egg〈1-1-5〉(第1部・第1巻・エピローグ)

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第1部 第1巻
エピローグ
もうすぐ高等部三年 四月某日
――まだ春休み、ぼくと二葉と――

「二葉」

「なんでしょう兄さん」

「ぼくは会話文を書くのが下手なのか」

「あと、地の文を書くのも下手ですね」

「……なるほど」

「つまりすべて下手ということです」

「言わなければ気づかれなかったかもしれない事実!」

「いえ、百人読めば百人が気づきますよ」

「……一〇〇パーセント下手ってことね」

「読んでないもう百人も気づきますよ」

「二〇〇パーセント下手ってことね!」

「いえ、普通の物差しでは計れないということです」

「がっくり」

「普通の物差しでは計れない才能ということです」

「うきうき」

「まあ、つぎからがんばればいいじゃないですか」

「いや、いまからがんばる」

「べつに止めはしませんが」

「しかしエピローグには何を書けばよいのか?」

「さっそく人任せですか」

「猫の手だって借りたい」

「それはプロローグのときも聞きました。……そうですね、では未回収の伏線をここで回収してみるというのはいかがでしょうか。文章が稚拙すぎて、わかりにくいところが多数ありますからね」

「がっくし……、まあ、それでいこう。いまこそ『忘れそうな伏線メモ』の真価が発揮されるとき!」

「では、亜子さんが、『千里眼』の能力を所持しているのか否か、からいきましょうか」

「そこからか」

「まず、亜子さんが電話越しの兄さんのシッダールタポーズを見通したのは?」

「そこから? あれはギャグパートだよ。生まれたときからの付き合いによる経験則で可能だ」

「兄さんの正座から五体投地に至るシーンもそれで片づけられると?」

「……あれは思い出させないで」

「まあいいでしょう。では、亜子さんはなぜ何も聞いていないのに、鈴木家長女誕生の結果が死産だったとわかったのですか?」

「それは千里眼でもなんでもない。亜子の洞察力によるものだよ」

「ほう」

「冒頭の亜子との電話イベントで、終わりに新年の挨拶をしただろ?」

「ええ」

「そこでぼくは……、『今年もよろしく、あーちゃん』と言った」

「たしかに、『あーちゃん』と言っていますね」

「ピックアップすべきはそこじゃない」

「では、『今年もよろしく』の部分ですか?」

「そう、普通新年の挨拶といえば?」

「『明けましておめでとうございます』ですね」

「そうそう、ただし、前年身内に不幸があった場合、新年の挨拶で『おめでとう』の言葉は避けるのが一般的とされている」

「たしかにそうですね」

「その年、ぼくの身内に不幸はなかった。十二月三十一日のあの夜まではね」

「だから亜子さんには鈴木家長女誕生の結果が死産だった予想できたと」

「その通り。それに、ぼくは作中喪中を意識した言動を心がけていた。初詣に行きつつも、露店だけを巡り、神社への参拝には行かなかったあたりもヒントになっただろう」

「ふむ、まあまあ考えられていますね。千里眼はともかくとして、それにしても亜子さんの人並み外れた能力があって可能という気もしますが」

「亜子の凄さも表せて一石二鳥だ」

「では、初詣デートの『ご褒美その一から四』についてですが」

「ん? 何か疑問が?」

「『ご褒美その一』は、<エッグイーター>を誘きよせるための状況作りということでしたよね」

「おお、よく読んでいらっしゃる」

「それは、わたしはこの話の聞き手であり、唯一の読者ですから」

「どうせ誰も読んでくれないさ……まあ、長年の付き合いから亜子にはぼくのやろうとしていたことなどすべてお見通しだったというわけだ。ぼくのすべてを知っていると断言していたことだし」

「兄さんのマニアックな趣味のことも当然ご存じなんでしょうね」

「……その話、エピローグでも蒸し返す必要ある?」

「ともあれ、『ご褒美その一』はまあいいでしょう。<テディ事件>と<イーター>の関連付けについても、兄さんにわかる程度のことならば、鋭い洞察力をもつ亜子さんには瞭然でしょうし、のちの高橋さんとの護衛交渉のために、元日に<イーター>を誘き出しておこうという目論見も、同様に亜子さんなら看破可能です。『亜子さん千里眼保有者説』の有力な根拠は、『ご褒美その二』にあります。ご褒美その二は、一月一日の初詣デートの最中に、襲撃してきたテディもどきを指して『大学生』と言っているところです」

