狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『文字禍/中島敦』です。
中島敦 さんの『文字禍』は文字数8000字ほどの短編小説です。文字の精霊、ゲシュタルト崩壊、アッシリア、アシュル・バニ・アパル(アッシュールバニパル)王、ニネヴェ図書館、ギルガメシュ叙事詩(ギルガメッシュ)――中島敦 さんの『文字禍』で取り上げられているこれらは、現代の小説、漫画、アニメ、ゲームなどなど、様々な作品でも題材とされているモチーフです。好きな人にはたまらない作品! 未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
アッシュールバニパル王が治める新アッシリア王国時代(在位:紀元前668年~紀元前627年)。その治世20年目の頃、ニネヴェの宮廷に妙な噂が起こる。曰く、ニネヴェ図書館の闇の中で、ひそひそと、怪しい話し声がするという。どうやら文字の霊によるものらしい。王は、老博士ナブ・アヘ・エリバに、文字の霊の研究を命じる。
その日以来、老博士はニネヴェ図書館に通いつめ、膨大な量の粘土板(当時の書物)を読んでいく。そのうちに異変が起きた。一つの文字を長く見つめているうちに、その文字がバラバラとなって、意味のない一つ一つの線の交錯としか分からなくなったのだ。ここに老博士は文字の霊の存在を見る。
それから老博士は、ニネヴェの町中を歩き回り、最近文字を覚えたばかりの人々に「文字を知る以前に比べて、何か変わったことはないか?」と尋ねた。すると奇妙な統計ができあがった。圧倒的に多いのは、目が悪くなった者。そして、咳、くしゃみ、しゃっくり、下痢など体調不良を訴える者。さらには、髪の薄くなった者、脚の弱くなった者、手足が震えるようになった者なども……。
――文字は明らかに人体に悪影響を及ぼしている。エジプト人は、物の影を、その物の魂の一部と考えている。文字もその影のようなものではないか……、と老博士は考える。最近の人々は物覚えが悪くなった。文字で書き留めておかなければ何一つ覚えておくことができない。文字の普及が人の頭をおかしくしている……。
ある日、若い歴史家のイシュデイ・ナブが、老博士を訪ねてきて、こう訊いた。「歴史とは、昔あった事柄なのか、それとも粘土板の文字なのか?」老博士は、それは粘土板の文字であると答える。若い歴史家は、書き漏らしのあることを指摘するも、老博士は「書かれなかった歴史はなかったのと同じことだ」とその指摘を一蹴する。
若い歴史家が帰ってのち、老博士ははっとして気づく。「今日わしは、あの青年に、文字の霊の威力について、賛美的に語らなかっただろうか」自分も文字の霊のもたらす病に侵され始めている……。
これ以上文字の霊の研究を続けていたら、いずれは命までも危ういと思った老博士は、早速研究報告をまとめあげて、それを王に献上した。そこには文字を使い続けることの愚と危険性が綴られていた。
これが王の機嫌を損ね、老博士は謹慎処分を言い渡された。思わぬ不興に愕然とするも、すでにこれが文字の霊の復讐であることを、老博士は悟る――しかし事態はこれだけにはとどまらなかった。
――数日後、ニネヴェ・アルベラ地方を大地震が襲った。自宅の書庫にいた博士は、数百枚の重い粘土板に圧し潰された。
狐人的読書感想
あ あ あ あ あ
あ あ あ あ あ
あ あ あ あ あ
あ あ あ あ あ
あ あ あ あ あ
いったいどうした!?
――と、驚かせてしまったらすみません。
意味が分かる方にとってはにやりかもしれませんが(にやり)。
やはり見逃せないテーマ! ゲシュタルト崩壊!!
