狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『二た面/泉鏡花』です。
文字数10000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約36分。
女をたぶらかすゲスな男、元二。
彼にどんな天罰が下るのか? 黒猫が彼になつく理由とは?
二た面には二面性と双面の二つの意味があります。
レッツミュージカル。
歌舞伎好きにもあるいはおすすめ。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
- 送り猫
元二という男がいた。色仕掛けで兄嫁をたぶらかし、身ぐるみ剥いで故郷を去った。のちにこの兄嫁は、継母から手酷い折檻を受けて身投げした。
元二がその夜、野原で野宿をしていると、にゃあご、にゃあごと、猫の鳴き声が聞こえてくる。そのあまりのうるささに身体を起こした元二だが、月明りの下、伸びた草の影もない原一面に、猫の姿は見当たらない。
――と、草の中でくるくる回る車、どうやら糸車らしい。そして若い女の泣き叫ぶ声。猫の鳴き声は、兄嫁の可愛がっていた黒猫のものに違いない。瞬間、元二の身体に糸が絡む。絞めつけられる、喉が苦しい。
元二は脂汗をかいた肌に、さっと吹く風を感じて目を覚ました。夢か――気を持ち直して歩き出した。
明け方、元二は宿場町に入った。川の水で身体を拭いていると、橋の欄干に一匹の黒猫がいた。三本の足で立ち、顔を洗う所作はいかにもひとを小ばかにしているようだった。元二がつぶてを投げると、それは耳の先に当たり、黒猫は逃げて行った。ざまあみやがれ、と元二は毒づいた。
めし屋を出た元二の後から、またしても黒猫がついてきていた。それはどうやらめし屋の飼い猫のようだ。めし屋から目の届かないところまで離れると、元二は煙管で黒猫の顔をぴしりと打った。黒猫はぎゃっと叫んで、斜に飛んで、並木の松の枝から枝へ、土蜘蛛のように枝から枝へ、ぐるぐると舞った。まるで去りゆくその頭を慕うが如く――。
- よこしぶき
元二は江戸で身を落ち着けた。ある大番役の下働きをしていた。よく働き、見目がよく、身ぎれいだったので、すぐに評判となった。
元二は女にモテた。つぎつぎと女に手を出したが、今度はもっとも目をかけてくれる御用人の若妻に目をつけた。御用人はオスの猫を飼っていたが、元二が奉公して以来、メスの黒猫がやってきて、邸内に居着いてしまった。御用人も若妻も飼い猫と同じように黒猫を愛した。元二もまた、なぜか自分になついてくるこの黒猫を可愛がった。
大番役の誕生日が明日に迫った、その一日前の夕暮れ時、元二は座敷にいる御用人の若妻に、庭先から声をかけた。いわく、明日の誕生日会でひとつ余興の小話をすることになったのだが、そのなかに恋の歌を詠みたく思い、ご助言を仰ぎたいのだという。御用人の若妻は快く引き受けて、元二にいわれるまま、思いついた恋の歌を紙に書いて渡してやった。
祝いの夜、元二は仲間内でこんな話をした。わけあって故郷を離れ、世を忍ぶ若者が、ある屋敷に奉公して、そこの妻と恋仲になった、仲立ちをするのはその家の猫で、首輪に恋歌を結んで密やかな文通を楽しんでいる――そして御用人の若妻に書いてもらったあの恋歌の紙を見せびらかした。そんなふうにして元二は自尊心を満足させた。
ある夜のこと、メスの黒猫が元二の部屋にやってきて、恋歌の紙に乗っかった。慌てて元二が紙を引くが、黒猫はそれを放さない。ついに元二は火箸をとって、黒猫の左目の下を突いた。黒猫はきゃっと鳴いて逃げて行ったが、三日目にはまた元二の足元にすりよってきた。
黒猫の目の下の傷を見て、元二はぎょっとした。明らかに数日前の傷跡ではない。これはあのめし屋の黒猫ではないか、いや、橋の欄干で顔を洗っていた、いやいや、兄嫁が可愛がっていた黒猫に似てはいないか……。
それから御用人の若妻は、病気といって引きこもり、やがて保養ということで実家に帰ったそうであるが、その後自らこの世を去ったという。
昔も今も、田舎者のずうずうしさほど恐ろしいものはない。
狐人的読書感想
まさにゲスな男、元二。冒頭、彼の兄嫁に対する仕打ちに激怒し、どのような天罰が下るのか、わくわくしながら(性格悪いかな?)読んでいたのですが、何も起こらずに終わってしまい、びっくりしました。
現実は必ずしも勧善懲悪の世界ではない、そんなものは小説や漫画やアニメやゲーム、フィクションの中だけの話だ、とかいえば、これは非常に現実的な小説なのかもしれませんが(しかし……)。
