あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『黄金風景 / 太宰治』です。
太宰治 さんの『黄金風景』は、無料の電子書籍Amazon Kindle版で5ページ、文字数3000字ほど。美しい物語です。未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
あらすじ
主人公の「私」の一人称形式で語られます。
物語は子供の頃の回想シーンから始まります。
「私」はお金持ちのお坊ちゃま。性格の悪い子供で、とろい女中のお慶さんをいじめていました。
あるとき「私」は嫌がらせで絵本の切り絵をお慶さんに命じます。お慶さんは「私」に言われるまま、朝から夕方まで、昼食も取らずに切り絵をしますが、結果は大変お粗末なものでした。
癇癪を起した「私」はお慶さんの肩を蹴りました。
「親にさえ顔を踏まれたことはない。一生おぼえております」
お慶さんは泣き伏して言いました。「私」は蹴ったのは肩なんだけど……、と思いつつも、さすがにやり過ぎたかと後ろめたさを感じます。
それから二十年近くの時が過ぎて……、「私」の家が没落してしまいます。家もなく、食事もままならず、知り合いのところを転々とし、どうにかこうにか日々を食いつなぎ、ようやく物書きとして生計を立てる目途が着いた、と思ったら、今度は病気になってしまい――その後人の助けがあって、「私」は海の近くの小さな家で、療養しつつ執筆できることになりました。
そんなある日、戸籍を調べる目的で、お巡りさんが「私」のもとを訪れるのですが……、このお巡りさん、どうやら「私」のことを知っている様子です。
落ちぶれた「私」は昔の知り合いになんか会いたくありませんが、しぶしぶ本人であることを認めると、お巡りさんは昔「私」と同じ村に住んでいたこと、そして妻がいつも「私」のことを話していること、を伝えます。
……そう、お巡りさんの妻こそはお慶さんだったのです。
お巡りさんの語るところによれば、お慶さんは子宝にも恵まれて、幸せそうな様子――ぜひ夫婦一緒に、昔お世話になったお礼にあがります。
それから三日後、三人家族が「私」を訪ねてやってきます。
先日のお巡りさんと八歳になる女の子と、そしてお慶さん。
昔お慶さんをいじめていた「私」は、いたたまれなくなって、今日は用事があるからと、嘘をついてその場を離れました。
三十分ほどして家へ戻ろうとした「私」は、海岸に出て足を止めます。
そこにはお慶さん親子が、海に向かって石を投げっこして笑っている――平和な光景がありました。
お巡りさんとお慶さんは「私」のことを噂しています。
「なかなか」お巡りは、うんと力こめて石をほうって、「頭のよさそうな方じゃないか。あのひとは、いまに偉くなるぞ」
「そうですとも、そうですとも」お慶の誇らしげな高い声である。「あのかたは、お小さいときからひとり変って居られた。目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった」
「私」はその場に立ち尽くして泣きました。
負けた。これは、いいことだ。そうなければ、いけないのだ。かれらの勝利は、また私のあすの出発にも、光を与える。
読書メモと感想
ブログ記事タイトルにもあるように、太宰治 さんの『黄金風景』を読もうと思ったきっかけは『“文学少女”シリーズ』と『花もて語れ』……ではありません。
逆に、『黄金風景』を読んで今回のブログ記事を書こうと下準備をしていたところ、この二作品の存在を知った次第です。なので、ブログ記事タイトルに共感して来てくださった方がいらしたら、ごめんなさい。
しかし、このところ『文豪ストレイドッグス』からのつながりで、小説を読んでブログ記事を書いてきたわけなのですが、上の二作品のように、文学作品を扱っている小説や漫画が他にもあることを知りました。
そしてぜひ読んでみたいと思いました――そんなわけで早速メモしておきます。
野村美月 さんのライトノベル『“文学少女”シリーズ』は、その名が示すとおり文学小説を主題として取り扱っており、物語の進行や登場人物に強く影響している作品。漫画化や劇場版テレビアニメ化もされていて、かなり有名な小説のようですね……それなのに、聞いたことあるかもレベルの認識で、お恥ずかしい限りです。今回の『黄金風景』に触れられているのは、『“文学少女”シリーズ』の第一作にあたる『“文学少女”と死にたがりの道化【ピエロ】』(P.239)。メインは『人間失格』の方で、『黄金風景』については、ほんの少し話題に上った程度のようですが。
一方、片山ユキヲさんの漫画『花もて語れ』は朗読をテーマにしているとのことで、かなり珍しい漫画のように思います。『黄金風景』が朗読されているのは第5巻。