もしもお時間がありましたら、上の「あ」という文字を数分間見つめてみてください。「あれ? 『あ』ってこんな文字だったっけ?」と思い始めた方がいらっしゃったら、老博士ナブ・アヘ・エリバが文字の霊の存在を感じた異変(現象)が、あなたにも起きたということです。
このように、文字や図形の意味を普段は一瞬のうちに判断することができるのに、逆にこれを継続して注視すると、全体的な印象の認識が低下してしまう知覚現象を「ゲシュタルト崩壊」といいます。
響きがカッコよくてなんだか好きな言葉というのがあるでしょうか。僕にとっては、この「ゲシュタルト崩壊」が、カッコよさを感じられる好きな言葉のひとつなのですが、いかがでしょう?
(他には「パラダイムシフト」なんかもいいですね、ということでパラダイムシフトについて語られている坂口安吾 さんのあの有名な随筆の読書感想はこちら⇒堕落論/坂口安吾=狐人的感想「堕落論は堕落論じゃないと思う僕は堕落している?」)
言葉の響きのカッコよさから察せられる方もいらっしゃるかもしれませんが、「ゲシュタルト崩壊」の語源はドイツ語です。これが失認の一種として世界に報告されたのは1947年のこと、『文字禍』が発表されたのは1942年なので、心理学の世界に先行してこの現象を発見していた中島敦 さんはすごいですよね。
しかしながら、やはり文字を扱う職業ということで、中島敦 さん以外でも、「ゲシュタルト崩壊」報告以前にこれを取り上げていた作家さんがいるそうです。
例えば、オーストリアの作家、フーゴ・フォン・ホーフマンスタール さんの『チャンドス卿の手紙』は1902年。フランスの小説家、ジャン=ポール・サルトル さんの『嘔吐』は1938年。さらに、こちらは後発ですが、三島由紀夫 さんの「菊田次郎三部作」(『火山の休暇』、『死の島』、『旅の墓碑銘』)にも「ゲシュタルト崩壊」が題材として取り込まれているのだとか――作家の観察眼の鋭さを思わされるお話です。
ちなみに、この「ゲシュタルト崩壊」に関する怖い話では、第二次世界大戦中のナチスの洗脳実験に用いられていた――といった都市伝説もあります。
「ゲシュタルト崩壊」は、文学作品のみならず、アニメやゲーム作品でも、一時期頻繁に取り上げられていた印象があります。たしかに、いろいろな意味で、創作意欲をかきたてられる言葉です(狐人的にはかなり前のアニメですが、『ノエイン もうひとりの君へ』がおすすめ)。
認知心理学がおもしろい! ブーバ/キキ効果!!
どんどん話が逸れていきますが、この認知心理学というのは、調べてみると結構おもしろいです。
例えば、以下の画像を見て――
「さてどちらが『ブーバー』でどちらが『キキ』でしょう?」
――という問題が出されると、98%の人が、右のフワフワが「ブーバー」で、左のギザギザが「キキ」だ、と答えるという心理学の研究発表があって、これは「ブーバ/キキ効果」と呼ばれています。
日本語のオノマトペは非常に豊かな印象を聞くものに与えてくれますが、言語の音と、それによって人が受ける印象には密接な関係があることを、この研究は示しています。
言語を主要テーマとして取り入れているといえば、つい先日(2017年2月3日)から劇場版アニメが公開されている伊藤計劃 さんの小説を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょうか?(かくいう僕が……)
(ちなみにオノマトペが楽しい作品はこちら)
ポケモン好きは大注目か? 最強のポケモン生成!
さらに、「ブーバ/キキ効果」の延長上ともいえる日本の研究で、おもしろい論文の存在を知りました。題して、『最強のポケモン生成』というものです。
去年(2016年)から『ポケモンGO』が世界的ブームとなった昨今、「え、最強のポケモン欲しいんだけど……」と期待させてしまった方には申し訳ないのですが(さすがにこの流れでそれはない?)、これを簡単に言ってしまうと、強そうに聞こえるポケモンの名前を認知心理学的観点から考えてみよう、といった試みのようです。結果生成された最強のポケモンは以下のとおりだそうです。
「ロフスムパ」、「ズルプケミ」、「デアイゼズ」、「クキメパヂ」、「ダドェイフ」、「ブラセミグ」、「タトジゴク」、「グテネミバ」、「ヅラナミグ」、「ゾラセクト」
いかがでしょうか。ふむ、なんか似たのが一匹二匹いそうですが。
申し訳ありませんでした! 申し訳程度の感想……
……てか、読書感想を謳っておきながら、全然感想を書いていない!
