狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『注文の多い料理店/宮沢賢治』です。
宮沢賢治 さんの『注文の多い料理店』は、文字数6500字ほどの短編です。ご注文はうさぎですか?(?) 多様な解釈ができる作品で子供から大人まで楽しめます。未読の方はこの機会にぜひご一読ください(タイトルの響きからだけの連想ですが、よかったら右もぜひ)。
狐人的あらすじ
若い二人のハンターが、白熊のような犬を二匹連れて、山奥に分け入りながら会話を交わしている。
「ぜんたい、ここらの山は怪しからんね。鳥も獣も一疋も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」
「鹿の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞もうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねえ。」
そうするうちに、二人は案内人とはぐれてしまい、二匹の犬は泡を吐いて倒れる。すると――
「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」
「ぼくは二千八百円の損害だ。」
山があまりに険しいので、二人はついに引き返そうとするも、帰る道が分からない――そのとき。
風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
二人が後ろを振り返ると――
RESTAURANT
西洋料理店
WILDCAT HOUSE
山猫軒
くたくたに歩き疲れ、どうやらお腹も空いてきた様子の二人は、これ幸いと玄関に向かう。ガラスの開き戸には、金文字でこう記されている。
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
二人は何の疑いもなく戸を押し開いて中へ――ガラス戸の裏側にはこうある。
「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」
二人は両方の条件を満たしているからと大喜び。廊下を進んでいくと、今度は水色のペンキ塗りの戸があって、黄色の字でこう書かれている。
「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
二人は扉を開ける。その裏側には――
「注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい。」
なるほど、たいそう流行りの店らしい。
早くテーブルに座りたい二人の前にまたしても扉が。そのわきには鏡と長い柄のブラシがある。扉には赤い字で、
「お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それからはきものの泥を落してください。」
これはどうももっともだ。マナーにうるさいのは、きっと偉い人も通っているからに違いない。さらに扉の裏側にはこうある。
「鉄砲と弾丸をここへ置いてください。」
指示されたとおりにして、先へと進む二人。またしてもやはり扉が。その黒い扉にはこう記されている。
「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい。」
扉の裏側には――
「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」
電気を使う料理があったら、それはたしかに危ないと、納得して従い、さらに先へと進む二人。また扉。その前にはガラスの壺が一つ。
扉にはこうある。
「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」
ここまでするからには、よほど偉い人がきているに違いない。ともすれば、お近づきになれるかも。二人は牛乳のクリームを塗って、顔に塗るときこっそり少し食べたりして、大急ぎで先へ。
例のごとく、扉の裏には――
「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」
よく気のつく主人だ、などと感心しながら、注意に従い、二人は先へ。
次の戸には――
「料理はもうすぐできます。
十五分とお待たせはいたしません。
すぐたべられます。
早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください。」
戸の前の香水を振りかける二人……、その香水はどうも酢のような匂いがする……。
