お伽草紙 ―浦島さん―/太宰治=玉手箱の謎、浦島太郎のその後。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

お伽草紙 ―浦島さん―-太宰治-イメージ

今回は『お伽草紙 ―浦島さん―/太宰治』です。

文字26000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約73分。

浦島さんと亀の掛け合いがおもしろい。亀を助ける善行をしても、良く報われるとはかぎらない。なんで乙姫様は浦島さんに玉手箱を渡したの? 浦島さんはその後どうなったの?

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

浦島さんは丹後の水江みずのえ(現在の京都府北部)の旧家の長男だった。弟妹からは「冒険心がない」などと批評されていたが、本人は自分のことを「風流のわかる上流の趣味人」だと悟り澄ましていた。

「人は、なぜお互い批評し合わなければ、生きていけないのだろう」

そんな浦島さんの前に、こないだ助けてやった亀が現れて、恩返しに竜宮城へ連れて行ってくれるという。「竜宮城? そんなのただの伝説だ」と、浦島さんは信じない。

「信じることは、下品ですか。何、私の物言いが気に入らない? せっかく助けてやったのに? ひとを助けるのは、内心でお礼を期待しているからでしょう。私が亀で、相手が子供だから、あなたは私を助けてくれた。たとえば、病気の乞食を荒くれた漁師がいじめていたら、あなたは助けますか? それにしても私のからだの値段がたった五文とは情けなくなる……ともあれ、私はただ、あなたと一緒に遊びたいのだ。竜宮城に批評はありませんよ。……」

亀は無遠慮な口調で、饒舌に毒舌を言う。浦島さんは「言うことすべて気にいらん」と言いつつも、亀の甲羅に腰を下ろす。

水深千メートル――竜宮城までの海中の旅は、不思議なことばかりだった。亀は人間の固定観念や主観的なものの見方をこきおろすようなことを言い、浦島さんはそのたびに反論したり苦笑したり……なんだかんだ、おもしろい掛け合いをしながら竜宮城に辿り着く。

おとぎ話の竜宮城は、大きなお皿に鯛のさしみや鮪のさしみ、赤い着物を着た娘の手踊り、金銀珊瑚綾錦――などはなく、実際の竜宮城は、ただただ静かで、広大な空間が広がるばかりだった。

乙姫様が琴で弾く「聖諦せいてい」という曲を聞いて、浦島さんは自分の風流を恥ずかしく思う。迎えに出た美しい乙姫様は、浦島さんにちょっと姿を見せただけで、すぐ行ってしまう。

無限に敷き詰められた桜桃の珠はうまい、そこら辺に咲く桜桃の花びらは酒である、ところどころにある岩のような藻はいろいろな味のごちそうだ。浦島さんは、桜桃の酒を飲み、藻を食べ、寝転がって、天上の魚の群れが自然に舞い踊る様子を見て思う。

「こんなのが真の貴人の接待かもしれない。客を迎えて客を忘れる。しかも客の身辺には美酒珍味が無造作に置かれている。ろくでもない料理をうるさくすすめ、くだらないお世辞を交換し、おかしくもないのに笑う……そんなものは何のもてなしでもない。自分の品位を落としてないか、それだけを気にしているだけではないか」

おいしい酒、食事、ゴロゴロして――ここではすべてが許されている。しかし、やがて浦島さんは、そんな生活にも飽きてしまう。お互い他人の批評をしたり、泣いたり怒ったり――陸上の生活が恋しくなる。

こうして浦島さんは、気づかぬうちに三百年の時を竜宮城で過ごし、陸上に帰って玉手箱を開けるわけだが、なぜ乙姫様が浦島さんに玉手箱を渡したか、この物語最大の謎である。

あのおっとりした乙姫様に悪意のあるはずはない――著者の答えは「三百年の年月とは、忘却である。年月は、人間の救いであり、忘却は、人間の救いである。日本のおとぎ話には、このような深い慈悲がある」

