが沸かなくもなかったが、しかし――。

ひょっとすると、琥珀さんの妹キャラとしてのデレ期は、まだきていないだけかもしれなかった。

つまり琥珀さんが、真実お兄さんを生き返らせたいとは思っていないのかどうか、本当のところはわからないのだ。

そうでなくとも。

こうして一緒にランニングできるような関係性が、明日以降も続いているとは限らない。

というか。

その可能性は、限りなく低いのではなかろうか。

いくら琥珀さんがざっくばらんな人柄とはいえ。

ぼくらは今夜、互いに大事なものを賭けて戦う。

ぼくは<エッグ>を、琥珀さんは虎丸を、失ってしまうかもしれない。

<エッグ>を、<エッグクリーチャー>を失うということは、<スクランブルエッグ>への挑戦権を失うということ。

それぞれの望みを慮るならば。

たぶん、ぼくは、妹を生き返らせる機会、もとい<かみさま>に会える機会を、琥珀さんは、お兄さんを生き返らせる機会、もとい戦いを楽しむ機会を、失うことになる。

今夜、誰かが何かを失う。

とすれば。

明日、今日と同じではいられない。

そんな思考が消えないうちに、またしても五キロのランニングは終わってしまった。

そんな思考を裏付けるかのように、以降、ぼくと高橋さんと琥珀さん、三者の間柄がぎくしゃくしたかといえば、とくにそんなこともなかった。

今夜の<デュエル>のことを考えてみて、一見和やかな雰囲気のうちに、僅かなりとも緊張感が漂っていなかったのか、と訊かれれば、とくにそんなことはなかった、とも言い切れないわけだが。

なので、より正確を期して言うならば、少なくとも表面上は、何の問題も起こらずに、この日の時間は進行していった、とでも記するべきだろうか。

かわいい同級生に美人女子大生と、ひとつ屋根の下で生活をともにしているこの状況が、すでに問題だというご指摘は、ともかく置いておくとして。

早朝トレーニングを終えたぼくと琥珀さんは朝食を作って食べた。決して宣言通りと言いたいわけではないが、ぼくはその後シャワーを使わせてもらった。

高橋さんが起き出してきたのはお昼時だった。

ぼくと琥珀さんは昼食を作って、それを三人で食べた。

すでに<イーター>(琥珀さんと虎丸)と会敵できたことにより、確実性と安全性の、確実性が確保された。なので今後は安全性を取るため、ぼく自身を餌にして<イーター>を誘きよせる方針は変更して、これ以上余計な敵を増やさないためにも、ぼくたちはこの日一日を、マンションの一室に引きこもって暮らした。

空き時間。

琥珀さんは、PDをいじったり、雑誌を眺めたり、テレビを見たり、ゲームをしたり、虎丸にじゃれついたりしていた。

ぼくは、基本的に、本を読んで過ごした。

そして高橋さんは、何をするともなく、そんなぼくの隣に座っていた。ただ座っていた。ノンと一緒に。

ずっと。

琥珀さん・虎丸ペアとの正式<デュエル>が決まり、高橋さんとノンがぼくを護衛してくれる代わりに支払うべき見返りが確保できたことで、ぼくの提案したカップルプランがご破算となり、当初はひどくがっかりした様子の高橋さんだったが、そうしているだけで、なぜかすぐに機嫌も上向いてきたらしかった。

たまに視線を合わせると、はにかむように笑う高橋さんはとても愛らしかった。女の子が笑ってくれると、まるで世界に肯定されたような気分になる、と言ったら、大げさすぎるだろうか、といったようなことを考えてしまうくらいに。

夜になれば例のごとく、ぼくと琥珀さんは夕食を作り、やはりそれを三人で食べた。

(ここまで書いておいてなんだけど、じつは一月三日の出来事で、特筆すべきことはひとつしかない)

この日、特筆すべきことといえば、ぼくは一月四日午前〇時からの春葉台公園での決戦を控え、どこぞのヒロインよろしく、ゆとりをもって入浴した。

(なぜにそれを特筆する……、といったつっこみは、この際右から左に聞き流す)

特筆すべきとはいえ、高橋さんや琥珀さんとのお風呂イベントが発生した、とか言いたいわけではない。

(それではなにゆえ――柳に風と受け流す)

むしろ発生しなかった(そのことが重大だ――期待してしまった人にとっては、そのことが重大な問題かもしれないけれど、鼻であしらう)。

昨日と同じ時間ということもあって、ふたりが気を遣ってくれたのか、それとも入浴には遅い時刻ということで、単純に入浴時間が被らなかっただけなのか、ともかく、この日のお風呂はぼくが今朝琥珀さんに開示した主義どおり、ひとりでゆっくりと入ることができた。

(「それではなぜに兄さんの入浴シーンなどといった下らぬものを特筆するのですか」「聞く耳もたぬ」)

あるいは、今朝お願いしたように、琥珀さんが高橋さんの闖入を防いでくれたおかげだったのかもしれないが、ぼくにはそれを知る由もない。

昨日の反省を活かして、高橋さんの闖入を確実に阻止するためにも、念には念を入れて、今夜は一応鍵もかけておいたことだし。

(「聞く耳もたぬ!」「もういいですって……」)

入浴後、体を拭いて服を着て、この二日のうちにすっかりトレードマークのようになってしまった魔法使いの黒い三角帽子を被ると、すべての準備は整った。

ぼくは走ってもよかったが、早朝トレーニングの経緯から琥珀さんはさておくとしても、さすがに高橋さんを付き合わせるわけにはいかず、春葉台公園まではタクシーを使った。

多数の公園灯に照らされ、周囲は充分明るかった。

春葉台公園の緑地に<デュエルフィールド>が展開した。

一月四日午前〇時。

日付が変わった。

ぼくらの関係も移ろいゆく。

昨日の友は今日の敵となる。

高橋さんと琥珀さんが、

ノンと虎丸が、

対峙した。

 決闘の刻――、

 そして、

 ――決着の刻。

予想通りの結末だった。

高橋さんとノンが勝った。

奇跡もなく、大逆転もなく、うっちゃりもなく、どんでん返しもなく、怒涛のごとき猛追による優勢の奪取もなく、劣勢を一気に覆すプロセスもなかった。

琥珀さんと虎丸には秘策もなく、そうとなれば、もとより勝ち目などなかった。勝負に絶対はない、結果はふたを開けてみるまでわからない、とは言ってみたところで。

序盤戦は、前日の闘いの再現と反復。

つまり、琥珀さんの<サポートスキル>で強化された虎丸の<アタックスキル>を、左ノンが<ディフェンススキル>で防ぎ、右ノンの<アタックスキル>を、スキル使用後の待機時間によって<ディフェンススキル>を発動できない虎丸に代わり、琥珀さんがレア<アイテム>を消費して防ぐ。