ということで、ここから僕が『文字禍』を読んで思ったことを綴ってみますと。
アッシリアでは楔形文字を使って、粘土板に文字を刻み、それを書物として保管していたわけなのですが、中島敦 さんは『文字禍』の中で、それを以下のように表現しています。
『書物は瓦であり、図書館は瀬戸物屋の倉庫に似ていた』
瓦と瀬戸物屋って――大昔のアッシリアの話なのですが、でもたしかに日本で例えるならそれしかないな、といった秀逸な比喩ではあると思いました(想像の翼を広げて、アッシリアの世界に行ったと思ったら、いきなり日本に引き戻されてしまいそうな表現ですが)。
それから、あらすじでは割愛させていただいたのですが、物語中に本(つまりは当時の粘土板)好きの老人の話が出てきていて、本(粘土板)を愛するあまり、『ギルガメシュ叙事詩』の粘土板を嚙み砕いて、水に溶かして飲んでしまった、というものがあります。なんだか受験生が、英語の単語帳を千切って飲み込む姿を想像してしまい、ちょっとだけ「クスリ」な部分でした。
『ギルガメシュ叙事詩』といえば、『文字禍』の作中にもあるとおり、ニネヴェ図書館に保管されていた、世界最古の物語として知られていますが、粘土板に刻まれていただけに、いくつかの欠損部分があるのは、こちらも有名な話です。ま、まさか、この老人のせいだったのでは……、と歯噛みする思いになったのは僕だけ?(言わずもがな『文字禍』は中島敦 さんの創作なわけですが、実際そんなことがあったかもしれないと、想像の翼を広げてみると……)
この『ギルガメシュ叙事詩』に登場するウルクの王ギルガメシュ(ギルガメッシュ)は、ファイナルファンタジーシリーズ、奈須きのこ さん原作の『Fate/stay night』(フェイト・ステイナイト)や、石ノ森章太郎 さんの漫画『ギルガメッシュ』、またそのアニメ化作品などなど、とくにゲームキャラクターとして現代(とくに日本)でも名前を知らない人はいないのでは――と思わされるモチーフです。「ゲシュタルト崩壊」同様、こちらも創作意欲が湧いてくるテーマですね。
……と、結局余談となってしまい、本当に申し訳程度の感想――というか、申し訳程度の感想にもなっていないような……、感想を求めて訪れてくださった方、本当に申し訳ありませんでした!
読書感想まとめ
『文字禍/中島敦』の狐人的見どころはここだ!!
- やはり見逃せないテーマ! ゲシュタルト崩壊!!
- 認知心理学がおもしろい! ブーバ/キキ効果!!
- ポケモン好きは大注目か? 最強のポケモン生成!
……読書感想については、今回は忘れてください――とかいいつつも共感していただけたならこれ幸いです。
狐人的読書メモ
狐人的には、中島敦 さんの『文字禍』は、興味深い創作のテーマがつまった小説でした。とくに、アッシリア――『ギルガメシュ叙事詩』と『シュメール文明』はさらに詳しく知りたいモチーフです。
・『文字禍/中島敦』の概要
中島敦 さんの短編小説。『古譚』のうちの一編。1942年(昭和17年)、『文學界』にて発表された。『山月記』とともに中島敦 さんが文壇に登場するきっかけとなった作品(⇒小説読書感想『山月記 中島敦』→月下獣←人虎伝→苛虎…手乗りタイガー?)。
以上、『文字禍/中島敦』の読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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