縮小する世界(1)

狐人小説

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読書時間:10分
あらワド:30歳無職の俺/ハローワークのかわいいおねーさん/就職相談/ひきこもり/ネトゲ三昧/たくさんの女性とセッ……/ここは天国のような職場です!/〇〇クスだよね?/でも童貞卒業できるじゃないですか!

 

いちおうハローワークなう。

番号が呼ばれたので、該当の窓口に行ってみると、かわいい感じのメガネをかけたおねーさんが、立ち上がって俺を迎えてくれた。

個室で、二人きりで、対応してくれるらしい(プライバシー関係がより厳しくなってきてるんだろうか? 名前や職業も、個人情報といえば個人情報といえる世の中だ)。

「――大学出て、就活して、だけど全然正社員の採用とれなくて、IT関連のアウトソーシングやってますよ、って小さな会社に入ったんだけど、それが派遣会社だったわけ。アウトソーシングってなんかカッコいいなあ、なんて思ってたら、派遣かよ! だったら派遣って求人に書けよな、みたいな」

で、いま俺は、人生ではじめて就職相談というものをしている。

就職相談という名のグチをこぼしている。

「アウトソーシングは業務委託ですね。人を派遣するのではなくて、業務を請け負う。派遣とは命令系統が違ってきますけど、実際に働く上では、違いがわかりにくいかもしれません。広義の意味では、派遣もアウトソーシングの一部なので、『派遣』という言葉のイメージを気にする会社が、求人に『アウトソーシング』という言葉を全面的に押し出している、という話は私も聞いたことがあります」

ハローワークのおねーさんは、親身になって俺の話を聞いてくれている。

「そうそう。しかも未経験者大歓迎! しっかりした研修体制! って書いてあったのに、これも面接の練習! 研修みたいなものだ! なんて言われてさ、速攻派遣先に面接に行かされたの。んで、合格ってなってさ、一週間後にはそこで働くことになるんだけど、つまり研修期間はその一週間で、ほとんど何も教えてもらってないわけ。まあ、パソコンの基本操作くらいはいまのご時世誰だってできるし、それで充分だって判断なのかもしれないけどさ、てか一番納得できなかったのは、その短い研修期間中の給料が結局出なかったこと! 求人にはちゃんと研修期間中の給料は出るって書いてあったのに、いろいろ理由つけられてさ」

「それは明らかに違反っぽいですね」

「でしょ! まあ、いまさら言ってもしょうがないけど。それで、その派遣先で働くことになったんだけど、派遣先はけっこう大きな通信関連企業の子会社でさ、俺でも名前を聞いたことくらいあって、おっ、いいね、ってなったわけ。だってさ、そこで何年か働けば、そこの正社員にしてもらえるんでしょ?」

「派遣法では、派遣社員の同じ職場での契約が3年を超える場合、派遣元は『派遣先への直接雇用の依頼』、『新たな派遣先の提供』、『派遣元での無期雇用』などの措置を取ることが義務付けられています。さらに労働契約法では、有期契約社員が5年を超えて契約更新される場合、本人の申し出によって『無期労働契約』に転換できます」

「う~ん、何言ってるのかわからん。おねーさん、ハローワークの職員なだけあって、さすがに詳しいね。でもさ、何言ってるのかわからん俺でもわかることもあるわけ。つまりその法律じゃあ、じつは正社員にはしてもらえないってこと。現に俺、正社員にしてもらえなかったし。てか、8年働いて契約打ち切られたし」

「3年を超えたときに派遣先へ直接雇用の依頼をお願いしなかったんですか?」

「うん、お願いしなかった。てか、3年を超えたときに、その派遣先の、大企業の子会社の、そのまた子会社から直接雇用の話が出て……これ、俺もあんましよくわかってなかったんだけど、いまでもわかってないんだけど、派遣先の仕事は、その大企業の子会社の子会社が業務委託されてたものだったんだわ」

