労働者の居ない船/葉山嘉樹=あらすじと感想「ホラー小説? ゾンビからのミイラブーム…いやプロレタリアブーム再来なるか!?」

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

労働者の居ない船 イメージ

著作者: scott1723

今回は『労働者の居ない船/葉山嘉樹』です。

葉山嘉樹 さんの『労働者の居ない船』は、文字数9500字ほどの短編小説です。タイトルだけ見ればホラー小説と思われるかもしれませんが(実際に読んでみてもいろいろな意味でホラーではありますが……)、葉山嘉樹 さんといえばプロレタリア文学! プロレタリア文学と聞くと、小難しく感じるかもしれませんが、簡単にいえば安い給料で悪条件の労働をテーマにした小説のことです。プロレタリア文学は、世界中で、とある世相のとある時代、たびたびブームとなっています。ブラック企業にブラックバイト、ワーキングプア、保育園不足による待機児童問題――今、プロレタリアブーム再び? 未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

物語の舞台となるのは第三金時丸――彼女の肌はブラシで強く擦るとすぐ穴が開いてしまう、鼻にはセメントが詰められている、飲料水タンクがあるボトムは動脈硬化症で、海水が飲料水にしみこんでくる……、いわゆるオンボロ船。今日も資本主義のアルコールで元気をつけて大海原を行く。

そんな彼女だからこそ、屈強な若い男を必要とした。船長、機関長、水夫――それが第三金時丸で働く労働者たち。彼らはプロレタリア。安い給料で劣悪な労働を強いられている。鰹節のように、出汁が取れれば捨てられてしまうとはいえ、資本主義社会は彼らに言う。「職業選択の自由は与えているじゃないか」彼らは答える。「職業を選択しているうちに機会は去ってしまうんだ」

第三金時丸は、マニラで荷揚げと荷積みを終えて、帰港の途についた。

出帆して間もなく、一人の水夫がひどく苦しみ出した。仲間たちは、酒でも飲んで酔っ払っているのだろうと、相手にしなかった。酔っ払いでもしなければこんな仕事やってられない……。水夫は生きながらに腐り、そのまま動かなくなった。コレラだった。

調子を崩すものが次々と現れ始めた。コレラ感染だと分かると、体調不良者は倉庫に追いやられた。日一日と病人は増えていった。残された人員は僅かとなった。

彼女は痛風にかかってしまった。

日本では大騒ぎになった。もっとも、船会社と依頼主の海軍だけの話であったが――彼女が発見されたとき、船内には、おかしくなりかかった船長とミイラのような労働者と倉庫の惨状……、これじゃあ船の動く道理がないな。

狐人的読書感想

労働者の居ない船 葉山嘉樹 狐人的読書感想 イメージふむ、いかがでしたでしょうか。

蔓延するコレラ、倉庫に無理矢理隔離される感染者たち、苦しみ悶えながら「生きたい生きたい」と必死の抵抗をするも――労働者の居ない船……。これはホラーですよねえ……、作中ではミイラに例えられていますが、これを今流行の(ハロウィンとか?)ゾンビにしてみたら――ゲームや映画で人気を博している『バイオハザード』や海外ドラマの『ウォーキング・デッド』にも通ずる怖さがあります(そういえばこの前、伊藤計劃 さんの未完成原稿を円城塔 さんが引き継いで完成させた小説の劇場版アニメが、テレビで放送されていましたが、あれも一種のゾンビ?)。次はミイラブーム?

しかしてしかし、葉山嘉樹 さんの『労働者の居ない船』は、ホラー小説じゃなくてプロレタリア文学! (もちろん小説の読み方は職業選択と同じように自由!)そんなわけで、この作品にも、低賃金、悪条件で働く労働者階級の資本主義社会に対するメッセージが込められているのです。

作中、一人の水夫が苦しみ始めたとき、「チョッパー(船医)はどこだ!」と現代人の僕たちは思わずにはいられないわけなのですが(?)、労働者を使い捨てにしてでも利潤極大化を最優先とする船会社では、必要最低限以下の人員配置、よって船に船医を置くような労働環境を整えているはずもなく、資本主義社会もそれを黙認している――

