狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『李陵/中島敦』です。
文字数40000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約109分。
母と妻と子を武帝に処刑された李陵の怒り。
蘇武が貫く己の信念。
史書に生きるしかなかった司馬遷の屈辱。
誰に共感して読んだか、話したい。
命を奪われるより酷いことがこの世にはある。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
中国、武帝が治める前漢時代、李陵は匈奴討伐のため、五千の歩兵を率いて漠北へ向けて出陣するが、途中、単于(匈奴の王)率いる本隊と遭遇して戦闘になる。李陵は三万の騎馬兵のうち一万を討ち、奮戦するも、ついに倒れる。捕虜となった李陵は自害せず、単于の寝首を掻く決意を固める。
李陵が捕虜になったという知らせを受け、武帝は激怒した。武帝の怒りを恐れ、臣下たちもみな李陵を非難した。しかしそんな中、司馬遷だけは李陵を弁護した。それは武帝の不興を買う結果となる。司馬遷は宮刑(去勢する刑罰)に処されてしまう。
匈奴では強さこそが正義である。単于は李陵を賓客として厚く遇し、決して恭順を強いようとはしなかった。あるとき、漢に捕らえられた匈奴の捕虜が「李将軍が匈奴に軍略を授けている」と漏らし、これが武帝の逆鱗に触れ、李陵の一族はみな処刑されてしまう。が、李将軍とは李陵とは別の、匈奴に帰順した漢人のことであった。
司馬遷は命を投げ打つ覚悟はできていた。が、宮刑だけは酷すぎだ。耐え難い屈辱だった。武帝を恨み、奸臣どもを恨み、自分自身をも怨んだが、すべてむなしかった。もはや生きていることなどできなかった。しかし何かが、司馬遷のそんな考えを押しとどめていた。それは父の遺志を継いで編纂中の「史記」だった。
李陵は一族が処刑されたことを知って激しく怒り、もはや匈奴の地で生きることを決める。あるとき、同じく匈奴の捕虜となっていた蘇武のところへ、安否確認と降伏勧告をしに行くことになる。李陵と蘇武は二十年来の友であった。蘇武はバイカル湖のほとりで、冬は鼠を掘り起こして食べるような酷い暮らしをしていたが、頑として匈奴に帰順しようとはしなかった。
捕虜になってまで国に尽くそうとし、なのに家族を失ってしまい――李陵は、やむを得ないことだったと自らに言い聞かせようとしても、同じ境遇にあっていまだ「やむを得ない」という考えを許そうとしない蘇武と自分を比較せずにはいられなかった。
武帝が崩御すると、漢と匈奴に一時的な和平が結ばれ、捕虜交換により蘇武は故国に帰れることとなり、李陵は「やはり天は見ている」との思いに打たれたが、さりとて自分はどうすればよかったのか――。
編纂を始めて十四年、宮刑から八年、司馬遷は「史記」百三十巻を完成させた。蘇武と別れてのちの李陵については、詳しい記録が何ひとつ残されておらず、ただ漢ではないところで亡くなったことだけは伝わっている。
狐人的読書感想
タイトルは『李陵』となっていますが、李陵・司馬遷・蘇武と、三人の人物にスポットを当てて描いた小説のように思われます。
誰に一番共感して読むかによって、感想が変わってくるような気がして、その点、誰かと話をしてみておもしろそうな作品です。
李陵は現実的な生き方をした人だと思います。
まあ、後方支援は地味でいやだから、寡兵で増援に行こうとして敵に負けてしまうという、ちょっと自業自得なところはあるのですが、それでも国のために獅子奮迅して、しかも敗れたとはいえ一定の成果は上げており、さらには捕虜になってまで敵の王の首をとろうとしていたにもかかわらず、不確かな情報で母も妻も子も処刑されたとあっては、敵に帰順しても仕方がないような気になります。
これは現代の仕事についても同じようなことがいえるのではないでしょうか?
会社や先輩、あるいは先生や師と呼べる人の恩があっても、やはり自分を高く評価してくれて、より厚遇してくれる場所で働きたいと思うのは、人間感情の自然な流れだという気がします。
昔の中国の主君に対する思い、故郷に対する思いというものを、現代の人や場所に置き換えて考えるのは全然深刻さが違うのかもしれませんが、しかしながら、誰にも李陵の生き方を非難することはできないように思います。
だけど蘇武は違いました。
どんなに苦しい生活を強いられても、自分の信念を曲げようとはしませんでした。それが祖国に伝わることはなく、匈奴の王にさえ知られることを望まず、誰に認められなくとも、自分の信じたことを愚直なまでに貫き通すのだという意志――まさに人間が理想とすべき生き方だとは思うのですが、現実にはちょっと難しいように感じてしまいます。
誰かの評価を期待して何かをするのではなくて、ただ純粋に自分のすべきこと、あるいはしたいことをして、結果として評価が得られればそれがベストだとは思いますが、実際そうできる人というのはなかなかいないのではないでしょうか?