レア、と言うからには、それは、希少な、<アイテム>ということで、消費すれば、当然の帰結として、<アイテム>はいずれ尽きる。

<エッガー>の<サポートスキル>では、<クリーチャー>の<ディフェンススキル>のように、<アタックスキル>で受けるダメージを、完全に防ぎ切るのは難しい。

たとえば、<火耐性強化>で、<地獄の業火>の熱を軽減できたとしても、その衝撃までは防げない、といったふうに。

中盤戦。

必然、<アイテム>を使い切ってからの琥珀さんと虎丸は、<ディフェンススキル>による防戦に回らざるを得なかった。

虎丸が<アタックスキル>による攻撃を仕掛けても、それは左ノンの<ディフェンススキル>で完璧に防御され、虎丸はその後のスキル待機時間を待つうちに、右ノンの<アタックスキル>をもろに喰らってしまうはめになる。

<ディフェンススキル>に頼らず、回避によって対応するにしても、広範囲攻撃に対処するには限界がある。

致命傷を避けられたとしても、ダメージを完全に避けることは不可能だ。

しかしながら、防戦一辺倒で勝つことはできない。

通常の<クリーチャー>は、<アタックスキル>と<ディフェンススキル>を同時には使えない。

攻・防どちらのスキルを使うにしても、使用後、またつぎにスキルを使うには、必ず、最低数十秒単位のスキル待機時間を待たなければならないからだ。

このときの虎丸がそうであったように。

となれば、通常の<クリーチャー>であるこのときの虎丸が、攻撃に転じようとすれば、もはや肉を切らせて骨を断つしかないわけだが、通常の<クリーチャー>ではないノンに、その戦法は有効には働かない。

ノン。

右ノンと左ノン。

双頭。

双頭犬オルトロス。

スキル使用後に、必ず訪れる待機時間の隙をついて、<アタックスキル>で攻撃を行うのは、<デュエル>の常道である。

だがしかし、右ノンが<アタックスキル>を担当し、左ノンが<ディフェンススキル>を担当することで、両方のスキルを実質上待機時間なしに使用できるノンに、その隙はない。

固有スキルとでも呼ぶべき、双頭犬の特性。

虎丸は肉を切られながらも、敵の骨どころか、かすり傷をつけることさえままならずに、ダメージを蓄積し、消耗していくしかなかった。

勝敗を決定づけた要因はもうひとつあった。

ノンと虎丸の<スキルポイント>絶対量の差だ。

虎丸の<スキルポイント>が、先に底をついた。

終盤戦。

<スキルポイント>切れで、スキル使用不可となった虎丸は、火傷を増やしながら逃げ続け、右ノンの<アタックスキル>が途切れるや、牙や爪による直接攻撃を果敢に試みるも、むろんその攻撃は、左ノンの<ディフェンススキル>によって阻まれた。

牙を立てても、爪で薙いでも、鉄壁の<障壁>は破れなかった。

そうこうしているうちに、右ノンのスキル待機時間が経過する。

<地獄の業火>発動。

虎丸は、ただ手傷を増やしながら、再び攻撃を避けるため、四方八方駆け回る――必死に、逃げ回る。

そのループ。

対照的にノンは、<デュエル>開始当初から、高橋さんの傍をほとんど離れず、立っている――絶対的優位に、立っている。

高橋さんとノンは<スクランブルエッグ>優勝、琥珀さんと虎丸は準優勝。

一番と二番。

その間には、少なくとも一番と二番の<クリーチャー>の間には、埋められない天賦の差があった。

鯨と鰯ほどの差があった。

誰が見ても勝敗が決しているにもかかわらずに、敗戦濃厚な一方が投了しないために続けられる将棋やチェスの対局を観戦しているような、そんな<デュエル>だった。

投了しなくても、時間が過ぎれば、いずれ勝負は終わる。

タンパク質の焼けるにおいが気になりはじめた頃。

人を乗せて走れるほどの、虎丸の巨体が、ついに倒れる。

「あ……、るじ……、すま……、ない……す…ない、あ…じ――」

音声出力部の調子が悪いPDのごとく、虫の息でひたすら繰り返す虎丸は、このとき何を思っていただろうか。

「……謝ってんじゃねーよ。謝んなきゃいけねーのは――」

焼けただれた白虎の体に触れて、そう呟いていた琥珀さんは、何を思っていただろうか。憎々しげにこちらを睨み据えた琥珀さんは、何に怒っていたのだろうか。

そんな琥珀さんの眼光に怯みもせず、怯えを見せず、ただただ、敗者となった<エッガー>と<クリーチャー>を、見下ろしていた彼女は、両者の間にあるものを、見ていなかった彼女は、何を思っていただろうか。

(ぼくは、何を思っていただろうか)

春葉台公園の<デュエルフィールド>は解除され、ボス戦はこれにて終了した。

琥珀さんが立ち去った後の、深夜の春葉台公園はひどく静かだった。

公園灯の光の中で、ぼくらの吐き出した息は、吐いた瞬間、無数の微小な水滴へと変わり、白くなっては、また見えなくなる。

「南極では息が白くならないらしい」

南極の空気はとても澄んでいて、チリやホコリが含まれていない。ゆえに口から吐く息に含まれる水蒸気が、チリやホコリにくっついて水滴になることができないから、息が白く見えないのだといわれている。

