波子/坂口安吾=まだまだ遊びたい!つまらない男とは結婚したくない!

狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

波子-坂口安吾-イメージ

今回は『波子/坂口安吾』です。

文字数18000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約59分。

21の娘にはわからないだろうけど、平凡が一番幸せなんだって、両親は波子に縁談を勧めるけど、波子はまだまだ遊びたい、つまらない男とは結婚したくない、地球の自転のように家族を思う事。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

波子の父、伝蔵が「死花を咲かせる」などと言い出す。仕事盛りのときには時々、投機や政治や事業や女遊びなどにチビチビ手を出しては、先祖代々の財産をすり減らしてきた。

しかし七年前、長男が亡くなるとめっきり老け込み、隠居生活を始めていたのに――母はもちろん反対し、波子もこれをバカらしく思う。

このことに前後して、波子の嫁入り話が持ち上がる。というのも、伝蔵の死花発言を聞きつけて、実業家や金鉱開発など昔の仲間たちが集まってきて、そのうちの一人が波子にしきりに見合い話を持ち込んできたからだ。

それと同時期、遠縁の親戚からも縁談が舞い込んできた。相手は三十歳の遠山という謹厳実直な青年で、母は先日の見合い話に対抗するかのごとく、この話に乗り気になる。

が、親の命令で波子が実際デートをしてみると、遠山は酒もタバコものまず、映画や芝居は三年に一度くらい、音楽やスポーツにも興味なし――元来遊び好きで、まだ遊びたい盛りの二十一歳の波子は、結婚したいと思えない。

それには美しい母への妬みからくる反発も、少しは含まれていたかもしれない。母が伝蔵の死花に反対して泣いたりすると、波子は父の肩を持ちたくなる。

あるとき波子は「パパ。思い切りやっちゃって」と目をギラギラさせて、伝蔵の考えを後押しする。伝蔵はそういう娘の様子に、女の色情を見てハッとする。これがきっかけとなり、謹厳実直な男と結婚させるのが、長い目でみれば娘の幸せにつながるのだと、伝蔵は波子と遠山を結婚させる決心をする。

波子が結婚を嫌厭するのには他にも理由がある。

前に父母と三人で旅行へ出かけたとき、そこには父と呼ばれる一人の知らない男と、母と呼ばれる一人の知らない女と、そして子供と呼ばれる一人の知らない娘とが、バラバラにいるだけ――それは生まれて初めて覚える、家族というものへの実感だった。

その旅で唯一印象に残った風。人間は独りだと知らしめるような、涯のない風が、いまも波子の心には吹いているのだ。

ある日、伝蔵は「どうか、遠山さんと結婚してください。父の一生の、お願いです」と、娘の前に平伏しながら叫んだ。母は波子の遠山に対する不誠実な態度に、涙を流して怒った。が、波子の気持ちは変わらなかった。

伝蔵は、娘の拒否が激しすぎるのにようやく気づくが、一方で、二十一の娘に何事がわかるだろうか、と胸のうちで述懐する。男の心も、知らない。結婚とは。家庭とは。幸福とは。

二十一の娘には、二十二の人生すら、わからないのだ。まして、三十の人生も、五十の人生も、知るはずがない。知っているのは、ただ夢ばかり。

伝蔵は大きなことができず、大きな失敗も成功もなかった自分の平凡な人生と、遠山の平凡さを照らし合わせ、「平凡で、たくさん」という妻の言葉から、やはり波子の幸せは遠山との結婚にあると、思いを新たにする。

伝蔵は波子を説得するため、二人きりでキリシタンの娘たちが殉教したという島へ旅行にでかける。そこで波子は初めて涙を見せるが――女の涙くらいでこの良縁をあきらめることはできない。

伝蔵は意地の悪い大人になる。入れ代わり立ち代わり訪れる、金の亡者たちに対応するのと同じ大人に。彼は、やや、目に憎しみをこめて、すすり泣く波子を突きさすのだった。

狐人的読書感想

伝蔵も母も、決して波子を憎く思っているわけではなくて、むしろ娘の幸せを願って良縁を勧めます。だけど遊びたい盛りの若い波子は、つまらない男とは結婚したくありません。

そこに日頃から思っている父母への不満や違和感が混ざり合って――夫と呼ぶ知らない男と、妻と呼ぶ知らない女と、子供とよぶ知らない娘と、それが、てんでん、バラバラに、集っているだけ。

父母が望み、子供が望まぬ縁談を背景に、必ずしもいいばかりではない家族というもの、その本質的な一面が、普遍的に描かれているように感じられて――凄い小説だなあ、と、ただただ唸らされてしまうばかりです。

思えば最近、読書のたびに「凄い小説」と連呼している気がしてきます。

文豪と呼ばれる人たちの小説を読んでいるのだから、これは当然の実感なのかもしれませんが、単純に凄いなあ、って、読後感がぱないです。

父母よりの視点で見れば、波子は勝手気ままな、わがまま娘なんですよね。

まだまだ遊びたいとか、社会人になるのを遅らせるために大学へ入った大学生か! って、つっこみたくなるところでしたが、しかしまさにけっこうな比率でそうして大学に入る若者たちのいる現代、波子は普通の二十一歳の女の子なんだ、と、共感しやすいキャラクターです。