「じゃあ、それがアウトソーシングですね。3年間は働く現場として大企業の子会社へ出向するかたちで、大企業の子会社の子会社が業務委託されている仕事をされてたんですね。つまり、派遣先は大企業の子会社の子会社だったと。たしかにそれだと多重派遣にならないんですよね」

「そ。で、今度はその大企業の子会社の子会社の契約社員というかたちで働くことになるわけ。この時点で、もう大企業の子会社の正社員にはなれなくなっちゃったわけだけれど、まあ、大企業の子会社の子会社の正社員を目指せばいいのかなあ、大企業の子会社の子会社の名前はそんなに有名じゃないんだけど、てか、こういうふうに働くことにならなければ聞いたこともなかったんだろうけれど、ま、いっか、正社員だし……なんて考えながらさらに5年働いた」

「では、いよいよ、大企業の子会社の子会社に『無期労働契約』を申し入れたんですね」

「うん、そしたらあっさり契約終了を言い渡された」

そう、いともあっさり。

「そうでしたか。まあ、じつは『無期労働契約』も正社員だとは限らないので、『無期労働契約の契約社員』のまま定年まで働く可能性もあります。サトウさんはまだ30歳ですから、これからいい会社を見つけて、正社員になりましょう! 私もできるかぎりお力になりますから!」

と、ハローワークのおねーさんは言う。

「いや」

と、俺は言う。

「え?」

「もう、働くのがいやになりました」

俺はカウンターに突っ伏した。

「てか、これまでの話、理解できる若者どんだけいるんだよ! 俺が20代だったらとっくに読むのやめてるよ! おねーさんは専門だからわかるかもしれないけど! なんでこんなに複雑なんだよ! アルバイトから契約社員になって、契約社員から正社員になれる、みたいな! そんなふうに思うじゃん? ふつう! 派遣先が大企業の子会社だと思ってたら業務委託されてる子会社の子会社で、結局大企業の子会社の正社員にはなれなくて、だったら大企業の子会社の子会社でも……って思って、がんばって働いてたのに、大企業の子会社の子会社の正社員にもなれなくて……この8年なんだったのかなって……」

「……サトウさん」

俺のグチはとまらない。

「IT系の仕事っていったって、サーバー室でシステムの監視をずっとさせられてたんだぜ! パトランプが鳴るの見てるの。超アナログぅ~。てか知ってる? サーバー室ってさ、マシンを冷やさなきゃいけないから一年中冷房ガンガンで超寒いんだぜ! 宿直とかさ、床で毛布にくるまって仮眠とったりしてさ、暇な時間とかさ、いずれSEに……とか思って、ベンダー資格の勉強とかしたんだぜ! いくつか資格もとったんだぜ! だけど、これからも派遣しか働き方なさそうだしさ、派遣会社の正社員じゃ結局ずっと派遣だし。派遣じゃない企業の正社員なんか俺じゃなれそうにないし……そりゃあ、俺が悪いんだよ? 大して勉強もせず夢も持たず、ただなんとなく行けそうな大学に行ってさ、ただなんとなくキャンパスライフ過ごしてさ、正社員になるのは難しそうだったから、非正規雇用で働いた結果が、これ。だけど昔は、それでもみんな正社員になって働けたんじゃないの? 日本のすばらしき終身雇用制はどこへ消えたんだよ! なんでいまはなんでも派遣派遣派遣になっちゃったの? それに派遣会社はいったいどんだけ俺たちの稼ぐ報酬からマージン引いてんだよ! 20%かよ! 30%かよ! 50%かよ! 俺たちゃ卸しの商品じゃねーっての! 人間だってーの! そういえば『同一労働同一賃金』はどうなったんだよ! 人件費削減と雇用調整の使い捨てとして非正規雇ってんのに、同一賃金なんて冗談じゃない、ってか! だよね、だ・よ・ね! あははははは……」

