狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『蛇くひ/泉鏡花』です。
文字数6000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約15分。
蛇くひ、蛇食い、蛇喰い……、
なんとなく『東京グール』を連想しました。
感想はヌーハラに代表される食文化の違いついて。
『吾輩は猫である』、『〈物語〉シリーズ〉』
が好きな方にもなぜかおすすめ。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
(――というか現代語訳した短縮Ver.)
北越に『郷屋敷田畝』という場所がある。ここには昔、佐々成政の別荘があった。夜、一陣の風が榎の枝を揺らし、そのあとのしじまに「おうおう」という呻き声が聞こえてくる。そこには『應』と呼ばれる人たちがいた。
『應』はいわゆる乞食だった。みすぼらしい貧民だった。不吉で恐ろしいひとたちだった。彼らの「おうおう」という声が聞こえると、赤ん坊は夜泣きをやめて、女子供は逃げ隠れた。
『應』は頭髪をかかとまで届くほど長く伸ばしっぱなしにしていた。裸足の足で力強く歩いた。顔つきは陰険で、耳は鋭く、性格はずる賢い。家ごとに食べ物を求めて回り、家の者がそれを与えなければ決してそこを立ち去らなかった。
誰もが『應』に腹を立てた。我慢できず、彼らを罵りこらしめた。『應』は反抗することなく去っていった。しかしその翌日、『應』は驚くべき仕返しをした。それ以来、人々はなす術なく米や金を奪われるようになった。
その仕返しが「蛇食い」である。
彼らは自分たちの要求を拒否した者の戸口に並んだ。そして袂からうねうねと這う蛇を取り出して、その蛇を噛み砕き、引きちぎり、くちゃくちゃとしゃぶっては畳や敷居の上に吐き出した。それを見た気の弱い女性は、吐き気のせいで三日間食事をとることができず、病気にかかってしまった。人々は物品を与えてこれをやめるように願うしかなかった。
米や金を恵まれると、彼らは「お月様いくつ!」と叫んで一斉 に走り去った。彼らは貧家を訪れることはなかった。しかし金を隠し持っている家は見逃さなかった。法律は個人の食について干渉できず、警察にもこれをどうすることもできなかった。
『應』が好む食事は蝗、蛭、蛙、蜥蜴などであった。それはまだしも、もしも糞汁を味噌汁のように啜られたら、それにはとても耐えられない。
そんな『應』の最上の馳走は茹でた蛇だった。川の水を入れた鍋に、捕らえた蛇を放り込み、目の細かいざるをかぶせる。火を焚くと、蛇は苦悶のためにのたうち回り、逃げ出そうとしてざるの目から頭を出す。それを握って引っぱると頭についた背骨がきれいに抜ける。こうして彼らは湯の中で煮えた蛇の肉だけをむしゃむしゃと食らった。
犬を屠り鮮血をすする、美しい花を蹂躙する、玲瓏たる月に馬糞を投げるがごときふるまい――このように『應』とは残忍で奇怪な集団だった。
『應』は神出鬼没である。ひとりが榎の下に立ち、「お月様いくつ!」と叫べば、他の『應』は「お十三七つ!」と応じて、飛禽の翅か、走獣の脚か――一躍してたちまち見えなくなった。『郷屋敷田畝』は市民の憩いの公園だったが、『應』がいる間は誰も近づくことがなかった。
彼らのことを歌う童謡が流行った。都会人がこのことを疑うのであればすぐにここへ来てみるといい。そしてこの地の市民に『應』のことを訊けば聞かれた者は答えるよりも先に顔色が変えるだろう。それが答えである。
いまでは新たに奇異な歌が流行っている。
屋敷田畝に光る物ア何ぢや、
蟲か、螢か、螢の蟲か、
蟲でないのぢや、目の玉ぢや。
これは神が、無垢な子供の口を借りて、『應』の親玉の出現することを告げる、予言なのではないだろうか。
狐人的読書感想
『蛇くひ』は「蛇食い」あるいは「蛇喰い」とも書けるわけで、狐人的には興味を惹かれてしまうタイトルです。
『蛇くひ』は『應』という人たちの食事行為を指すとともに、彼ら自身を表すのにまさにぴったりの言葉ですね。「蛇喰いの一族」みたいにいうとさらに興味をそそられてしまうのですが。
伝記的な一族や奇怪でグロテスクな食事というのは創作のモチーフとしておもしろいです。『東京喰種トーキョーグール』とか連想してしまいます。
『應』は、汚い恰好をした乞食のような人々とのことで、思わず「うっ」とか思ってしまいそうになるのですが、外見で人を判断してはいけないということを、その直後に反省します。そして、そもそもそんな反省をしなければならない自分の性根がほとほとイヤになるときがあります。
臭いとか汚いとか、生理的嫌悪感とでもいえばしょうがないことのようにも感じてしまうのですが、そういうものを生来的に持たないものでありたかったという気持ちがあり、しかしながらそのようなものをはたして人間と呼べるだろうかといった疑問があって――このようなジレンマはことあるごとに抱く感想です。
