縮小する世界(3)

狐人小説

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読書時間:20分
あらワド:小人の街/きれーでかわいい女性ばかり/おしり見えてるじゃん!/ハーレム/子供を生む実験/ねえ、お兄ちゃん、どーして、してくれないの?/ロリ巨乳の偽妹/同じ人間という名の家畜/正しき人類の未来のため

 

面接から一週間後、俺はフェムトライズ処置を受けて、タウンに入った。

そこはまさにハーレム。楽園だった。

タウンの規模自体はさして大きなものではなかったが、それでも、この街の機能を十全に維持するためには、少なくとも数万人の人口は必要だと思われた。

その数万人すべてが女性なのだ。

適齢期の女性なのだ。

俺が見たかぎり、きれーでかわいい女性ばかりなのだ!

しかも、「キャー、サトウ様よ! この世界で唯一の男の方よ! キャーキャー」なんてことはさすがになかったのだけれど、会う人みんなが俺に関心を抱いていることはわかる。歩いているだけで視線を感じる。買い物などで話をすれば、あからさまに誘われることもある。男だったら悪い気がするはずがない。

さらに、タウンの女性たちは、みんなきわどい服を着ている。いや、それはきわどいなんてものじゃない。胸の開いた服、短すぎるスカート、水着あるいは下着としか思えない格好――明らかに見えているし、明らかに見せている。よく女子校では生徒の服装が乱れ、下着や生理用品が宙を舞う、といった話を聞くこともあるけど、それとは趣を異にしている(当然、俺は女子校に通ったことも潜入したこともないので、実際のところはわからないけれども、イメージとして)。完全に男の目を意識したスタイルだ。アニメ美少女のちょっとえっちな画像や、少しばかり過激なコスをするコスプレイヤー、グラビアアイドルなどの写真を思い浮かべてほしい。おしり見えてるじゃん! 乳首以外隠れてないじゃん! みたいな、そんな感じだ(どんな感じだよ)。

とにかく、タウンの女性たちに、男(つまりこの街でたった一人の男である俺)を誘惑しようとする明確な意思があるのは間違いない。

面接官のおねーさんが言っていたとおり、『大勢の女性と、たくさんセックス』できる状況が、ここには整っている。

これをハーレムと呼ばずして、何をハーレムと呼ぶのか?

タウンに入った最初の日、俺もいよいよ童貞卒業か、などと漠然と考えたものだ。

そもそも、俺がなぜ30歳のいままで童貞を貫いてきたのかといえば(別に断固たる決意をもって童貞を貫こうとしていたわけでもないのだけれど)、それはやはり、性に奔放な両親を見てきてしまったからだろうと自己分析している。

俺の両親はお互いに浮気をしていた。

外ではそれぞれ別の相手と性的享楽に耽っているくせに、家では普通の家庭を保とうと努めていた――いわゆる仮面夫婦というやつだ。

夫婦が互いに納得していて、ちゃんと子供を育てているなら、それでいいんじゃないか、なんて意見もあるかもしれない(むしろ少子高齢化対策のためには多夫多妻制、それがいいのかもしれない)。

だけど、仮面夫婦の子供である俺からいわせれば、その家庭は不自然で、不快で、気持ち悪かった。

父も母も俺にやさしかった。

お互いでは同意のこととはいえ、当然、子供には浮気のことを知られないよう気を使っていた(まあ、かなり早い段階で、俺に知られてしまっているわけで、それに二人は気づいていたのか、気づかないふりをしていたのか――そこまでつっこんだりはしなかったけれども)。

たいていのわがままは聞いてもらえて、いろいろと買ってもらえたり、お小遣いもけっこうもらえて――はたから見れば「いい家じゃん!」以外の何ものでもないのだけれど、俺は必ずしもそう思ってはいなかった(とはいえ、俺もそれらを享受していた以上は、文句など言える立場でないのだとは理解していたので、こんな話は誰にもしたことがない)。

二人は家庭の中で、いつも穏やかな笑顔を浮かべていた。

でも俺には、その笑顔が無機質なものに、まさに仮面のように見えてならなかった。

この人たちはなんで結婚なんてしたんだろうか? なんで子供なんて生んだんだろう? と、いつも心の中で思っていた。

仮面夫婦はひとつの夫婦のあり方として認められてもいいのかもしれない。両親がムリしてストレスを抱え、家庭不和を招き、ケンカばかりして泣かされる子供のいることを思えば、俺は幸せな家庭に生まれたのだと感じられる。