「サトウさん、どうか落ち着いて」

俺の怒涛のグチに、さすがのおねーさんもわたわたしてる。

「もーいいんだあ、どうせ俺なんて。オタクで、お宅にひきこもりだし、ネトゲ中毒だし、童貞だし。生きる価値も希望もないし。今日だってとりあえず失業保険の申請しにきただけだし、就職相談はそのついでだし」

「そんなことおっしゃらず」

「俺さ、何のために生きてるんだか、わかんないんだあ、彼女もいないし、金のかかる趣味もないし、毎日3食カップメンでも全然飽きないし。だから、まあ、ある程度貯金もあるし、もう野垂れ死にするまでひきこもってネトゲ三昧の日々を送ろうかと思ってて……」

「そんなのダメですよ! サトウさんまだ若いんですから、ちゃんと働かなくちゃ! 大丈夫、私も仕事探しのお手伝いしますから! きっといい会社を見つけて、正社員になりましょうよ! そしたらサトウさん、カッコいいんだから、きっと彼女だってすぐにできますよ!」

俺は突っ伏したまま、一生懸命なぐさめてくれるおねーさんを、上目遣いに見た。

「ぐすん。おねーさん、やさしいね。ハローワークの人なんて、どうせお役所仕事でさ、毎日たくさんの無職者を流れ作業でさばいていく、冷たいエリートどもだとばかり思ってたけど、そんなことないんだね」

「そうですよ。ハローワークの職員は、みんな一生懸命就職サポートしてるんです!」

「それにおねーさんかわいいし。巨乳だし。メガネも似合ってるし」

「ありがとうございます。だけどセクハラ発言がありましたよ。正社員を目指すなら、目指さずとも人として、そういうところもちゃんとしなくっちゃ!」

冷静に対応しているようでいて、ちょっと頬を赤らめているところなんかがまたかわいらしい。

「おねーさん、俺と結婚を前提に付き合って、って言ったら、どう?」

「正社員か公務員じゃないといやですね」

きっぱり言う。

「だ・よ・ねー」

がっくしする。

「とりあえず、希望の仕事を検索してみましょう。まず正社員ですね……思いつく条件をなんでも言ってみてください」

ふと、かわいいおねーさんの困った顔が見たくなっちゃった。

「そうだなー。一日中家にひきこもっていられてー」

「在宅希望、と」

「一日中ネトゲができてー」

「ネットゲーム……テスター……モニタリング……」

「それでゲームで仲良くなった彼女とかできたら最高だなー」

「女性が多い職場、っと」

「って、おねーさん、ツッコミツッコミ! そんな仕事があるわけ――」

俺は冗談っぽく笑ってみせる。しかし――

「ありましたよ! ほら!」

「え。あるの?」

マジで?

「はい。『YAPOO!株式会社』」

「……その社名、かなりアウトじゃね?」

ヤプー株式会社って……。

「仕事はモニタリング。ほら! 監視ですよ! 監視! システムの監視業務経験が役に立つ! かも。サトウさんの8年はムダじゃなかったんですよ! たぶん。しかもキツイ監視するほうの仕事じゃなくて、楽な監視をされるほう!」

「ちゃっかり仮定だね。てか、監視をされるって……ますますアウトじゃね? 治験みたいなこと?」

医薬品や医療機器の臨床試験モニターのアルバイトが、けっこういい金になるという話はよく聞く。

「業務内容は面接時に説明となってますね。でも正社員待遇ですよ。社員寮に入寮必須でそこから出る必要なし。監視中は何をしていてもOKですって。ひきこもりできてネトゲもできるじゃないですか!」

