馬地獄/織田作之助=だまされたとき、あなたはどう感じる?

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

馬地獄-織田作之助-イメージ

今回は『馬地獄/織田作之助』です。

文字数2000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約6分。

落語のようなオチ。人間感情の変遷。庶民への深い愛情。
服を着せられるペットを見てどう思う?
だまされたと知ったときあなたはどう感じる?
本当にあわれなのは誰なのでしょうね?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

彼は大阪の営業マン。同じ会社に十何年勤めても平社員のまま――最近ちょっとお疲れぎみ。

会社の近くに橋があり、出勤や営業先への訪問の度に、彼はこの橋を往復している。

そして近頃、この橋の傾斜が苦痛でならない。

近辺には倉庫が多く、よくここを荷馬車が通る。

荷馬車にとってもこの橋は鬼門だ。馬はあしが折れるくらい荷物が満載した荷車をひく。

鞭で叩かれ、悲鳴を上げ、口から白い泡を吹き、せた肩から湯気が立ち、やっとの思いで橋の傾斜を渡る。

彼は見ていて胸が痛む。

ある日、彼は橋の上でいかにも貧しそうな一人の男に声をかけられる。道を聞かれたので教えてあげると、朝から何も食べておらず、電車に乗る金もないのだという。

彼は決して多くない財布の中から男に金を与える。

3日後、彼はまた橋の上で声をかけられる。

もし、もし、ちょっとお伺いしますが――あの男だった。男もすぐ彼に気づき、足音高く逃げていく。寸借詐欺だったのだ。

男が逃げていった方向から荷馬車がやってくる。

馬がいななく。

彼はもうその男のことを忘れ、びっくりしたような苦痛の表情を馬の顔に見ていた。

狐人的読書感想

同じ会社に十何年勤めても平社員のまま――庶民の労働状況についての苦しみというものは、いつまでも変わらないものなのかなあ、ということを思います。

いまでは日本も非正規雇用が当たり前の社会になっていて、同じ会社に十何年勤め続けることさえ難しくなっているかもしれませんね。

しかし、会社のポストには限りがあるので、これは致し方のないことだという気もします。

とはいえ、一庶民の僕としては、彼の気持ちにどうしても共感を覚えてしまいます。そんな彼は酷使される荷馬車の馬にシンパシーを感じています。

人間の動物の扱い方については、常に考えさせられるところがありますね。

たとえば、服を着せられるペットだとか。

ペットや家畜などは人間によって明らかに自然の在り方を歪められているという気がします。だけど、ペットや家畜がその在り方を本当に嫌がっているのか、ということは真実わからないところです。

いえ、その在り方が常態化しているために、たとえ人間のような感情・思考力があったとしても、それの善悪を判断することはできないかもしれません。

そもそも、ペットや家畜が自然じゃない、という考え方が違うのかもしれません。

人間も自然の一部だと考えるのならば、ペット化や家畜化の流れも自然なこととして捉えられるわけで、互いに共生し、そのおかげで共に繁栄しているということはいえるわけで、寄生生物と宿主の関係性にも似ているような、ひとつの自然の成り行きとして捉えることができる気もします。

結局、かわいそうだ、とか思う気持ちは、個人の主観、エゴでしかありえないんだよなあ、ということを思います。

彼も過酷に使役される荷馬車の馬をかわいそうに思い、また貧しい男をかわいそうに思って施しをしますが、かわいそうなはずの男のふるまいは寸借詐欺だったという――このオチは作品の見どころになっていますね。

もうひとつ、最大の見どころとして、ラストの彼の感情があります。

男に騙された直後、『彼はもうその男のことを忘れ、びっくりしたような苦痛の表情を馬の顔に見ていた』となっているんですよね。

ここがちょっと理解しがたく思いました。

普通、誰かに騙されたら、怒ったり悲しんだりするんじゃないかなあ、みたいな。

もちろん「びっくりしたような苦痛の表情」を馬の顔に見ていたのは彼の感情の投影であって、決して怒ったり悲しんだりしていないわけではないのかもしれませんが、「もうその男のことを忘れ」ているところがひっかかるんですよね。

絶望のあまり怒ったり悲しんだりする気力もなかったのかなあ、という気がしないでもないですが……。

調べてみると、彼は「他人を憐れんでいた自分こそが真にかわいそうな存在である」ということに気づいたがために、苦痛を感じていたのだ、という見解があって、なるほどなあ、と納得しました。

自分がかわいそうに思っていた男がじつは詐欺師で、裏では騙された自分をバカにしていたのだと思えば、たしかに憐れまれるべきは自分であって、それはなんともいえない気持ちになるものなんだろうなあ、などと想像します。

善良な庶民ほど働いても働いても報われず、ときにはバカを見るような思いもたくさんして――それらは本人の資質の欠落や努力不足などと捉えられる向きもあるのかもしれません。

が、なんとなくそんな庶民が愛おしいような、庶民への愛情が感じられるような、まさに庶民が描かれた作品ではないでしょうか。

読書感想まとめ

The 庶民。

狐人的読書メモ

何かを憐れんでも誰かを憐れんでも自分を憐れんでも、結局エゴに過ぎないのか。

・『馬地獄/織田作之助』の概要

1941年(昭和16年)12月、『大阪文学』(輝文館発行)にて初出。落語のようなオチ。人間感情の変遷。(おそらく著者の)庶民への深い愛情。

以上、『馬地獄/織田作之助』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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