「正確には、『大学生のサークルレベル』だよ。『大学生』だとは言っていない」

「そこです。テディもどきの正体は、『大学生』ではありません」

「お、そこには気づいてたんだ」

「当然でしょう。琥珀さんや小泉さんがテディもどきであったような、思わせぶりなところもあるにはありましたが、明確にそうだとは書かれていませんでした」

「ふむ」

「では、あの時点で亜子さんは、じつはテディもどきではなく、のちの敵が『大学生』だということを知っていて、それを兄さんに示していたとも受け取れます。これを未来視、千里眼と言わずに何と言いますか?」

「その答えは、『ご褒美その四』を考慮に入れるとわかる」

「……『ご褒美その四』は、たしか初詣デートのとき、兄さんを尾行していた人物の数でしたよね」

「そう、<エッガー>が三人と、<エッガー>ではない一般人が一人」

「……ひょっとして、<エッガー>三人のうちふたりが琥珀さんと小泉さんで、亜子さんは初詣デート中そのことに気づいていた。だから、そのふたりが近く敵として現れることが予測でき、『ご褒美その二』の台詞を言った時点で、敵が『大学生』であることを示唆できたと」

「正解。『亜子のストーキング、もといスニーキングスキルを、決してなめてはいけないことを理解してほしい』。つけることに長けている者は、つける者を感知する能力にも長けている。ストーキングマスターの亜子だからこそ可能な技と言えよう」

「ストーキングマスターって……嫌な称号ですね。相変わらずのネーミングセンスですし。しかしながら、その記述も伏線でしたか」

「ついでだから言っておくと、ぼくを尾行していた<エッガー>三人のうち、あとの一人が高橋さんだ。高橋さんには初詣に行くことを電話で伝えていた。七玉子市で初詣に行くとなれば、誰もが思いつく場所はひとつ。普段から人目を引く亜子と、<エッグ>を頭に乗せたぼくの組み合わせはやはりとてもよく目立っていた。琥珀さんと小泉さんは偶然ぼくを見かけたんだろうけど、高橋さんはそのときぼくを尾行する小泉さんを見つけた。高橋さんが小泉さんに<エッグイート>の話をもち掛けたのもそのときだったと推測できる。すなわち高橋さんと小泉さんはそのときが初対面だった。喫茶店でも高橋さんと小泉さんとは言葉を交わしていない。そこからもふたりの関係性が薄いのが伺える。高橋さんは気遣いのできるやさしい女の子だった。だからぼくの情報収集を優先してくれたという理由づけは可能だけれど」

「兄さんを尾行する小泉さんを高橋さんが見つけて、<エッグイート>を企んでいる、もしくはその企てを迷っているのを知って話をもち掛け、小泉さんが知人である喫茶店のマスターを装い、兄さんの<エッグ>を喰らうことのできる孵化前の一時間に該当する時刻を聞き出そうと画策したんですね」

「高橋さんがぼくから聞き出して小泉さんに伝えればいいだけの話だけれど、小泉さんからしたら初対面の人間の伝聞よりも直接確認したかったんだろうな」

「それはそうでしょうね」

「ちなみに、小泉さんはともかく、高橋さんも琥珀さんも、ノンと虎丸師匠という大型の<クリーチャー>が相棒だから目立ってしまって尾行には向かない」

「というと?」

「すなわち、ふたりは<クリーチャー>に乗って、ビルの屋上を飛び移りながら、遠目にぼくを尾行していたと考えられる。PDの望遠鏡アプリとかを使って。だから、亜子が急に路地裏に入ったとき、琥珀さんはとっさに対応できずぼくらを見失ったんじゃないかな。高橋さんはあの時点で尾行を取りやめて小泉さんに接触を図っていたかもしれない。さらに、高橋さんの防衛を予期しての、琥珀さんのあの容赦ない襲撃と、その際の高橋さんのスムーズな対応からしても、ぼくの尾行時、ふたりはお互いの存在を確認し合っていたはずだ」

「それは妥当な推測だとわたしも思います。人気のない屋上から屋上を、大型<クリーチャー>に乗って跳び回っていたなら、お互いに気づかないほうが不自然ですね。接触があったのかどうかまではわかりませんが、高橋さんは琥珀さんの目的に気づいていて、琥珀さんは高橋さんの真意については知らなかったようですし、お互い見て見ぬふりで接触はなかったのかもしれませんし、あったとしても大したやりとりはしなかったのではないでしょうか」