「憎まれっ子世に憚る」とでもいうのでしょうか、人から憎まれ嫌われる者のほうがかえって世渡り上手で出世をする、というのは、ひとつ世の中の真理を表しているような気がしてしまいますね。
最近のニュースなどを見ていても、そんな感じがするのですが(レッツミュージカルの件とか)、みなさんの周りはいかがでしょうか? 会社の上司や同僚、学校の同級生なんかに、そんなひとはいませんか?(あるいは僕自身はどうなのだろう……)
今回は泉鏡花さんの『二た面』(ふたおもて)というタイトルの短編小説ですが、この意味がわからなかったので調べてみると、どうやら人間の性格の「二面性」を指す言葉みたいで、たしかにこの物語の主人公であるゲス男、元二を表すのにぴったりのように思います。
二面性といえば「二重人格」などをイメージさせられるような、ちょっと特別な性向のような気もしますが、多かれ少なかれ誰でもが持っているもののようにも感じています。
たとえば、家の中で家族に接するときの自分と、学校や会社でそこのひとたちと接する自分とでは、やはり違うなと感じるところはありませんか? あるいは好きな異性の前では、コロッと性格が変わってしまうみたいな。
そしてこのような「二面性」を、普段意識することはあまりない気がするのです。それは二面性の激しいひともそれほどでもないひとも、同じことのように思います。
作中の元二の場合、彼の二面性は黒猫に対して、またあくどいといっていいであろう女性に対する態度と、反面働き者できれい好きといった性格に、よく表れていますね。
無自覚にひとを傷つけたり、不幸にしてしまう人間というのは残念なことですが存在するように思います。悪に対する認識が薄いというか、本当に悪意なく無自覚にひとを傷つけてしまうというか。
そして自分もそのようなものではないだろうか、ということをたまに考えることがあります。
些細な一言が、あとでそのひとを不快にしてしまったのではないだろうか、と後悔したり落ち込んだりすることがあります。
些細な一言であれば、相手もそんなに気にしていなかったり、まったく気づいていなかったりする場合もあるのでしょうが、それを知ることはむずかしいのですよね。
改めて相手に訊くのもなんだか変な気がするし、怖いし、だけど訊かなければ相手もいちいち教えてくれたりはしないだろうし、ホントに些細なことであれば、お互い暗黙の了解のうちに許し合って、変わらず付き合っていくのが、円滑な人間関係の築き方だと思うのですが、自分の言動のいちいちが気になって、口数が少なくなったりひとと話せなくなることってありませんか?(ひょっとして僕だけ?)
善悪の概念には当然ながら個人差があり、正しい善悪というものも存在しないというところが、このあたりのよりむずかしいところだと思うのですが、どうなのでしょうねえ……。
もうひとつ、『二た面』には『双面』の字を当てることができます。これは二人の人物がまったく同じ姿かたちをして現れて、周囲を惑わした挙句、一方は幽霊だった、というドッペルゲンガーを彷彿とさせられるオチで終わる歌舞伎の趣向、演出だそうです。
この場合亡霊は、怨みを抱く相手の、その恋人とおなじ姿で現れるらしく、これがなんとなく作中の黒猫を思わせるところがあって、ひょっとしたら『双面』は『二た面』のモチーフなのではなかろうか、と疑ってみたのですが、調べてみても正確なところはわかりませんでした。
黒猫は不吉の象徴として描かれることの多い生き物ですが、虐げられても虐げられても、元二の前に姿を現しては彼になついている様子が、たしかにちょっと不気味に感じました(動物に好かれる人に悪い人はいないとはいいますが、はたして……)。
この黒猫が間違いなくこの作品の中心にいて、深い意味を持っているはずなのですが、どこかまだすべてを読み切れていない、そんな感じがしています。
その点、また時間を置いて、読み直してみたい小説です。
読書感想まとめ
憎まれっ子世に憚る、二た面、双面、二面性。
狐人的読書メモ
まあ、単純に読むならば、人のずうずうしさほど恐ろしいものはないとうこと。最後にちゃんと書いてある。
・『二た面/泉鏡花』の概要
初出不明。人のずうずうしさほど恐ろしいものはないということ。
以上、『二た面/泉鏡花』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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