仕立て屋の親指小僧の遍歴/グリム童話=可愛い子には旅をさせよ!?

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

仕立て屋の親指小僧の遍歴-グリム童話-イメージ

今回は『仕立て屋の親指小僧の遍歴/グリム童話』です。

文字3800字ほどのグリム童話。
狐人的読書時間は約12分。

親指太郎が世間に旅立つ。とにかく人をからかいまくり。王様の銀貨を盗んだり。それでも罰されないのは、善悪の区別がつかない子供だから? 親の無限の愛情のありか。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

ある仕立て屋に一人の息子がいた。親指ほど小さかったので、親指太郎と呼ばれた。親指太郎が「世の中に出ていく」と言うので、父親は針で作った剣を持たせた。それから、親指太郎はかまどの上の母親の料理を覗き込むと、湯気で体が浮き上がり、煙突から外へ出てしまった。

親指太郎はそのまま旅に出た。ある親方のところで下働きをすることになるが、おかみさんと食べ物のことで口論になる。親指太郎はさんざんおかみさんをからかったが、しまいには捕まり、家を追い出されてしまった。

つぎに親指太郎は森の盗賊団の一員になる。盗賊たちが親指太郎の小ささに目をつけ、盗みをさせようと勧誘したのだ。二人の番兵が見張る宝物庫、親指太郎は扉の隙間から中に侵入すると、窓からターラー銀貨をつぎつぎと投げ始めた。途中、王様が見回りにやってきて、宝物庫の銀貨が減っていることに気づく。番兵に「よく見張れ」と命じて王様が去ると、チャリンチャリン、宝物庫の中から音が聞こえる。番兵は宝物庫の中をくまなく探すも、親指太郎にからかわれるだけからかわれ、ついに捕まえることができず、疲れてそこを立ち去っていった。親指太郎は最後に投げた銀貨に乗って、仲間たちのもとへ戻っていった。

「俺たちのボスになってくれ」と盗賊たちは頼んだが、「世の中を見て回らなくちゃ」と親指太郎は再び旅立った。盗んだお金は山分けすることになったが、親指太郎はクロイツァー銅貨一枚だけをもらった。それ以上は持ち運べなかったからだ。

それから、親指太郎は何人かの親方のところで下働きをしたが、その仕事がどうしても好きになれず、宿屋の下男に雇われた。しかし、ここでも親指太郎は女中たちをさんざんからかった。女中の一人が仕返しをして、親指太郎を草と一緒に黒い牛に食べさせてしまった。つぎの朝、牛はソーセージにされてしまい、親指太郎はソーセージの中に押し込まれてしまった。ソーセージは冬まで煙突に吊るされ、燻製になった。いよいよソーセージが薄切りにされ、親指太郎はどうにか頭を切り落とされないよう抜け出した。もうこの家にいる気はしなくなっていた。

親指太郎はまた旅に出た。道中の野原で狐に出会った。狐は当然、親指太郎をパクリとやった。狐の喉から親指太郎は「狐くん、ぼくをまた自由にしてくれ」と頼んだ。狐は少し考えてから「お前の家の鶏たちをくれるなら放してやろう」と約束した。親指太郎は狐に運んでもらい、自分の家に帰ってきた。

父親は愛する息子にまた会えて、喜んで狐に持っている鶏を全部やった。親指太郎はそんな父親にクロイツァ―銅貨を渡した。

「だけどお父さんはどうして狐に鶏をあげたんだろう? 狐はかわいそうな鶏を食べるのに」親指太郎は尋ねた。すると、母親がこう答えた。「まあ、バカね。お父さんは鶏よりも我が子のほうがずっとかわいいからよ」

狐人的読書感想

興味深いお話だと思いました。「親と子」ということについて書かれているグリム童話なのかなって気がします。

「可愛い子には旅をさせよ」(意味、自分の子供が可愛いなら、自分の手元で甘やかさずに、社会に出してその辛さや厳しさを経験させたほうがよい)

ということわざそのままに、親指太郎は旅立つことになります。親指太郎は「世間に出たい」と思っていたようなので、その姿勢は現代の子供も(現代の子供だからこそ)見習うべきかもしれません。

とはいえ、親指太郎がいい子なのかといえば、決してそんなこともなかったように思います。行く先々でおかみさんや番兵や女中たちをからかっていて、王様の宝物庫からは盗みを働き、かなり悪いことをしているんですよね。

しかし、親指太郎には「悪いことをしている」という意識はないように感じられ、「善悪の区別がつかない」ところはまさに子供だと思いました。

あるいは、人間の善悪でははかれない、人を超越した何者かの存在を、親指太郎は象徴しているのかもしれません。

そんな親指太郎の旅は、人々に大迷惑をかけて、とくに人の役に立っているわけでもないのに、どこか心惹かれるところがあります。

なんとなく「自由」という感じがするんですよね。

「自分勝手に横暴にふるまっても、なぜか世界に許されている」みたいな。そんな自由は人間社会では許されるわけがないのですが、そういう自由に憧れる部分が、やっぱりちょっとはあるんですよね(……というかたくさんあるんですが……、汗)。

狐人的には、人間の自由は「社会ルールに制限された自由」であるのだと再確認させられましたが、親指太郎は誰にも懲らしめられず、ゆえに「制限された自由」を認識することもなく、やっぱり何か人を超えた存在だったように思えます。

「制限された自由」を学ばなかった親指太郎ですが、では何を学んだのかといえば、それはラストの家族との再会のシーンに表れている気がしました。

親指太郎のお父さんは、息子のために鶏(家の財産)を全部狐に差し出しましたが、ここって親の愛情が感じられるところですよね。

お母さんの「鶏よりも我が子のほうがずっとかわいいからよ」というセリフからもそのことが感じられます。

親の愛情は無限なんだなぁ……と感じた、今回の狐人的読書感想でした。

読書感想まとめ

可愛い子には旅をさせよ!?

狐人的読書メモ

・「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはいけない」――そういえば、針の剣全然活躍しなかったな……と、ふと「チェーホフの銃」を思ったという話。

・親の愛情は無限というか、金品などで物質的に愛情を示すことの愚を表しているようにも感じられた。

・親指太郎は典型的な甘やかされて育った子供(社会問題を起こす二世タレント的なイメージ)といった感じもするし。

・とはいえ、物質的な愛情に精神的な愛情がまったく含まれていないわけでもなくて、しかして物質的な愛情のみから精神的な愛情を子供が感じ取るのは難しく思える。

・子育てにおける物質的愛情と精神的愛情のバランス。

・『仕立て屋の親指小僧の遍歴/グリム童話』

KHM45。原題は『Daumerlings Wanderschaft』。グリム童話内の類話に『(KHM37)おやゆびこぞう』がある。仕立て屋はグリム童話によく登場する(KHM20、KHM35などなど)。

以上、『仕立て屋の親指小僧の遍歴/グリム童話』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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