狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『税務署長の冒険/宮沢賢治』です。
文字数17000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約55分。
税務署長のサスペンス&スパイアクション!(?)
2つの見方で2倍楽しめる大人向けの短編小説です。
かつて酒類密造は大豆から味噌をつくるように
当たり前のことでした。
税務署長サイド(体制側)と村民サイド(民衆側)と。
正義はどちらに?
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
酒類密造は法律で禁止されている。しかも不衛生で不経済である。密造の実態はすでに把握している。法に従い、しっかりと税金を納め、税務署の支援を受けて酒類製造を行ってほしい。
――ユグチュユモト村の小学校で税務署長が講演をしている。
署長は村民たちの酒類密造を疑っており、その文言の中に脅しや説得を巧みに織り交ぜるのだが――村長をはじめ、小学校の校長、村会議員など、講演を聞く聴衆たちに動揺の色は微塵も見られない。その後の懇親会でも同様である。
しかし税務署長の疑惑の念は払拭されず、翌日から部下を使って村を探るのだが、いっこうに酒類密造の証拠をつかむことができない。ついに署長は、自ら椎茸の仲買人に変装して村の潜入調査を開始する。
税務署長が山の中に怪しい小屋を発見して忍び込むと――大きな鉄釜や酒樽がある。酒の密造を行っているのは明白だった。
村ぐるみの酒類密造を確信したとき、そこに人が入ってきて、税務署長は見つかってしまう。あとから村長、村会議員などもやってきて、変装は見破られてしまう。「全員検挙されるだろう」と息巻く署長は、後ろから殴られて昏倒してしまう。
――つぎに税務署長が目を覚ましたとき、村長の態度は一変しており、乱暴したことを謝罪して、密造をやめて税金を納めるから、ことを内密に収めて欲しいと持ちかけてくる。が、そこへ税務署員と警官隊が駆けつけて、関係者一同はみな捕縛される。
救出された税務署長が署員に尋ねると、村に潜入してから4日が過ぎていた。ちょっと見ぬ間に木の芽が大きくなっていた。
税務署長と村長は並んで春の山を歩いた。「ああ、いい匂いだな」と署長が言った。「いい匂いですな」と村長が言った。
狐人的読書感想
サスペンス、スパイアクション
――とかいってしまっていいのですかね?
大胆不敵な、どこか憎めないキャラの税務署長が、濁酒密造という村ぐるみの不正を暴く冒険活劇!(ちなみに、ドブロクといえばマッコリなど酒類の一品種として捉えることもできますが、ここでは自家製造された密造酒を指す言葉として使われます)
この『税務署長の冒険』は「税金が学べる話」として国税庁のホームページにも紹介されているのですが、宮沢賢治作品の中では比較的知名度の低い作品です。僕もこれまでに聞いたことのないタイトルでした。
やはり宮沢賢治さんの作品ということで、一般的にこの作品も童話として捉えられていますが、ちょっとほかのものとは趣を異にしているように感じます。
調べてみると「ユーモラスな大人向けの短編小説」として捉えられる向きもあるようですね。
この作品のモチーフは、大正12年に実際に起きた事件で、当時花巻税務署員であった白鳥永吉さん(作中のシラトリキキチのモデル)が、花巻税務署管轄内の和賀郡湯本温泉付近で取締りの最中に殴られて捕まり、のちに救出された出来事です。
このように、当時の密造酒取締りに対する風刺的な内容が含まれているので、他の宮沢賢治作品とはちょっと作風が違っているため、いわゆる賢治ファンや賢治研究者の好みからはずれてしまう、といったことが、一つ知名度の低い理由として考えられます。
とはいえ狐人的に、『税務署長の冒険』は非常に興味深い作品でした。
単純に見れば前述したとおり、法の正義の体現者たる税務署長が、法を犯して酒類密造を行っている村の不正を暴くといった「勧善懲悪」の物語ですが、そう単純ではない意味合い(風刺)がこの作品には込められているようです。