浦島さんは、それから十年、幸福な老人として生きたという。

狐人的読書感想

今回の『浦島さん』は、太宰治版『浦島太郎』ですが、やっぱりおもしろいですね。

とくに浦島さんと亀のコンビがいいです。

ふたりの掛け合い、ずっと読んでいたくなります。

亀は、浦島さんに(というか人間に対し)、けっこう辛辣なことを饒舌な毒舌で言うのですが、なんだかんだで浦島さんのことが好きなんだろうなぁ、ということが伝わってきて、なんだか微笑ましかったりします。

(『……しかし、まあ、五文とは値切ったものだ。私は、も少し出すかと思った。あなたのケチには、呆れましたよ』のあたりなどは笑っちゃいました)

『人は、なぜお互い批評し合わなければ、生きて行けないのだろう』という、浦島さんの疑問にはなんだか共感を覚えてしまいます。

自分のことだけをやって生きていければいいだけなのに、どうしても他人の目を気にしてしまって、そんな自分がイヤになることがあるんですよね。

竜宮城にたった一人で暮らす乙姫様は無口で、まるで仙人みたいな存在で、他人の目を気にしたりしません。

そんなふうになれればいいのになぁ……と、憧れたりもしますが、現実の人間社会で生きる以上は、そんなふうになるのは難しいでしょう。

人間は、どこまでも人間のしがらみの中で、生きるしかないのでしょうね……。

亀が言及した、言葉についての考察が、興味深く思いました。

『言葉というものは、生きている事の不安から、芽ばえて来たものじゃないですかね。腐った土から赤い毒きのこが生えて出るように、生命の不安が言葉を醗酵させているのじゃないのですか。よろこびの言葉もあるにはありますが、それにさえなお、いやらしい工夫がほどこされているじゃありませんか。人間は、よろこびの中にさえ、不安を感じているのでしょうかね。人間の言葉はみんな工夫です。気取ったものです。不安の無いところには、何もそんな、いやらしい工夫など必要ないでしょう』

そうかもしれないと思います。

竜宮城では『あなたは無限に許されている』――ただ、そう思えるだけで、そこは理想郷なのだと実感できます。

竜宮城で暮らしたいな、と、どうしても考えてしまいますが、浦島さんのようにいつかはそこに飽きてしまい、わずらわしい人間の社会が恋しくなる……なんてことあるんですかねぇ……ちょっと想像しがたく感じてしまいました。

乙姫様はどうして浦島さんに玉手箱を渡したのか?

たしかに謎ですよね。

浦島さんが地上に戻ると三百年の時が過ぎていて、周りには知ってる人は誰もいなくなってしまっています。

浦島さんは玉手箱を開けることで三百歳のおじいさんになり、すべてを忘却することで幸せに余生を送れたのだという――玉手箱を「慈悲」であるとする太宰治さんの解釈は、なんとなく納得できる気がします。

とはいえ。

やっぱり、自分だったら、竜宮城から人間の世界に帰りたいなんて、思わないんじゃなかろうか――なんて考えてしまう、今回の狐人的読書感想でした。

読書感想まとめ

どーもー、浦島です、亀です、ふたり合わせて竜宮城でーす?
玉手箱の謎、浦島太郎のその後。

狐人的読書メモ

・ちなみに『浦島太郎』の玉手箱の謎は「亀を助けるという善行をしても、必ずそれが良く報われるとはかぎらない」という皮肉な教訓だとする考え方が一般的である。

・ちなみに『浦島太郎』にはその後のお話が複数あって、その中のひとつには、玉手箱を開けておじいさんになってのち、鶴になってどこかへ飛んでいってしまい、最終的には神様になったというものがある。

・ちなみに『浦島太郎』の玉手箱の謎にはいろいろな考察があって、調べてみるとおもしろい。

・『お伽草紙 ―浦島さん―/太宰治』の概要

1945年(昭和20年)10月25日、『おとぎ草紙』(筑摩書房)にて初出。「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」の太宰流アレンジメント。

以上、『お伽草紙 ―浦島さん―/太宰治』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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