猫の事務所/宮沢賢治=いじめダメ、みんな仲良く、だけど独りが一番楽?

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

猫の事務所-宮沢賢治-イメージ

今回は『猫の事務所/宮沢賢治』です。

文字数7000字ほどの童話。
狐人的読書時間は約19分。

かま猫が職場でいじめられる。

いじめられる方もその原因を解決する努力をすべき
かもしれないが、それが体質とかだと難しい場合もある。
いじめは有用な社会システムという話もある。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

猫の第六事務所は、猫の歴史と地理を調べて、旅行に行く猫などに有益な情報を提供する機関だ。そこには五匹の猫が働いていた。

事務長の黒猫、一番書記の白猫、二番書記の虎猫とらねこ、三番書記の三毛猫、そして四番書記のかま猫、の五匹だ。

一番後輩のかま猫は、事務所の中でつらい立場にあった。かま猫は皮が薄く寒がりで、だからかまどの中で寝る習慣があった。

そのためすすで汚れて真っ黒で、まるでたぬきのような猫だったので、先輩たちから嫌われていた。

しかし事務長だけは、自分も黒猫だったので、何かとかま猫をひいきにしてやった。

ある日のお昼休憩中に、虎猫が弁当箱を床に落としてしまった。

手を伸ばしてもなかなか取れない虎猫を見て、かま猫は弁当箱を拾い渡してやろうとする。

すると虎猫は「僕に床に落ちた弁当を食べろというのかい」と難癖をつける。

かま猫は一生懸命弁解するが聞き入れてもらえない。

いよいよ虎猫が決闘を申し出ようとしたとき、事務長が割って入り、うまくことを収めてくれた。

そんなことが度々あって、かま猫もどうにかしようと努力してみたのだが、やっぱり寒いので、どうしてもかまどの中で寝ることをやめられなかった。

あるとき、かま猫は風邪を引いて事務所を休んだ。

そのとき三匹の先輩猫は「最近、かま猫は調子に乗っていて、事務長の座を狙っている」などと口から出まかせを言った。

事務長はそれを信じ込んで、怒った。

翌日、かま猫が出勤すると、自分の席にいつも使っている原簿がなかった。

先輩たちに挨拶をしても無視された。

そしてこの日は、いつも自分をかばってくれていた事務長までもがかま猫を無視した。

四匹の猫は、かま猫を無視して仕事を続けた。

かま猫はじっとこらえてうつむいていたが、とうとう泣き出してしまった。

そこへ獅子が通りかかかり、事務所の中で何が行われているかを悟った。

獅子は事務所を廃止にした。

(著者は『ぼくは半分獅子に同感です』と最後に綴っています)

狐人的読書感想

いろんな猫が出てきて、猫の歴史や地理の情報もとてもおもしろく、外見上はかわいらしいお話なのですが、内容がドロドロとしてシビアですね。

『猫の事務所』のテーマは「いじめ」です。

悲しいことですが、いじめといえば、人間社会とは切り離せない事柄だという気がします。

ただいじめは、動物社会においても見られるという話を聞きます。

たとえば、群れに一匹だけ体色の違う個体がいると、その個体は周囲から無視されているかのように、集団から孤立することがあります。

目立つ者は真っ先に敵に狙われる可能性が高く、だからその者の近くにいたら自分も巻き込まれてしまうから、という、これは一つ生き残るための本能に根ざした行動であって、動物目線からするといじめでもなんでもないのでしょうが、やはり人間から見るといじめのように見えてしまいますよね。

案外、人間のいじめも、こうした本能に根ざしたものなのかもしれない、と考えてみると、なんとなく「いじめはよくない!」とよく考えもせず主張するのに、僕はいささかの躊躇を覚えてしまうのですが、どうでしょうね?