「鈴木君は物知りだね」

隣に立っている高橋さんが、手袋をした手に、白い息を吐いて、笑む。

いまの高橋さんはゴスロリファッションではなかった。

この前ぼくが読んでいた小説のヒロインを真似る必要性に疑問を抱いたのだろうか、はたまた、その必要性がなくなったのか。

まあゴスロリファッションだったとしても、ダッフルコートの下に隠れて、一見しただけではわからないわけだが。

「鈴木君」

そんな高橋さんがぼくを呼んで、

「クリスマスのこと覚えてる?」

――好きです、わたしと付き合ってください

クリスマスのあの日に聞いた告白の言葉。

「覚えてる」

ぼくは答える。

――それはできない

「あのときは理由を聞けなかった」

だから、

「いまその理由を教えてほしい」

ぼくをまっすぐに見つめる。

「ぼくは人を好きになったりしない」

だから、

「高橋さんと付き合えない」

「……よくわからないよ」

「いまに、わかると思う」

すぐに。

わかると思う。

公園灯の光で照らし出された、見晴らしのよい春葉台公園の緑地に、物陰はない。

だから闇討ちもない。

昨日の友は今日の敵。

敵は、正面から堂々とやってきた。

テディ。

テディもどき。

テディのホロスーツで、正体を隠した何者か。

<エッグイーター>。

「昨日話に出たから、演出のつもりだったんだけど――悪趣味だったかな?」

ホロスーツを解いたその人物が言った。

「いらっしゃい、とはさすがに言ってもらえないか」

「……サニーサイドアップのマスター」

「残念だけど、俺はサニーサイドアップのマスターじゃないよ。本物のマスターとはよく知った仲で、正月休み中のお店をかしてもらって、喫茶店のマスターを演じていたんだけど、どうだったかな?」

「あなたは、何者ですか」

「俺はただの大学生――」

若い男性――。

社会人といった雰囲気はなく――。

喫茶店の学生経営者――。

つまりは。

この人もまた『大学生』。

いま目の前に立つ人物もまた、琥珀さん同様、亜子がくれた『ご褒美その二』の人物像を思わせる。

「俺はただの<エッガー>――」

彼の左腕に、細長い体を絡みつけ、彼の顔の横で、鎌首をもたげて、ちろちろと、火のような赤い舌を燃えさせている、<エッグクリーチャー>。

白い息。

白い虎

白い、蛇。

なるほど。

大型のノンや虎丸とは違い、このサイズの<クリーチャー>ならば、<エッガー>と一緒にホロスーツで覆い隠せる。たとえば路地の死角や、カウンターの陰に隠れることも、蛇ならば簡単にできる。

「そして俺は<エッグイーター>だよ。鈴木君が言うところの、準<イーター>ということになるかな」

準<イーター>。

まだ<ブラックリスト>に登録されていない、これから<エッグイート>を目論む<エッグイーター>。

ぼくらの関係はさらに移ろいゆく。

やはり昨日の友は今日の敵となる。

一月四日の午前〇時半過ぎ。

それはすなわち、彼に告げた、ぼくの<エッグ>が孵化する予定時刻の始まり、ぼくの頭上に<エッグ>がないことを確認できた最後の時間、一月一日の午前一時頃からちょうど三日目の一月四日の午前一時頃。

決戦の場所に現れたのは、喫茶店・サニーサイドアップで出会った――小泉さんだった。

「悪いけど、きみには少しの間だけ気を失っていてもらう。大丈夫、何も命を取ろうというわけじゃない。目覚めたとき、きみは<エッグ>を失くしてる。<エッグ>なんて最初からもっていなかったんだと思えばいい。それだけで、またいままでどおりの日々が送れる」

あのときと、変わらぬ微笑をはりつけたまま、小泉さんは続ける。

「どうして」

答えが返ってくることを期待していたわけではなかったが、訊いてみた。

「母親と恋人が死んで、ひとりだけ生き返らせることができるとしたら、きみならどうする?」

答えは質問の形で返ってきた。

 ――もし、生き返らせたい人がふたりいたら、きみはどうする?

それは、あの日の別れ際に、小泉さんから発せられた、ぼくへの問い。

いや、それは小泉さん自身への問いだった。

「三年前、俺の彼女が事故で死んだ。俺は絶望した。もう生きてる意味なんてないように思えた。死のうとさえ思った。ひきこもって、何も手につかず、ろくに食事もしないで、しまいには入院までするはめになった」

きみたちにはこんな気持ちはまだわからないかな。

「彼女が死んですぐに、今度は俺の母親が死んだ。ずっと前から母はがんだったんだ。あの頃もちょうど入院していて、彼女ができてから、俺はろくに見舞いにも行かなかった。言い訳するわけじゃないけど、昔からしょっちゅう入院してたから、慣れっこになってたのもある。俺が子供のときからずっと入退院を繰り返してた。母親もできるだけ辛そうにしている姿を俺に見られたくなかったみたいだった。だから本当は相当悪くなっていたことに気づかなかった。俺が入院してる間に死んでしまった」

母親の死をきっかけに、小泉さんに<エッグ>が顕現した。

「俺は歓喜したよ。ああ、これで彼女を生き返らせることができるって。母親が死んだっていうのにね」

<スクランブルエッグ>の優勝褒賞。

『死んだものをひとり生き返らせることができる』

ひとり。

ひとりだけ。

母親と恋人。

小泉さんは恋人を選んだ。

「回復した俺は<スクランブルエッグ>に優勝するため必死になった」

しかし――、

「現実は甘くなかった、と言うべきかな。三年間本大会に進むことさえできなかった」

肩をすくめる小泉さん。

「では、小泉さんは恋人のために?」

<エッグイーター>となり、<クリーチャー>に<エッグ>を喰わせ、寿命を一年間延ばして、四年目の<スクランブルエッグ>に挑もうというつもりなのか。

恋人を生き返らせるために。

「鈴木君、あのときの俺の質問に、きみはなんと答えたかな?」

そのときに置かれている状況は? 抱えている事情は?