たしかに法を犯すことは悪いことで、村ぐるみで密造を行う村人たちが悪、それを暴き立てて法の名のもとに不正を糺そうとする税務署長の行いこそ正義といえるわけなのですが、国家権力に一致団結して反抗する村人たちの姿には、なんとなく共感を覚えてしまうところがあります。
現在でもお酒をつくるには「酒類製造免許」が必要で、酒税法に則った税金を支払う必要があります。酒税法が成立したのは1896年(明治29年)のことで(ちなみにこの年は宮沢賢治さんの生誕年です)、自家製の酒が全面的に禁止されたのは1899年のことでした。
所得税や消費税ができるまで、酒税は世界的に見ても税制の基幹的な税金だったようで、当時の日本の税収入の多くを占めていたといいます。
それまで一般の農家では自分たちの田んぼでとれた米などを用いて、大豆から味噌をつくるように、当たり前にお酒をつくっていたのに、それをいきなり法律で禁止されて、税金を払えといわれれば納得いかないのも頷けます(いまでもドブロクについては自家製造を解禁すべきでは? といった議論があります)。しかも税務官吏の取締りは彼らの成績に関わっていて、罰金のうちのいくらかは彼らの賞与となっているのでは――と聞けばなおさらでしょう。
自家製酒の製造が生活と大きく密着していた東北地方では、作品にあったような税務署と村民との衝突が多くあったようで、その事実背景を窺い知ることのできる文献としてもなかなか貴重な資料とみなされています。
なら税務署長の行いを正義として描くのではなく、村民たちの組織的な酒類密造をこそ一種のレジスタンス活動として正義的に描いたほうが一般大衆受けしたのではないかなあ……、などと素朴な疑問を抱いてしまうところなのですが、この解釈もなかなか難しいみたいですね。
とある論評によれば、宮沢賢治さんはお酒の製造そのもの(飲酒自体)に懐疑的だったといいます。「せっかく苦労して収穫した大切なお米をお酒にして飲むのはいかがなものか」というわけです。それに、より現実的に物語を描くならば、やはり国家権力に逆らった者の行く末は……(いわずもがな)。
しかしながらこれって、現在の税制改革についても考えさせられるところですよね。
社会保障費の捻出のためにいろいろな税金が年々上がっていきますが、一方で国の不正や無駄遣いと思われる部分は少しもなくならず……、無駄をなくす無駄をなくすと言いつつ無駄がなくなる気配はない。
少子高齢化社会なんだから増税も仕方がないよ、みたいな風潮もありますが、どうしても余裕のある人たちの意見だと思ってしまうのは、僕だけ?
村人たちの気持ちがないがしろにされているのは、今も昔もやっぱり変わっていないのかもしれないなあ……、と思わされてしまうのです。
とかなんとか愚痴っぽくなってしまいましたが(ごめんなさい)、税務署長サイドと村民サイド、二つの視点からいろいろと考えて楽しめる作品です。宮沢賢治作品の中でそういえばこれは読んだことなかったなあ、といった方々におすすめしたいと思いました。
読書感想まとめ
税務署長サイドと村民サイド。
2つの見方で2倍楽しめる作品です。
狐人的読書メモ
前述のとおり、世界的に酒税は国家税制の基幹的な税だったので、体制側と民衆側の密造を巡る争いは世界中で起こっていた。その中でもウィスキーと密造の関係は深く、『オールド・スマグラー』(スマグラーは「密輸業者」、「密輸船」の意味)や『ポッチ・ゴー』(黒い蒸留器)、『ムーンシャイン』(そのまま「密造酒」の意)などブランド名にまでそのことが表れている例がある。
・『税務署長の冒険/宮沢賢治』の概要
生前未発表作。タイトルなしの草稿。冒頭の原稿が数枚失われている。大人向けの短編小説。
・作中いくつかの造語について
『ハーナムキヤの町=花巻市』
『ユグチュユモトの村=稗貫郡湯口村と湯本村(現花巻市の湯口・湯本地区)』
『デンドウイ=人名。田頭村から、あるいは岩手北部の姓である田頭か?』
『トケイ=東京』
『樺花の炭釜=椛沢という集落、炭焼きの村だった』
『ニタナイ=花巻近郊の地名、似内』
以上、『税務署長の冒険/宮沢賢治』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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