もちろん、「いじめはよくない!」のは間違いない、とは思っているのですが。

しかしながら、いじめは社会システムに有用な機能だ、という見方もできると聞きます。

すなわち、一人をいじめることによって、集団の結束は強くなり、団結力のある集団は、有事の際に強い力を発揮できる、というわけですね。

なんだか、もともと敵対していた勢力が、一つの強大な敵に立ち向かうため結束するみたいな、マンガやアニメを彷彿とさせる話ですが、たしかにそう理屈で説明されてしまうと、頷ける部分がなくもないという気がするんですよね。

だからといって、いじめを完全に肯定する気持ちにはなれませんが。

文化人類学的には、いじめにあう者を「スケープゴート」と呼ぶそうですが、まさに全体のための犠牲、生贄あらわす言葉として適当なように思います。

とはいえ、スケープゴートにされるのは、たまったもんじゃないですよね。

やはりいじめを否定する人は多いはずで、否定する人が多いから否定する、というのもいじめを否定する一つの理由になるかと思いますが、僕などは「自分がいじめられるのはイヤだから」と単純で自分本位な理由を持ちます。

なんだかんだで、これが一番頷ける意見、という気がするんですよね。

結局人間(というか全生物)は自分本位なものなのだから、自分本位に考えて他人を傷つけないよう心がける気持ちを持つことが、結局のところいじめをしないようにする一番の心持ちだ、などのように考えてしまいます。

ですが、何をもっていじめとするのか、みたいなことが本当にむずかしいところなのかもしれません。

作中で描かれているいじめも、「無視」ということで、これは暴力を振るわれるよりもキツイのではなかろうか、と思われるものの一つですが、しかし何をもって「無視」と捉えるかは、非常にむずかしいことのように感じています。

クラスメイトや同僚と、毎日一言でも話さなければ無視なのか、と言われてみれば、それは無視とは違うと思うし、むしろ同じ集団に属していても普段は話さない人間のほうが多いわけですよね。

まあ、だいたいそういう雰囲気というのはわかるものではありますが、だからといって「無視された」という人の意見を鵜呑みにはできず、だけど「無視なんてしていない」という人にその気持ちが少しもなかったのか、といえばそれを知るのはかなりむずかしく思い――何がいじめで何がいじめじゃないのか、というのは第三者には容易に判断しにくいところがあるように思います。

第三者といえば、この作品では第三者(獅子)が介入することで、いじめを解決することへの問題提起がなされている部分があって、それは最後の著者の意見、『ぼくは半分獅子に同感です』というところです。

獅子は猫の事務所を解体することで、いじめを解決したわけですが、これに著者が「半分同感」と言っているのには、僕も共感できました。

いきなり事務所を廃止されて職を失えば、かま猫だって困ってしまうわけで……、というか、結局いじめの根本的な原因であるかま猫がかまどの中で寝てしまうことについては何も解決されていないわけで、また別の職場に行ったとしても、また同じ理由でいじめられてしまうのかなあ、などと想像してみれば、「半分同感」と言った著者の気持ちもわかるような気がするんですよね。

寒がりな体質に生まれてしまったのはかま猫のせいではなくて、だけどみんなと仲良くなりたいのならかまどで寝る習慣はやめるべきで、しかしどうしようもないことを無理に改善してまで集団の一員として溶け込むことが、はたして本当に正しいことなのか……、僕には答えの出せない問題です。

最近、いじめが下火になってきているのは、「いじめられるくらいなら無理して学校に行かなくてもいい」という考え方が広まってきているからだと聞きますが、これも獅子が示した解決と同じような、一つの解決策だとは思いますが、やっぱり『半分同感』という気がしてしまいます。

とはいえ、いまや仕事も勉強も、インターネットを利用して一人でできる時代が訪れていて、集団に捉われない個人化、心の殻化みたいなことはこの先進んでいくのかなあ、という印象を狐人的には持っています。

いじめはよくない、みんなで仲よくしようという感想を書こうとして、結局、猫も人も、独りで生きていくのが一番楽なのかもしれないなあ、みたいな――「どうしてそうなった?」と自分でも思わずツッコんでしまう感想になってしまいました、というのが今回のオチ。

読書感想まとめ

いじめよくない、
みんなで仲良くできたらいいのに、
だけど独りが一番楽なのかもしれない。

狐人的読書メモ

事務長があっさりと先輩猫たちの言うことを信じてしまい、かま猫をいじめる側に回ってしまったのは悲しかった。が、現実にもこれと同じことは言えそうだと思った。人や周囲の環境に流されないことは難しい。

・『猫の事務所/宮沢賢治』の概要

1926年(大正15年)『月曜』にて初出。賢治の数少ない生前発表童話の一つ。テーマは「いじめ」。だけどテーマを抜きにして読むと、単純に猫の風俗がおもしろいと思った。

以上、『猫の事務所/宮沢賢治』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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