狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『鷭狩/泉鏡花』です。
文字数13000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約38分。
初冬の夜更け、石川県の片山津の温泉宿で、
画家の稲田雪次郎は、艶やかな美女お澄に出会い、
調子にのってしまった結果……。
浮かれていても、軽率な言動で、
女性の純情を踏みにじってはならない。
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
初冬の夜更けのこと。画家の稲田雪次郎は、石川県の片山津の温泉宿に泊まっていた。ふと目を覚ました雪次郎は、尿意を催していることに気がついた。部屋を出て壁に手をつくと、遠くで湯の雫の音がした。雪次郎は洗面所を目指して一階に下りた。洗面所が近づいてくると、雫の音は緩んだ蛇口から漏れる水の音であるらしいことがわかった。なんとなく中を覗いてみると、姿見に雪のような女の、真っ青な顔が映っていた。温泉宿の真夜中のことであった。
女は温泉宿の女中で、名をお澄といった。艶やかな女だった。しかしなぜこんな時間に? 訊いてみると、なじみの客から連絡があって、これからおいでになるとのことなので、こんな夜更けに身支度を整えていたのだという。はじめは幽霊かと驚いた雪次郎だが、話してみるとお澄は気さくで、なにより美しい――これはチャンスだと雪次郎は思った。浮かれて言った。腰が抜けて立てません。まあ……。
雪次郎はお澄に手を引かれて二階の部屋に戻った。なじみの客が来るまでにはまだ時間があるらしい。雪次郎はお澄に酒のお酌をねだった。お澄のお酌で酒を飲みながら、これから宿を訪れるなじみ客の話になった。なじみ客は名古屋の女郎屋の主人で、鷭狩をするためにやってくるのだという。それを聞いた雪次郎は膝をそろえて居直った。
姐さんにお願いがある。自分は画家をしていて、今年はじめて東京上野の展覧会で入選をはたした。入選した絵の構図が湖畔の霜の鷭なのだ。志を得たら東京へ迎えようと言っていた両親はもはやなく、鷭は自分の生命の親とも思う恩人、どうか姐さんのお力添えで、鷭撃ちをやめさせてはくれないだろうか、せめて出発の時間を遅らせて、犠牲となる鷭を少しで減らしてやることができないだろうか――
そのとき、どかどかと階子段を踏みたてる音が響き、なじみの客が雪次郎たちの部屋に入ってきた。なじみの客は自分のために髪を結い化粧をしたらしいお澄を見てご満悦の様子だったが、雪次郎の姿が目に入るととたん不機嫌になった。すかさずお澄が機嫌を取って、二人は部屋を出ていってしまった。
――しばらくして、この温泉宿で一番上等な隣の部屋から、お澄のしめやかな声が響いてきた。雪次郎が隣の部屋の様子をうかがってみると、お澄はなじみの客から鉄火箸で折檻を受けていた。
なじみの客が鷭狩に出かけたのち、お澄が雪次郎の部屋に訪ねてきた。雪次郎は真実を打ち明けた。たしかに自分は画家をしていて、鷭を描いたのも事実だが、展覧会には落選した。両親は健在で勘当されていた。お澄さんをかしづかせる女郎屋の主人に嫉妬して、鷭を撃つというのも自分の絵が否定されているようで癪にさわって、あんなことを言ってしまった。お澄さん、私を許してくれ、いまはここの勘定のほかお金もないが、もし私が志を得たら……
お澄は女郎屋の主人の愛人だった。家族を養うためにそうなっていた。が、すべてを棄てるつもりで、雪次郎の言葉を貫いた。その結果、お澄はすべてを失った。女が一生に一度と思うことをした、そのご褒美をください。お澄は言った。
「貴方の小指を切ってください」
「……お澄さん、剃刀を……、いや、食い切ってくれ、その皓歯で」
「――看病いたしますよ」
お澄は、胸白く、下じめの他に血が浸む。……繻子の帯がするすると鳴った。
狐人的読書感想
じつは前回の読書感想で、新美南吉さんの『おじいさんのランプ』を、仕事をする大人の教訓話として大人な方におすすめしたのですが、今回の『鷭狩』は正真正銘大人な方におすすめです。
二つの意味で痛い小説でした。
去年(2016年)は『ゲス』という言葉が何かと世間を騒がせていましたが、雪次郎の行いは、まさにゲスというに相応しい行いだったように僕は思いました(「ゲスの極み雪次郎」ですね、……全然うまいこと言えてない)。
しかしながら一方で、もちろん誰かを傷つけてしまうような嘘は言わないように気をつけているつもりですが、こういうことって自分にもあるかもしれないなあ、ということを思いました。