その他、考慮すべき複数の要因。

答えは移ろう。

「俺は、鈴木君の言っていることは正鵠を射てると言った。時と場合によって答えは変わる。たとえば、どちらか一方の死に、隠れた真実があった場合」

母親の死に隠れた真実があった。

「母親の死は自殺だった」

恋人を失い、失意の底にいる息子のために、余命いくばくもない自らの命を、小泉さんの母親は絶った。

もちろん、それで必ず、息子のもとに<エッグ>が顕れるとは限らない。

その死は、無駄なものになっていたかもしれない。

しかし<エッグ>は顕れた。

小泉さんに顕れた。

「それを知ったのはつい最近のことさ。母親の遺書があって、その遺言を守って、親父がずっとそれを隠してた」

小泉さんにとっての、最後の<スクランブルエッグ>で優勝する希望が潰え、恋人を生き返らせる望みは絶たれ、再び自暴自棄になりかけていた息子に、甘ったれた息子に、我慢できなくなった父親が、それを叩きつけた。

「母親が死んで喜んだ俺が、泣いたよ」

お母さん。

病気のせいで、昔から一緒にいてもらえないことが多かった。

学校行事だってほとんどきてもらえた記憶がなかった。

体の調子が悪ければ、食事を作ってもらえないこともしょっちゅうだった。

ピザ、弁当屋、コンビニ弁当、ハンバーガー、フライドチキン――そんなものばかりを食べて育ったような気になっていた。

仕事と母親の面倒に忙殺されていた父親。

ひとりでなんでもできるようになった。

ひとりで育ってきた気になっていた。

ひとりでいい気になっていた。

いずれそれに慣れた。

ろくに会話もしなくなった。

いつしか母親は、いてもいなくても、どちらでもいい存在になっていた。

だから、恋人ができて、いつも一緒にいて、なにくれと世話を焼いてくれるのが、うれしかった。

絶対に失いたくなかった。

失って絶望した。

「母さんは――」

そんな息子の想いを知っていた。

恥ずかしくて、言葉にすることができなくても、苦しくて、言葉に出すことができなくても、母親として不完全な自分を責めていた。責め続けていた。

がんに侵されてからの人生をずっと。

その思いを抱えて生きてきた。

だから自殺した。

自ら命を絶った。

自ら命を絶つことで、自分の息子に、自分が与えてあげられなかったものを、与えてくれた恋人を、息子のもとに返してやろうとした。

それが、それだけが、死ぬことだけが、弱り果て、いつ力尽きてもおかしくない自分にできる、息子への最後の愛情だと、母親は信じた。

小泉さんは泣いた。

泣いて、泣いて、泣いて、泣いて――、

「いまの俺は母さんを生き返らせたい」

 

もしも母親が、恋人を生き返らせることを望んでいたとしても。

恋人よりも母親を生き返らせたい。

あのときと、変わらぬ微笑を顔にはりつけて、小泉さんは言った。

小泉さんは、情の深い人だったに違いない。

情の深さゆえに、誰かを嫌いにならないようその人を遠ざけて。

情の深さゆえに、好きになった人を失っては絶望し。

情の深さゆえに、遠ざけたことを後悔して。

情の深さゆえに、今度は――。

「おとなしく<エッグ>を渡すと約束してくれないか? そうすれば、痛い思いをしないですむ」

 

小泉さんが、ぼくを指し示すように、右手を掲げた。

白い蛇は、するすると、小泉さんの左腕から右腕へと移動する。小泉さんの右手の先にその頭部が辿り着くと、狙いを定める矢のごとく身構えた。

ぼくはちらりと、高橋さんとノンのほうを確認した。

両者ともに動かず、小泉さんのほうを見据えていた。

「それはできません」

ぼくは首を横に振った。

「……そうか。一応、手加減はするよ。ミズキ」

小泉さんが<クリーチャー>に攻撃を命じた。

「<水流弾>」

小泉さんの右手から放たれた白蛇が、己の吐き出した水に包まれ、水の弾丸となってぼくを襲った。

ぼくがその水弾に貫かれたかといえば、そうはならず、小泉さんが手加減してくれたおかげで、鳩尾を殴られた程度の衝撃ですみ、そのまま気を失ったのかと訊かれれば、そうでもなくて、では左ノンが<障壁>を展開してぼくを守ってくれたのかと思えば、そんなこともなく――、

「<不可侵領域>」

水弾と化した白蛇は、ぼくのところまで突進してくることができず、ぼくと小泉さんのちょうど中程、といった空間で身動きを封じられた。

目には見えない四角い箱に閉じ込められた状態で。

「なっ!」

小泉さんが驚きの声を上げ、隣の高橋さんは目を見張った。

「どうしたミズキ!」

小泉さんが、自身の<クリーチャー>に、状況を確認する。

が、

「う、動けません」

箱に囚われた白蛇は、きれいな女性の声で、そう答えるしかない。

小泉さんとその<クリーチャー>である白蛇のミズキ。

高橋さんとノン。

ぼく以外に、この事態を把握できているものは、この場には誰もいなかった。

否。

ぼくと、あともうひとり――。

「小泉さん」

ぼくは言う。

「四月一日生まれと四月二日生まれの間にある差が、なんだかわかりますか」

「四月……? 何を言ってるんだきみは?」

その疑問に、ぼくは構わず続ける。

「では、十二月三十一日生まれと一月一日生まれとの間にある差は?」

「…………」

「答えは、この状況ですよ」

そう言って、ぼくは、被っていた魔法使いの黒い三角帽子をとった。

ぼくの頭上。

その場の全員の視線が集まった場所に、淡く輝く金色の、ぼくの<エッグ>はなかった。

<エッグ>に質量はなかったが、いまぼくの頭は、小さくて温かな重みを感じている。

そこには、純白の小猫が乗っているはずだ。

白い息。

白い虎。

白い蛇。

白い、猫。

これで、白い雪でも降れば完璧なのかな、とか、ふと思った。

「……どうして」

呆然と立ち尽くす小泉さんが、呟くように訊いてきた。

「質問の範囲が広いですね」

どうしてミズキの<アタックスキル>を防げたのか?

