狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『旅への誘い/織田作之助』です。
織田作之助 さんの『旅への誘い』は文字数5900字ほどの短編小説です。美しき姉妹愛! しかし兄弟姉妹って本当に仲のいいものなの? 醜い姉に美しい妹、そこに嫉妬や葛藤はないのか? 自分の恋人が自分の兄弟姉妹と結ばれたら…一緒に考えてみませんか?
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
戦時中。喜美子は洋裁学院の教師だった。そんな職業に似合わないボロ服を身にまとっていた。肥っていたので、生徒たちからは「達磨さん」と呼ばれていた。しかしそんなあだ名を、喜美子は悲しみもせず、けらけらと笑い飛ばしていた。
「達磨は面壁九年やけど、私は三年の辛抱で済むのや。」
三年は、妹の道子が、東京の女子専門学校を卒業するまでの期間だった。乾いた雑巾を絞るような学資の仕送りも、三年の辛抱と――喜美子は自分に言い聞かせている。
両親を早くに失い、身寄りもなく、姉妹二人で生きてきた。姉は不器量で、妹は美しかった。妹は、進学せずに働くことを主張したが、姉は無理矢理妹を進学させた。その日から、姉はみずぼらしいアパートに移り住み、若さも青春も忘れて、朝、昼、晩、休日もなく働いた……。
――春、道子が女専を卒業し、大阪の喜美子のもとへ戻ってくると、衰弱し変わり果てた姉の姿があった。生徒たちから「達磨さん」と呼ばれていたのが嘘のように瘦せ衰えていた。「痩せたほうが、道ちゃんに似て美人でしょ」と、気丈に笑う喜美子だったが――桜が散り、梅雨が明け、夏祭りがくるちょうどその日にこの世を去った。
悲しみに打ち沈む道子だったが、姉の葬儀から三日目の朝、溜まっていた古新聞を何気なく手に取ると、「南方派遣日本語教授要員募集」の記事が、ふと目に止まる。応募資格は、専門学校を卒業していること――。
これだったのだ、と道子は確信する。
大好きな姉の青春を、いやその命を奪った卒業証書――見る度に胸が痛んだけれど、お国の役に立つために、姉が命と引き換えに貰ってくれたものだったんだ……、南方へ日本語を教えに行こう! 若さ、青春、命――自分のために全てを捨ててくれた姉に報いるには、自分も全てを捨て去るほかに、道はない。
――それから一月あまりが経ち、合格通知とともに、一通の手紙が道子のもとに届く。手紙は亡き姉宛てのものだった。差出人は佐藤正助――思いがけない男の名前に、道子の胸が騒ぐ。
手紙の内容は、長いこと挨拶もなかったことへの謝罪、来年大学を卒業すること、南西方面の日本海軍航空隊を志願したこと、その喜び、いつぞや貸した書物を形見として持っていてほしいということ、苦学生だった自分の洋服のほころびを縫ってくれたことへの感謝――文面だけでは、姉との交際内容まで読み取ることはできなかったが、姉の机の中にしまわれていた鴎外の「即興詩人」を見て、想像を膨らませる道子。
きっと、なんでもない仲だったに違いない。それでも、姉が待っていたのは、この人の手紙だったのではないか――道子の涙は止まらなかった。姉の亡くなったことを伝えるため、ペンを手に取る道子だったが……、返事を綴る途中で思い直し、激励の手紙を書いて送った。
――南方派遣日本語教授要員の研修を受けるために上京した道子は、東京駅で、校歌を合唱する学生の一団のそばを通り過ぎる――と、そのとき。
「佐藤正助君、万歳!」
ハッととして振り返る道子。人混みのうしろから背伸びして覗いてみると、照れた顔で、固い姿勢のまま立っている青年が一人。駆け寄っていって、妹だと名乗りたかった――だけど。
これから、あの人は南方へ行く、自分も南方へ行く――もしもそこで会えたなら、そのときこそきっと……。
「お姉さま。道子はお姉さまに代って、お見送りしましたわよ。」
道子はそう呟いて、都電の停留所の方へ歩いて行った。
狐人的読書感想
さて、いかがでしたでしょうか。
素直に読むなら美談です。しかし素直に読めないのが哀しき(?)狐人の性(?)なのでしょうか?
(――とか訊かれても……、ですよね。失礼しました)
読書感想を綴ってみたいと思います。
妹を想う姉、姉を想う妹、美しき姉妹愛!
お互い以外に身寄りがなく、二人きりで生きる喜美子と道子の、美しき姉妹愛が感じられる小説です。
姉の喜美子は、自分の青春を投げ打って、命を絞るようにして、妹の学資のため遮二無二働き、体を壊してこの世を去ります。妹の道子は、自分のために全てを捧げてくれた姉に報いようと、自ら茨の道を行く決心をします。
姉妹が、互いに互いを思い合うことの美しさ……、しかしそこには、互いを思い合うがゆえに、すれ違う姉妹の哀しさが含まれているようにも感じました。
若さ、青春、命――妹の道子は、姉の全てを奪ってまで、進学し卒業したかったのでしょうか。姉の喜美子は、妹に全てを捨てさせてまで、報いてほしかったのでしょうか。
もちろん、これは僕の価値観を押し付けているだけであって――戦時中の日本、国に尽くすことが何よりも優先されていた時代、妹の決意を姉が喜ばなかったとは言い切れず、また自分が国に尽くすことで、姉が国の肥やしとなれたことを、妹が喜ばなかったとも言い切れず……、涙なくしては読めない美談とは思いつつ、素直に美談と受け止め切れない、考えさせられるところがある作品です。
妹を想う姉、姉を想う妹、美しき姉妹愛?