要するに、美男美女の前に出て浮かれてしまうことがあるのではなかろうか、ということなのですが、美男美女の魅力が人を狂わせることがあるのではなかろうか、ということなのですが(それを美男美女のせいにしたいわけではありませんが)。
だから雪次郎が浮かれてしまったことには共感できましたし、チャンスを逃すまいと口説きにかかった姿勢も、草食系男子・絶食系男子全盛(?)の現代からしてみると、見習うべき姿勢のようにも思えたのです。
……とはいえ。
やはりひとを傷つけてしまうような嘘を言うのは、どんな理由があったとしてもよくないことですよね。いわんや雪次郎の場合、嫉妬や鬱憤をはらすために、お澄に嘘をついたのですからなおさらです。
そしてその結果、お澄は雪次郎の言うことを真に受けて、女郎屋の主人に折檻を受けた挙句、すべてを失う羽目になってしまったのですから、いくら個人の行動は自己責任であるとはいえ、これはあまりにもあんまりです。
だけど、どうしてお澄は雪次郎の言うとおりにしてしまったんだろう、ということを疑問に思いました(これを疑問に思うのは、ひょっとしたらひねくれ者たる僕だけかもしれませんが……)。
まず考えたのは打算ということです(これを思うことが僕がひねくれ者たるゆえんかもしれませんが)。
雪次郎が東京の上野の展覧会で入選するほどの画家だと知って、うまくすれば身請けしてもらえるだろうと考えたのかもしれません。
あるいは、お澄は本当に純真で、優しい心の持ち主で、ただただ雪次郎のことをあわれに思い、すべてを棄てる覚悟で行動したのかなあ、と。
しかしそうなると、ラストの行動の理由がつかない気がしました。
いえ、小指を詰めろ! というのは、たしかにちょっと行き過ぎなようにも思えましたが、しかしすべてを失った女性の心境としては、それでもまだ軽すぎるという気がして、当然の要求だったように感じました。
ここで僕が言いたいのは「看病」のことなのですが、憎いばかりの男のために「看病」なんてするかなあ、という気がしました(いくら小指を詰めさせた罪悪感があったとしても)。『女が一生に一度と思う事をしました』という一言にも、そのことが表れているように思います。
そんなわけでこれは、やはりお澄が出会ったばかりの雪次郎に、一目惚れに近いような感情を抱いてしまい、男のエゴイスティックな感情と嘘に翻弄された結果の悲劇、というふうに解釈するのが妥当ではないでしょうか。
(てか、ここまで長々語らなくても、これはみんなが一読で明らかにわかることなのかもしれませんが……)
悲劇と言いましたが、しかしこれをバッドエンドと捉えるかは、その後の展開次第という気もします。
雪次郎は小指を、お澄は有力者の後ろ盾を失ってしまったかもしれませんが、何はともあれ、ふたりが結ばれたことだけは容易に想像できるところでしょう。
もちろんお澄の言う通り、ただの行きずりの、一夜限りのラブロマンスになってしまう可能性のほうが、現実的には高いのでしょうが、小指を失い握力が半減してしまったとしても、雪次郎はまったく絵が描けなくなってしまったわけではないし、それに事故や何かで肉体や脳の一部を損傷することによって、芸術的な才能が開花するといったようなお話も聞きますし、雪次郎にはぜひこのことで一念発起してもらい、今度は本当に東京上野の展覧会で入選してもらって、立派な画家になってお澄を迎えにきてほしいと、願わずにはいられないわけなのですが、……どうでしょうねえ。
読書感想まとめ
正真正銘『大人な』あなたにおすすめします。
狐人的読書メモ
泉鏡花の小説は情景描写がとても秀逸だが、ストーリーだってかなり楽しめる。読書感想ではお澄の行動原理を「恋」と結び付けて語ったが、実際の人間心理は複雑なものであろう。「恋」と一言で言っても、そこには同情や打算といった思惑も、やはり含まれているように思う。あとゲス次郎……、じゃなくて雪次郎は、ゲスな行いをしてしまったとはいえ、潔く小指をお澄に差し出した点は、評価できるように思った。本当のゲスなら、これはなかなかできないことなんじゃないかな。
・『鷭狩/泉鏡花』の概要
初出不明。泉鏡花のラブロマンス小説。正真正銘の大人におすすめ。
以上、『鷭狩/泉鏡花』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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