船のために、又はメーツの使い方のために、労働者たちが、病気になっても、その責任は船にはない。それは全部、「そんな体を持ち合せた労働者が、だらしがない」からだ。

労働者たちは、その船を動かす蒸汽のようなものだ。片っ端から使い「捨て」られる。

葉山嘉樹 さんは作中、そんなプロレタリアのメッセージを、上記の引用のように表現しているわけですが、『労働者の居ない船』が発表されたのは1926年(大正15年)、現在では労働環境も改善されて、さすがにここまでひどいことはなさそうに思えますが、生活保護に関する「貧困は自業自得」、いじめは「いじめられるほうが悪い」などなど、近年耳にする「自己責任論」を彷彿とさせるところがあります。

労働者の居ない船 葉山嘉樹 狐人的読書感想 イメージさすがにここまでひどいことはなさそうに思えますが――とか言ってしまいましたが、風邪をひいた女子高生が、アルバイト先の店長に「代わりを探せ」と言われるも見つからず……、そのまま休んだら罰金を科され、給料から天引きされた、というニュースが最近ありましたねえ……。ブラック企業やブラックバイト、低賃金重労働で人員確保が難しく、保育園不足から待機児童の問題になっている現状からして、『労働者の居ない船』は現代にも十分通じるお話のように思えます。

(ちなみに上の件は労働基準法違反だそうです。同じ立場に立たされたら、店長に「異議あり!」とビシッといってやりましょう!)

あらすじでも書いたように、社会はたしかに職業選択の自由を与えてくれているように見えますが、就職活動に苦労したことのない世代の主張のように聞こえてしまうのは、きっと僕だけではないはずです(と信じたい)。

保育園が足りないわりに、少子化だ、結婚しないだ、と批判的にいわれることもありますが、日本の非正規労働者が4割を超えた現在、年収300万円以下の人口が4割を超えた現在、一人で暮らすのもいっぱいいっぱいなのに、どうやって結婚して、しかも子供を養えばいいんだ! ワーキングプア、非正規労働者にはボーナスも退職金だってないのに、老後の年金だってどれだけもらえるかわからないのに、どうやって幸せになればいいんだ!

(ちなみに日本の貧困率はOECD―経済協力開発機構―の調査によれば世界第4位、日本国民の6人に1人は平均所得の半分以下で生活しています)

……プロレタリアの悲痛な叫びが、現代社会にも(『労働者の居ない船』のコレラのように)蔓延しているように思うのは、きっと僕だけではないはずです(と信じたいパート2)。

とはいえ、すべて社会のせいばかりにもできません。人が見ていなくても(たとえ評価されずとも)、自分の仕事をきっちりこなす大切さを、懐中時計さんに教えてもらったばかり(夢野久作 さんの短編小説『懐中時計』)。プロレタリア文学に代表される、労働について考えさせられる小説は、結構多いです。

そんなわけで、以下のブログ記事もぜひ。

読書感想まとめ

葉山嘉樹 さんの『労働者の居ない船』は、ホラー小説としても楽しめるプロレタリア文学。ブラック企業にブラックバイト、ワーキングプア、保育園不足による待機児童問題などなど、現代の労働問題にも充分通用するテーマが描かれています。プロレタリアブーム再来なるか!?

狐人的読書メモ

労働者の居ない船 葉山嘉樹 狐人的読書メモ イメージ

著作者: Pink Moustache

偉そうに現代プロレタリア代表のように語ってしまいましたが、ある意味、僕が語るには十年(とまではいえないにしても)早いんだよ! というのが今回のオチでした。

しかしいずれは語るにふさわしい時がくる……(はず)、なのでちょっと先取りしただけということで、広い心でご容赦いただければ幸いです。

・『労働者の居ない船/葉山嘉樹』の概要

1926年(大正15年)に発表された短編小説。プロレタリア文学、理不尽な社会に対する怒り。葉山嘉樹 さん自身、第一次世界大戦中、石炭船の乗組員として働いていた経験がある。船を「彼女」と描写している点は、英語で船を「she」と言い表すところからきている(……『艦隊これくしょん-艦これ-』をイメージしてしまうのはひょっとして僕だけ?)。他には車、国、自然は女性代名詞、時間は「father time」といったように男性代名詞で受ける。モダンな表現で興味深い。

以上、『労働者の居ない船/葉山嘉樹』の読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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