だけどそれは大人の理屈というようにも思える。

実際、仮面夫婦の子供であった俺は、父親と母親がそれぞれ別の女、別の男とセックスしているのだという事実が異常に不快だった(ひょっとしたら、思春期の子供にとって、両親がセックスしている事実がすでに不快なのかもしれないけれど、それは俺にはわからない)。

ともあれ、俺が現実の性的なもの、家庭や結婚に違和感、嫌悪感を抱えるようになったバックボーンは以上のようなものなのだ。

しかし、そんな俺にだって性的な欲求はあるので(むしろ性欲は強いほうだと自認しているので)、それを解消するには「性的なものは嫌いだ」などとも言っていられないわけだけど、いまは現実の女性を相手にしなくても、いろいろなツールを使って性欲処理ができる(俺にとってはそれがエロゲであったりエロアニメであったりエロマンガであったりするわけだが)。

童貞の俺には、ツールを使ったオナニーから得られる快楽と、現実の女性とのセックスから得られる快楽に、それほどの差があるとは思えない。

とはいえ、インターネットなども存在せず、性欲解消の方法が少ない昔だったなら、自分も性犯罪者になり得るんじゃなかろうか、などと想像すると怖くなり、エロゲ、エロアニメ、エロマンガが存在する現代に生まれてよかったなと心底思う。

ポルノが性犯罪の温床となっているなどという見方もあるが、性犯罪の抑止力となっている面のほうが大きいのではなかろうか、などと、個人的には考えている。

そんな俺もここにきて1週間、いよいよ童貞を卒業した、やってみればなんてことなかった、あっけないものだった(ソーローでなかったことを祈る)、俺はなんでこんなことにいままでこだわってきたんだろう、わはは――とか感慨にふけりながらこの場にいるかといえば、決してそんなことはない。

いま俺はパソコンの前に座って、

「ねえ、お兄ちゃん、どーして、してくれないの?」

ネトゲをしている。

「妹よ、お兄ちゃんはいま忙しいから、掃除が終わったなら出ていけ、とはもう言わないから、そこのベッドにでも腰かけていなさい」

ネトゲといってもエロいネトゲではない(ふつうのMMORPGだ)。

「いや! だって、そんなこと言って、お兄ちゃん、この1週間、ベッドにきてくれたこと一度もないもん!」

ゆえに、耳元で響く甘いささやきは、イヤホンから聞こえるゲームの音ではなくて、現実の声だ。

「わたしの胸、気持ちよくない?」

そんなわけで、現実の妹は(いや、初対面のときに兄妹のように呼び合おうと向こうから言われただけで、彼女は現実の妹ではないのだけれど――いわば偽妹だ。おそらくは、俺を誘惑するためのシチュエーションプレイの一環なのだろうけれど……なんで俺をシスコンだと思ったんだろ? てか、そもそも俺に妹はいない、一人っ子だ)、俺の背中にやわらかな胸を押しつけてくる。

甘ったるい声、幼く愛らしい容貌とは裏腹に、発育のいい身体をしていらっしゃる(これが現実のロリ巨乳というやつか。いちおう最初に確認したけれど、ほんとに18なんだろうな? 違ったら大変なことになってしまうぞ)。

