狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『お勢登場/江戸川乱歩』です。
文字数12000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約29分。
欲望を満たしたい。保身をはかりたい。
だけどいい人に思われないと世の中生きにくい。
お勢はひどい悪女ですが、
誰でもお勢になり得ると思うのは、
ひねくれものの僕だけ?
『オセイ』を読み、あなたは何を想う?
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
肺病を患う格太郎は、妻・お勢の浮気に苦しんでいた。しかし病という弱みがある。自分の先が短いこと、子供のことを思うと、離縁を言い出すことができず、妻を責めることさえ遠慮してしまう。だからお勢はやりたい放題。
お勢はその日も、朝から念入りに身支度をして、浮気相手のところへ出かけて行った。七歳の正一も、うすうす察することがあるようだったが、父親に遠慮してか、執拗に質問してくるようなことはなかった。格太郎はそんな息子に自分を重ね、いじましいような不快なような思いがする。
正一が家に友達を呼んで遊び始めると、格太郎はふと自分も子供たちに混ざって遊んでみたいような気がした。子供たちとかくれんぼをすることになった格太郎は、押入れの中の木箱の中に隠れることにした。フタを閉めると妙に居心地がよかった。そういえば、この木箱は亡くなった母の嫁入り道具の一つだった。
格太郎をいつまでも見つけられず、子供たちは探すのに飽きて外へ遊びに出てしまったようだ。それを察した格太郎は、いよいよ木箱から出ようとするが――開かない。どうやらフタを閉めたとき、偶然錠が下りてしまったらしい。
助けを呼ぶが、子供たちも女中たちも気づいてくれない。病弱な身体ではいくら暴れても箱を壊すのは難しい。密閉された箱の空気はどのくらいもつだろう――そこによく知る者の声が聞こえてきて、木箱のフタが持ち上がろうとした。
格太郎は「助かった!」と、やはりいざというときには自分のほうにきてくれるのだと、天にも昇る気持ちがしたが、しかしその直後、無限地獄に突き落とされることになった。木箱のフタは再び閉ざされたのだ――。
夜の八時になると、押入れの木箱の中から無残な姿となった格太郎が発見された。苦悶の表情も、ひきつった手足も、断末魔そのもののごとくだった。その苦痛を刻むかのように、木箱のフタの裏には無数のひっかき傷があった。
そしてそこに、三文字、はっきり読み取れる。
『オセイ』
「まあ、それほど私のことを心配していてくださったのでしょうか」、お勢は涙しながら言った。
その後、お勢は多くの遺産を手に入れて、行方をくらませた。件の木箱はお勢の手で古道具屋に売られた。
はたしていまの持ち主は、『オセイ』の三文字を目にして何を想像するだろう。あるいはそれは、無垢な乙女の姿であったかもしれない。
狐人的読書感想
今回の感想は「女は恐し」。
いわずもがなのこの一言に尽きますね。
何が恐いって、お勢には正常な感情がないわけじゃない、というところにやっぱり恐さを感じます(感情の感じられない異常犯罪もそれはそれで恐いですが)。
お勢は浮気をしていることにうしろめたさを感じていたり、衝動的に夫を手にかけようとしていることを怖ろしく感じていたりするのですが、結局は自分の欲望や保身のために悪事を犯してしまうのです。
そんなところに、なんとなくですが、誰でもちょっとしたきっかけでこのようなことがありうるのではなかろうか、そんなふうに思わされてしまいます。
お勢の場合、欲望は浮気や遺産を望む心、保身は犯行中ここで引き返してももう遅いと悟ったところ、などに表れていますね。
欲望を抑え、保身のために、いい人間を装って生きているところが、多かれ少なかれ誰にでもあるような気がします(僕だけ?)。
たまに疲れてしまうこともあります(やっぱり僕だけ?)。
いい子でいるのに、いい人でいるのに、疲れた、みたいな。
だけどいったんそれを壊してしまうと、途端に社会は生きにくい場所になるような気がして、だから人は無意識下で、欲望や保身の気持ちと世間体とのバランスを取りながら生活していて、そのバランスはちょっとしたことで、欲望や保身のほうに傾いてしまうことがあるのではないでしょうか?
だから、たまたまバレずに邪魔者を排除できるチャンスが訪れたら……、みたいな。
まあ、そんな機会が訪れることは、現実には少ないのかもしれませんが。
ともあれ、その意味では「女は恐し」というよりも「人間は恐し」と言い換えたほうが適切かもしれません。
そしてさらに恐ろしいのは、その後のお勢は警察に捕まることもなく、多くの遺産を相続して普通に人生を歩んだだろうと思わされるラストですね。
「憎まれっ子世にはばかる」ではちょっと表現が弱いかもしれませんが、罪人が必ずしもそれ相応の罰を受けるのではなく、案外その後も普通に生きているというあたり、どこか現実を思わされる部分でもあります。
まあ、その後お勢がどのような人生を歩んだのか、というところまでは具体的に描かれていないので、正義の所在を悲観する想像はやや行き過ぎかもしれませんが。
じつは、この作品の付記によれば、江戸川乱歩さんは「お勢と明智小五郎が対決する」続編の構想をほのめかしています。
(それを知れば、タイトルの『お勢登場』も、ただこの作品の様子を表しているばかりではなくて、そのものお勢というキャラクターの初登場作品という意味で捉えられて秀逸な感じがします)
結局、この構想は実現されることなく、お勢が明智小五郎にやっつけられる話だったのか、あるいはその後も定番悪女キャラとして数々の男どもを手玉に取っていったのか――気になるところではありますね。
後味が悪い話なだけに、続編があるのなら読んでみたいと思わされ、その点残念なような気がしました。
ただ、今年に入ってこの物語を原作とした舞台があったそうですね。映画やドラマなどの映像化もなされているらしく、どうやら最近何かと話題の乱歩作品の中でも注目度は高いようです。
ひょっとして今後、『お勢登場』の続編的な作品が出てこないだろうか、と、ちょっと期待してしまいますねえ……。
読書感想まとめ
誰でもお勢になり得るような気がしたのはひょっとして僕だけ?
狐人的読書メモ
乱歩作品はやっぱり人間心理の描写が秀逸だと感じる。今回はとくに格太郎が息子の正一に自分の姿を重ねて見て、いじましく思ったり、また不快に思ったりしたところがリアルな感じがした。
もちろん浮気な妻に対する複雑な思いも……、すべて納得するのは難しいかもしれないが、一定以上共感できるもののように感じた。
・『お勢登場/江戸川乱歩』の概要
1926年(大正15年)7月、『大衆文藝』にて初出。江戸川乱歩初期短編小説。構想のみで終わってしまった「明智小五郎VS.お勢」を描いた続編は、ぜひとも読んでみたかった。
以上、『お勢登場/江戸川乱歩』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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