「ぼくの<エッグクリーチャー>、二葉のスキルで、小泉さんの<クリーチャー>、ミズキの<アタックスキル>を防いだんです」

「<不可侵領域>」

ぼくの頭上で、いま一度、自分のスキルを唱える白い小猫。短く、冷静に唱えるその声は、答え方から受ける印象とはちぐはぐな、どこか甘くてあどけない。

「なぜ、もう<エッグ>が孵化してるんだ! きみは言ったはずだ。最後に<エッグ>が顕現していないのを確認したのは一月一日の午前一時。<エッグ>の顕現に気づいたのは、一月一日の午前五時――」

<エッグ>が孵化するのは顕現からちょうど三日後。ぴったり七十二時間後。これは公式情報として公開されている、嘘偽りのない事実である。

すなわち。

ぼくの<エッグ>が孵化するタイミングは、一月四日の午前一時から午前五時の間。

いまの時刻はまだ午前一時にすら至っていない。

「……まさか」

何か悟った様子の小泉さんに、ぼくは頷く。

「嘘をつきました」

ぼくが<エッグ>の顕現に気づいたのは、十二月三十一日、家でひとり<スクランブルエッグ>本大会の生放送を、テレビで観戦していたときだ。

そのとき。

『ぼくは一度トイレに立ち、鏡を見て、手を洗った』

鏡を見れば、ぼくの頭の上に<エッグ>があることは一目瞭然だ。

母さんが死産したのは、父さんから連絡のあった、一月一日の明け方ではなく、十二月三十一日の夜だった。

よって、本当の、ぼくの<エッグ>が孵化するタイミングは、<エッグ>が顕現した十二月三十一日の夜からちょうど三日後の、一月三日の夜、つい数時間前ということになる。

その時間、ぼくが何をしていたのかといえば――、

ぼくは入浴していた。

誰にも知られず、誰にも邪魔されず、ひとりでゆっくりと入浴する必要があった。

一月三日に特筆すべきことが、同級生のかわいい女子や美人大学生とのお風呂イベントの発生しない、ただの小六男子の入浴シーンであった理由は、以上のとおり。

ぼくの入浴中に、ぼくの<エッグ>は孵化し、ぼくの<エッグクリーチャー>は誕生した。

<クリーチャー>の誕生後、問われるままに、ぼくは<スクランブルエッグ>への挑戦意思を表明した。『<スクランブルエッグ>に挑みますか、挑みませんか』という質問に『はい』と答えた。

それから、<クリーチャー>が教えてくれたURLとパスワードを、PDのブラウザを立ち上げて入力し、<エッグアプリ>をインストールした。

ゆっくりと入浴したことで、<クリーチャー>の名前などの初期設定、チュートリアル、<エッグアプリ>の使い方や、二葉のもつスキルや特性を理解する時間もまた充分にあった。

「……でもどうして? 意味もなく嘘をつく人間なんかいない。きみが嘘をついたのなら、あの時点でぼくが偽物の喫茶店のマスターだと、<エッグイーター>だと、少なくとも怪しい人物だと気がついていたことになる」

親しい友人から紹介された人間を疑っていたことになる。

「どうしてぼくが怪しいとわかった」

小泉さんはなかなか鋭い指摘をした。

そのベクトルは正反対だったが。

意味もなく嘘をつく人間はいる。

それはぼくだ。

嘘も方便。

でもそれでは納得してもらえないだろう。

人間は理由を求めたがる生き物だ。

だからこそ、無意味な方便が必要になる。

まず最も有力な手掛かりは、言うまでもなく、亜子がくれた『ご褒美その二』の人物像であるところの『大学生』。

亜子を知るものならば、亜子の異常なまでの能力値を知るものならば、その示唆は決して無視できない。これだけで、ぼくが小泉さんに疑いを抱いた件については、充分な説明となるし、絶対の説得力をもつ。

だが、これを逆に言ってしまえば、亜子を知らないものには納得できかねる説明となるだろうし、説得力は皆無だ。

亜子を知らない人に、亜子について簡単に述べれば、社長をやっている、ただの(?)小六女子となってしまう。いくら社長をやっているからといっても、亜子のもつ千里眼のような洞察力の説明にはなるまい。

だからこその、無意味な方便。

ぼくは無意味なウパーヤを使う。

「子供のくせに、悪い癖だとは思うんですが、ぼくは初対面の人を試してしまうようなところがあるんですよ。趣味は人間観察です、とかいうのの、延長線上みたいなものかもしれませんが」

琥珀さんのときは、それで第一印象を最悪にしてしまった。

「あのときぼくが注文したものを覚えていますか?」

「……コーヒー?」

「正確には、ルアック・コーヒー、です。ルアック・コーヒーはコピ・ルアクとも呼ばれるとても希少価値の高いコーヒーです」

聞くと飲みたくなくなってしまうかもしれないのだが、ルアック・コーヒーはジャコウネコの糞から未消化の珈琲豆を集め、高温焙煎して作られる。

「独特の深い香りが特徴的で、一杯何千円とします。希少で高級なコーヒーなので、提供しているお店はとても少ない。当然、サニーサイドアップのメニューにもありませんでした。ぼくがルアック・コーヒーを注文したとき、小泉さんは『今日は出せないんだ』と言いました。本物のサニーサイドアップのマスターなら、『うちにはおいてないよ』とでも言ったはずです」

「……だけど、それだけなら、メニューの商品全般を出せない、というふうにもとれるはずだよ」

「じつは、サニーサイドアップのメニューの中には、ルアック・コーヒーには見劣りしますが、珍しいコーヒーがあったんですよ。そんな珍しいコーヒーを置くほどコーヒーにこだわっている喫茶店を、個人経営しているようなマスターが、ルアック・コーヒーの名前に『今日は出せないんだ』しか反応を示さないのはどうにも不自然です」

しかも、それを注文したのは小学生だ。ぼくが小学生には見えなかったとしても、よもや大人には見えまい。それにぼくが小六であることは、高橋さんから伝えられていたはずだ。

まあ結局のところ、大人であっても子供であっても、そんな希少かつ高級なコーヒーを注文されて、コーヒーにこだわりをもつ喫茶店のマスターが、思わず反応しないわけがない。

