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あらワド:セックスはお好きですか?/面接官のきれーなおねーさん/精液採取という就職試験/俺は合格した(何にだ?)/小人化/12分の1になる生体と寿命/巨人と小人のセックス?/地球の資源不足/人類存続のために
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そんなわけでYAPOO!株式会社の本社ビルで面接なう(YAPOO!株式会社の本社ビルは、あやしい会社とは思えないほど立派な建物だ)。
面接官は知的な感じのメガネをかけたきれーなおねーさんだった。
「女性はお好きですか?」
面接官のおねーさんは、俺が面接の儀礼通りに入室して、椅子に座ると、いきなりそう切り出した。
「(?)好きです」
「セックスはお好きですか?」
……おいおいなんて質問だよ(さっきセクハラを気遣った俺の伏字の心配りを返せ!)。
「私は童貞です」
姿勢を正したまま俺は言う。
おいおいなんてこと言わせんだよ(勝手に言ったんだが)。
「そうでしたか」
面接官のおねーさんは苦笑すら浮かべない(浮かばれない)。一時間ほど前に別れたばかりの、ハローワークのおねーさんに会いたくなっちゃう。
「ではオナニーはお好きですか?」
おいおいなんて質問だよ(さっきセクハラを――以下略)。
「好きです。オナニー嫌いな人っているんでしょうか?」
面接官のきれーなおねーさん。そっちがその気なら、俺もセクハラの気遣いはもうしないよ? 伏字とか、もう使わないよ?
「終わった後でむなしくなるから好きじゃない、という人はけっこういます」
おねーさんはまったく動じない。
完全に慣れてやがるな。
プロか? 女優なのか?
やっぱこの会社は男優を募集しているのか? だとすると、本社ビルの立派さが不釣り合いな気がするのだけれど……そんなに儲かるの? AVを作る会社って。
「週何回くらいオナニーしますか?」
おねーさんの質問はそう続く。
おいおいなんて質問だよ(さっき――はもういいよね)。
「どうでしょう。正確に数えたことはありませんが、最低7回ということは言えるかと思います」
俺は面接用の丁寧語ではきはきとそう答える。
「すばらしいですね」
おねーさんは表情一つ変えずに言う。……なんだか、ちょっと楽しくなってきた(ひょっとしてもう撮影は始まっているのだろうか?)。
「ではさっそく、精液を採取させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんかまいません」
俺ははきはきとそう答える。
いや、待て。かまえ、俺(まさか本当にもう撮影が?)。
「――『採取させていただく』というのはどういう意味なのでしょう?」
俺は面接官のきれーなおねーさんに尋ねる(尋ねるポイントはそこじゃない気もする)。
「私があなたを射精させて、あなたの精液を採取するという意味です」
面接官のきれーなおねーさんはこともなげに俺に言う。
なんだこれ、エロゲか?
展開が早いのは抜きゲーだから?
いやいや、これは現実だ(現実のはずだ)。
「童貞ということですから本番はNGですよね」
くっ!
まさか最初の質問にフラグがあったとは(童貞などと余計なことを答えるんじゃなかった!)。
「手がいいですか? 口がいいですか?」
今度はわかりやすい選択肢が!(やっぱりこれはエロゲなのか?)
「胸ですか?」
俺が何も言えないでいると、面接官のきれーなおねーさんがスーツジャケットを脱ぐ。白いブラウスを押し上げている綺麗な胸の形が見える。
「足ですか?」
机で見えないおねーさんの下半身を想像する(きっとタイトスカートに違いない)。
「脇ですか?」
どんどん増える増える増える、選択肢が!(てか、そんなフェチがあるように見られているのか、俺は?)
「それともやっぱり本番がよかったですか?」
復活するフラグがががががががが――。
面接官のおねーさんが胸元のボタンに指をかけようとしたとき――
「……ちょっと席を外してもよろしいでしょうか?」
童貞の俺は言った。
童貞の俺は敗北を認めざるを得なかった。
「本当にオナニーがお好きなんですね」
ここまで表情を動かさなかったきれーなおねーさんは、ここでようやく綺麗な微笑を浮かべた(だけどもやっぱり浮かばれない)。
(さあ、諸君も笑いたければ笑え!)