――そんなことを考えながら読み進めてみると、
「ひとからものもらうために嫌がらせで蛇食いしてたんかい!」
――と、ちょっと僕の反省を返してほしい気持ちになりました(もちろん、そういうことを考える機会を与えてくれたことを感謝すべきなので、これはお門違いな発言ですが)。
しかしながら、蛇を食すところを見せて嘔吐感をもよおさせ、それをやめてほしければものを恵んでくれという……、すごい嫌がらせを思いつきますね、『應』。
近年、麺類をすすって食べる日本人の食文化が、海外の方にとってはすごく不快だという「ヌーハラ(ヌードルハラスメント)」という言葉が話題になりましたが。あるいはくちゃくちゃと咀嚼音を鳴らしながら食事をする行為(クチャラー)も他者に生理的嫌悪感をもよおさせてしまうのでマナー違反とされていますが。
それで嫌がらせをしたりや脅しをかけようとする人はなかなかいないような気がします(発想力は認めますが実際そんなことする人がいたら引いてしまいそうです)。法律が個人の食にまで干渉できず、誰にもどうすることもできない、というところに現代にも通じる含蓄があると思いました。
食文化というものは国や人種によって異なるものであるし、どれがよくてどれをやめろ、と一概にはいえないのが難しいですね。
「グローバル社会、国際意識を持とう」とはよく耳にしますが、国境がなくなれば国際意識もいらなくなるのでは、とかひねくれものの僕などは考えてしまいがちですが、文化のことを思えば国や人種といった壁を取り除くのはすごく難しいことのように感じてしまいます。
そもそも人と人とが100%分かり合えるなんてことはないわけで(心の壁)、できるだけ謙虚な姿勢でひとに接して、しかして我慢できなければ付き合いを絶つしかないのだろうなあ、という現実的で当たり前のことを思ったわけなのですが、それでも誰とでも仲良くできる自分だったら素敵だろうなあ、とか――ふと、僕はいま何を話しているのでしょうね?(『蛇くひ』の感想としてこれが適切なのか、疑問に思ってしまいました)
『蛇くひ』が創作のモチーフとしておもしろいということに話が戻ってしまうのですが、じつはこれ、かの夏目漱石さんが『吾輩は猫である』の中で取り上げていて、そのことに興味を引かれました。『應』が大好物の茹で蛇をつくる調理シーンのところなのですが――
最も饗膳なりとて珍重するは、長蟲の茹初なり。蛇はの料理鹽梅を潛かに見たる人の語りけるは、(應)が常住の居所なる、屋根なき褥なき郷屋敷田畝の眞中に、銅にて鑄たる鼎(に類す)を裾ゑ、先づ河水を汲み入るゝこと八分目餘、用意了れば直ちに走りて、一本榎の洞より數十條の蛇を捕へ來り、投込むと同時に目の緻密なる笊を蓋ひ、上には犇と大石を置き、枯草を燻べて、下より爆發と火を焚けば、長蟲は苦悶に堪へず蜒轉回り、遁れ出でんと吐き出す纖舌炎より紅く、笊の目より突出す頭を握り持ちてぐツと引けば、脊骨は頭に附きたるまゝ、外へ拔出づるを棄てて、屍傍に堆く、湯の中に煮えたる肉をむしや――むしや喰らへる樣は、身の毛も戰悚つばかりなりと。
(上が『蛇くひ』の該当箇所の引用。長いし文語体なので読みにくいとは思いますが。以下『吾輩は猫である』からの引用です)
「鍋の中が熱いから、苦しまぎれに這い出そうとするのさ。やがて爺さんは、もうよかろう、引っ張らっしとか何とか云うと、婆さんははあーと答える、娘はあいと挨拶をして、名々めいめいに蛇の頭を持ってぐいと引く。肉は鍋の中に残るが、骨だけは奇麗に離れて、頭を引くと共に長いのが面白いように抜け出してくる」
――と迷亭君が話しているわけです(蛇の骨抜き)。
夏目漱石さんは泉鏡花さんのことを「妖怪的天才」だと評価していて、『蛇くひ』に影響を受けて書いている可能性は大いにあると思いました(年齢的には夏目漱石さんが上なのですが、作家としては泉鏡花さんが先輩にあたります)。
それと、これは直接関係しているのかわかりませんが(おそらく関係していない)、『蛇くひ』には「クチナワ」、「直江津」などの単語が出てくる怪奇的な小説です。これらのことから僕は西尾維新さんの『〈物語〉シリーズ』を連想したのですが、はたして……。
読書感想まとめ
そんなわけで『東京喰種トーキョーグール』、『吾輩は猫である』、『〈物語〉シリーズ』が好きな方におすすめします(ただし文語体なので読みにくいです)。
狐人的読書メモ
――とかおすすめしてもいいのだろうか?
・『蛇くひ/泉鏡花』の概要
初出不明。泉鏡太郎名義。初期短編?
以上、『蛇くひ/泉鏡花』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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