「…………」

黙り込む小泉さん。

どうやら、ぼくが嘘をついた時点において、小泉さんを怪しんでいた理由を説明することに、成功したらしい。

「ミズキ! もう手加減はいらない!」

「<水流弾>!」

ぼくに説明をさせることで、時間を稼いでいたのだとしたら、小泉さんもなかなか抜け目ない。

それが無駄な足掻きだったのだとしても。

「<水流弾>! <水流弾>! <水流弾>!」

スキル待機時間を経たミズキが、繰り返し唱えるも、<アタックスキル>は発動しなかった。

口が動かせても、身動きがとれない。

「…………」

さて。

それでは。

と、ぼくは本題に移る。

基本的に<クリーチャー>は、<エッガー>、それ以外の一般人の区別なく、故意に直接人間を攻撃してはならない。

<エッガー>、一般人を問わず、<クリーチャー>が<デュエルフィールド>外で、人間を故意に直接攻撃してしまえば、攻撃対象とされた被害者の負傷の有無にかかわらず、<ヒューマンアタック>の違反を犯した、<ヒューマンアタッカー>として<ブラックリスト>に登録されてしまう。

虎丸の<アイスエッジ>でぼくと高橋さんを故意に直接攻撃し、ノンの<障壁>の効果で傷ひとつ負わせることができなかったにもかかわらず、それでも<ヒューマンアタック>の違反をカウントされてしまった琥珀さんと同じように。

高橋さんと琥珀さんのデュエル終了後、春葉台公園緑地付近の<フィールド>は、解除されていた。

敵が、人の気を失わせるために、危険性の高い広範囲・高威力<アタックスキル>を使う可能性は限りなく低かった。殺してしまっては何の意味もない。

その思惑どおり、虎丸の<アイスエッジ>やノンの<地獄の業火>とは違い、ミズキの<水流弾>は危険性の高い広範囲・高威力<アタックスキル>とは感知されてかった。

ゆえに緊急措置としての<フィールド>展開はなされていない。

つまり、いまだここは、<フィールド>外。

「<ブラックリスト>・オン。リストアップ・<ヒューマンアタッカー>。検索、『小泉』、『ミズキ』」

音声入力された指示に従って、ぼくのPDが、ホログラフィック・ディスプレイを、ぼくの目の位置に投影する。

そこには、『小泉明』の名前が載っている。

ぼくの<エッグ>が、すでに孵化してなくなっている以上、小泉さんの犯した違反は、<エッグイート>ではなく、<ヒューマンアタック>。

それでも、懸賞ポイントは一〇〇<エッグポイント>。

「何か言い残したいことがあれば少し待ちますが」

ぼくは言う。

残酷で。

残忍に。

容赦なく。

「待ってくれ!」

「だから、待つと言っているではないですか」

「……俺のもっている<エッグポイント>をすべて鈴木君に渡す。だから――」

ミズキを殺さないでほしい。

小泉さんが、そう懇願する。

しかし。

「小泉さん」

ぼくは構わずに続ける。

「ぼくは、何か『言い残したい』ことがあれば少し待ちますが、と言いました」

すなわち、

「この言葉は、これから生き残る、あなたにではなく、これから死ぬ、あなたの<クリーチャー>に言ったんです」

<ブラックリスト>に登録された<エッガー>の<クリーチャー>は、<スクランブルエッグ>のルールで保護されない。

むしろ、不正<エッガー>の<クリーチャー>を消滅させることが、打倒<クエスト>の達成条件とされている。

すべて小泉さんが教えてくれたことだった。

「小泉さんがどれだけの<エッグポイント>を有しているのかは知りませんが――」

合理的に考えてみて、

「ライバルはひとりでも少なくなったほうがいいでしょう」

前年の<スクランブルエッグ>が終わったばかりのいま、本年の<スクランブルエッグ>が始まったばかりのいま、つまりは<エッガー>が一年間ためてきた<エッグポイント>がきれいにリセットされたばかりのいま、小泉さんが大量の<エッグポイント>を保有しているはずもない。

だからさきほどの小泉さんの弁は、十中八九、苦し紛れの嘘。とにかくこちらのスキルを解除させて、隙をついて逃げる算段だったのか、あるいは後払いの交渉にもち込む手筈だったのか。