かわいいおねーさんが大きな胸の前でパンと手を打ち合わせる。

「一日中生活を監視されるってこと? いったい何のために……」

「いいえ、プライバシーはきちんと守られるそうです。あ、ほら、会社のホームページに社員さんからのメッセージが載ってますよ」

そう言って、おねーさんは俺のほうに端末を向けてくれた。

『もちろん最初は信じられませんでした。ひきこもってネトゲ三昧、しかもたくさんの女性とセッ……おっと、これは企業秘密が含まれるので、これ以上は言えないのですが、とにかくそれだけしていれば、一生の生活が保障されるなんて、まさにここは天国のような職場です。僕はニートのネトゲ廃人で、親に寄生して生きてたんですけど、頼りの両親が死んじゃって、路頭に迷うところをこの仕事に出会いました。もう一度だけ言っておきます。ここは天国のような職場です! 僕と同じようなニートのネトゲ廃人はぜひ一度面接に来てみてください!』

…………。

「……なんだ、これ? あやしい商品のでっちあげ体験談みたいな……『たくさんの女性とセッ……』って、あれだよね? 〇〇クスだよね? 男優でも集めてんのか? あからさまにあやしくね? もうアウトでよくね?」

「でも童貞卒業できるじゃないですか!」

「いや、おねーさん、それ逆セクハラだよ」

「あ、失礼しました。サトウさんのムチャな希望通りの仕事がまさか見つかるとは思ってなくて、うれしくなって、つい……」

てへっ。

もちろん、おねーさんは「てへっ」とは言っていないが(俺の心眼補正だ)、赤くなって、てれた顔もやっぱかわいいな。

デレてほしいな。

無職の俺じゃムリか。

てか、やっぱムチャな希望だとは思ってたんだ。

それでもまじめに付き合ってくれるんだから、このおねーさん、どうやら性格も相当いいらしい。

「でも、こんな好条件、つぎはないかも」

こんなあやしい求人を、『好条件』の一言で片付けちゃうあたり、(それで片付けちゃっていいのか、という思考が一瞬俺の頭の中をよぎるも)どうやらすなおないい子らしい。

「とりあえず、電話してみましょうか? ……もしもし――」

俺の返事も聞かず、おねーさんはすばやく端末を操作して、そのままヘッドマイクで話し出す。どうやら手際もいいらしい。

「――サトウさん、このあとご予定は?」

「ん? とくにないけど……」

まさか終業後のデートのお誘い? ――この流れで(この流れでなくとも)あるはずのない妄想が一瞬頭をかすめて、「予定はない」と即答してしまった。

「じゃあ、いまから本社で面接、大丈夫そうですね。本社はここから電車で30分くらいのところですし」

「え、うん、まあ、大丈夫だけど……」

いや、待て、俺。何が、「え、うん、まあ、大丈夫だけど……」だ。おねーさんが大丈夫かと聞いているのは、デートのお誘いじゃなくて会社の面接だ。

「いや、待って待って。俺、今日は履歴書とか用意してきてないし、服だってスーツじゃないし」

「あ、大丈夫です! 先方は身体一つでぜひご来社くださいとのことです」

どんな会社のどんな面接だよ。アルバイトの面接でも履歴書くらい必要だろ、ふつう。

カニか? マグロか?

漁船にでも乗せられるのか?

先方とのやりとりはスムーズに終わり、おねーさんは現在地からYAPOO!株式会社本社ビルまでの地図をプリントアウトして、所要時間、電車の乗り換えなど含め、懇切丁寧俺に説明してくれた。

が、先述のとおり、俺は働く気なんてさらさらない。だけど、ここまでしてくれたおねーさんに、行かない、とは言い出しにくい。

……バックレちゃえばいっか。

「おねーさん、いろいろありがとね」

俺はようやく席を立つ。

「あ、あの!」

去り際、俺はおねーさんに呼ばれて、振り返ってみる。

「ん?」

「がんばってくださいね!」

にこっ。

おねーさんは俺に向かって、とびっきりの笑顔でガッツポーズをしてみせてくれる。

「…………」

マジか。

そんなハローワークのおねーさんは、この世界のものとは思えないくらい、かわいかった。

俺なんかのために、こんなにも一生懸命対応してくれたおねーさんの心遣い――無下にする理由が見つからない。

<つづく>

 

※ここまで読んでいただきありがとうございました。

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