俺は面接官のおねーさんから「精液採取キット」とでもいうべき一式を受け取ると、場所を聞いてからトイレに向かい、個室に入るとすみやかに(ソーローだとか言わないように!)精液を採取した。それから面接室に戻って採取した精液(ちゃんと容器と袋に入れている、検尿のイメージ)を手渡した。おねーさんはしばらく待つよう言い置いて、俺の精液を持って出ていくと、10分ほどで戻ってきた。
「合格です」
俺は合格した(何にだ?)。
流れ的に、おそらく「会社の面接に」に違いない(「AV男優の面接に」かもしれないけど)。
てか、早すぎないか?(ソーローの話ではない)
一般的に面接の結果は「1週間以内にご連絡します」じゃないの?
「とても健康的な精子でした」
AVの撮影に精子の健康が関係あるのだろうか?
むしろ精子は健康的じゃないほうが避妊とか好都合なんじゃ?(俺はこの時点でこれがAV男優募集の面接であることをほぼ確信していたのだけれど……違うのか? 一抹の希望をそこに見出してもよいのだろうか? ちゃんとしたふつうの会社なのか? バカな。奇妙な質問、精液の採取――これまでの流れで、それはありえない)
「では、業務内容についてお話させていただきます」
俺が頭の中の疑問を口にする間もなく、おねーさんは続けた。
「サトウさんにはまずフェムトライズ処置を受けてもらいます」
「そのフェムトライズ処置というのはなんですか?」
「フェムトライズは生体を12分の1に縮小する処置です」
ふむ。
生体を12分の1に縮小してのプレイともなれば、それはまあ特殊だろう。
いや。
生体を12分の1に縮小したところで、それはただの小人同士のセックスにしかならないんじゃないか? それにどんな意味がある? 男か女か、どちらか片方だけを12分の1サイズに縮小して、セックスするということ?
「そんなことが可能なんですか?」
通常サイズの人間と12分の1サイズの人間のプレイを想像してみたが、それだけのサイズ差ともなればセックス自体不可能なはずだ(たとえば、女性の全身を使った男性器への奉仕、みたいなことは可能になるかもしれないけれども、はたしてそれに、既存のシチュエーション以上の需要があるのだろうか? ……ないとも言い切れない、か?)。
「可能です」
「無理なのでは」
「可能です」
「いわば巨人と小人のセックスですよ?」
「巨人と小人のセックス? いったい何の話をしているんですか? フェムトライズ、生体を12分の1に縮小することが可能だと言ったんです」
そうだった。
まず巨人と小人のセックスについて考察している場合ではなかった。
生体を12分の1に縮小する?
「不可能でしょう」
「だから、可能だと言っています」
うん、おねーさんは4回言った。
とはいえ、にわかには信じがたい。
「生体縮小機について、ここで詳しく説明してもいいのですが、おそらく理屈だけでは納得できないと思います。これは実際に体験してもらえばわかることなので、とりあえず話を先に進めてもよろしいでしょうか?」
そもそも生体を12分の1に縮小する装置の理屈が、俺に理解できるとは思えない。
「進めてください」
と言うしかない。
「フェムトライズで小人化したら『タウン』に入ってもらいます。タウンはこの本社ビル内につくられたミニチュアの街です。タウンには日常生活に必要なインフラがすべて整っており、サトウさんにはそこで生活してもらいます」
12分の1サイズに縮小された人間たちが暮らす、12分の1スケールのミニチュアの街――やっぱり現実味のない話だ。
「フェムトライズしてタウンで暮らしてもらうこと。それがサトウさんに課せられる業務になります」
「暮らすといっても、具体的には何を?」
「いまと同じです。法律に触れない範囲であれば、何をしていただいてもかまいません。生活それ自体が仕事となりますので、何か職業に就いて労働してもらうこともありません。ただ暮らしているだけで、会社から規定の給与が毎月支払われることになります」
そう言って、おねーさんが示した数字は、おそらく一流企業の30歳がもらう給料と比較しても、遜色ないものだった。
「そうですね……毎日が休日で、それで給料がもらえるのだとでもお考えください」
毎日が休日で、それで給料がもらえる――なんと馥郁たる響きだろうか。
「タウンでの住む場所については、社員専用に用意されたホテルに泊まってもらいます。一般的なホテルとほとんど同じく機能していますので、不便に思うことはないでしょう。タウンには、この国の一般的な都市機能が備わっていますので、やはりこちらも不便に感じることはないと思います。あれば改善要望を出してください。一日中ホテルの部屋で過ごしていただいてもけっこうですし、自由に外出されてもかまいません」