「俺たちは兄妹なんだから、そんなことしちゃいけないよ」

「いいんだよ。だって、わたしとお兄ちゃんは、本当の兄妹じゃないんだから」

ロリ巨乳の偽妹は、後ろから回した手に力を入れて、より強く俺に密着してくる。

「お兄ちゃん、ここにきてから1週間経つけれど、まだ誰ともえっちしてないでしょ?」

耳元に顔を寄せて、ふっと息を吹きかけてくる。

「どうして、えっちしないの?」

耳を甘嚙みしてくる。

「できないわけじゃないよね? 就職試験を受けてここにいるんだし。じゃあ、どうしてかな?」

俺はゲーミングマウスを操作する手を止めずに聞いている。

「まさか、ゲイよりのバイセクシャルじゃないよね?」

俺はゲーミングマウスを操作する手を止めずに聞いている。

「ひょっとして、ここから出ていっちゃうつもり、なのかな?」

俺はゲーミングマウスを操作する手を止めた。

「妹よ、少しお兄ちゃんとお話しない?」

俺はゲームを中断して言う。

「うん! いいよ!」

偽妹はうれしそうに、無邪気に頷いて、俺から身体を離し(なんだかんだでちょっと名残惜しい)、そばのベッドにぼふっと勢いよく飛び込んだ。

俺はそのほうにイスを回転させる。

「さて、妹よ……」

俺は言いかけて、

「まずはこっちを向いて座ってくれる?」

背中もおしりも太ももも丸見えだ。

ベッドにうつ伏せになった偽妹はほぼ全裸だった。

「はーい」

元気のいい返事とともに、偽妹はくるりと身をひるがえして起き上がった。もはや最近俺が出会う印象的な女性たちにはお決まりとなっているメガネはキュートな感じだ。両手を膝の上に置いて行儀よく座り直した彼女の服装は裸エプロンだった。より正確にいえば、裸メイドエプロンだった(タウンに入るまで、俺は、赤ちゃんと女性はなんだかんだで裸が一番かわいいと思っていたのだが――ロリコン的な意味じゃない――、ここにきてたしかに着エロというものは存在するのだと、考え方――性的嗜好?――が変わりつつある)。

彼女はこのホテルのメイドさんだ。

おそらく、表向きは。

「さて、妹よ。君はいったい何者なの?」

俺は改めて尋ねた。

「ふっふっふ。わたしが何者か、じつはお兄ちゃん、だいたいの予想はついてるんじゃない?」

彼女は不敵に笑ってそう答えた。

『できないわけじゃないよね? 就職試験を受けてここにいるんだし。じゃあ、どうしてかな?』

なにげない会話をよそおいつつも、彼女は就職試験――すなわちフェムトライズのことを知っているふうを匂わせていた。事前説明で聞いたとおりなら、このタウンには、フェムトライズされた女性ではなくて、小人から生まれた生粋の小人しか住んでいないはずで、彼女たちは外の世界を知らず、またそのような事情は何も知らされてはいない。

「君は、俺と同じようにフェムトライズ処置を受けて……何らかの目的を持って外から潜入してきた人?」

いないはずのフェムトライズされた女性がいるということは、秘密裏にどこかから潜入してきたのでは、というのは、俺の完全なる(不完全なる)当てずっぽうだったのだけれど、はたして――

「お兄ちゃん、ただのひきこもりじゃないんだね! 意外と頭いいんだね!」

偽妹ははしゃぐ。

「……俺は頭いいほうじゃないけど、頭のいいひきこもりだって、世の中にはいると思うよ」

たぶん。

「ご謙遜だよ、お兄ちゃん。じゃあこの調子で、わたしの目的も当ててみてよ!」

当ててみてよ、と言われても……正直とんと見当がつかない。

他企業からの産業スパイとか? たしかにフェムトライズの技術はいろいろと活用できるように思えるけど。

あるいは、YAPOO!株式会社が社員(つまり俺)の動向を見張るためにつけた監視員だろうか? だとすると、このタイミングで正体をばらす理由がわからないし、それに忘れてはならないのは、フェムトライズされると時間が加速されるという点だ。知らない男とセックスする危険、わざわざ寿命を縮める危険――それらの危険をわざわざ冒してまで、そんな仕事を引き受ける女性社員がいるだろうか?(ひきこもりネトゲハーレムな俺とは事情が違う……いや、莫大な報酬が出るのだろうか? しかしそれなら、会社は元からいるタウンの人間を使ったほうが経理的にお得だし、便利なのでは?)

「こーさん」

俺は両手を上げて降参のポーズをした。

「正解は、正しき人類の未来のためだよ」

「人類の未来って……」

『人類存続のため』を謳っていた面接官のきれーなおねーさんを思い起こす。正しき人類の未来も、やはり俺にはスケールが大きすぎて、ピンとこない。

「ねえ、お兄ちゃんは、ここで行われていることってどう思う?」

「ここで行われていること?」

フェムトライズで人間を12分の1サイズに縮小し、必要な食料やエネルギーを節約することで、きたるべき資源不足に備えようという――人類存続のための試みだ。

人類の滅亡を救い、さらに繁栄させようというのだから、すばらしいことのように思えるのだけれど――

「人道的にどう思う?」

偽妹はさらに言葉を重ねた。

人道的に?

たしかに、人体を縮小する行為には、なんとも言えない忌避感みたいなものを感じないわけじゃない。外見的には、それによって寿命が縮まるようにも見えるわけだし。しかし、人類の存続がかかっている以上は、そんなことを言っている場合じゃないという気もする。

「ここの女の人たちが生んだ子供ってどうなると思う?」

「…………」

「タウンの女のひとたちは、やってきた男のひとと子供をつくるように教育されているんだよ。だからみんなきわどい服を着て、お兄ちゃんを誘惑してくるんだよ。それで生まれた子供はどっかに取り上げられちゃって、教育を受けて、またタウンの女のひとになるんだよ。それって、人権侵害だよね。でもね、ここの女のひとたちは、それが当たり前のことだって教えられてるから、人権侵害だなんて思えない。じゃあさ、お兄ちゃん、ここのひとたちの人権は、誰が認めてくれるものなのかな? お兄ちゃん、ホントは漠然と気づいていたんじゃないの? だからここにきても、誰ともそういうこと、しなかったんじゃない?」