「……じつはそうとも言い切れない」

「そうでしょうか?」

「高橋さんが確実にぼくの護衛役を務めるためには、ぼくに実際的な脅威を実感させて、ぼくをその気にさせる必要があったはずだ。そのために、高橋さんが琥珀さんを利用して、ぼくを襲撃させた、ということは考えられるんじゃないかな。結果としては、<テディ事件>に遭遇しただけで充分な脅威を感じたと言うことのできるぼくに、その必要はなかったわけだけれど。ただし、これはあくまでも可能性の話。小泉さんに護衛の話までうまく誘導させればそれだけでいいとも捉えられるし――二葉の言うようなことだったかもしれない。ほかにも考えられることはある」

「……なるほど」

「まあそんなこんなで、亜子は千里眼なんていう特殊能力保有者ではないことがわかってもらえたと思う」

「ええ」

「亜子のもつ能力は、千里眼よりももっと恐ろしいものなのさ。そう、世界を静止させ得るほどの」

「ギャグなのか、本当なのか、わかりにくい伏線をこの期に及んで張らないでください」

「ははは、乞うご期待ということで」

「やれやれ」

「やれやれですね」

「じゃあ、ついでだから『ご褒美その三』にも言及しておこうか」

「え? あれはただのストリップイベントなのでは……」

「ぼくの幼なじみをただの変態にしないでくれ。いくら季節外れの陽気だったとはいえ、日暮れ前の寒空の下で、意味もなく脱いだりする人はいないよ」

「好きな男子に自慢の裸を見せつけたかったのでは?」

「だからぼくの幼なじみをただの変態にしないでくれ」

「全国一位のすげーエロい体格を見せつけたかったのでは?」

「あれはただのギャグ&ブラフだ! ……ま、まあ、亜子の体格がエロいことを否定する意味でのブラフではないけれど……、む、むしろごにょごにょ」

「……本人曰く、『振袖姿じゃサマーソルトキックが出せなかった』から、ですよね?」

「たしかに振袖姿では動きづらかっただろうけれど、亜子の身体能力をもってすれば、そんなのは本当に許容誤差の範囲だったと思うよ」

「兄さんも、理屈だと書いてましたね」

「つまり、あの全裸には意味があった」

「意味のある全裸って……」

「意味があろうとなかろうと、変態度は同じくらいヤバそうだけど、とにかく、亜子は変態じゃないから。あのとき亜子が振袖を脱ぎ捨てたのは、ぼくに裸を見せつけるためでも、あのあとぼくに振袖を着せてもらうためでもなくて、ぼくにテディもどきを追わせたくなかったからだ。ぼくが、全裸の亜子に逃げ出したテディもどきを追わせるわけがなく、全裸の亜子をそのままにしてテディもどきを追うわけがなく、もちろん全裸の亜子と一緒にテディもどきを追おうとするわけがない」

「変態は兄さんです。ここぞとばかりに亜子さんの全裸を強調しないでください。しかしそれはなんのためにですか? 追いつめられた犯人は何をするかわからなくて危ないから追うなとか、そんな理由でしょうか?」

「そうではない。そうではなくて――」

「そうではなくて?」

「ではいよいよ、ここで再びテディもどきの正体について話を戻そうと思う。一般的な<テディ事件>のテディもどきは、<エッグイート>が目的の<エッガー>なわけだけれど、今回のテディもどきは<エッガー>ではなかった」

「と言いますと……愉快犯?」

「そうではない。亜子がぼくにあのテディもどきを追わせたくなかったのは、あのテディもどきがぼくのごく近しい知り人だったから。亜子はストーキングマスターとしての感知力で、その正体を知っていた。だからぼくにテディもどきを追わせないために全裸となった亜子の行為は、ぼくとテディもどきの中身である人物が対面することで、気まずい思いをさせないための、亜子の厚意、気遣いだったんだ」

「では、テディもどきはいったい誰だったんですか?」

「直接訊いたわけじゃないけれど、……物語中のぼくと同じように、今回の話の小ボスを琥珀さん、中ボスを小泉さん、大ボスを高橋さん、とするならば、隠しボスともいえるテディもどきの正体は――」

「正体は?」

「父さんだよ」

「…………」

「父さんなら、PDのGPS機能を使って子供の居場所を常に把握できたはずだ。しかも、じつは『ご褒美その二』の人物像にもぴったり合致する。大学サークルレベルの格闘技経験者。父さんは大学生のときサークル活動で空手をやっていた。生まれたときから家族ぐるみの付き合いをしている亜子もそのことは知っている。ぼくの早朝トレーニングメニューの中にある格闘訓練の基本は父さんから仕込まれたという裏設定があって、元旦のぼくと父さんの短い会話にもつながっている」

