狐人的あいさつ
コンにちは。狐人 七十四夏木です。
読書していて、
「ちょっと気になったこと」
ありませんか?
そんな感じの狐人的な読書メモと感想を綴ります。
今回は『薤露行/夏目漱石』です。
文字数24000字ほどの短編小説。
狐人的読書時間は約74分。
夏目漱石版和製アーサー王物語。
『七つの大罪』、『コードギアス』、『Fate/Grand Order』。
好きな漫画やアニメ、ゲーム(キャラ)の
モチーフとなった原典って気になりませんか?
未読の方はこの機会にぜひご一読ください。
狐人的あらすじ
第1章 夢
アーサー王は主だった円卓の騎士を連れて馬上槍試合へと向かった。しかしキャメロットの宮殿には、最高の騎士の誉れ高いランスロットが居残っていた。理由は体調不良。だが真実は、王妃グィネヴィアとの逢瀬を求めての仮病だった。王妃はランスロットの居室を訪れる。そして昨夜見た不吉な夢を物語る。周囲の者たちは二人の仲に疑いを深めている。そうした懸念から、王妃に促される形で、ランスロットは一人遅れて試合場へと向かうことになる。
第2章 鏡
シャロットの女は、いつものように機を織りながら鏡を眺めていた。鏡は外界を映す不思議な鏡で、女は外の世界をじかに見ると命を落とすという呪いをかけられている。ゆえに女は、この鏡を通じてしか外の世界を見ることができない。その鏡に馬上槍試合へ向かうランスロットの姿が映る。瞬間、シャロットの女は窓辺に駆け寄り外の世界を見てしまう。鏡は砕け、女は床に倒れる。意識喪失の間際、シャロットの女はランスロットを呪ってしまう。
第3章 袖
その夜、ランスロットは一夜の宿を求めて、アストラットの古城を訪う。ランスロットは城主の老人に、ゆえあって名を隠して試合に臨みたい旨を伝え、盾を貸してもらえないだろうかと頼む。城主の老人はその頼みを引き受けて、次男のラヴェンを同行させてほしいと申し出、ランスロットはこれを承諾する。
城主の娘エレインは、ランスロットを一目見るなり、深く恋に落ちてしまう。夜が更けると、エレインは自らの深紅の衣の袖を切り裂き、密かにランスロットの居室を訪れる。そしてこの袖布を身に着けて試合に臨んでほしいと願う(これは想い人に対する騎士の風習を表す)。はじめランスロットは断るが、思いつめた様子のエレインを見て考え直す。あるいはこの袖布を結んだ兜が、借りた盾と同じく身分を隠す手立てとなるかもしれない。ランスロットは袖布を受け取り、自分の盾をエレインに預ける。
第4章 罪
試合は終わり、アーサー王をはじめとする騎士たちはキャメロットの宮殿に帰還していた。しかし一人、ランスロットの姿はない。王妃グィネヴィアは夫アーサーの傍に侍りながらも帰らぬ騎士の身を案じている。試合中、ランスロットの兜に赤い袖布を見ていたアーサー王は、美しい少女との恋に繋がれて戻れぬのだろうと笑いながら仄めかす。それを聞いて動揺するグィネヴィア。激しい嫉妬と罪悪感が彼女を苛む。
そのとき突然、王の広間に円卓の騎士たちが入ってくる。先頭に立ったモードレッドは王妃とランスロットの不義を告発する。王はただ立ちすくみ、王妃は倒れそうになってその身を壁掛けに支え、モードレッドは傲然と立ちはだかる――が、そんな折、「黒し、黒し」と叫ぶ声と、水門が開く鉄鎖の軋みが宮殿内にまで響く。
第5章 舟
時は遡り、試合の終わった3日後、アストラットに帰還したラヴェンが事の顛末を老父とエレインに語っている。ランスロットは二十余人の騎士を打ち倒したものの、負傷して帰途についた。しかしその分かれ道において、なぜかアストラットへの道ではなく、シャロットへと通じる本街道へ、ランスロットは馬を進めた。ラヴェンはこれを怪訝に思いながらも、妙に嫌がる馬を駆って、ランスロットの後を追う。が、闇の中にその姿を見失ってしまう。シャロットの入口の石橋のところで、ラヴェンの馬が何かにつまずく。落馬したラヴェンが見たのは倒れ伏すランスロットの姿だった。
近くに隠者の住む庵があり、ラヴェンはそこにランスロットを担ぎ込んで介抱する。翌日、ランスロットは意識を取り戻すが、どういうわけか常の彼ではない。その二日後、ランスロットは忽然と姿を消してしまう。古壁に剣で刻まれた句が――
『罪はわれを追い、われは罪を追う』
ラヴェンの話を聞き終えたエレインは自室に引き取り悲しみに暮れる。ランスロットの盾を眺め、そこに描かれた「赤い女の前に跪く騎士」の絵を見て自分とランスロットのことを想うが(じつは王妃グィネヴィアとランスロットを描いたものだがエレインには知る由もない)、やがて恋の望みを捨てて食を断つ。息を引き取る間際、老父と兄を枕元に呼び寄せ、ランスロットへの想いを口述筆記してもらい、その手紙を手に握らせてくれるように、そして黒布で覆われた花いっぱいの船で川に流してくれるようにと頼む。