俺が違和感を覚えたのは面接の際、プライバシー保護についての俺の質問に対する、面接官のおねーさんの返答を聞いたときだ。

『いいえ、サトウさんについては、この国の国民である以上、この国で認められる最低限のプライバシーは保たれなければなりません』

『サトウさんについては』ということは、俺以外については――たとえば俺とタウンの女性たちとの間に生まれる子供については、どうなのだろう? と考えた。

フェムトライズの研究は、国家プロジェクトとして秘密裏に行われている。すなわち、その結果生まれた子供たちは、一般的に認知されない。つまり、戸籍を作るわけにはいかない(もちろん管理のため、タウンにおける、あるいはYAPOO!株式会社における戸籍のようなものは存在するのだろうけれど)。

戸籍のない人間は国に存在していないのと同義だ。それは、どのように扱われようとも、国の法によっては保護されないことを意味している。

要するに、フェムトライズされたわけではない、12分の1サイズの小人から生まれた人間は、この国の国民としては認められず、ゆえに基本的人権も保障されず、どのように扱われようと、生きようと死のうと、まったく感知されない。彼らはもともといないはずの人間なのだから。

12分の1サイズの人間の有用性は、俺でも容易に想像できる。

たとえば、地震や津波などの大規模災害時、通常サイズの人間が立ち入りできないような場所でも、小人はやすやすと侵入できる。道徳的にはともかく、法的には命を尊重する必要のない小人は、がれきの中の生存者確認や、原発内の作業など、より危険な場所での仕事で効果的に働かすことができるだろう。

もっとも有用なのは医学・生理学・病理学での活用ではなかろうか。人体実験――モルモットの代用としての活用だ。人体の完全な縮小体なのだから、薬やワクチンの副作用に関するデータなど、より正確なものが得られるはずだ。世代交代による遺伝的な影響が見たい場合にも、12分の1縮小体ならば、通常時間で1ヵ月で母胎を離れ、1年半で繁殖可能となり、だいたい5歳くらいまで繁殖して、7年半ほどで老衰する。4、5年で3、4世代の観察が可能で、遺伝学的な実験には最適なように思える。

さらに応用を考えるならば、移植用の臓器を作るために、12分の1縮小体のクローン(提供者、ドナー)を生み出し、受給者(レシピエント)をフェムトライズして拒絶反応のない移植手術を施し、元に戻す。手術に要する時間が12倍に加速されることになるが、レシピエントの年齢を考慮すれば、トータル的に寿命が延びるケースは多いはずだ。

産業や娯楽なども視野に入れれば、活用の幅はかぎりなく広がっていくのではなかろうか。

もちろん、以上の考えは仮定の話で、実際に行うことは人道的に許されるはずがない。しかし、現に人権が認められていない、12分の1サイズの人間が存在するのだ。人間が同じ人間であるはずの彼らをどのように扱うか、その人権を認めて守ろうとするか――必ずそうするとは言い切れない気がする……いや、すでに……。

つまり、彼女の言った『人類の未来』、『人道的にどう思う?』といった問いの答えはそれなのだろう。

「ねえ、お兄ちゃん。このままフェムトライズのことを公表しないで、秘密にして、一機関に研究を続けさせるのは危険だと思わない? きたるべき資源不足に対応するため、フェムトライズはたしかに有効な手段だと思うけれど、このままでは12分の1サイズの人間という奴隷……いいえ、同じ人間という名の家畜を生み出してしまう結果になるかもしれない。フェムトライズはいまのうちにすべてを公表して、世間の賛否を問うべきじゃない? 小人たちの人権をきちんと確立すべきじゃない? たとえそれで計画が中止されたり、遅延して人類滅亡のカウントダウンに間に合わなかったとしても、同じ人間を家畜扱いする未来よりもずっとましじゃない? お兄ちゃんの質問、わたしが何者なのか。その答え、わたしたちは人類の未来を正しく導くためのある組織、その一員なんだよ!」

偽妹は活発な妹らしい笑顔を浮かべて、誇らしげにそう言った。彼女が言ったことは、自分には関係ないと、俺が無意識のうちに見ないようにしていたことだった。

「それでね、お兄ちゃん。かわいい妹はお兄ちゃんにお願いがあるんだよ」

「お願い?」

かわいい妹のお願いならば、なんでも叶えてあげたくなっちゃうのは、俺にシスコンの素養があるからなのだろうか?(一人っ子の俺に? いや、現実の妹を知らない一人っ子の俺だからか?)

