最後の胡弓弾き/新美南吉=スマホや現金も消える日がくる?

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

最後の胡弓弾き-新美南吉-イメージ

今回は『最後の胡弓弾き/新美南吉』です。

文字18000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約46分。

人の家の前で芸をする門付け。ラジオやテレビの普及で廃れていった。音楽がつなぐ人間関係。お金がつなぐ人間関係。スマホの次は何? 古き物は廃れるが、古き物語は廃れない。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

昔、旧正月になると、胡弓と鼓の二人組がそれぞれ町へ行き、門付け(人の家の前で芸をして金品をもらう)をするのが、その村の風習だった。木之助は胡弓が好きで、十二歳のときから従兄と一緒に胡弓を演奏して家々を回った。

お金持ちのご隠居が暮らす家があった。ご隠居はいつも二人を歓迎してくれて、ごちそうや他より多めのお金をくれた。二人はご隠居の家に行くのを毎年の楽しみにしていた。

やがて木之助も結婚して子供ができた。時代の流れと共に、旅芸人は流行らなくなっていった。いつしか従兄も門付けをやめてしまい、木之助は一人胡弓を持って家々を巡った。聴いてくれる家が少なくなっていく中で、あのご隠居だけは変わらず木之助を歓迎してくれた。

その翌年の旧正月は父親が亡くなり、またその翌年は重い病気をして、木之助は門付けに行くことができなかった。さらにその翌年になり、家族はもう門付けはやめるように勧めたが、木之助は構わず町へ下りて行った。

もはや門付けを聴いてくれる家は一軒もなかった。木之助は最後に楽しみにとっておいたご隠居の家に行った。が、ご隠居は去年亡くなったことを知らされるのだった。

とうとう木之助の胡弓を聴いてくれる者は一人もいなくなってしまった。

木之助は帰り道にあった古道具屋で、衝動的に胡弓を売ってしまった。しかし後悔してすぐに古道具屋へ取って返した。古道具屋は買値の二倍で胡弓を売ろうと提案する。木之助の財布には胡弓を買い戻すだけのお金がなかった。

木之助は力なく古道具屋を出て行くしかなかった。

狐人的読書感想

もの悲しいお話でした。

ご隠居の家族とか古道具屋とか、もうちょっと人情を見せてくれてもよかったように思ったのですが、しかし商売やお金でつながった人間関係って、案外こんなものかもしれませんね。

いえ、人間関係全般にいえることかもしれませんね……うがったもの見方かもしれませんが、ちょっと寂しくも思いますが、仕方がないことのようにも感じられてしまいます。

本作のメインテーマは「古きものは廃れていく」――『おじいさんのランプ』など、他の新美南吉童話にも見られるテーマです。

『おじいさんのランプ』では「ランプが電灯に」、『最後の胡弓弾き』では「胡弓がラジオに」、取って代わられていくわけですが、いつの時代でも無数にある光景の一つだといえるでしょう。

最近でいうとなんだろう?

――とか考えてみると、携帯電話とかが思い浮かぶんですよね。「公衆電話が携帯電話に」、「ガラケーがスマホに」みたいな。

「パソコンがスマホに」ってことも、あるいはいえるかもしれませんね。そのうちスマホとかパソコンとかも廃れていって、新しいデバイスが流行るみたいなことになるんでしょうかね?

ちょっと想像しづらいですね。

そういえば、お金とかも電子マネーとかが普及してきて、現金を持たなくても生活できるようになってきました。現金が消える時代もそう遠くないのでは……と想像してみると、なんだか不思議な気がします。

「栄枯盛衰は世の常である」とはいえ、普遍的なものもあったりします。『最後の胡弓弾き』に見られるようなテーマは、一見古いことを言っているようで、あまり古くなったりはしないように思うのです。

そういった意味では、物語のテーマや設定には、古いもの、古典的なものを取り入れたほうがよいのかもしれませんね。なんとなく新しいものや流行りものを取り入れたくなってしまいますが……。

廃れていくものを取り扱った廃れない物語を読んだ気がした、今回の狐人的読書感想でした。

読書感想まとめ

スマホや現金も消える日がくる?

狐人的読書メモ

・『自分の身についた芸を、松次郎のように生かそうとしないことは木之助には解らなかった。』――僕は逆にわかる気がする。どんなに優れた芸でも結局は生きることにつながらなければやらなくなってしまうだろう。「生かす」というのがどういうことかによるのかもしれないけれども。

・『これだけ世の中が開けて来たのだと人々はいう。人間が悧口りこうになったので、胡弓や鼓などの、のびのした馬鹿らしい歌には耳をさなくなったのだと人々はいう。もしそうなら、世の中が開けるということはどういうつまらぬことだろう、と木之助は思ったのである。』――わかる気がするが、ただの感傷だという気もする。

・『最後の胡弓弾き/新美南吉』の概要

1939年(昭和14年)5月、『哈爾賓日日新聞』にて初出。栄枯盛衰。廃れていくもの、栄えゆくもの。

以上、『最後の胡弓弾き/新美南吉』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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