――水門に出たキャメロットの人々は、乙女の美しさと清らかさに驚く。王妃グィネヴィアは乙女の手に握られている手紙を読んで、エレインの冷たい頬に一滴の熱い涙を落した。
狐人的読書感想
夏目漱石版和製アーサー王物語です。
美文調、文語体。
すなわち読みにくいです。
そんなわけで、今回のあらすじはちょっと長めなのですが、内容がわかるように努力してみました。もちろん十全とはいえないでしょうが、ストーリーラインを知りたいだけなら充分なのではないかと、狐人的には思っています(あるいは充分ともいえないかもしれませんが)。
とはいえ夏目漱石さんの本文も、文体の難解さから内容が頭に入ってきづらいものの、巧みな情景描写からは独特の雰囲気が感じられます。
そう言った意味では、これも「考えるな、感じろ!」小説だと言えるのかもしれません(僕以外誰が言うのでしょうね?)。
短い小説なので、流し読みでその雰囲気だけ味わってもらうのも、一つ読書の楽しみ方ではないか、と愚考する次第です。
それから『アーサー王物語』といえば現在では漫画やアニメ、ゲームなどのいろいろな作品のモチーフになっているので、アーサー王、エクスカリバー、ランスロット、ガウェイン、モードレッドなど円卓の騎士たちの名前は耳にしたことのある人が多いのではなかろうかとは思いますが、実際の物語に触れたことのある方は、意外と少ないのではないでしょうか。
『七つの大罪』、『コードギアス』(ナイトメアフレームの名称に円卓の騎士の名前が取り入れられている)、『Fateシリーズ』(グランドオーダー)など好きな方はそれだけでも一読の価値ありです(ただし本文は非常に読みにくいですが)。
では前置きはこの辺にしておいて、以下気になったことをつらつら書いていきたいと思います。お付き合いいただけましたら幸いです。
まずはタイトル『薤露行(かいろこう)』。
意味がわからないどころか漢字が読めませんでした。
由来は古い漢詩だそうです。
『薤露行』の「薤」は「ニラ」とも読むそうで『人生とは、ニラの葉の上の露が乾きやすいように儚いものである』といった意味になります。
たぶん、このタイトルだけから内容を連想できる人はかなり少ない(てかいない?)かとは思いますが、内容を把握してからこの由来を知ってみると、たしかにその通りだと思わされるタイトルです。いいタイトルだといえるのではないでしょうか(いいタイトルの小説はいい小説である)。
主人公は全章を通じてその名が登場するランスロットですね(内容的にはエレインかもしれませんが)。湖の騎士(赤ん坊の頃に湖の乙女という妖精に誘拐されて育てられたため)、最高の騎士の二つ名を持っています。円卓の騎士のなかでも、その知名度は一二を争う有名人です(トランプのクラブジャックのモデルにもなっています)。
王妃グィネヴィア、シャロットの女、エレインと3人の女に惚れられて、モテモテで羨ましいかぎりですが、一般的には美男子のイメージなんですかね? ランスロットは。狐人的には醜男として描かれたランスロットを本で読んだことがあって、その印象がなぜか強く残っているのですが(がに股?)。
いずれにせよ様々な女性の心を惹いてしまう(湖の妖精含む)魅力的な人物ではあります。まあ、結局アーサー王を裏切り、その破滅の遠因を作ってしまうので、アーサー王物語を知っている人にとっては好印象な人物だとは言い難いかとは思いますが(僕だけ?)。
アーサー王が息子のモードレッドと相打ちになって以降は、ランスロットも王妃グィネヴィアも出家して、それ以後二人が会うことはなく、グィネヴィアが亡くなったことを知るとランスロットも断食して後を追ったといいますから、罪を償う形での悲恋ということはできるのかもしれませんね。
そしてエレインですが。
この女性こそが『薤露行』の真実の主人公といっても過言ではないかもしれません。詩や絵画を中心にいろいろな芸術作品のモチーフにもなっています。
このエレインも『アーサー王物語』のほうでは有名なお話なのですが、じつはもう一人エレインという女性が出てきて(ペレス王の娘、カーボネックのエレイン)、こちらのエレインは魔法の薬を使って、ランスロットに自分をグィネヴィア王妃と誤認させ、ランスロットの子供(ガラハッド)を産みます。さらにランスロットの実母の名前もエレインなので、彼の人生には何人ものエレインという女性が深くかかわっていることになるのですが、話しを戻しまして。
『薤露行』に登場するエレインは「アストラットのエレイン姫」あるいは「シャロットのエレイン姫」として知られています。