「もしもお兄ちゃんがここを出て、元の世界に帰るつもりなら、わたしがここに潜入して集めた、フェムトライズ関係のデータが入ってるこのマイクロチップを、体内に隠して持ち出してほしいの!」

彼女は裸エプロンのポケットから小さなマイクロチップを取り出して、俺に見せる。

「自分で持ち出せばいいんじゃないの?」

潜入できたのだから、簡単に脱出もできるのではなかろうか? という単純な疑問だったのだけれど――

「わたし、これでもけっこう危ない橋をわたってるんだよ。無事にここを出られるかわからないの。もちろん脱出するつもりだけど……ひょっとしたら、一生をここで終えることになるかも」

なんだか穏やかじゃないことを偽妹が言い出す。お兄ちゃん、心配になってきちゃうぞ?(だからお兄ちゃんではないのだけれど)

マイクロチップは指でつまんで隠せるほどに小さい。12分の1のこの世界でこの大きさなのだから、元の世界ではもっともっと小さいのは容易に想像できる。それほど小さなマイクロチップならば、おそらく、体内に隠せば身体検査で見つかることもないだろうけれども――

「体内に隠すって、どうするの?」

「手でも足でもどこでもいいから、お兄ちゃんの肉を切って、そこに埋め込むんだよ!」

なんだかヤンデレっぽいことを、偽妹が言う。

「いや、肉を切って、そこに埋め込むんだよ! って……」

「大丈夫、痛くしないからね」

「それは俺のセリフだったはず……」

「言いたいなら、言ってもいいんだよ? お兄ちゃんが引き受けてくれるなら、わたし、何かお礼がしたいし」

ほんのり頬を赤く染めて、濡れた瞳で俺を見ないでほしい。裸エプロンから覗く胸の谷間を強調しないでほしい!

「ところで、どうして俺が元の世界に戻るって思うの?」

いたたまれなくなった俺は、話題を変えようと試みる(意気地なしだとか言わないように)。短くなる寿命とか、リスクはあるにはあるとはいえ、こんな極楽ハーレム生活を手放してまで、元の世界に戻りたいと願う男がいると、思うだろうか?

「意気地なしなところ、もとい、そういうところがあるからだよ」

意気地なしだとか言わないように!

「お兄ちゃん、元の世界に好きなひとがいるんじゃないの?」

「…………」

俺はとっさに二の句が継げなかった。

「えへへ。女の子には、そういうの、ちゃんとわかっちゃうんだなあ。だからお兄ちゃん、好きになった女の子に利用されないように、今度から気をつけたほうがいいんだからね!」

やれやれ。

30歳の俺は、(18歳かもあやしい)ロリ巨乳の偽妹に、いったい何を教えられているんだろうか?

「君はやさしい妹だね」

もっと率直に利用してくれたって、かまわないんだけどな。

「あれ? あれあれ? ひょっとしてお兄ちゃん、わたしのこと、好きになっちゃった?」

「出会う順番が違ったら、そうなってたかもね」

誰と先に会って、誰と後に会ったか。出会いの順番。俺は現実の恋愛をしたことのない童貞だけれど(ゲームならある)、恋愛って、案外そんなものなんじゃないかなと、そのときは思った。

「そっかあ、残念なんだな」

偽妹は笑う。本当に明るく笑う子だな。

「一つ、聞いてもいい?」

「何?」

「なんで君は、人類の未来を正しく導くためのある組織に入って、寿命を縮めるようなリスクを負って、もう元の世界には戻れないかもしれない危険を冒してまで、こんなところに潜入してきたの?」

それにどんな得があるんだろうか?

「さっき言ったじゃん。正しき人類の未来のためだよ、って。誰かのために命がけで働けるなんて、すてきなことじゃん!」

……なるほどね。

俺が自分には関係ないと、見ないようにしてきたことを、彼女は……彼女たちは直視して、働いて、生きているわけだ。それも太く短く生きるということには、変わりない。

「妹は尊いって本当だったんだ」

「んん? お兄ちゃん、妹がほしくなっちゃった? ……じゃあね、わたしが無事元の世界に戻れたら、お兄ちゃんのホントの妹になってあげる」

偽妹がそんなふうに寂しそうに笑うから――その表情は、これまで見せたどんな明るい笑顔よりも、ヤバかった。

<つづく>

 

※ここまで読んでいただきありがとうございました。

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