狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『盈虚/中島敦』です。
中島敦 さんの『盈虚』は文字数9000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約30分。
因果応報なる或る古代人の半生。
舞台はキングダムでおなじみ(?)春秋時代の中国。
衛の皇太子の栄枯盛衰。
盈虚、……漢字読めましたか?
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
春秋時代の中国、衛の皇太子蒯聵は、義母の不貞を知って、これを誅しようと画策した。しかし目論見は失敗に終わり、これを知った父王は、蒯聵討伐の命を下す。晋に逃れた蒯聵は、この国の実力者たる趙簡子の元に身を寄せた。
3年後、蒯聵は父の訃報を聞く。皇太子不在の衛国で、王の位に即いたのは、郷国に残してきた蒯聵の子、輒だった。これを好機と捉えた蒯聵は、己が即位するため、再び故国の土を踏むも、衛国軍に阻まれて、戚の地に留まることを余儀なくされる。雌伏の時は、じつに13年の長きに及んだ。
我が子に裏切られ、長く無聊を託つうち、蒯聵はひねくれた中年の苦労人に変わった。慰めは、現衛公たる輒とは異腹の子たる疾と、闘鶏だった。
輒の後ろ盾なる人物が亡くなり、その未亡人たる蒯聵の姉が権勢を振るい始めると、状況は蒯聵にとって好転した。この姉の情夫である渾良夫が尽力して、蒯聵はクーデターに成功し、ついに衛の王座に即いて荘公となった。蒯聵が衛を出奔して、じつに17年の歳月が過ぎようとしていた。クーデターの功労者、渾良夫は以後荘公の重臣として厚遇された。
荘公は政治を疎かにした。不遇時代、得られなかった快楽、損なわれた自尊心を取り戻すかのごとく振舞った。新たな皇太子となった疾は、溺愛された結果、酷薄で不遜な性格に育っており、それはときに父である荘公をもたじろがせるほどであった。
ある夜、渾良夫が荘公にした進言を、疾が聞いて激怒した。翌年の春、宴の席にて、疾は無理矢理に渾良夫の罪を並べ立て、これを処断した。荘公は黙って見ているしかなかった。
亡命の折世話になった晋の趙簡子から、荘公の元に使いがあり、帰国後一度の挨拶もないのは非礼である、といった旨の口上が述べられた。荘公は、国の内紛を理由にこれを退けるも、それが煩わしさを隠すための言い訳であるのを、疾が先方にばらす。早く父に代わりたいがための策略だった。
荘公はその年の秋に夢を見る。それを占うと明らかなる凶兆が出る。自身の滅亡を覚悟した荘公の放蕩ぶりには、より拍車がかかり、とくに闘鶏には金と権勢を使った。巷には怨嗟の声が満ち満ちていた。
ふと目についた異民族を、都から放逐したみぎり、長く美しい髪の女がいた。それを目にした荘公は、寵姫のかつらにしようとして、その女を丸坊主にしてしまう。
冬になり、晋国軍の侵入と呼応し、ある貴族が兵を挙げた。皇太子疾もこれに共謀していたという。とうに動かなくなったお気に入りの闘鶏を片手に、逃げる荘公が辿り着いた家には、丸坊主にした女とその夫が暮らしていた。命乞いをする荘公を尻目に、夫は刀剣の鞘を払った。
これが衛侯蒯聵の最期であった。
狐人的読書感想
文章自体はそうでもないのですが、とにかく難しい漢字が多いです。まずタイトル。これ、読めて、さらに意味を知ってる人、どれだけいるのでしょうねえ……。
改めて『盈虚』は「えいきょ」と読みます。意味は「月の満ち欠け」を表し、転じて「栄枯盛衰」のたとえとなり、これがそのまま、この物語のテーマになっているといえそうです。
というのも、『盈虚』は、前回読書感想を書いた中島敦 さん作品『牛人』とともに『古俗』として発表されたのですが、そのときのタイトルは『或る古代人の半生』というものでした。のちに単行本(『南島譚』)化されたときに、『盈虚』と改題されたわけなのですが、タイトルに、よりテーマを込めるための改題と見るのが、妥当ではないでしょうか。
(『牛人』の読書感想はこちら)
さらに、このタイトルの話ですが、中島敦 さんの残されたノートには『栄辱録』というメモがあったのだとか。
『栄辱録』=「栄えと辱め」
『盈虚』=「栄えと衰え」
こうして並べてみると、やはり『盈虚』のほうが、この物語には相応しいような気がします。
そして『盈虚』は、『牛人』と併せて発表された作品だと前述しましたが、包含するテーマについても、共通するところがあるように思いました。
それは「運命」ということなのですが。
『牛人』の叔孫も、『盈虚』の蒯聵も、どうやら運命に翻弄された人間の姿が描かれているようです。
ただ僕としては、『牛人』を復讐譚として捉えたように、『盈虚』は運命とは別にした因果応報の物語として読んだほうが、趣深いように感じました。
ひょっとして「因果応報も運命の一種なんじゃ……」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが。