二作品ともに完結しているのが、まとめて読むには嬉しいところ。
さて太宰治 さんの『黄金風景』ですが、全文、口述筆記で著されたというのは結構有名なお話みたいですね。以前のブログ記事(⇒小説読書感想『失敗園 太宰治』萌え擬人化! 可愛い野菜達の愚痴ツイート!)でも紹介した妻の美知子さんが書き取った小説なのだとか。
ちなみに、太宰治 さんの他の作品『駈込み訴え』という小説も『黄金風景』と同じく口述筆記で書かれた作品だそうで、『火花』で芥川賞を受賞したお笑い芸人、ピースの又吉直樹 さんも、その天才性について、とあるテレビ番組にて語っていたといいます(又吉直樹 さんの『火花』の小説読書感想はこちら⇒小説仲間におすすめ!『火花』作家の成長を感じさせる小説)。
『黄金風景』とは、ラストシーン、輝く海辺でお慶さん親子が戯れている幸せそうな、一枚の絵を思わせるような、光景を示しているのだと解釈できて、とても秀逸なタイトルだと思いました。
落ちぶれてしまった「私」の現状を思えば、千葉の海岸はうらぶれた風景に見えてもおかしくないのに、最後の一段落に記される「私」の心情描写があって、うらぶれた風景は美しい『黄金風景』に昇華し、陰鬱な物語はどこか清々しく、さわやかな読後感を味わわせてくれる物語となっているように感じました。
主人公である「私」の幼少期、「私」が家でどのような立場にあったのかなどについては、詳細に語られてはいませんが、恐らくお金持ちにありがちな、愛情の少ない家だったのではないかと想像できます。
のろまで不器用なお慶さんも、家に居場所がなかったのではないでしょうか。だから厄介払いをされるように、性格のひねくれたお坊ちゃまのお世話をさせられていたのでは?
そうであったなら、二人はともに孤独な、似た者同士であったのではないか、と思うのです。
愛情に飢えた子供の、構ってほしいといった思いが、お慶さんをいじめる裏には隠されていた、お慶さんもそれを分かっていて、のろまで誰からも相手にされない自分に、愛情を求めてくる「私」を、弟か子供のように、大切に思っていたのではないでしょうか?
そんな二人の関係性が「切り絵事件」に表れているように感じました。
「親にさえ顔を踏まれたことはない。一生おぼえております」
お慶さんはわざとそう言うことで、「私」の行き過ぎた暴力を諫めたのでは? 「私」も、見下して、いじめていても、心の奥底の部分で、自分に構ってくれるお慶さんのことを慕っていたのでは?
そして、そういった内心に気がついていたかどうかで、最後の「私」の「負けた」宣言の意味もちょっとだけ変わってくるように思います。
もしも気づいていなかったなら、お慶さんの人としての寛大さ、自分の矮小さを比較して、「私」は「負けた」と言ったことになり、もしも気づいていたならば、自分が愛情を求める裏返しにいじめていたお慶さんが、じつはそれを与えてくれていたのだと知り、「あの人にはとても勝てないな」といった思いを込めて、「負けた」と言ったのかなあ、と考えました。
どちらも含まれての敗北宣言なのかもしれませんが。
ところで、『黄金風景』と聞いて思わず「黄金時代」という言葉を思い浮かべてしまったのは(そして思わず隣の漫画を思い浮かべてしまったのは)僕だけ?
お慶さんをいじめていた過去は、「私」にとっては苦々しい思い出で、とても「黄金時代」とはいえず、どころか「暗黒時代」といえそうですが。そんな「暗黒時代」も、お慶さんと笑って話せる思い出話になれば、それがもう一つの『黄金風景』になるんじゃないかなあ――とか、今ふと思いました。
いずれにせよ、人の成長や希望を感じさせてくれる、とても良い小説ですよね。う~ん、周りの人にもおすすめしたい。近頃はこうした小説によく出会えて嬉しい限りです(⇒小説読書感想『忘れえぬ人々 国木田独歩』凄い小説なので四回読んでほしい!)。
小説は、基本的には新しい時代のものほど進化していて(特にミステリー)、おもしろいと感じることが多い気がするのですが、そうした考えを改めたくなる小説があります。
(以下、そんなおすすめの小説です)
・小説仲間におすすめ!『モンテ・クリスト伯』1番好きな小説は?
・小説仲間におすすめ!『ダルタニャン物語』(三銃士)
・小説仲間におすすめ!『ドン・キホーテ』世界最高の小説
昔の小説でも、良いものは良い! ぜひ読んでみてください。
このブログが、誰かが良い小説に出会える、きっかけになれればいいのですが……(とはいえまだまだ実力不足、頑張ります)。
以上、『黄金風景 / 太宰治』の読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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