狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『筧の話/梶井基次郎』です。
文字数2000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約8分。
筧さんのお話ではありませんでした。
山道の古びた筧から聴こえるせせらぎの音。
その音が喚起する幻覚が優れた文学作品を生んだ。
幻覚と才能の関係を考察。
クリエイター必読。ヤバい小説!
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
(今回は全文をどうぞ)
『筧の話/梶井基次郎』
私は散歩に出るのに二つの路を持っていた。一つは渓に沿った街道で、もう一つは街道の傍から渓に懸った吊橋を渡って入ってゆく山径だった。街道は展望を持っていたがそんな道の性質として気が散り易かった。それに比べて山径の方は陰気ではあったが心を静かにした。どちらへ出るかはその日その日の気持が決めた。
しかし、いま私の話は静かな山径の方をえらばなければならない。
吊橋を渡ったところから径は杉林のなかへ入ってゆく。杉の梢が日を遮り、この径にはいつも冷たい湿っぽさがあった。ゴチック建築のなかを辿ってゆくときのような、犇ひしと迫って来る静寂と孤独とが感じられた。私の眼はひとりでに下へ落ちた。径の傍らには種々の実生や蘚苔、羊歯の類がはえていた。この径ではそういった矮小な自然がなんとなく親しく――彼らが陰湿な会話をはじめるお伽噺のなかでのように、眺められた。また径の縁には赤土の露出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石そっくりの恰好になっているところがあった。その削り立った峰の頂にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日がまったく射して来ないのではなかった。梢の隙間を洩れて来る日光が、径のそこここや杉の幹へ、蝋燭で照らしたような弱い日なたを作っていた。歩いてゆく私の頭の影や肩先の影がそんななかへ現われては消えた。なかには「まさかこれまでが」と思うほど淡いのが草の葉などに染まっていた。試しに杖をあげて見るとささくれまでがはっきりと写った。
この径を知ってから間もなくの頃、ある期待のために心を緊張させながら、私はこの静けさのなかをことにしばしば歩いた。私が目ざしてゆくのは杉林の間からいつも氷室から来るような冷気が径へ通っているところだった。一本の古びた筧がその奥の小暗いなかからおりて来ていた。耳を澄まして聴くと、幽かなせせらぎの音がそのなかにきこえた。私の期待はその水音だった。
どうしたわけで私の心がそんなものに惹きつけられるのか。心がわけても静かだったある日、それを聞き澄ましていた私の耳がふとそのなかに不思議な魅惑がこもっているのを知ったのである。その後追いおいに気づいていったことなのであるが、この美しい水音を聴いていると、その辺りの風景のなかに変な錯誤が感じられて来るのであった。香もなく花も貧しいのぎ蘭がそのところどころに生えているばかりで、杉の根方はどこも暗く湿っぽかった。そして筧といえばやはりあたりと一帯の古び朽ちたものをその間に横たえているに過ぎないのだった。「そのなかからだ」と私の理性が信じていても、澄み透った水音にしばらく耳を傾けていると、聴覚と視覚との統一はすぐばらばらになってしまって、変な錯誤の感じとともに、訝かしい魅惑が私の心を充たして来るのだった。
私はそれによく似た感情を、露草の青い花を眼にするとき経験することがある。草叢の緑とまぎれやすいその青は不思議な惑わしを持っている。私はそれを、露草の花が青空や海と共通の色を持っているところから起る一種の錯覚だと快く信じているのであるが、見えない水音の醸し出す魅惑はそれにどこか似通っていた。
すばしこく枝移りする小鳥のような不定さは私をいらだたせた。蜃気楼のようなはかなさは私を切なくした。そして深祕はだんだん深まってゆくのだった。私に課せられている暗鬱な周囲のなかで、やがてそれは幻聴のように鳴りはじめた。束の間の閃光が私の生命を輝かす。そのたび私はあっあっと思った。それは、しかし、無限の生命に眩惑されるためではなかった。私は深い絶望をまのあたりに見なければならなかったのである。何という錯誤だろう! 私は物体が二つに見える酔っ払いのように、同じ現実から二つの表象を見なければならなかったのだ。しかもその一方は理想の光に輝かされ、もう一方は暗黒の絶望を背負っていた。そしてそれらは私がはっきりと見ようとする途端一つに重なって、またもとの退屈な現実に帰ってしまうのだった。
筧は雨がしばらく降らないと水が涸れてしまう。また私の耳も日によってはまるっきり無感覚のことがあった。そして花の盛りが過ぎてゆくのと同じように、いつの頃からか筧にはその深祕がなくなってしまい、私ももうその傍に佇むことをしなくなった。しかし私はこの山径を散歩しそこを通りかかるたびに自分の宿命について次のようなことを考えないではいられなかった。