父も一人の人間、母も一人の人間、そして自分自身も、一人の人間なんだ、と、家族をバラバラの集団のように、ひねくれて考えているあたり、ひねくれものな僕はとっても共感してしまいます。

普段、お父さんはお父さんで、お母さんはお母さんで、家族は生まれたときからそこに当たり前みたいに存在していて、家族がそこにあることを疑うことはありません。

だけど、ちょっとしたことで家族とケンカしたりすると、お父さんなのにお母さんなのに、自分の気持ちをわかってくれない、所詮家族といっても赤の他人で、結局人間は独りきり、誰とも理解し合うことなんかできないのだ、と、厭世的に考えてしまったりします。

そして、それが甘えだということに、なかなか気づくことができません。お父さんはお父さんで、お母さんはお母さんで、だから自分の気持ちをわかってくれるのは当然だと疑うこともないから、そんなことを考えてしまうんですよね。

お父さんも一人の人間で、お母さんも一人の人間で――そのことを意識するのって、本当にむずかしいと思ってしまいます。

お父さんなのにお母さんなのに、自分の気持ちを全然わかってくれないと思うと、他人が自分の気持ちをわかってくれないと思うよりも、家族が憎らしく感じてしまいますが、家族だって一人の人間なんだから、たとえ親や子供であっても、相手の気持ちを全部わかるなんてできません。

だから、ちゃんと言葉にして、話をして、ぶつかり合って、ケンカもして、互いにちゃんと納得できる答えを出していく――その繰り返しができるのが、家族なのかなって、なんとなく考えさせられてしまいます。

波子の結婚したくない言い分は、ずいぶんと身勝手なものに聞こえますが、だけどそれは二十一歳の普通の女の子として、当然の思いだと感じられます。

たとえ両親が娘の幸せを願って勧める縁談であっても、結婚って、言わずもがな、本人の一生を左右する重要なことですからね。

この小説の終わり方を見ると、波子は頑なに結婚を嫌がり、伝蔵は娘を絶対結婚させるんだ、と思いを新たにしていて、まだまだ父母と娘の結婚バトルは続きそうな雰囲気でしたが、できれば家族関係が破たんすることなく、話して話して話して話して、双方が納得できる形で、話がまとまるといいなあ、なんて、思ってしまうのは他人事だからですかねえ……。

まあ、子供の人生は子供の人生ですからね、波子の行動が親に多大なる迷惑をかけないかぎり、その主張のほうが尊重されるべきだと思います。

とはいえ、全体的にどっちつかずの論調になってしまいましたかねえ……、作品とは裏腹に、普遍的に共感してもらえない読書感想になってしまったかも――というのが、今回の読書感想のオチです。

読書感想まとめ

決していい面ばかりじゃない、家族について普遍的に共感できる小説です。

狐人的読書メモ

・人間は自分に有益なひとと仲よくする。利害関係がまったくな人間関係なんてありえない。だけど人間は独りでは生きていけない。どんな関係であっても、せめてウィンウィンの関係が築ければいいのにな、って思うけど、自分の利益ばかりを優先しまう自分がいる。

・謹厳実直で無趣味、仕事ばかりの遠山青年のパーソナリティに興味を持つ。ここまでのひとはさすがにいないと思うのだけれども、なんとなく現代の若者世代のパーソナリティに通じるところがあるように感じる。

・作中、波子は母の美しさを妬んでいる。子供がいる女優さんとか見て思うけど、美しい母を持つのって、どんな感じなんだろう。男女で違いがあるのかもしれないけれど、女の子だったら母の美しさを妬ましく思うこともあるのかなあ。美しい母の娘もやっぱり美しいからそんなことないのかなあ。

・子供って、やっぱり同性親よりも異性親のほうを好きになるのかなって、ふと思う、エディプスコンプレックスをふと思う。

・投機でも起業でも、何か大きなことをしようとするのは本当にむずかしい。どうしても失敗して、すべてを失うことを考えてしまう。だけどそうした思いを抱えながら、中途半端に手を出しても失敗するケースがほとんどだろう。何か大きなことをはじめる場合、身を投げ打つ覚悟が必要なのだろうと思う。

・「風邪を引くから」と居眠りを起こす妻、起こされても平然としている夫、たしかに他人同士なら煩わしく思ったり怒ったりするような気がする。自然に居眠りを起こしたり起こされたりする関係が、夫婦関係なのだろうか? ……そうでもないか?

・一人になりたいのに、人は、どこにでもいる。そういうときってたしかにある。誰にでもある?

・『もし、人生に、たったひとつ、狂いのないものがあるとすれば、それは平凡だけである。』――たしかにそうかもしれない。だけど、どうしても、夢を追い求めてしまうんだよなあ。

・多少の打算はあれども、政略結婚ではなくて、娘のことを思っての縁談というところに言い知れぬ好感を持ってしまった。なんとなく日本的なイメージがある。政略結婚のイメージは西洋的な気がする。ただの思い込みかもしれないのだけれども。

・『波子/坂口安吾』の概要

1941年(昭和16年)『現代文学』にて初出。檀一雄はこれを「リルケの清澄な作品をでも読み終ったような後味が感じられる」と絶賛したという。リルケの清澄な作品は読んだことないけれど、たしかに凄い小説だという読後感はあった。

以上、『波子/坂口安吾』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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