「因果応報」は、仏教思想の一つですが、宗派によって捉え方が異なり、必ずしも運命と一括りにはされていない場合があります。
ちょっとややこしいことを言っている自覚がありますが、運命を「人間の力では絶対に変えられないもの」だと考えれば、因果応報は、悪い運命でも、良い行いをすれば良い報いにできて、悪い運命も変えられるので、運命ではない、ということなのですが(……よりややこしくしてしまった?)。
要するに、『盈虚』の蒯聵は、運命によって滅びたというよりも、自分の悪い行いがたたって滅びたのだと読んだほうが、より実際的な寓意を含んでおもしろいと思った、ということなのですが。
「悪い事をすると自分に返ってくるんだよ」
ということです。
というのも、やっていることが酷いんですよねえ、蒯聵は。
まあ、すべての原因となる、不貞な義母を誅しようとした行いについては、完全に悪いとは言い切れない部分もありますが、それにしてもまずは父王に諫言するとか、他にやりようがあったように思います。
父王を想っての行動だったならば、なおさら慎重になるべきだったのに、おそらく自分の不快が先行し過ぎたがために、極端な行動に出てしまったのだろうと推察されます。
……こういった暴君とか、王侯貴族の物語に触れるたび、僕は性悪説のほうを推したくなってしまうのですが、どうなのでしょう。人間の核は利己的欲望で、痛みを知ることで善行を学ぶ、ということなのですが。
それには善い人との出会いが重要で、どのような人が周りにいてくれるかで、その人の性格も変わってくるのではないでしょうか。
ちょっと話は逸れますが、政変で暴君が駆逐された場合、のちの反乱の芽を摘む意味でも、一族郎党諸共――という話を聞くと、犠牲になった家族は暴君の巻き添えに……、とか、ただだたかわいそうに思ってしまいがちですが、権力者の家族というものは、そうならないためにも、誤った道を辿ろうとする夫なり父なりに対し、きちんと正す責任を、生まれながらに負っているものなのだそうです。だからこそ贅沢な暮らしができるわけなのですが、そのことをしっかり学ぶ機会というものがはたしてあるのかなあ……、と思わなくもありませんでした。
その意味では、痛みを知る機会の少ない、生まれながらにして上流階級の環境というのは、人格者育成の観点からは不利、という気がしてしまいます。
それを証明するように、蒯聵の父は話も聞かずに息子の討伐を命じ、のちに即位する蒯聵の子、輒は父の帰還に軍を差し向け……、それを裏切りと受け取った蒯聵は、ひねくれた中年の苦労人になってしまいました(この表現は本文まんまなのですが、ひねくれものの僕としても、ちょっと「クスリ」な部分でした)。
そして蒯聵のもう一人の子、疾も……(いわずもがな)。蒯聵の栄枯盛衰のみならず、ここにも因果応報を感じさせられてしまいます。
ちなみに『牛人』同様、『盈虚』も中国の歴史書『春秋左氏伝(左伝)』をもとに執筆されています。
蒯聵と疾の性格設定は、原典の『左伝』には見られない、中島敦 さんの創作だそうで、他にも蒯聵が闘鶏に耽溺し、最後まで動かなくなった闘鶏に執着している姿や、貴族の反乱に疾の共謀をほのめかしているところなども加えられているところだそうで、たしかにこのほうが、人間ドラマ的に映えるように思い、ストーリーテラーとしての巧みさを感じました。
『盈虚』は、一般的にいわれるように、「世界のきびしい悪意」、すなわち人間にはどうしようもない運命といったものを描いているのだと思われますが、狐人的には(運命とは別に考えた)因果応報の物語の向きが強い印象を受けました。
因果応報を導くことになった蒯聵の性格、これを善く育む土壌とはなり得なかった王族の環境が、すなわち「世界のきびしい悪意」だと捉えるならば、やはり運命的な物語ともいえそうですが。
みなさんはどのように感じるでしょうか?
ぜひ一読していただきたい小説です。
読書感想まとめ
狐人的には「因果応報」の物語。
それと髪は女の命なんだからね!
狐人的読書メモ
本当に狐人的読書メモだが、渾良夫が着ている衣装に「狐裘」が出てきたのが、狐人的には興味深く思った。「狐裘」は「狐の革裘」とも呼ばれ、古来中国で高貴な女性が身に着ける衣装らしい(男性でも着るものだったのかなあ……)。中原中也 さんの詩『汚れっちまった悲しみに……』に出てきたのが印象的で覚えてた。
(中原中也 さんの詩『汚れっちまった悲しみに……』の読書感想)
・『盈虚/中島敦』の概要
1942年(昭和17年)『政界往来』にて発表。『牛人』と併せて『古俗』と総題され出版された。当初のタイトルは『或る古代人の半生』。のち単行本(『南島譚』)化に際し改題された。執筆年代については不明。中国の歴史書『春秋左氏伝』(定公十四年、哀公十五年、哀公十六年)をもとに執筆された短編小説。
以上、『盈虚/中島敦』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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