オシャベリ姫/夢野久作=傷つけない嘘はアリ?、差別はダメ。

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狐人的あいさつ

コンにちは。狐人コジン 七十四夏木ナナトシナツキです。

読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?

そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。

オシャベリ姫-夢野久作-イメージ

今回は『オシャベリ姫/夢野久作』です。

文字数25000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約54分。

おしゃべり好きなオシャベリ姫の冒険。

災い転じて福となすコテコテのファンタジーですが、
不思議の国のアリス好きなら絶対楽しめます。

感想は人を傷つけない嘘と差別ダメについて。

未読の方はこの機会にぜひご一読ください。

狐人的あらすじ

オシャベリ姫はとても美しかった。しかし、おしゃべり過ぎて嫁のもらい手がなく、王様もお后様も弱っていた。その日も姫は両親に、昨夜見た夢の話をおしゃべりしていた。

それは「短刀と蜘蛛」の夢だった。姫付きの二人の女中によれば、その二つの夢はいい婿がくることの吉兆で、だけどそんな夢を見たことが相手に伝わるとダメになってしまうから、誰にも話してはいけないのだという。

すぐに王様は二人の女中に確認した。が、二人の女中は姫から夢の話など聞いていないとうそを言う。おしゃべりな姫のほうがうそをついたのだと勘違いした王様は、おしおきのため姫を石の牢屋に閉じ込めてしまう。

石の牢屋で姫が泣いていると、一匹の猫が現れる。誘われるように、姫が猫のあとをついていくと、牢屋はいつの間にか広い野原になっていた。

こうしてオシャベリ姫は知らない世界を旅することになった。雲雀ひばりの国と蛙の国を巡ることになるが、どちらもおしゃべりのためひどい目にあってしまう。

姫が逃げるようにして辿り着いたのはクチナシ国だった。この国の人たちにはみな口がなかった。招待された城の晩餐で、前のできごとを反省した姫は、よけいなことを言わないように口を閉ざしていたのだが、やはり我慢ができずおしゃべりしてしまい、居合わせた王様を怒らせてしまう。

姫は城から飛び出して、森にある塔の中へと逃げ込んだ。そこにはクチナシ国の王子がいた。王子にはちゃんと口があった。話を聞いてみると、王子は口があるゆえに、塔の中へ幽閉されているのだという。

王子に問われて、姫はこれまでのあらましを話した。王子はとてもおもしろいといって姫の話を聞いてくれた。しかしわからないのは、どうして二人の女中がうそを言ったのかということ……。

やがて外が騒がしくなり、塔は兵隊たちによって取り囲まれてしまう。王子は姫と一緒に国を出る決心をする。二人はパラシュートを使い、塔の上から飛び降りた。が、パラシュートはすぐに破れてしまい、二人は抱き合ったまま下へ下へと落ちていった――。

姫が目を覚ますと、そこは石の牢屋の中だった。間もなく王様がやってきて、隣国のムクチ王子から結婚の申し入れがあったのだと、ニコニコしながら姫に言う。

ムクチ王子は夢の中に出てきたクチナシ国の王子そっくりだった。ムクチ王子によれば、彼もまた昨夜不思議な夢を見て、その中で自分はクチナシ国の王子になっていたのだという。

ムクチ王子は以前からオシャベリ姫の名前だけは知っていたので、心配になってきてみたところ、姫が牢屋に入れられている事実を聞き、姫の夢がうそでないことを王様とお后様に話してくれたのだった。

二人の女中がうそを言ったのは、もし姫の夢の話が姫の婿となる人の耳に入ってしまったら、せっかくの吉兆がダメになってしまう……という、姫を思う気持ちから出たものだった。みんなが二人の忠義心に感心した。

王様は、おしゃべりがすぎるから本当のことでもうそだと思われてしまうのだ、とオシャベリ姫をたしなめた。そしてこれからはオトナシ姫と名前を変えるように言った。一連のできごとから、姫はとても反省していたので、素直に父の言葉を受け入れた。

その後、オトナシ姫とムクチ王子は結婚した。二人の女中は彼らに仕え続けた。めでたしめでたし。

狐人的読書感想

勝手に一言でいうなら「夢野久作版アリス・イン・ワンダーランド」といった感じになるでしょうか。

僕はとてもおもしろかったです。

以前の読書感想で『キューピー』という作品を「夢野久作版トイ・ストーリー」と(やはり勝手に)評したことがありますが、夢野久作さんの作品には現代でも充分以上に通用するファンタジーが、けっこう多い印象を受けます。

狐人的には、このファンタジーと怪奇のギャップがたまりません。「本当に『ドグラ・マグラ』を書いた人がこの作品を書いたのかな?」などと思うことがしばしばあります。

さて、『オシャベリ姫』のテーマというか、教訓というかはとてもわかりやすいものです。

すなわち「口は災いの元」ということでよいのではないでしょうか。

オシャベリ姫はその名のごとくおしゃべりが大好きで、そのおしゃべり好きが災いとなって降りかかってくるわけですが、しかし最後は災い転じて福となってよかったね、などと単純な感想を抱きました。