「確実性と――」

いずれにせよ、ここで懸賞ポイントを確実に得て、ぼくの障害となるかもしれないリスクを未然に潰しておく。

「安全性の確保ですよ」

これも、小泉さんが言った、確実性と安全性のバランス。

「待って――、待ってくれ!」

小泉さんが叫ぶようにして言う。

「もう<エッグイート>は諦める! <スクランブルエッグ>を諦める! だから――、だから!」

それでは本末転倒だと、ぼくは思う。

<クリーチャー>を生き永らえさせることができたとしても、<スクランブルエッグ>を諦めてしまえば、もう恋人も母親も、生き返らせることはできない。

またしても嘘をついているのか。

ここは嘘でやり過ごして、残された寿命内で新たに<エッグ>を見つけ、<クリーチャー>に喰わせる。そうしてから、改めて<スクランブルエッグ>優勝を目指す。

それとも、混乱のあまり、自分が支離滅裂なことを口走っているのに、気がついていないのだろうか……、いや――。

「……明さん」

きれいな女性の声。

「ごめんなさい」

ミズキの声。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

繰り返し謝る。美しい、女性の声で。

「私が弱かったせいで、私の力が及ばなかったせいで、あなたの望みを叶えて差し上げることができませんでした」

それはミズキの別れの言葉だった。

「そんな私が、何かを望もうなんておこがましいかもしれません」

だけど――、

「だけど、願わくば――」

生きて――、

「生きて、幸せになってください」

「高橋さん、ここまで守ってくれてありがとう」

ぼくは高橋さんにお礼を言う。

「これも約束した、<エッグポイント>を獲得する機会だけど、どうする?」

ぼくは高橋さんに確認する。

ぼくの口から、言葉と一緒に、白い息が出てきた。

寒さのために、凍りついてしまったのか、高橋さんからの返事はなかった。

その沈黙こそが明確な返事だった。

「……そう」

そして今回のぼくの目的が達せられる。

<エッグイーター>のことを知らなかったとしても、<テディ事件>があることから、<エッグ>が顕現している<エッガー>に、危険があるのはわかっていた。

であれば。

もしも無事に<エッグ>を孵化させたいだけならば、ちょうど正月休みでもあったのだから、おとなしく家に引きこもっていればよかったわけだ。

わざわざ危険を冒してまで高橋さんに護衛を依頼する必要もなかった。情報収集は<エッグ>が孵化してからでも遅くはなかっただろう。

たとえば。

正月家にはいたくなかった。

とか。

かわいい幼なじみからの初詣のお誘いを断り切れなかった。

とかなんとか。

なんらかの理由があって外出するにしても、始めから、魔法使いの黒い三角帽子で、<エッグ>を覆い隠して行動すべきだった。

しかし。

<かみさま>に会うためには、<スクランブルエッグ>で優勝しなければならず、<スクランブルエッグ>で優勝するためには、<エッグポイント>を獲得しなければならない。

<エッグポイント>を獲得する。

ぼくはこれから目的をはたす。

とはいえ。

ウパーヤ。

これだってただの無意味な方便には違いない。

「二葉」

ぼくは命じる。

「<不可逆圧縮>」

二葉は唱える。

二葉のスキルを、とても簡単に言ってしまえば、それは結界術だ。

<不可侵領域>は、一定の空間を直方体(正方体)の結界(箱)で囲い、その内部を支配する。

このスキルは、自身をパートナーごと囲い込むことで、ノンの<障壁>のように外部からの攻撃を遮断できる絶対の防御術であり、現状のごとく内部空間に敵を封じ込める、完璧な束縛術の役目をもはたす。

そして。

内部の物体を破壊する恐るべき攻撃術でもある。

<不可逆圧縮>は、そんな攻撃術のバリエーションのひとつだ。

生成された箱を、中心点に向けて圧縮することで、内部の物体を無残に押し潰す。

攻・防を兼ね備えた複合スキル。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」

「ミズキ!」

じわじわと、圧縮していく箱。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――」

「ミズキ! ミズキ! ミズキ!」

悲鳴。

「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい――」

「ああああ、やめろぉ! やめてくれ! 頼む! 頼むから!」

ぎちぎち――、

みしみし――、

「タイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタ――」

「やめてくれぇええええええええ」

ブツッ。

ぼくはミズキを圧殺した。
(「……そこは『二葉は』と表してほしいですね」)

ぼくらは、ミズキを圧殺した。
(「……まあよしとしましょう」)

「くそっくそっくそっくそっ! ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう! また……まただ……また俺は、大切なものを失くさなくちゃ……それが本当に……どれだけ大切だったのかに気づけない……」

小学生から見た大学生というのは、とても大人に映るものだと思っていた。

小泉さんは泣き喚いた。

地に伏して、両手と頭を大地に叩きつけていた。

何度も、何度も、何度も。

「……ひとつだけ教えてほしい」

やがて小泉さんがぼくに訊ねる。

「君は死んだ妹を生き返らせたいから<スクランブルエッグ>に臨むのか?」

小泉さんからの、それが最後の質問。

「ぼくは、死んだ妹を生き返らせたいから<スクランブルエッグ>に臨むわけではありません」

それがぼくの答え。

ただ。

ただただ。

<かみさま>に会いたかっただけ。

「やっぱり」

小泉さんは、

「こんなことができるなんて」

変わらない、

「こんなことができる君は――」

どこか疲れたような微笑みを浮かべて、

「人間じゃない」

そう言った。

そうぼくを評した。

そう。

小泉さんは疲れていた。

――いまの俺は母さんを生き返らせたい

とは言っても。

母親が自分のために自殺した事実を知ったからといって、簡単に恋人を諦められるだろうか。仮に、そこを割り切ることができたとして、それでは母親を生き返らせるために、簡単にパートナーの<クリーチャー>を生贄に捧げられるだろうか。

だからと言って。

ぼくがしたことを、小泉さんをそんな迷いの中から解放してやったのだとか言って、正当化する気はさらさらない。

――君は人間じゃない

それは正しいのかもしれないと、ぼくは思う。

では、ぼくはいったい何者なのか。

ぼくは、やはり<かみさま>に会いたい。

会って、ぼくが何者なのか訊ねてみたい。

ところで。

琥珀さん・虎丸との<デュエル>を、ぼくは『ボス戦』と称したが、はたして琥珀さんは、いったいどのあたりのボスだったのか。

もしも小泉さんとミズキを中ボスに位置づけるとするなら、琥珀さんと虎丸は小ボスということになってしまい(決して本人には聞かせられないけれど)、それでは、いよいよ大ボスの登場と相なるわけだ。

小泉さんが怪しいと感づいたから、小泉さんを紹介してくれた人物を怪しんだのか。

それとも。

小泉さんを紹介してくれた人物が怪しいと感づいたから、小泉さんを怪しんだのか。

親しい友人から紹介された人間を、疑っていたことになるのか。

はたまた。

親しい友人を、疑っていたことになるのか。

ぼくが、いくらころころ変わる亜子のヒロインキャラに慣れていたとしても、ぼくが前に読んでいた小説のヒロインキャラを真似て、いきなりのゴスロリキャラは無理があったように思うし、相棒となる<クリーチャー>と、喋り方を揃えているといったキャラ付けが可能とはいえ、いきなりのどもりキャラを演じていたのもやはり不自然だっただろう(「どもり表現はただただ台詞を読みにくくするだけですしね」「その指摘はもっと早く聞きたかった」とはいえ、事実のみ書くと決めた以上はどうにもできなかったわけだけれど)。ノンの口数の少なさを気にし出したのは、琥珀さんとの折衝のあたりだから、疑い始めた要因のカウントには含めないにしても――。

小泉さんの、テディもどきを装っての登場は、冷酷な自分を演じるための演出だったのか。

また、答えを期待していなかったぼくの問いかけに、小泉さんが自身の抱える事情を話してくれたのは、これから行おうとしていた<エッグイート>に対しての罪悪感を和らげるためだったのかもしれない。

では。

ゴスロリキャラやどもりキャラを演じた、彼女の変身には、いったいどのような意味があったのだろうか。

とかなんとか。

これらも全部無意味な方便なのだと言ってみたところで、いったい誰が信じてくれるだろうか。

ぼくには亜子しか思いつけなかったわけだが。

ともあれ。

あれから随分と時間が経ち、小泉さんがあぶなかしげにふらふらと立ち去っていった後で、深夜の春葉台公園の緑地には、再びぼくと高橋さんとが取り残されていた。

正確には。

ぼくと二葉。

ぼくらと対峙する高橋さんとノンとが。

またしても、移ろいゆくぼくらの関係が、固定する。

昨日の友は今日の敵となる。

「やはり高橋さんのお願いを聞いてあげることはできなかったね」

――わたしのこと好きになって!

