かしわばやしの夜/宮沢賢治=自然と人間は融和できない?

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

かしわばやしの夜-宮沢賢治-イメージ

今回は『かしわばやしの夜/宮沢賢治』です。

文字数8500字ほどの童話。
狐人的読書時間は約23分。

清作は柏林の歌合戦に参加する。しかしある確執が表面化し、互いの主張は平行線。柏の木たちは楽しく歌って踊り、清作は最後まで取り残されたまま……自然と人間は融和できない?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

日暮れ時、野良仕事を終えようとしていた清作は、赤いトルコ帽の画描きに遭遇して、なぜか気に入られてしまう。

画描きは柏の木大王の客だといい、おもしろいものを見せてやると、清作を柏林のほうへ誘う。

柏の木たちは清作のことを快く思っていないようだった。なぜなら清作は、柏の木を伐るからだ。

柏の木大王は清作を前科者と罵る。清作は山主に酒を買って、正当な伐採の権利を得ているのだと主張する。

柏の木大王は「そんならおれにはなぜ酒を買わんか」と言い返すが、清作は「買ういわれがない」と反論する。

画描きが両者の間に立つ。画描きの提案で柏の木たちの歌合戦がはじまる。やがてそこにフクロウたちも加わる。

しかし、月が青白い霧に隠されてしまうと、柏の木たちは踊ったままの姿勢で化石してしまい、フクロウたちは飛び去ってしまう。

そこで清作は林を出て行った。

狐人的読書感想

柏林のリズミカルな歌と踊りが楽しく、それを見ている月の変化、情景描写が美しい作品でしたが、ちょっと違和感を覚えてしまいます。

というのも、あくまで楽しいのは柏の木たちやフクロウや画描きであって、そこに招待された清作は、さほど楽しそうではないんですよね。

その理由は、柏の木たちと清作に確執があるからです。

普段、清作は柏の木を伐採していて、柏の木大王はその対価を受け取っていないと言います。

しかし、清作は山主に酒を買って正当な権利を得ていると主張し、ならばなぜ柏の木にも酒を買わないのかと柏の木大王はいい返し――。

このやりとりは作中何回も繰り返されますが、お互いの主張は平行線をたどり、最後までわかり合うことができません。

柏の木大王の言っていることを、人間に一方的に略奪される自然を代表しての主張だと捉えるならば、とても正当なことを言っているように感じられて、日常生活を送る中で、自然への感謝ということをあまり考えない僕としては、反省させられるような気持ちになります。

とはいえ、人間が自然から一方的に略奪することは、もはやどうにもできないことのようにも考えてしまうんですよね。

それは自然破壊や環境汚染が一向に減らないことからも明らかなように思います。

この童話を読んで、清作のように柏の木大王の主張が理解できない、という人は少ないように思いますが、しかし結局のところ、人間は自分勝手な理屈で自然から一方的に略奪することをやめられないだろうと感じています。

それをやめるには、自然を犠牲にすることで得た便利な文明生活を捨てて、原始の生活に戻らなければならず、それは多くの人にとって容認できないことではないでしょうか?

画描きはひょっとすると、自然と人間の融和させようと、真剣に取り組んでいる人の象徴で、柏の木と清作を仲よくさせることで、少しでも人間と自然の関係をよくしようとしていたのかもしれませんが、だけどその試みがうまくいったとは、僕には思えませんでした。

どこまでいっても、自然と人間が融和することなどありえないのかと思えば、それはなんだか寂しかったり悲しかったりすることのような気がするのですが、そのあたり、とてもリアルに描かれている感じがします。

とはいえ、人間と自然は決して無関係ではありません。

このまま人間が自然から一方的に略奪し続ければ……自然が滅ぶとともに人間もまた滅んでしまうに違いないのです。

とはいえ、それさえも、人間は科学の力でどうにかできてしまう日が訪れるのでしょうか? 植物がなくても大量の酸素を生み出す装置が開発されたり、あるいは大量の酸素を排出する植物が品種改良で誕生したり?

それを人間と自然の融和と呼べるのかどうか、ちょっと疑問に感じてしまいますが――人間と自然の融和について考え、考えるだけでなく実行に移さなければならないのだけれども、それができない、できていないと感じて――そんな今回の読書感想でした。

読書感想まとめ

自然と人間はわかり合えない?

狐人的読書メモ

・きれいごとを言ったり反省したり、言葉にすることは簡単だけれども、それを実行し結果を出すことは本当に難し過ぎる。

・『かしわばやしの夜/宮沢賢治』の概要

1924年(大正13年)『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』(盛岡市杜陵出版部・東京光原社)にて初出。著者の書いた広告文(新刊案内)に曰く、『桃色の大きな月はだんだん小さく青じろくなり、かしわはみんなざわざわ言い、画描きは自分の靴の中に鉛筆を削って変なメタルの歌をうたう、たのしい「夏の踊りの第三夜」です。』とのこと。楽しくも、自然と人間について考えさせられる童話だった。

以上、『かしわばやしの夜/宮沢賢治』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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