「課せられているのは永遠の退屈だ。生の幻影は絶望と重なっている」
狐人的読書感想
……ふむ。まずは無知の恥をさらけ出してしまうかのごとき発言をしてしまいますが、「筧さんのお話」ではなかったんですね(笑)
完全に人名と勘違いしていたのですが、「筧」とは「半分に割った竹などを使って泉や小川から水を引く仕掛け(樋)」とのことで、日本庭園や神社などに見られるものをイメージすればよいのでしょうか、この筧から落ちる水の音というのは、静寂な、独特の趣があるように感じられます。
「私」は山道の散歩の途中、そんな筧の音を聴いていると、「変な錯誤」が感じられるといいます。それは「聴覚と視覚との統一がばらばらになってしまう」ということなのですが、聞こえてくる音と見えているもののイメージが一致しないというのは、普段あまり経験しないことのように感じましたが、想像するのは難しくないようにも思いました。
これはひとつの幻覚症状である、と捉えることができるのではないでしょうか。
幻覚とかいうとヤバい人をイメージしてしまい、では幻覚症状を語る著者の梶井基次郎さんはヤバい人だったの? とか考えてしまうかもしれませんが(僕だけ?)、じつは梶井基次郎さんにはヤバい、といいますか、破天荒なエピソードがけっこうあって、調べてみるとかなりおもしろいです(以前『ある心の風景』の読書感想でこのことを少しご紹介しています)。
前述では悪いほうの意味で用いてしまいましたが、この「ヤバい」という言葉はいいほうの意味でも用いられますよね。
梶井基次郎さんの破天荒じゃないほうの有名なエピソードに、「五感が非常に鋭かった」ことを示すものがいくつもあって、僕は作品を読むたびにそのことを感じるのですが、いかがでしょうか?
幻覚と聞くと、どうしても危ない意味を、まずはイメージしてしまうように思うのですが、これは画家やロックミュージシャンなどが幻覚を求めて、身を持ち崩してしまう印象が強いからかもしれません。
ここでもう一歩踏み込んでみて、なぜ芸術家は幻覚を求めるのだろうか、などと考えてみるに、それは優れた芸術作品を生み出したいからなのかもしれず、たしかに幻覚から描き出された優れた絵画や音楽が、この世界にはたくさんあるように見受けられます。
ここから、幻覚を見られる鋭い感覚、幻覚を見られるのも一つの才能である、といった見方ができるように僕は思うのですが、幻覚の中にある自身の心象風景を、いくつもの小説という形に残すことのできた梶井基次郎さんは、やはり才能ある作家だったんだなあ、と改めて実感します。
梶井基次郎さんの抱く心象風景とは、この『筧の話』でいえば最後のセリフである『生の幻影は絶望と重なっている』という部分に集約されているように感じられます。
「生きること、そして生の終焉を迎えること」というのは、梶井基次郎さんの作品に見られる一貫したテーマだと思うのですが、それを複数のガジェット(『檸檬』、『蒼穹』、『冬の蠅』など)を用いて別々の作品として描くというのも、芸術家の技量を感じさせるところかとは思うのですが、その一方で、やはり根底に見えるテーマがひとつであると、鑑賞する者は「飽き」を感じることもあるのではなかろうか、とも考えます。
そうやって、目に見えやすい評価や売り上げなどが下がってしまうと、前述のお話のように追い詰められた芸術家は新たな幻覚を求めてしまい、身を持ち崩してしまうような行いに走ってしまうのかなあ、とか想像してみるのですが、はたして人は「もっとも強い心象風景」というものをいくつも持てるものなのだろうか、といった疑問がふと頭を過って、何らかの力を借りて幻覚を見ることができたとしても、そこにある心象風景に変わりはないのかもしれないなとか考えてしまい、では幻覚を見てそれを表現できる才能があったとしても、その才能は有限なものであるのかもしれず、しかし形を変えることでそれを表現し続けて、いつも一定以上の評価を得られる才能こそが、真のクリエイターの才能というものの、あるいはひとつなのかもしれないなあ、みたいな、とりとめのないことを考えました。
その意味では、三十一歳の若さで早逝されてしまった梶井基次郎さんの残された作品は二十篇あまり、もっと多くの作品を読んでみたかったなあ、と思わされる作家さんです。
読書感想まとめ
ヤバい小説です。
狐人的読書メモ
――というセリフは、梶井基次郎作品を全部読んでから言おうか、という今回のオチ。
・『筧の話/梶井基次郎』の概要
1928年(昭和3年)『近代風景』(4月号)にて初出。幻覚を見られるということ。芸術家のひとつの才能を思わされる短編小説。ヤバい小説。
以上、『筧の話/梶井基次郎』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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