「ネットは使えるんですか?」
何はともあれそれ重要。
「もちろんです。パソコン――いえ、パソコンのみならず、いまの日常で使用している道具や機器などは、ほとんど揃っていると考えてもらってかまいません。電話、インターネットなども普通に使うことができます」
これでネトゲはできる。
なるほど。たしかに夢のひきこもりライフが送れるわけだが、しかし――
「ハローワークではモニタリング――厳密に言えば『モニタリングされる』仕事だと聞いてきたのですが、やはり24時間365日、生活を監視されるということになるんですか? プライバシーはなくなるということですか?」
俺は聞く。
なんだか、芸能人の苦悩、みたいなことを言っているようで、ちょっと面映ゆい気がするけれど(まあ、たとえプライバシーと引きかえにしても、魅力的な話であることに変わりはないのだけれど)。
すなわち、何らかの目的のために、生活をまるまる監視されて、プライバシーはまったくなくなるということではないのか? まあ、毎日が休日で、それで給料がもらえるというような好条件のためならば、そのくらいの犠牲は当たり前のことだと思えるが。
「いいえ、サトウさんについては、この国の国民である以上、この国で認められる最低限のプライバシーは保たれなければなりません。なのでサトウさんの生活を逐一監視するというようなことはありません。基本的にはホテルを基点に生活してもらい、外出や外泊の際などには居所を明らかにしてもらえればこちらとしては助かりますが、もちろんそれも強制ではありません」
ますます魅力的な話である(とはいえ、いまのおねーさんの言葉の中に、ちょっとしたひっかかりを覚えたように思えたのは、おれのただの気のせいだろうか?)。
「ただし――」
きた。
やはりうまい話には裏がある。
「サトウさんにはできるだけ大勢の女性と、たくさんセックスをしてもらいたいのです」
裏はなかった。
ますますますます魅力的なだけの話じゃないか。
「タウンには適齢期の女性しかいません」
なんだそのハーレムは(やっぱエロゲじゃないか)。
「フェムトライズされた女性、あるいはフェムトライズされた女性から生まれた子供、またその子供から生まれた子供……つまり12分の1サイズの女性からは女性しか生まれてきません。現在のところ、原因はわかっていません。男性側にも女性側にも、フェムトライズによる生殖異常はまったく見られないのですが……ともあれ、この事態を解消することが、いま社の抱える最優先課題となっています」
「つまり、12分の1サイズの女性に男を生ませるのが目的であると?」
「そのとおりです。正確には、十全な生殖能力を備えた純粋な12分の1サイズの人類を生み出すのが、最優先課題となっています」
原因究明のためにも事例は多いほうがいいし、あわよくば、その中から突然変異的に男性を生む能力を持った子供が生まれてくれば、それでとりあえずの進展と見なすこともできるのだと、おねーさんは言う。
とはいえ――
「いったい何のために?」
「人類存続のためにです」
「人類存続って……」
スケールの小さな話から、いきなり大きな話になって、そのギャップに思わず声に出してしまった(エロゲじゃなくてSF映画だったのか?)。
「事実です」
おねーさんはまじめな無表情のまま続ける。
「人類はその誕生以来、爆発的なスピードで増加してきました。現在世界人口は70億人を突破していますが、2100年には112億人に到達すると考えられています。じつは、地球上の食糧生産可能量から算出すると、現在の総人口およそ70億人を養うのでも限界だといわれていて、これはあくまで平均値の話なので、世界には飢饉で苦しむ人々もいて、だから表面上はまだまだ大丈夫なように見えているのですが、はっきり言って、地球には100億人を養う食料生産力がありません。環境問題なども併せて考えると、地球の食糧生産力は減少していくばかりであることも確実視されています」
ゆえに人類は、あと100年ほどで滅亡の危機に瀕することになるでしょう、と、おねーさんは顔色ひとつ変えずに続ける。
「これを解決するには、まず人口増加を防ぐことが考えられますが、これは自然の成り行きですから、なかなか難しいところがあります。この国をはじめとする先進国では、少子高齢化のため人口は停滞、減少傾向にあるとはいえ、世界的に見れば人口は増え続けており、いざとなれば世界的に一人っ子政策をとらざるを得なくなるでしょうが、どこまで効果があるかは疑問ですし、それにおそらく、現時点でこの対策をとるには遅すぎるでしょうね」