「アストラットのエレイン」(『薤露行』のエレインのモチーフ)はテニスンさんの『国王牧歌』の登場人物で、「シャロットのエレイン」(『薤露行』のシャロットの女のモチーフ)は同じくテニスンさんの『シャロットの姫』の登場人物。
二人はそれぞれ同一起源をもつ別バージョンの人物で、本来的には同一人物とも言えそうなのですが、しかしながら『薤露行』ではそれぞれ別々の人物として描かれていて、ここに少し興味を持ちました。
狐人的にはこれが夏目漱石さんの意図なのか誤認なのか、判断のできないところであります。ストーリーラインの面から見ると、たしかに第2章(シャロットの女)だけ物語から乖離しているような気がするのですよねえ……。
ただ、だからといって第2章が物語全体の妨げになっているのか、と訊かれればそうとも言い切れないところがあって、これはこれである種の趣のある一編として成立しているようにも思えるのです。
当時の日本人のほとんどが『アーサー王物語』を知らない読者ばかりであったことを考慮すれば、ランスロットの女性を惹きつけてやまない魅力をあえて強調するために、一人の女性を二人の独立した人物として描き出したのでしょうか? 他の方のご意見もぜひ伺ってみたいところでした。
ふむ。ここまで長くなってしまったので、あとは印象に残った部分を引用して、ちょっとだけコメントをつけてまとめておきます。
元来なら記憶を新たにするため一応読み返すはずであるが、読むと冥々のうちに真似がしたくなるからやめた。
――『薤露行』の前書きで、夏目漱石さんが本作を執筆するにあたり、テニソンの『アイジルス』(アルフレッド・テニスンさんの『シャロットの姫 The Lady of Shalott』のことと思われる)を参考に読み返そうとしてやめたという話なのですが、なんとな~く共感を覚えました。小説のみならず、漫画や音楽などでも、創作するときのこういった葛藤ってあるような気がするのですが(いかがでしょう?)。
木の葉隠れの翼の色
――木ノ葉隠れ(『ナルト』)を連想した(それだけだ!)。
去れど恐ろしきも苦しきも、皆われ安かれと願う心の反響に過ぎず。
――エレインがランスロットを想って眠れぬ夜を過ごしている場面の一描写ですが、恐ろしい夢を見ることについて書かれています。どんな夢も結局は自分の心を安定させるために見ているに過ぎず、みたいなことでしょうか。自分本位な人間の本質みたいなものを思わされて印象に残った一節です。
われを疑うアーサーの前に恥ずる心は、疑わぬアーサーの前に、わが罪を心のうちに鳴らすが如く痛からず。
アーサー王からランスロットを慕う美しき少女(ランスロットの兜に結ばれた袖布の存在)を示唆されたときの王妃グィネヴィアの心情。悪いことをして疑われないよりも疑われたほうが心の負担は軽いような気がする、みたいなこと?
去れどこの世にての逢いがたきに比ぶれば、未来に逢うのかえって易きかとも思う。
――断食にて自ら命を断とうとするエレインの壮絶さ(古典的ではありますが。しかし断食は滅茶苦茶苦しいはずなんだよなあ……、そこは間違いなく壮絶)。
苦しみも、憂いも、恨みも、憤りも――世に忌わしきものの痕なければ土に帰る人とは見えず。
――現実に亡くなったものの姿というものはとてもこういうわけにはいかないと思います(化粧で見目を整えるのは別にしても)。とはいえ魂なき肉体の一種幻想的な在り方を思いました。
読書感想まとめ
夏目漱石版和製アーサー王物語。雰囲気を楽しむように流し読みするのが狐人的にはおすすめ。『七つの大罪』、『コードギアス』、『Fate/Grand Order』など『アーサー王物語』がモチーフとされている漫画やアニメ、ゲーム好きにもおすすめ。
狐人的読書メモ
ところで、漫画やアニメ、ゲームなどのモチーフとなった原典が気になるのって、ひょっとして僕だけ?
・『薤露行/夏目漱石』の概要
1905年(明治38年)『中央公論』にて初出。夏目漱石版和製アーサー王物語。美文調、文語体、読みにくい。内容を把握するよりも雰囲気を楽しむ読み方をしたほうがいいかもしれない。「考えるな、感じろ!」。
以上、『薤露行/夏目漱石』の狐人的な読書メモと感想でした。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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コメント
アイジルスというのは国王牧歌(Idylls of the King)のことでしょうね。
The Lady of Shalottよりも後年の作品のようです
教えてくださりありがとうございます。(……何で『アイジルス』っていうんだろ? また調べてみたいと思います)