扉の裏には――
「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。
もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください。」
塩……、ぎょっとクリームまみれの顔を見合わせる二人……。どうも様子がおかしいと、体が震え出すのを止められず。後ろの戸を押して戻ろうとするも、びくともせず――さらに奥の一枚扉には、大きなカギ穴が二つ、銀色のフォークとナイフの意匠がこらされ、
「いや、わざわざご苦労です。
大へん結構にできました。
さあさあおなかにおはいりください。」
カギ穴から二つの青い眼玉がこちらを覗いている。
だめだよ、もう気がついたよ……、あたりまえさ、親分の書きようがまずいんだ……、どっちでもいいよ、どうせぼくらには、、骨も分けて呉れやしないんだ……、おい、お客さん方、早くいらっしゃい……、サラダはお嫌いですか。そんならこれから火を起してフライにしてあげましょうか……、そんなに泣いては折角のクリームが流れるじゃありませんか……、早くいらっしゃい。親方がもうナフキンをかけて、ナイフをもって、舌なめずりして、お客さま方を待っていられます……。
そのとき二人の後ろから、白熊のような犬が二匹、扉を突き破って部屋の中へ。「わん」と一声鳴いて、奥の扉へ飛びつくと、戸はがたりと開き、犬は吸い込まれるように飛んでいく。扉の向こうから「にゃあお、くゎあ、ごろごろ」。気がつけば、部屋は煙のように消えて、二人は寒さに震えながら、草の中に立っていた。
風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
犬が戻ってくるのと同時に、二人を呼ぶはぐれた案内人の声が聞こえ、ほっと息を吐く二人――その後無事東京に帰ることができるも……、しかし恐怖でくしゃくしゃの紙屑のようになった二人の顔は、決して元通りにはならなかった。
狐人的読書感想
さて、いかがでしたでしょうか。
いきなり話を逸らしてしまいますが、宮沢賢治 さんの『注文の多い料理店』を読んで、僕が連想した漫画が三つあります(一つは「狐人的あいさつ」に載せた画で、内容とはまったく関係ない、タイトルの響きのみでのイメージですが……)。
一つは石田スイ さんの漫画『東京喰種トーキョーグール』。4巻の#37「晩餐」(p.150)で、月山に騙されてグール専用会員制レストランに連れていかれ、ディナーとして供されそうになったとき、カネキくんが宮沢賢治 さんの『注文の多い料理店』を引き合いに出していましたよね(アニメのほうでは第1期4話「晩餐」)。
『東京喰種トーキョーグール』では、序盤、人間を喰べなければ生きていけない「喰種(グール)」となってしまったカネキくんの葛藤が描かれていましたが、より視野を広げてみれば、命を食べなければ生きていけない、人間の葛藤にも通じているテーマのように思います。
僕はこの度はじめて知ったのですが、宮沢賢治 さんは菜食主義者(ベジタリアン)だった、というのは有名な話だそうです。『注文の多い料理店』にも、あるいは上記の『東京喰種トーキョーグール』から思い浮かべるテーマが、扱われているように感じました。
また、『注文の多い料理店』の二人のハンターは、あらすじでも引用した最初の会話から察するに、楽しむために狩りをしていた様子です。一方、山猫(明確な描写はありませんが)は、食事のために二人のハンターを「注文の多い料理店」におびき寄せました。
同じ命を奪う行為であっても、その目的によって、「二人のハンター=悪」、「山猫=正義」といったふうに色分けすることができ、勧善懲悪の物語とも読み取れます。
しかしこの善悪の概念は、あくまでも人間の視点から生じたものであって、感情を抜きにして作品を眺めれば、そこには「食物連鎖」や「弱肉強食」といった世界の在り様が、単純に描かれているだけのようにも思います。
前述の、僕が連想した漫画のうち、もう一つは、冨樫義博 さんの漫画『HUNTER×HUNTER』(ハンター×ハンター)です。30巻のNo.313「一言」(p.52)で、王(メルエム)に詰問されたウェルフィンが、自身の未来を確信し、その風貌が、一瞬にして、百余年が過ぎたかのごとく、変わり果てたシーンは、まさにくしゃくしゃの紙屑のようになってしまった二人のハンターの容貌を彷彿とさせます(二人の「紳士」を「ハンター」と言い換えたのはこの連想のためなのですが、ハンターハンターをイメージしてしまうのは、ひょっとして僕だけ?)。