どうしても誰かに評価してほしいと願ってしまう自分がいます。
司馬遷の生き方は蘇武に近いものを感じましたが、信念というよりはもはや執念というほうが正確かもしれませんね。
李陵の弁護をしたのは決して間違ったことではなくて、なのに男として一番残酷な刑を受けるはめになってしまい、それは必ずしも正しい行いが報われるわけではなくて、むしろ災いをもたらすこともある、という現実的な教訓をはらんでいるのだといえますが――振り返ると三人の中で一番かわいそうな人だったような気がしてきます。
男としての、人間としての自分は失われ、「史記」を書き上げるだけの機械としてのみ生きた人生は、想像するだけでも壮絶なものがあります。
ただ、生きる気力を根こそぎ奪われるような出来事があったとき、命を捨てることをとどまらせてくれる何かがある、ということは幸せなことのようにも感じました。
仕事でも趣味でも人でも――生きるための支えになってくれる何かを見つけたいと願いますが、これがなかなか難しいように感じているのは僕だけなんですかねえ……、何か生きがいを持って生きている人は思っている以上に多いような気がするし、反対にそんなにいないのかなあ、という気がすることもあります。
李陵も蘇武も、それなりに感じるところの多い人たちではありましたが、僕はやはり司馬遷の考え方に惹かれるところが大きかったように思います。
まず、司馬遷が「史記」を編纂しようとした理由なのですが、亡き父の遺志を継ぐというだけではなくて、「いままでにない歴史書を作りたい」という思いがあったのだと『李陵』の中では書かれています。
これは「自分が納得できるものがないのならば自分で作ってしまえばいい」といったような、クリエイターの人の気持ちに通じるところがあるように感じました。
また、以下のような記述もあります。少し長いですが引用します。
こんな熱に浮かされたような書きっぷりでいいものだろうか? 彼は「作ル」ことを極度に警戒した。自分の仕事は「述ベル」ことに尽きる。事実、彼は述べただけであった。しかしなんと生気溌剌たる述べ方であったか? 異常な想像的視覚を有った者でなければとうてい不能な記述であった。彼は、ときに「作ル」ことを恐れるのあまり、すでに書いた部分を読返してみて、それあるがために史上の人物が現実の人物のごとくに躍動すると思われる字句を削る。すると確かにその人物はハツラツたる呼吸を止める。これで、「作ル」ことになる心配はないわけである。しかし、(と司馬遷が思うに)これでは項羽が項羽でなくなるではないか。項羽も始皇帝も楚の荘王もみな同じ人間になってしまう。違った人間を同じ人間として記述することが、何が「述べる」だ? 「述べる」とは、違った人間は違った人間として述べることではないか。そう考えてくると、やはり彼は削った字句をふたたび生かさないわけにはいかない。元どおりに直して、さて一読してみて、彼はやっと落ちつく。いや、彼ばかりではない。そこにかかれた史上の人物が、項羽や樊噲や范増が、みんなようやく安心してそれぞれの場所に落ちつくように思われる。
これは歴史書を書かない僕でも共感しやすい部分でした。ひょっとしたら、中島敦さん自身の想いが反映されているところなのかなあ、という気もします。
歴史書でなくても、文章を書いていると読み返してあれこれと直したくなるんですよね、何度も直した挙句、それでよくなっているのかどうかさえわからなくなることがよくあります。雑談ですが。
ともあれ、いろいろな視点で読んでみてとてもおもしろい小説でした。さすが中島敦さんの遺稿、最高傑作との呼び声高い作品です。
おすすめします。
読書感想まとめ
李陵・司馬遷・蘇武――あなたは誰に一番共感できましたか?
狐人的読書メモ
三者三様の自我について、もっと深く掘り下げてみるべきだったかもしれない。とはいえ、僕にはこれ以上のことは書けないようにも思う。修行不足。
宮刑を受けた者の気持ちに思いを馳せる。命を奪われることよりもつらい刑罰がこの世には存在することを知る。
何も望まずに生きられれば最強という気がする。だけどそれが人間としての善い生き方なのだろうか、疑問だ。
・『李陵/中島敦』の概要
1943年(昭和18年)『文學界』にて初出。中島敦の遺稿。最高傑作の呼び声が高い。
以上、『李陵/中島敦』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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