なんだか本当に話がSFっぽくなってきたな(AVやエロゲだった頃が懐かしく思えてきちゃう……てか、そろそろ俺の頭がついていけなくなりそう……)。
「そういえば、火星移住計画なんてのも、ちょっと前に騒がれていましたよね」
俺はテレビで見ただけのにわか知識を披露してみる。
「つぎの解決策がそれですね。地球以外の惑星に移住すること。ですが、それも具体的な計画が始まったばかりで、100年での大規模移住は、宇宙コロニー建設などを含め、ほぼ不可能だと思われます」
まあ、そうだろうな、と俺も思う。
「そこでフェムトライズです。人間が12分の1のサイズに縮小するということは、必要な食料もエネルギーも、12分の1になるということです。つまり、全人類をフェムトライズすれば、単純計算でも現在の12倍の人間、840億人が地球上で生存できることになります」
「たしかにそういうことになりますが……」
「フェムトライズは国家プロジェクトです。すべての資金は国から出ています」
国家プロジェクトとは……いよいよ話が大きくなってきたが、それでこの巨大な本社ビルの説明はつく(やっぱAVでこのビルは無理だよな……いや、そうとも限らないのかもしれないけれども)。
「いまだ公表できる水準にないのは、フェムトライズによって男性が生まれてこなくなるという問題が解消できていないからです。いえ、たとえこの問題が解消できたとしても、人口問題が深刻なレベルで表面化するまでは、公表すべきではないでしょう。余計な混乱を招くだけですからね。ですがいざそのときになって、迅速な対応ができるように、なんとしてでもフェムトライズは、完全なかたちで完成させておかなければなりません!」
なりません! って、力強く言われても。
要するに――
「俺は12分の1サイズの小人になって、適齢期の女性しかいないタウンに行って、ホテルでひきこもり生活、ネトゲ、セックス三昧の日々を送っていれば給料がもらえて――生活が保障されるということですか?」
「そのとおりです」
「さっそく契約書にサインしましょう!」
俺は勢い込んで言ったが、
「いえ、まだ注意事項の説明が残っておりますので」
おねーさんは制止する。
「注意事項ですか?」
「はい、フェムトライズにはひとつ、大きな副作用があります」
……副作用。
やはりきたか。
ここでうまい話の裏の話が。
「フェムトライズされた人間の時間は、縮小されている間12倍に加速されます。つまり、12分の1に縮小された人間は、通常の1ヵ月で1年分の年をとることになります」
「……それはつまり、肉体と同時に人生も縮小されるということですか? もしも私の残り寿命があと60年だとしたら、フェムトライズして過ごせる人生は5年になると?」
「そうなります」
それはたしかに大きな副作用だし、大きな代償のように思える。いくら毎日が休日で給料がもらえる、極楽ハーレム生活を送るためだとはいえ。
「ただし、生物の体感時間は、生涯の時間によってアジャストされるものなので、単純に寿命が縮まるということではないのです」
「子供の頃よりも、最近は一年が過ぎるのが早く感じる、みたいなことなのでしょうか?」
「時間の心理的長さが年齢の逆数に比例するというジャネーの法則ですね。50歳の人間にとって1年は人生の50分の1の時間ですが、5歳の人間の1年は5分の1、すなわち50歳の人間の10年間は、5歳の人間の1年に相当する――微妙な違いはありますが、心理的な時間と物理的な時間の流れが必ずしも一致するわけではない、という点では同じことだと思ってください。これもフェムトライズ同様、口で言ってもなかなか納得しにくいところですが」
たしかに。わかるような、わからないような。やっぱりよくわからないような気がする。だけど、わかったこともある。フェムトライズは、人類存続のための有効な手段になり得る可能性が非常に高い、ということだ。
現状ではフェムトライズした人類に、男が生まれてこないという由々しき問題がある。致命的な問題といってもいい。男がいなければ、新しい子供は生まれてこず、人類存続どころか絶滅の恐れだってあるからだ。
しかし、フェムトライズした人間の時間は12分の1に加速される。つまり、妊娠から出産までの日数はよく十月十日と言われるけれども、まあ、計算しやすく12ヵ月とすれば通常の1ヵ月で誕生することになる。
仮に18歳で出産するとすれば、小人の女性がその年齢に達するのに通常の時間で18ヵ月、1年半で新しい世代の子供を生むことができる。
