妻の名/織田作之助=君の名は妻の名、前向きに生きる、忘れてほしいと願う。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

妻の名-織田作之助-イメージ

今回は『妻の名/織田作之助』です。

文字数300字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約1分。

君の名は妻の名。

大切な人がいなくなる、大切な人の前からいなくなる。
それは気持ちをきりかえ前向きに生きるということ、
忘れてほしいと願うこと。

今回の読書感想は小説の内容とアンマッチ。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

(1分で読める、ということで全文を)

『妻の名/織田作之助』

朝から粉雪が舞いはじめて、ひる過ぎからシトシトと牡丹雪だった。夕方礼吉は雪をふんで見合に出掛けた。雪の印象があまり強すぎたせいか、肝賢の相手の娘さんの印象がまるで漠然として掴めなかった。翌朝眼がさめると、もうその娘さんの顔が想い出せなかった。が想い出せない所を見ると、満更わるい印象を受けたわけではないのだろうと思い、礼吉は貰う肚を決めた。

貰うと決めてみると、さすがになんだか心細い気もした。そうして一週間ばかり経ったある朝、新聞を見ていた礼吉は急に耳まで赧くなった。建艦運動の献金欄に松野一江という名がつつましく出ているのを見つけたのである。松野一江というのはその娘さんの名であった。礼吉はなにか清潔な印象を受け、ほっとして雪の日の見合のことを想い出した。

狐人的読書感想

妻の名-織田作之助-狐人的読書感想-イメージ

今回は『君の名は。』ではなくて『妻の名は。』でもなくて『妻の名』ということですが(『君の名は。』と言いたかっただけですが)、テレビ朝日が放映権を獲得して(10億円!?)この秋にも地上波初放送予定というニュースを見て驚きましたが、DVDが夏発売予定であることを鑑みるに、さすがに早すぎという感想にも頷けますが、ともあれ今回は『妻の名』です(結局『君の名は。』と言いたかっただけです)。

作中の妻の名は(妻となる方の名は)「一江」ということで、これは織田作之助さんの最初の奥さんである「一枝」さんに由来しているものと見て間違いないのではないでしょうか?

一枝さんは31歳のときに子宮がんでお亡くなりになっていて、織田作之助さんは最期まで一枝さんの写真と遺髪を肌身離さず持ち歩いていたほどの愛妻家だったらしく、なのでやはり一枝さんをモチーフにされたのだろうと思われる妻の登場する作品を、数多く残されていて『妻の名』もそのうちのひとつでしょう。

代表作として知られる『夫婦善哉』の「蝶子」とかもそうなのでしょうが、『競馬』という小説にも「一代」というカフェの美人ウェイトレスが、主人公の妻となってから乳がんを患ってしまい、切除するも時すでに遅く、がんは子宮に転移しており、やはり亡くなってしまうというお話があります。

本筋にはまったく関係ないのですが、今回の読書ではがんで妻を失ってしまうことを思わされました。読書というよりも、最近のニュースが関係していることが、否めないわけではありますが。

『妻の名』のタイトルや、そのニュースの内容から「妻」を失ってしまうことといってしまっていましたが、これは夫や子供、お父さんやお母さん、友達や恋人などと置き換えて、大切な人がいなくなってしまうということで、普段あまり想像しないことのように思います。

当然ながら想像しないから悪いということではなくて、想像しないということは大切な人たちが普段健康で、そこにいてくれるのが当たり前だからこそ想像しないわけで、それはむしろ良いことのように思えるのですが、たまにそういったことを想像しておくのもあるいは必要だという気がするのです。

病気などの兆候もないのに、わざわざ心の準備というのも変なようにも聞こえますが、不慮の事故などによって大切な人がいつ自分の目の前からいなくなってしまうかもしれない、という可能性は常にあるわけで、それを意識しておくことはいざというときのためにも重要なことのように思えるのです。

とはいえ実際その場面に遭遇したとき、いくら想像、覚悟、心の準備ができていたからといって、動揺せず、沈着冷静に大切な人がいなくなってしまった、という現実を受け入れるのはむずかしく思います。

もちろんがんなどの病気を患っていて、いつ亡くなってもおかしくなかったというような状況と、突然の事故などという状況とでは受ける衝撃の大きさも違ってくるでしょうし、その意味ではやはり「残酷な空想」に耐えておくことに意味はあるのでしょうが、それでも大切な人を失う悲しみは誰にも同じもののように思うのです。

それだけに、大切な人を失ってしまった直後、大きな悲しみや喪失感に襲われつつも、表向きは毅然とした態度でひとに接し、前向きに生きていこうとする姿勢には感銘を覚えてしまいます。

少し話が離れるかもしれませんが、僕は気持ちのきりかえが遅いのかなあ、と思うときがあります。

たとえば悲しいニュースのあと、かわいい動物映像とかすぐに楽しめない、みたいな。いやなことをいつまでも引きずってしまうんだよなあ、とか。

気持ちのきりかえが大事な仕事があって、そういう仕事がたくさんのひとの助けになっているのだから、やっぱり気持ちのきりかえ大切なのだけど、とか。

話のレベルがだいぶ違うようにも思いますが、大切な人を失くしたときにも、やっぱりいつまでも引きずっていないで、前向きに生きなければ、といった気持ちのきりかえは大事なのだと思います。

すぐにそれができるひとは、あるいは心の冷たいひとなのではなかろうか、とも考えなくもないのですが、多くの場合それは心が冷たいわけではなくて、心が強いのだと感じて、僕も見習わなくてはならないことのように思います。

大切な人のことをすぐに忘れて、すぐに気持ちをきりかえて、前向きに生きていくのか、とか言ってしまうと寂しいことのようにも感じてしまいますが、決してすべてを忘れてしまうわけではなくて、もちろん忘れてしまうことだって多いでしょうし、必要だとも思うのですが、忘れられない思い出を抱えて、残された者は生きていく――それが人間なのだということを改めて考えました。

あるいはこういったとき、残される者の立場ばかり考えてしまいますが、残す側のことも考えてみるべきなのかもしれません。

僕などは、もしも僕がいなくなったとしても、僕の大切な人たちには、僕のことを忘れてほしくない、などと、どうしても願ってしまうのですが、僕のことなど早く忘れて、僕のぶんまで幸せに生きてほしい、と思うことが、本当のことなのかもしれません。

てかほとんど読書関係ないじゃんという、残される者と残す者の心の在り方を思わされた、という今回の読書感想でした。

読書感想まとめ

妻の名-織田作之助-読書感想まとめ-イメージ

大切な人がいなくなること。大切な人の前からいなくなること。

狐人的読書メモ

お見合いした相手のこと思い出せないって……、家と家とのつながりだったという昔の結婚のことが象徴的に描かれていると解釈するべきなのか。建艦運動というのがよくわからなかったが、読んで字のごとく軍艦を建造する資金調達の運動を指しているのだろう。「日本文学報国会」でもこの事業がなされていたという。お国のために、戦争のための一助となることが、清潔な印象を与える時代であった。

・『妻の名/織田作之助』の概要

1976年(昭和51年)発行、『定本織田作之助全集 第六巻』(文泉堂出版)に収録される短編小説。1分で読める戦争中の結婚についての認識。

以上、『妻の名/織田作之助』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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