「あんまりにもおしゃべりだから本当の話でもうそに思われてしまう」というのはオオカミ少年を思わされる話ですが、だけどおしゃべりなだけでうそを疑われてしまうというのもなんだかかわいそうな気がして、しかし現実でもやはりおしゃべりな人というのは軽薄なイメージを持たれがちなように思います。

昔からおしゃべりというのは楽しいもので、それはいまも変わっていなくて、むしろテレビなどを見ているとよりおしゃべりのエンターテインメント性は増しているように感じられます。

テレビに出ている芸人さんなどでも、やはりおしゃべりがおもしろい人が人気があるわけで、けっこう身の回りであったできごとなどを話していることも多いですが、全部が全部本当のことではないのかもしれないなあ、ということはたまに考えてしまいます。

その話はたしかに「うそをついている」といえるわけなのですが、しかしそれを非難する人は誰もいないような気がするんですよね。

うそといえばやっぱり「悪いこと」だというイメージを持ってしまいがちですが、「善いうそ」というのもこの世にはあるような気がしていて、芸人さんたちの脚色された話などはその最たるものの一つなのではなかろうか、などと思わされてしまいます。

誰かを楽しませたり、誰も悲しませないためのうそならついてもいいような気がするし、またそういううそが必要なこともあるような気がするんですよね。

とはいえ相手がどう受け止めるか、というのは、その相手にしかわからないことなので、その点がむずかしくも感じています。

こちらがよかれと思ってうそを言ったのだとしても、相手はそうは受け取ってくれないかもしれませんよね。

よかれと思ってうそをつくことでより事態を悪化させてしまうことを思えば、やはりうそは言うべきではないのかもしれないなあと考え直してしまいますが、ただしうそという観点からちょっと離れてこのことを見つめ直してみると、また考えさせられるところがあるんですよね。

おしゃべりはやっぱり楽しいので、テンションが上がってしまい、ついついしゃべりすぎてしまうことがあります。

そんなときはふとあとから振り返ってみて、あの一言は余計なことではなかったか、などと後悔したり恥ずかしくなったりするときがあります。

そういうときにはやっぱり口数は少なくしたほうがいいのかなあ、などと反省したりするのですが、気にしすぎなのかなあ、という気がしたりもします。

これはツイッターなどで投稿するときも同じようなことを感じることがあります。ツイートやリプはなんとなく字数いっぱい書きたい衝動に駆られるのですが、逆に一言二言のほうが余計なことを言わずにすんでいいのかなあ、みたいな。

誰かを傷つけない発言を心がけたいものですが、しかしあまりに字数が少ないと伝えたいことが伝わらない気もして、そういうことを考えているうちに発言する気が失せてしまうのもまたよくないことのように感じているんですよね。

このあたり、けっこうむずかしく思っています。

もう一つ、この作品を読んで思わされたことに「差別」というものがありあます。

おしゃべり姫はクチナシ国の晩餐で口がない人々を笑います。クチナシ国の王様は、国でただ一人、口を持って生まれてきた王子を幽閉します。

自分たちと違うものを人は排斥しようとするところがありますが、そうしたことは差別につながる一つの要因だと感じたのです。

たとえばしゃべれない、たとえば見えない、たとえば聞こえない、たとえば腕がない、たとえば足がない――クチナシ国の王子の母が、やはり別の世界に迷い込んで、そこではみんなに口があって、自分の口がないことを恥ずかしく悔しく思うシーンがあるのですが、この気持ちを忘れてはいけないような気がしました。

誰かの欠点を笑ったりバカにしたり仲間外れにしたり、僕にもそういうところはたしかにあって、そんなことを思わないようになりたいといつも願っていますが、だけどそういう気持ちというのはどうしても生まれてきてしまうもののように感じていて、どうしたらいいのか戸惑ってしまうことがあります。

もしもそれが本能に根ざした感情なのだとして、消してしまうことができないのだとしたら、せめてそんなことを思ってしまう自分を恥じて、せめてそれを表に出すようなマネはせず、人を傷つけるようなことだけはしないようにと思うのですが、それがちゃんとできているかどうかは自信が持てないところです。

――などと長くなってしまいましたが、『オシャベリ姫』も意外と長いお話で、だから長々と読書感想を書いてみました、というのが冴えない今回のオチです。

読書感想まとめ

人を楽しませるうそはあり?
だけど基本口数は少ないほうがいい?
ともあれ差別は絶対にダメ!

狐人的読書メモ

夢野久作の作品は二次創作意欲をかきたてるものが狐人的に多い気がする。

・『オシャベリ姫/夢野久作』の概要

1925年(大正14年)「九州日報」にて初出。九州日報シリーズ。初出時は「かぐつちみどり」名義。22回にわたって連載され、シリーズの中では比較的長い作品。不思議の国のアリスに通じるファンタジー。前記ファンタジー好きにおすすめできる。

以上、『オシャベリ姫/夢野久作』の狐人的な読書メモと感想でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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