世代交代のサイクルが早いということは、それだけ突然変異も起こりやすいということだ。さっきおねーさんが話していたように、フェムトライズの男性が生まれない原因をたとえ解明、解決できなかったにせよ、突然変異で男性が生まれてくるようになる可能性は充分あるように思われる。
2100年まであと80年としても、フェムトライズの世界では960年となる。フェムトライズした、ある程度の規模の人類社会を構築できれば、960年の間に男がまったく生まれてこないというのも考えにくいし、そもそもいまのさまざまな技術進歩を鑑みれば、すぐにでも解決できそうな些事にさえ思えてくる。
ちなみに、提示された給料が一流企業並みなことにも説明がつく。30歳の俺の、定年までの時間を35年とすれば、フェムトライズ後には35ヵ月となり、通常の時間で約3年、ふつうの社員に定年まで払う給料よりはるかに安くてすむ。タウンが現実を模してつくられた街ならば、流通する通貨も現実のものと同じはずで、物価も同様と予想できる。フェムトライズ後の俺が生活で消費する物やエネルギーは、単純計算で12分の1なのだから、タウンを運営する社としては相当お得であることが容易に想像できる。
「フェムトライズしたあとで、元の大きさに戻ることは可能なんですね?」
俺は確定的な事実であるような調子で聞いた。
おねーさんは「フェムトライズされた人間の時間は、『縮小されている間』12倍に加速されます」と言った。『縮小されている間』という言い方から、元に戻る方法があるのだと推測したのだけれど、はたして、
「フェムトライズした人間なら可能です。簡単にいうと、フェムトライズの過程で体外に排出される、分子レベルにまで分解した細胞を保存しておき、それをまた体内に戻すことで、元の大きさに戻ることができます。なので、元々12分の1のサイズで生まれてきた人間を、12倍に大きくすることはできません」
と、おねーさんは答えてくれた。
「あと、元に戻ることは可能ですが、元に戻った時点で、社との雇用契約は解消されます。当然、社内機密については、退職後も守秘義務が発生しますので、留意しておいてください」
「わかりました。他に注意事項の説明はありますか?」
「いいえ、あとは一般的なものばかりですので、雇用契約書の注意点を読んでいただければ大丈夫だと思います」
「では、さっそく契約書にサインしましょう!」
俺は再び勢い込んで言った。
おねーさんはちょっと不思議そうに俺の顔を見つめてきた。
「……考える時間はいらないんですか?」
「なぜですか?」
「フェムトライズによって――外見的な寿命が12分の1に減ってしまうということについては、やはり躊躇される方が多いものですから」
「だけど、最終的にはほとんどのひとが契約するんじゃないですか?」
「ええ」
俺には、あの求人を見てここへ面接にくる若者たちの気持ちがわかる。俺自身がその若者の一人だからだ。
ハローワークのおねーさんには、グチまじりに冗談っぽく「生きてる価値がない」みたいなことを言ったけど、俺としては本気でそう思ってる。
正直、これから生きていくことに、希望を見出せない。この世になんの未練もない。「太く短く」とはいうけれども、そうやって生きることに何の躊躇も後悔もないのだ。
――ないのだ、と、ついさっきまでは思っていたのだけれども……。
ともあれ、俺はYAPOO!株式会社との雇用契約書にサインした。
「準備期間はどの程度にしましょう? もし賃貸にお住まいなら、もうご自宅は必要なくなるでしょうし、解約しておくとよいでしょう。家族や友人などにも、タウンから電話などでの連絡は可能ですが、もう直接は会えなくなります。もちろんさきほど申し上げたとおり、戻ってくることも可能ですが。一応覚悟を決めて、身の回りを整理しておいてはいかがでしょう? そうですね……初出勤は1週間後で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
むしろいまからでも大丈夫なくらいだ(いや、マンションの契約解除や、身の回りの物の整理は、たしかに一応しておいた方がいいだろう)。
初出勤の日取りを決めると、俺は立ち上がり、面接室から出ようと歩きかけて、そのネーミングを聞いたときから、気になっていることを質問してみた。
「そういえば、フェムトライズって、なんで『フェムト』なんでしょうね?」
「……さあ、開発者に聞いてみないと、私にはわかりかねます」
<つづく>
※ここまで読んでいただきありがとうございました。
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