最後、二人のハンターが助かったところを考えると、やはり一番強いのは人間だけど、上には上(山猫)がいて、慢心(傲慢、エゴ)してはいけないよ、といった教訓が、二人のしわくちゃの顔に示されているとも読めますよね。
二人がお金としてしか見ていなかった、二匹の白熊のような犬が、結局二人を救ったところから、「動物愛護の精神」を忘れてはいけないようにも思います(ただしここにも上から目線の人間のエゴが垣間見えるわけですが)。
一般的な見方として、冷たく扱っていた犬に助けられた皮肉と、人間にどんなにひどい扱いをされても救ってくれる大いなる自然(母の手)を、ここに感じることもできます。
ちなみに、「白熊のような犬」の正体は、「グレートピレニーズ」のことではないでしょうか。たしかに白熊のように見えてかわいいですよね。
前述した、宮沢賢治 さんが菜食主義者だったという事実を鑑みるに、「命の平等性」みたいなことも謳われているのかもしれません。
もう一つ、これは「食物連鎖」と「弱肉強食」から喚起されたイメージなのですが、「生命は醜い」ということです。
たとえば、満開の桜を見て、「醜い」と感じる人は少ないのではないでしょうか? しかし、そんな美しい桜も、他の命の養分を吸って、人間が感じる「美」を体現しているのです。地球の命は皆、互いの命を喰らい合って存続している――そう捉えてみれば、これを地獄絵図のように見るのも(批判はあるかもしれませんが)、まったく頷けない、ということもない解釈なのではないでしょうか。
星とは本来、岩や鉱物などの無機物で構成された、静かな景色こそ美しいものであって、あらゆる生命が溢れ返っている地球は、「醜い星」なのだと、宇宙人(思念体)の視点からばっさり切り捨ている小説が、半村良 さんの『妖星伝』です。
(上記についてはこちらのブログ記事でも触れています。よろしければぜひ。⇒小説読書感想『桜の樹の下には 梶井基次郎』桜の美しさ、その影にあるもの)
読書感想まとめ
ではこの辺りで、感想をまとめてみますと、
- 命を食べなければ生きていけない人間としての葛藤
- 正義は勝つ! 「勧善懲悪」の物語
- 世界の俯瞰図、「食物連鎖」あるいは「弱肉強食」
- 人間の慢心(傲慢、エゴ)を諫める教訓
- いぬだいじに(いのちだいじに)、「動物愛護の精神」
(ただしここにも人間のエゴはある) - 皮肉(アイロニー)と自然(母の手)
- 菜食主義者の著者が語る「命の平等性」
- 宇宙人から見た地球、「地球は醜い星」
このように、宮沢賢治 さんの『注文の多い料理店』は、非常に多様な解釈のできる作品です。学校の読書感想文の指定図書となることも多いそうですが、納得できます。
狐人的読書メモ
……今回のあらすじは引用が多く、とても長くなってしまいましたが、できるだけ内容を把握してもらえるように、いいところをピックアップしてみたつもりです。もちろん全文読んでいただいたほうが、味わい深く楽しめる作品なので、ぜひ!
・『注文の多い料理店/宮沢賢治』の概要
1924年(大正13年)に自費出版で1000部販売というちょっと変わった発表のされ方をしている短編集。比較的高価だったことが影響して、当時はほとんど売れなかったのだとか。『どんぐりと山猫』、『狼森と笊森、盗森(おいのもりとざるもり、ぬすともり)』、『注文の多い料理店』、『烏の北斗七星』、『水仙月の四日』、『山男の四月』、『かしわばやしの夜』、『月夜のでんしんばしら』、『鹿踊りのはじまり』の9作品が収録されている。
・風が異世界への入口と出口になっている?
風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
上の引用が作中二回出てきていて、それぞれ『注文の多い料理店』への入口と出口の役割をはたしているように思える。秀逸な表現技法。
・「山猫軒」は現実にもある!?
宮沢賢治 さんの出身地、岩手県花巻市の「賢治記念館前」と「新花巻駅前」に、『注文の多い料理店』をモチーフとした「WILDCAT HOUSE 山猫軒」が実際にあるらしい。原作の各扉に書かれていたメッセージやクリームの入った瓶やお酢の香水が再現されているのだとか――ぜひ一度訪れてみたい、かも?
もう一つ、東京都多摩市の京王線多摩センター駅近くに『注文の多い料理店』という名前の居酒屋があるらしい。こちらはあまり宮沢賢治 さんの原作とは関係なさそうです。ぜひ一度訪れてみたい、かも??
以上、『注文の多い料理店/宮沢賢治』の読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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