前項に引き続き、兄弟姉妹について思いを馳せるわけなのですが。
現代は少子化の時代、一人っ子の方が多いのでしょうか? みなさんの兄弟姉妹関係はいかがでしょうか、といったお話です。
『旅への誘い』の喜美子・道子の姉妹関係は、まさに兄弟姉妹の理想像と言っても過言ではないように、僕には映ったのですが。
しかし、理想像なだけに、そこには違和感を抱かざるを得なかったわけなのです。
この姉妹には明確な対比が描かれています。
姉は不器量、すなわちブサイクで、妹は美しかった、という点です。
美しい妹に対する嫉妬心が、姉にはまったくなかったのでしょうか? おそらく、自分よりも周りにちやほやされている妹をずっと見てきて、そんな妹のために自分の全てを投げ打ち、学資を稼ごうと一所懸命に働こうと思うものなのでしょうか?
この点とても不自然に思いました。
ただ、想像するに、自分のために命を落とした姉のため、自分も全てを投げ打つ決意を固めた妹の姿を見るに、道子は自身の美しさを鼻にかけない、とてもいい娘だったのだと思います。
また姉の喜美子も、自分と妹との容姿の差に、まったく葛藤がなかったとはさすがに考えられないにしても、それを笑い飛ばせるだけの強さを持った、いい娘です。
この姉があってこその妹だったのか、反対に、この妹があってこその姉だったのか――あるいは生まれながらにこうした善性を持ち合わせていた姉妹、ということなのでしょうか……、短い物語の中だけでは判断できませんが、描かれていない物語を想像することはできます。
美人の妹、醜い自分――憎らしく思うこともあったけれど、一心に姉を慕ってくる妹を、やっぱり憎み切ることはできず……、成長するに従って、喜美子は、美しい妹に対する嫉妬心を克服し、笑い飛ばせる強さを手に入れたのかもしれません。
身を擦り減らすような妹への献身は、そうした心の働きから生まれた、一種の罪悪感のようなもの、あるいは実際妹に辛く当たった時期があったとすれば、その罪滅ぼしの意味があったのだろうかと考えると、多少違和感も薄らいできます(……そんなこと考えなくても、始めから違和感なんてないよ、というお話かもしれませんが)。どんなに疎ましく思われても、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と姉の後をついてくる妹というのは、どうしようもなく愛らしく感じるものなのかもしれませんね。
――とはいえ、現実の兄弟姉妹も、こんな感じなのですかねえ……、と疑問を呈さずにはいられない僕なのですが、いかがでしょうか、といったお話でした(この一文がなければ、きれいにまとめられたのに、と思いつつ、書かずにはいられないところが、狐人の性ということなのでした)。
妹を想う姉、姉を想う妹、そしてその後…
前項に引き続き、ここからはさらに想像の翼を広げてみたいわけなのですが。
はたして喜美子は、佐藤くんのことが好きだったんですかねえ……、僕が読み取った印象だと、そこに恋愛感情はなかったように思います。佐藤くんの場合も同様のように思いました。
『旅への誘い』のロマンス的なその後の展開を想像するならば、やはり道子と佐藤くんが派遣された南方で、またしても偶然に出会い……、といったものがオーソドックスなもののように思いますが、いかがでしょうか?
その場合、姉の喜美子は、妹の道子と佐藤くんが結ばれることを祝福するだろうか――といったお話です。まあ、作中の喜美子の人物像ならば、間違いなく祝福すると思われるわけなのですが。
ただし、ここでも現実的にはどうなのでしょうねえ……、たとえば、自分がこの世を去ってのち、自分の恋人が自分の兄弟姉妹と結ばれて幸せに暮らすことを、望みますか、望みませんか――ということなのですが。
残される者の幸せを願うのが、故人の正しき在り方(故人に在り方とか言われても……、かもしれませんが)という気がしないでもないのですが、これはまた話が別のような気がします。
自分の元カレ・元カノが、自分の兄弟姉妹と結婚するって、なんとなく受け入れがたい気がするのですが、いかがでしょうか? ちょっと他の人にも訊いてみたい話です。
まあ、佐藤くんが志願したのはおそらく「特攻隊」だと思われるので、このロマンスはなかなか成立しにくいように思うのですが(想像するだけならいいよね?)。
読書感想まとめ
美しき姉妹愛が感じられる美談ですが、素直に美談とだけは言えないところに、僕の狐人たる所以がありそうです。美しい妹への嫉妬心、姉妹の葛藤、罪悪感と罪滅ぼし、その後のロマンスなんかを想像すると、また違った味わい方のできる小説です(ひょっとして僕だけ?)。
……それにしても、現実的に読みたいのか、想像して楽しみたいのか、よくわからない感想になってしまったことを、ここでちょっと反省。
狐人的読書メモ
前回読書感想を書いた織田作之助 さんの作品から得た知識ですが、戦時の日本には、「軍人援護の美談」というものがあったそうです。字面から想像するに、これは戦争に赴く兵隊の士気を高めるために、あるいは軍事を支える全国民を鼓舞するために、美談を利用していたものだと思われるのですが、そんなふうに物語が利用されていたのかと思うと、なんとも言えない気分になります。『旅への誘い』もひょっとしたら……、という独り言。
(「軍人援護の美談」について書かれたオダサク作品はこちら)
・『旅への誘い/織田作之助』
1976年(昭和51年)、『定本織田作之助全集 第六巻』(文泉堂出版)に収録された短編小説。
以上、『旅への誘い/織田作之助』の読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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