無理難題。負けられない戦い。

小泉さんにかけられた懸賞ポイントをどうするか確認した際、高橋さんは無言だった。

無言で拒否した。

「どうしてわたしを騙したの?」

別に高橋さんを騙したわけではないと言って、誰が信じてくれるだろう。

「どうしてわたしを利用したの?」

別に高橋さんを利用したわけではないと言って、誰が信じてくれるだろう。

高橋さんが、小泉さんを利用して、ぼくの<エッグ>を排除しようとしたから、その意趣返しだとか言うつもりはない。

これは、ただこうなるように綴られた物語。

ただそれだけのことなのだ。

行く先々で事件に遭遇する名探偵は、そのことを疑問には思わないのだろうか。隠されていた力に覚醒してピンチを切り抜けたヒーローは、そのことを疑問には思わないのだろうか。女の子にモテモテの主人公は、そのことを疑問には思わないのだろうか。

はたして自分は何者なのか。

周囲を狂わす体質、特殊な能力を受け継ぐ血筋、ただの美少年――。

物語の主人公たちは、そんな理由づけがあれば、納得して生きていけるのだろうか。この世界が、自分を中心に描かれた物語であることに、気づかないものだろうか。

そう。

誰に言ってもわかってはもらえないだろう。

 

誰かに見られているような感覚。

誰かに操られているような感覚。

誰かに踊らされているような感覚。

証明できない。

そんな感覚を現実だと主張して、誰がわかってくれるだろう。

うつ病か、中二病だと。

笑われるのがオチではないか。

だけど。

七玉子市には<かみさま>がいる。

<かみさま>は、<スクランブルエッグ>というゲームを催している。

そのゲームの優勝者は、<かみさま>に会うことができる。

ぼくは、<かみさま>に会って、自分が何者なのかを訊いてみたかった。

だから、<スクランブルエッグ>に優勝するため、<エッグ>が欲しかった。

そのために。

長年子供のできなかった両親が子供を授かり、その子供が死んだ。

世界はぼくを中心に廻っている。

ぼくは<かみさま>に会いたい。

<かみさま>こそが、ぼくの求める答えを知っている存在かもしれないから。

しかし。

こんな思いすらも、<かみさま>か、はたまた<かみさま>以外の何者かの手によって描かれた物語の、一部なのかもしれないと思う。

彼が、あるいは彼女が、

『ぼくは死んだ』

といった一文を書き、そのまま二度と続きを書かなければ、ぼくの存在は消滅するかもしれない。

彼が、あるいは彼女が、

『やはり、ぼくは死ななかった』

という一文を書き、そのまま続きを書き続ければ、ぼくは存在し続けるのかもしれない。

彼が、あるいは彼女が、神様なのか知りたい。

<かみさま>が、神様なのか、知りたい。

ぼくは会いたい。

それだけが、ぼくの中にあるたったひとつのものだから。

その思いさえ、誰かの綴った物語の一部であったとしても。

これは、ただこうなるように綴られた物語。

それだけのこと。

それだけのことを、高橋さんは、わかってくれるだろうか。

「高橋さん」

ぼくは言う。

「いまに、わかる。すぐに、わかる」

ぼくは答える。

「ぼくは人を好きになったりしない」

結局、ぼくと高橋さんは、二葉とノンは、その場では闘わずに別れた。

いずれ闘うことは避けられないにしても。

「ちょっとだけ、鈴木君のことが分かった気がするよ」

別れ際に高橋さんの言った言葉。

「鈴木君にふられておいて、鈴木君を騙しておいて、鈴木君に騙されておいて、鈴木君を利用しておいて、鈴木君に利用されておいて、こんなこと言う資格はないのかもしれないけれど、わたしはそれでも、やっぱり鈴木くんのことが好き」

高橋さんはぼくをまっすぐに見つめていた。

「それから、お父さんとお母さんが好きだし」

それから。

「ノンのことが好き」

だから。

「だから全部手に入れてみせるよ」

どんなことをしても。

誰を騙しても。誰を利用しても。

 そう言って、高橋さんはちょっとだけ、かわいく笑って去っていった。

それから。

「そして誰もいなくなった」

そんなふうにぼくは呟いてみる。

「いいえわたしがいますが」

「たしかに」

頭の上にたしかな温もりがある。

「ところで」

「ん?」

「あなたはわたしを『二葉』と名付けましたが、わたしはあなたのことをなんとお呼びすればいいのでしょうか?」

ぼくの名前。ぼくの呼び方。

鈴木一葉。一葉。ひーちゃん。ひぃくん。ひーたん。ひすけ。ヒーハー。カウボーイ。マイケル。イワさん。ジャックフロスト。パック。

「二葉って名前は、ぼくの妹の名前なんだ」

だから。

「ぼくのことは、お兄ちゃんと呼んでくれ」

「……シスコンに憧れでもあるんですか?」

相変わらずの冷たいつっこみ。

まるで、白い雪のような。

これがリアルな妹なのか。

温もりはいったいどこへ?

「あ、兄さん上を見てください」

「そしてお兄ちゃんはどこへ?」

やれやれ。

ぼくは頭に乗った二葉を落とさない程度に上を向いた。

夜。

公園灯の光の中を、ひらひらと舞い落ちてくる、一片の――、

「雪」

白い息。

白い虎。

白い蛇。

白い猫。

白い、雪。

これで完璧。

「やれやれ」

なんて。

「なんていうご都合主義」

やはり。

世界はぼくを中心に廻っている。

<備考として>
初等部六年 一月三日 合計一ヒロインポイント 亜子に付与する。

先を知っているぼくだけれども、ミズキのように、やはり願わずにはいられない。無理でも。無茶でも。無謀でも。琥珀さん。小泉さん。ノン。虎丸師匠。そして高橋さん。願わくば、今日の敵は明日の友でありますように。

<忘れない伏線メモ>(ようやく最終章までこぎつけて、いまさら伏線メモの役割もないのだけど、じつはそんなこともないのだけれど)
・虎丸師匠は不滅である

(つづく)

※読んでいただきありがとうございました。

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