俗天使/太宰治=『女生徒』は9割パクリだったというゴシップ!

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

俗天使-太宰治-イメージ

今回は『俗天使/太宰治』です。

文字数8000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約25分。

ミケランジェロの「最後の審判」を見て、小説を書く自信をなくし、だらだら書いちゃった私(太宰治)。『俗天使』の読書感想じゃなくて、『女生徒』のゴシップ話を書いちゃった僕。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

晩ごはんを食べていて、私はぼんやり動かなくなってしまう。ミケランジェロの「最後の審判」の写真版を見ていて、そこに描かれている聖母マリアの姿に感動したからだ。

食欲を失った私はご飯を残し、自室へと引き上げて、雑誌「新潮」から依頼のあった短編を書こうとするが、すっかり自信をなくしていた。あれを、見なければよかったのだ。

けれども、私は書かなければならぬ。

なんとかひねり出した言葉は「私にも、陋巷ろうこうの聖母があった」というもので、私がこれまでに出会ってきた印象的な女性たちについて語られる。

ここで再び小説の種がつきる。

あとはもう捏造するより他はない、ということで、ある女生徒の手紙が綴られているが、これはあの『女生徒』の元になった日記を提供したという有明淑ありあけしゅくから届いた手紙が、原文そのまま使われている。

私は「だらだらと書いてみたが、あまり面白くなかったかも知れない」「でも、いまのところ、せいぜいこんなところが、私の貧しいマリヤかも知れない」「作者は、いま、理由もなく不機嫌である」とこの作品をしめくくる。

狐人的読書感想

文豪作品を読んでいると、たまに「ああ、書けない!」と、倦怠や懊悩が綴られているものがあったりして、(ああ、文豪でもやっぱり書けないことってあるんだなあ)と、ちょっと共感を覚えながら読みました。

これは著者が自ら最後に語っているように、文学的にも内容的にもあまりおもしろい小説ではないかもしれませんが、のちに書かれる代表作『人間失格』のことにちょっとだけ触れられていたり、『俗天使』の前年に書かれたこちらも言わずと知れた『女生徒』の元ネタが再登場していたり、太宰好きには大変興味深い作品であるかもしれません。

僕としてもネットで調べていて、『女生徒』や本作『俗天使』のおもしろい裏話が知れてとてもおもしろかったので、今回はそのことを書き残しておきたいと思います。

太宰治さんの名作『女生徒』という小説は、じつは太宰さんの読者であった有明淑ありあけしゅくさんという方から送られてきた実際の日記を、ほぼほぼ(9割)そのまま小説にした作品なんだそうです。

いまでは「パクリ」と言われてしまったり、著作権の問題に発展してしまいそうな話ですが、有明淑さんは自分の日記が小説になったことを喜んでいて、本作『俗天使』で紹介されている後半の手紙でもそのことがわかり、太宰さんとの関係も良好で、トラブルなどは一切なかったといいます。

しかし同じ小説『女生徒』を巡って、こちらはトラブルを匂わせるような話もあって、それは太宰治さんと川端康成さんの確執についてのことなのですが、以下のような話があります。

第一回芥川賞で、太宰治さんの作品は落選しており、このとき選考委員のひとりだった川端康成さんが、太宰さんの作品に否定的な評価をして、太宰さんはそのことを相当根に持っていたのだといいます。

で、それから四年後に太宰さんは『女生徒』を発表したわけなのですが、今度はこれを川端康成さんが激賞して、しかしじつはこのほとんどが実在の女生徒の日記だった(パクリだった)ということで、「川端康成はそれを見抜けなかった。やっぱりあいつは見る目がないなあ」と、太宰治さんがひそかに復讐した気になって、ほくそ笑んでいたかもしれないという話は、ちょっと陰険な感じもしますが、とてもおもしろく感じました。

実際のところはどうだったのか、(僕の調べたところ)定かではありませんが、こういったゴシップ的な話にはやっぱり興味をそそられてしまうのです。

……てか、これ、『俗天使』じゃなくて『女生徒』の読書感想(というか、感想にさえなっていない)じゃね?

――ということにいま気づいた、今回の読書感想(ゴシップ)でした。

読書感想まとめ

『俗天使』の読書感想だったはずが、『女生徒』は9割パクリだったというゴシップ話に!(汗)

狐人的読書メモ

・「俗天使=陋巷ろうこうの聖母=貧しいマリヤ」

・今回はミケランジェロの「最後の審判」の画を見て、太宰は自信喪失しているが、他の作家の小説を読んで自信を失うこともあったのだろうか、という点が気になった。自分はそういうことがよくある。

・「わたしは、鳥ではありませぬ。また、けものでもありませぬ。」――鳥獣合戦のときの唱歌、蝙蝠の歌が出てきて興味を持った。創作のモチーフとして使えそうな気がするが、具体的なアイデアまでは思いつかなかった。

・『俗天使/太宰治』の概要

1940年(昭和15年)1月、『新潮』にて初出。ミケランジェロの「最後の審判」に衝撃を受け、そこに描かれた聖母と過去に出会った女性を比較している。同時に小説を書く自信を失い、創作の苦悩が描かれている点も印象的である。『人間失格』『女生徒』について触れられている点も興味深い。が、文学的にも内容的にもいまひとつ、玄人好みの作品かもしれない。初心者にはおすすめしづらい。

以上、『俗天使/太宰治』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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