「自分で裏設定とか言わないでください。それでは『ご褒美その四』の<エッガー>ではない一般人の尾行者というのも――」

「ぼくの父さんというわけ」

「死産だった娘を生き返らせなくていい、と言ったお父さんですものね。兄さんの書いていたとおり、たとえ死んだ子を生き返らせるためでも、いま生きている我が子にはほかの命を奪わせたくなかったのでしょう」

「疲れていたのもあったんだと思うよ。魔が差したというか。仮に、ぼくを拉致する――っていうのも変だけど、拉致することに成功したとして、ぼくの<エッグ>をどう処分したらいいのかわからなかったはずだし。まあ、<エッガー>の知人がいたとか、じつはあのとき高橋さんと接触していたとか。息子から<エッグ>を取り上げる目論見があったからこそ、初詣の外出や急なお泊り会なんかを簡単に許してくれたとかなんとか、いくつか考えられることはあるけれど――」

「なんだか、さきほどからそのあたりの高橋さんの暗躍ぶりを随分と濁しますね。ひょっとして、それも次回以降に向けた伏線ですか?」

「じつは父さんも昔は<エッガー>だったから、そのあたりの事情を熟知していて、ゆえに息子には同じ道を歩ませたくなかったとかなんとか」

「まさかそれも次回以降に向けた伏線ですか? 隠れた真実なんですか?」

「ふっふっふ、どうでしょう」

「ではここで深くは追求しませんけれど。とにかく、もしも兄さんが『正月家にはいたくなかった』のだとしたら、お父さんが兄さんから<エッグ>を排除しようとしたことが理由になるわけですか。さすがに家族には、頭の上にある<エッグ>を隠しきれませんものね」

「『正月家にはいたくなかった』ことは、今回の『ぼくの裏の目的』となる。しかしながら、長々と語ってきたけれど、語ってきたからこそ、ぼくのすべては誰かの綴る物語。父さんがぼくのためを思って、ぼくから<エッグ>を排除しようとしたこの事実も、だからやはり理由と言うよりは方便になるのかな」」

「すべてはお得意の無意味なウパーヤ」

「なんていうご都合主義。しかしこれで、二葉の断じたところの、ぼくの痛々しい中二病的空想を現実のものとして、読者のみなさんも疑う気になってくれたのではないかな」

「『世界はぼくを中心に廻っている』というやつですね。やはり読者がいればの話ですが」

「相変わらず手厳しい」

「ともあれ、これで一応『忘れそうな伏線メモ』にある伏線のうち、今回の話で回収すべき伏線はすべて回収できたのではないでしょうか?」

「ちょっと待った!」

「なんでしょうか?」

「『忘れそうな伏線メモ』はよしとして、プロローグで二葉が出したクイズの答えがまだじゃないか」

――わたしは<エッグクリーチャー>の二葉でしょうか、それとも、生き返った人間の二葉でしょうか?

「今回その伏線を回収するとは一言も言っていません」

「なるほど。それこそシリーズ化して次回以降のお楽しみ、というわけか。グッジョブ二葉」

「亜子さん同様、わたしも兄さんの味方というわけです」

「せいかいはえっぐくりーちゃーのふたばおねえちゃん」

「敵発見! まさか明かしてしまうだと!」

「やれやれ」

「やれやれですね」

「プロローグで、『いまの「やれやれ」はぼくではない』、と書いたことによって隠していた第三の人物の存在までも明らかにしてしまうだと!」

「同じくプロローグにて、読者に向けての呼びかけだと思わせた『きみたち』も、じつはわたしたち『ふたり』を指していたわけですね」

「とはいえナイスフォロー二葉」

「ではあたしはだれでしょう?」

「ここでその正体までをも明かすつもりだと! 次回以降のお楽しみを残すつもりはまったくないと?」

「ここまできてはもうどうしようもありませんね。次回があるかもわかりませんし。その伏線のもち越しは諦めてください」

「さてあたしはだれでしょう! だれでしょう! だれでしょう!」

「やれやれ。それでは致し方ない。きみはぼくが<スクランブルエッグ>に優勝して生き返らせた、ぼくのかわいい妹の三葉だよ」

「がっちゃ」

「そしてきみは、ぼく以外の誰かが<スクランブルエッグ>に優勝して生き返らせた、ぼくのかわいい妹の二葉だよ」

「みゃあ」

何か大切な伏線を忘れているような気がしないでもないけれど、とりあえず今回はここまでということで。

(第1部第1巻はおわり)
(第1部第2巻へつづく)

※読んでいただきありがとうございました。

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